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推し短歌 『沼底推し問答』

便箋に滲んだ「好き」の重さよブルーブラックのさじ加減悩まし

甘すぎず、無難すぎず、品よく。
便箋を選んで、インクの色を選んで、言葉を選んでも、あふれだしてしまう巨大感情に頭を抱えたくなる。
ファンレターは難しいものです。


白軸の万年筆が知っている三千回の「ご自愛ください」

実際に「万年」書けるわけじゃないでしょうが、永く使えるといわれる筆記用具・万年筆。
わたしも何本か愛用していて、ファンレターを書くのに使ったりもするのですけど(つまりは、万年筆自体も一種の「推し」なんですが)、この子はこの先どれだけ「お体に気をつけて」「ご自愛ください」って書くのかな、と。
手紙の定型句だけど、わりと本気で推しの体調を心配しているオタクは多いと思う。
3000回なのは語呂が良かったのと、『アベンジャーズ/エンドゲーム』の「I love you 3000」から。


靴のサイズ・煙草の銘柄・愛読書・担当カラーは勿忘草色

実際に「勿忘草色」なんて微妙なニュアンスの色が、担当カラーの人はいないでしょうけど笑
優しい感じのする青色ですね。
「私を忘れないで」と言われるまでもなく、推しができると忘れられない情報が、脳内に増えてくるものです。


「遠征」の車窓に二重の虹きらりロック画面の君と目が合う

美しいもの、おもしろいものを見た時に、誰と共有したいか。
それは大事な人だったり、最近はSNSだったりするのでしょうけど。
いずれにしてもスマホのカメラで撮っておこうかな、という瞬間、真っ先に目に入るのは、ロック画面に設定した推しの写真やイラストだって人も、多いんじゃないかな、と。
あと、「遠征」ってオタク用語として普通に使うけど、戦うわけじゃないよなあ、ある意味で戦いみたいなもんだけど、という気持ちのカギカッコ。


缶バッジを十個かばんに並べて背筋を伸ばす君がいる街

いわゆる、痛バッグを持ち歩いている人もめずらしくなくなってきたけど、あれって制服みたいなもんだよなあ、と思う。
どこで誰が見ているかわからないし、推しに恥じないよう、立ち居振る舞いに気をつける。
そういう気分になることもあるんじゃないかしら、という一首。


「会いに来て」とイヤホン先の声柔く明日も一人寝のビジネスホテル

一人でホテルに泊まるのは、どことなく不安感もあるもので。
そんな時に、推しの声を聞いて少し安心したり、「でも、この人が『来て』って言うから、わざわざここにいるんだよな……」と少し理不尽に思ったり。


「がんばれ」と幼子のごと全力で三年ぶりの「声出しOK」

ここ数年、禁止されていた「声援」が、最近やっと解禁になったよ、ってジャンルを推してる人も多いと思います。
わたしは、ヒーローショーが「推し」なのですが、劇中でヒーローがピンチになると「がんばれー!」って声をかける文化があるのですね。
特に、小さいお子様たちの「がんばれー!」は本当にすごい。やつらは、頭のてっぺんから足の先まで、いつでも全力全開。
個人的に、ヒーローショーというのは「『がんばれ』って言っただけ『がんばれ』が帰ってくる」すばらしいエンタメだと思っているのですが、まあ、当然、ここ3年くらいは声出し禁止されていたわけで。
いままで言えなかった分の「がんばれ」を、君たちに届けたいのです。


宝箱に隠してしまいたかった双眼鏡越しの投げキッス

不意にもらった褒め言葉とか、運良く食らったファンサとか。
たぶん相手は覚えていないであろう小さな宝物を、心の中の箱につめこんで、時々、眺めている。


前髪とスカート丈を気にしつつ撮影会の最後尾札

1mmでも可愛く……とは言えないけど、小マシに見せたい乙女心なのです。


チェキフィルムにプリントされた横顔をSNSでは秘密にしたい

みんなに共有して広めたいのが「推し」、自分だけのものにしたいのが「好き」とは、よく言うけども。
「これだけは自分だけの秘密にしたい」ことの一つや二つ、みんなあるでしょうよ、という。


レモンサワー一杯分だけ夢想する違うカタチで出会っていたら

「推しの◯◯になりたい」と考えたことのないオタクは、いないのかもしれない。
友達、恋人、親戚のおじさん・おばさん、仕事仲間、愛用の道具、部屋の壁、マイクスタンド、などなど……。
Official髭男dismの『Pretender』じゃないけど、もしも違う設定・違う関係で出会える世界線があったら。
とはいえ、叶わぬ夢だから、おおっぴらに言うのもアレだし。
だから、今日は、このジョッキを飲み干す間だけ許してね。っつって。


新月の帰り道指すペンライト同じ夜を見ているだろうか

夜道を歩くのは怖いので、懐中電灯がほしい時があります。
ライブ帰りとかだと、ペンライトが便利。
そして、道中考えるのは、やっぱり「推し」のことなのです。


おもしろい企画をやってるなー、と思って、チャレンジしてみました。

「推し短歌」ということで、ストレートになんらかの推し活をしている女性を主人公に、イベントに行って帰ってくる十二首。
フィクション・ノンフィクション織り交ぜて、一首だけでも「推し」の歌だとなんとなくわかるように、言葉を選ぶのが、難しくも楽しかったです。

短歌を詠むのは、ほぼ初めて(学生時代に授業でやったくらい?)なんですけど、こういう表現方法もアリだなと、ちょっと目からウロコでした。
案外、自由度高いのかな? なんて思ったり。

それでは。みなさまの推し活が、幸せいっぱいでありますように。
読んでいただき、ありがとうございました!

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