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「この世界に残されて」が描く不在

もっとはよ感想書いとけよ、という映画です。
まじでnoteのアカウント作るのが遅すぎました。本来ならばこの映画を見た段階で作るべきだったし、2021年入ってすぐくらいに動くべきだった。こんにちは。

東欧はほんとにいい(語彙力の欠如) と普段から吹聴している私ですが、本格的な東欧映画ってじつはそこまで見たことがなくて、この映画とあとはチェコのリタ・バーロヴァを主役にした映画くらいのもんなんですが、はい、すみませんでした。なめてました。凄かったです。
まったくなんの前情報もなく、それこそフラッとテアトルに迷い込んで見たものなんですけど、これは広く見られてほしい、訴求力のある映画だと直観した次第。

あっでもあらすじ見てちょっと迷ったのはホント笑

それではいきます。

[あらすじ]
産婦人科医のアルドは、診察で出会った少女クララに懐かれ、ひょんなことからともに生活することに。中年男性と少女の奇妙な同居は、しかし情勢の変わりつつある当局からすると看過できるものではなかった…


ね、あらすじだけだと迷うでしょ笑
年齢差のある男女の組み合わせって本当に難しくて、それを「尊きもの」として受容できるか「予断を許さないもの」として考え込んでしまうか、ある程度の体系的な分類ができないんですよね。
私も一介のフィクション好きとしてなるべくノイズとバイアスは排してかかりたいけど、それにしたって「今のシーンいる?」とか「都合良すぎだろ…」とか思っちゃうとシナリオ自体がどんだけ良くてものめり込めないつらさがあるので、吉と出るか凶と出るか…と心の中で博打をしながら(知らない映画を見るときはいつもそう)またテアトルの地下に潜ったわけでした。

杞憂でした。
率直によかったです。

性的な接触がないとは言わない。隣に寝てたりするし。
当局の目があり、お互いに距離をおこうとするところも、そうした感情の仄かな介在を示唆していた。
ただ一貫してアルドの目がクララを性的な消費対象として輝かなかったこと、遥かに年下の生意気な少女であるクララに対して常に敬意を抱いていたことが、非常に危ういところではあったものの踏みとどまらせていたように見えたし、想い合う形に多様な選択肢があったように見えたのも良かった。
クララがアルドに依拠していく感情が複合的な巨大感情で、父親や教師に対して甘える子供らしい振る舞いと、ひとりの女性として適切に成長する過程をしっかり見てほしいと背伸びする側面と、想像を絶する地獄を共有した人に対する同胞意識のような感情とで、恋愛というより存在承認をアルドに求める描き方に終始していたのが素晴らしかった。

アルドは決してクララを傷つけないし、表面上は拒んでも心の内側にはすでに入れてしまっているので、あの水準まで心の距離が近いと「寝てるか寝てないか」はけっこう瑣末な問題だと思う。ただ、一方で婦人科の医者であり、妻を亡くし子供を亡くし、クララにとっては圧倒的に「大人」の立場から一線を越えることはあってはならないことであり、その事実があった瞬間、2人に差し向けられる不当な監視は妥当な摘発になってしまうことを十分理解している、聡明な2人の距離感が映画として独特の緊迫感を生んでいました。
すでに自由を奪われた経験がある人間の、自由を渇望し、同時に何かを少し諦めた行動基盤に説得力があって、これは悲しいことだけど「現実に確かにあったのだ」と思わされたりも。
そう、収容所のシーンが回想として挿入されないのはよかった。アルドの抱えた痛みもクララの感じた孤独も、あくまで幸せな時間の記憶を観客に共有するのみであり、それはアルバムに貼った写真を他人に見せるようなささやかさで、口ぶりの中でわずかにその不在を語りかける。人が痛めつけられるシーン(回想)は、痛めつけた当事者が心を痛めているのでなければ実はあまり挟まれる意味がなくて(そういう意味で「シャッターアイランド」なんかは回想の使い方がめちゃくちゃウマい)、アルドの痛みは手を洗うシーンで垣間見れるイレズミと、家族の写真をクララに見せるシーン、しかもその場に自分は立ち会うことができないつらさが十二分に表現している。これ以上は蛇足だわって勢いで。
不在を語らうことで心の距離を埋め合うコミュニケーションは、大きな被害の共有、降りかかった不幸の共有という視点で見るなら普遍性のある題材だと思う。もちろんナチスドイツがやったことを矮小化する意図はなく、人為的に引き起こされたジェノサイドであることは念頭に置いた上で、なにかに「奪われた」感覚を持つ人々がこの映画の語る不在を心地よく思う気持ちは、べつにハンガリーのユダヤ人に限られるものではない。そういう意味で現代に作成され、公開されてよかった傑作であると思います。

本作は最後、希望に満ちた終わり方をするんですが、文字通りの希望、それぞれ新たな出会いを経て新たな家族とともに新たな日々を歩む門出に祝杯をあげるようにして集う、その最中に一瞬の視線と感情の交錯が忘れられない。家族(みんながみんな血縁ではない)の集う明るい部屋で、光のたくさん当たる場所で、これから生きていく世界で、隠れ住むような夜を何度も一緒に乗り越えたもの同士がお互いの「この先」を思いやるように心を通わせる空気感、撮り方もよかったし、役者も良かったし、すごく印象に残っている。よかったです。

あと、この映画を通して主演のアビゲール・セーケが不幸なティーンエイジャーから、どんどん明るく眩しい女性へと変貌していく過程が素晴らしくて、だんだん夜が明けるように画面が華やかに眩しくなっていくのと並行しているのが意義深いと思いました。アルドはびっくりするほど変わらない、いつも紳士的で丁寧で慎重なんだけど、ダイナミックに変貌していくクララの若々しさ、生命力は特筆すべき描写でした。しかし髪型が変わり、着る服が変わり、化粧が変わっても、大きく見開かれた目の途方もない魅力は変わらず。新天地を目指す彼らの輝かしい「この先」を感じずにいられない、その魅力が役者に宿っている気がしました。まだまだ若い役者さん、今後も応援していきたい。

あとこれも好きなポイントでしたが、ハンガリーの調度品、街並み、風景は堪らなく良いな〜〜〜!!! 共産圏に固有のやや硬く画一化されたデザインにハンガリー特有の色彩感、まじで国旗色なんだけど、濃いミントグリーンの壁紙とか、陶器っぽい巨大なタライとか、アルドの長身に少し窮屈そうな小ぶりのテーブルとか、バスタブの造形とか、時代感を感じるとともに使い込まれて洗練された近代ヨーロッパの香りがしたし、水辺でクララとボーイフレンドのぺぺが将来を語らうシーンの瑞々しい自然風景、あの温かな春の色味は、例えば同じヨーロッパでも確実にドイツやポーランド、チェコの色味ではない。ハンガリーに固有の華やかさに引き込まれました。ハンガリー、すごいぜハンガリー。ハンガリー映画初めてだったんですが、とっても楽しめました。やっぱ東欧はいいわ……はやく行かせてくれ……


さてこの投稿を終えてから私はエヴァを見てくるので、エヴァに打ちのめされなければまたなにか書くかもしれません。
バビロンベルリンも第3シーズンがHuluで配信されてたので、これもはやく完走したいし、完全に情弱だったのでサプライズでめちゃくちゃ喜んでしまいました。
フィクション充はしばらく続きそうです。

またよろしくどうぞ、では。

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