「靴はね、命と一緒なんです」
あのとき、あの人の、キラーパス。
『認知症の人たちの小さくて大きなひと言 〜私の声が見えますか?〜』(監修=永田久美子、発行=harunosora)という書籍には、認知症の人が吐露した、たくさんのつぶやきや言葉が綴られています。
それは、どんなとき、どんな理由で発せられたのでしょうか。
また、周囲の人は、それを聴いたとき、どう思い、何を感じたのでしょうか。
本書から抜粋して紹介します。
p.68より
「靴はね、命と一緒なんです」
K・Sさん(85歳・男性・長崎県)
<以下、グループホーム介護職・白仁田敏史さんの回想>
「私の靴はどこですか?」「二足そろってますか?」
グループホームに入居されてから毎日のように尋ねてくるKさん。
その都度、一緒に玄関へ確認に行ったりしていたのですが、次第に「またか」と鬱陶しい気持ちになってきました。
居室に靴を置いたりもしてみましたが、Kさんの訴えは変わりません。
ある冬の日のことでした。
居室を訪れ、「寒くないですか?」と声をかけると、いつも無口なKさんがぽつりぽつり話し始めました。
「(抑留されていた)シベリアの寒さに比べたらここは極楽だよ。シベリアではね、帽子と手袋、それから靴がないと凍傷になるんですよ。そしたら作業ができない。作業ができなければロシア人に殺される。帽子とか手袋や靴はね、命と一緒なんです」。
それまで私たちはKさんの一連の行動を「物盗られ妄想」だと決めつけ、止めさせようと躍起になっていました。
でも、Kさんの行動は「今日も生きていける」という確認の行動だったのです。
人は物語の中で生きている――。
私たちは、Kさんから認知症の状態にある人の物語に耳を傾けることの大切さ、そしてその物語の中に多くの支援策があることを学んだのです。
『認知症の人たちの小さくて大きなひと言 〜私の声が見えますか?〜』(監修=永田久美子、発行=harunosora)