私の声_桑原

「今が大切だから忘れないよ」


あのとき、あの人の、キラーパス。

『認知症の人たちの小さくて大きなひと言 〜私の声が見えますか?〜』(監修=永田久美子、発行=harunosora)という書籍には、認知症の人が吐露した、たくさんのつぶやきや言葉が綴られています。

それは、どんなとき、どんな理由で発せられたのでしょうか。

また、周囲の人は、それを聴いたとき、どう思い、何を感じたのでしょうか。

本書から抜粋して紹介します。


p.84より

「今が大切だから忘れないよ」

 Y・Aさん(97歳・女性・東京都)


<以下、特別養護老人ホーム介護福祉士・桑原大さんの回想>

私は朝食に食パンが出たとき、ジャムを使って「大」という字を書きます。

その都度、入居者の方に「なんで大なの?」と聞かれ、「自分の名前なんですよ」と答えます。

そうすると、入居者の方に笑顔がみられます。それが楽しくて続けています。

あるとき、いつものように食パンに「大」を書こうとすると、Yさんが「大ちゃんでしょ」とおっしゃられました。

「よくわかりましたね」と言うと、「いつも書いてるから覚えたのよ」とのこと。

その日を境に、食事以外のときでも「大ちゃん」と言ってくださることが増えていきました。

Yさんのお部屋には亡くなった旦那様の写真が飾ってあります。

ある日私は、「旦那様のお名前は?」と伺ってみました。

Yさんは「忘れちゃった」と苦笑い。

そこで、「私の名前も忘れてしまいましたか?」と尋ねてみました。

ところがYさんは、「大ちゃんでしょ」とちゃんと答えてくれたのです。

続けてこう言いました。「今お世話になっているのは大ちゃんでしょ? 今が大切だから忘れないよ」と――。

こんなうれしいことはありませんでした。


『認知症の人たちの小さくて大きなひと言 〜私の声が見えますか?〜』(監修=永田久美子、発行=harunosora)