「実は、時計が読めないの」
あのとき、あの人の、キラーパス。
『認知症の人たちの小さくて大きなひと言 〜私の声が見えますか?〜』(監修=永田久美子、発行=harunosora)という書籍には、認知症の人が吐露した、たくさんのつぶやきや言葉が綴られています。
それは、どんなとき、どんな理由で発せられたのでしょうか。
また、周囲の人は、それを聴いたとき、どう思い、何を感じたのでしょうか。
本書から抜粋して紹介します。
p.20より
「実は、時計が読めないの」
山田庸子さん(58歳・女性・東京都)
<以下、夫・山田賢三さんの回想>
妻が60歳で若年性アルツハイマー型認知症と診断されて12年が経過した。
診断される数年前のことだったか――。
妻が「実は、時計が読めないの」と言い出した。そして、こう続けた。
「勉強しようと思って子ども用の時計の本を買ったんだけど、(娘の)A子が持って帰ってしまった」。
すぐには何のことだか理解できなかったが、孫が時計の読み方を学ぶのにちょうどいい本だったようだ。
また、あるとき、近くのコンビニのパートの方からこんな話を聞いた。
「奥さまが支払いのとき、財布ごと私に渡し、『これで取っておいて』と言われたんです。ちょっとびっくりしました」と。
妻は、お金の計算ができなくなっていたのだ。
今振り返ると、認知症を思わせるたくさんの“サイン”があった。
一番身近なところにいた私はそうしたサインに気づくことはなかった。
認知症などとは夢にも思っていなかったのだ。
妻がどんな思いで時計の本を買ったのか。どんな思いで財布ごと差し出したのか。
それを思うと胸が痛む。
後になって、引き出しからは1円玉と5円玉がどっさりと出てきた。
『認知症の人たちの小さくて大きなひと言 〜私の声が見えますか?〜』(監修=永田久美子、発行=harunosora)