実家に神棚と仏壇がある理由が判明したお話【逆説の日本史 古代暗闘】編
なんでなのかとずっと気になっていました!
皆さん、実家に神棚ありますか?
で
その近くに仏壇ありませんか?
神棚は神道ですよね?
仏壇は仏教ですよね?
家の中に2つの宗教があるのっておかしいと思いませんか??
先日、実家に帰った時に
『神棚と仏壇、両方あるのはなんでなの?』と聞いてみましたが
わからないとの回答でした。
こんにちは、4s Production 中沢です。
昨年からハマっている『逆説の日本史』シリーズで
新たに古代暗闘 編を読んでみてスッキリできた事について
アップしていきたいと思います。
神道は穢れ(ケガレ)を嫌うモノ
古事記に書かれている日本神話の世界では
イザナギが死の国から戻り
ケガレた身体を清めるために水の中で
ミソギを行います。
イザナギが左目を洗うと天照大神が生まれ
右目を洗うと月読尊(つくよみのみこと)
鼻を洗うと素戔嗚尊(スサノオノミコト)の
三柱の神が誕生します。
神道ではケガレを嫌います。
詳しくはこちらを…
平安時代ではケガレを嫌うあまり
人が死にそうになったら川などに捨ててしまっていたそうです。
一般の庶民はもちろん、上級国民でも捨てられていたそうです。
(上級国民は雨露は凌げる場所らしい)
ケガレが周りの人にうつらないように捨てていたそうです。
そこで必要になったのが仏教
仏教ではお葬式が行われます。
神道ではケガレを嫌うあまり、死人への対処ができていなかった。
そこを補ったのが仏教だったそうです。
自身のケガレがまわりにつかないように恐れていた。
外に捨てられてしまうのは看取る側も悲しいし
看取られる側も最後は家族と共にありたいと思う事でしょう。
それを解決してくれたのが仏教だったらしいのです。
日本は昔から神道と仏教が入り混じっている国という事のようです。
というかほぼ一緒だったのでしょうか?
ちなみに明治元年に神仏分離が発せられています。
明治時代の神仏分離[編集]
こんな身近にも
私は初詣に近所の金鑚大師(かなさなだいし)にいっています。
この金鑚大師は聖徳太子によって創建されたそうで、近隣では有名なようで
年間10〜20万人が訪れているそうです。
その金鑚大師から道を挟んで少し登ったところに金鑚神社があります。
学生の頃は両方行っていましたが、正直よくわかっていませんでした。
そもそも金鑚大師の大師って?と調べたところ
「大師」とは位の高い僧侶を仏さまとしてお祭りするところ
とにかく金鑚大師は仏教なんですよね。
そしてすぐ近くに金鑚神社
名前も同じで場所もほぼ同じ
ちょっと違う点と言えば
金鑚神社の方が山を350mぐらい登った高い位置にあります。
という事で身近なところでも
神道と仏教が混在している事が発覚しました(遅)
というか何も考えずにお参りにいってた自分が情けないのですが…
今、気づけたという事で良しとします。
相変わらず世の中、知らない事だらけです。
この神道と仏教についてはもう少し調べていきたいと思います。
神社系がお好きな方は是非、足を伸ばしていただければと思います。
金鑚大師の駐車場に車を停めていけば
金鑚大師と金鑚神社、両方お参りできます。
(※駐車場30〜50台程度は駐車可)
お参りの後は車で15分程度で温泉施設もありますので!
それでは、4s Production 中沢でした☺️
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