「先生、俺なんか悪いことしたんかな」
あのとき、あの人の、キラーパス。
『認知症の人たちの小さくて大きなひと言 〜私の声が見えますか?〜』(監修=永田久美子、発行=harunosora)という書籍には、認知症の人が吐露した、たくさんのつぶやきや言葉が綴られています。
それは、どんなとき、どんな理由で発せられたのでしょうか。
また、周囲の人は、それを聴いたとき、どう思い、何を感じたのでしょうか。
本書から抜粋して紹介します。
p.16より
「先生、俺なんか悪いことしたんかな」
T・Tさん(61歳・男性・新潟県)
<以下、主治医・宮永和夫さんの回想>
61歳のTさんは、大切な約束を忘れたことを契機に、もの忘れがあるから検査をしてほしいと、本人自ら診察予約をされてきました。
数日後、奥さんとともに外来にやって来ました。
Tさんは、農家を継ぎ、村の役員をするなど、他人の世話を焼くことの好きな真面目な人でした。
2年前から日に何度も捜し物をするようになったそうです。
頭部MRI検査では、小さな梗塞が脳全体に数多くみられました。
画像を前にして、脳の小さな血管がたくさん詰まったことが原因の血管性認知症と説明し、再発防止のために薬を飲んでいただくように話を始めたときでした。
Tさんが真剣な顔つきで言い出したのです。
「先生、俺なんか悪いことしたんかな」。
私は「病気は神様の罰ではないですよ」と、とっさに自分の無信教を棚に上げて返答しました。
でも、その先の言葉を続けることはできませんでした。
Tさんの表情は穏やかになったものの、無言のままでした。
もし同じことを別の患者さんが言い出したら、私はどう返答すべきでしょうか。
その答えはまだ見つかっていません。
『認知症の人たちの小さくて大きなひと言 〜私の声が見えますか?〜』(監修=永田久美子、発行=harunosora)