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8 実現へ向けての手配

新村劇場が決まるまで

 2023年夏に公演を行うことに決めて、公演会場を探すことを再開した。チェ・ウンミさんが正式に、「韓国公演のコーディネーター」を引き受けてくれて、色々な手配に動いてくれた。
 公演会場として、いくつか候補となった場所はあったが、利用可能な時間や利用方法の制限、利用許可が下りるまでのタイミングなど、なかなか条件に合う会場が見つからなかった。

 そこで、一縷の望みをかけて、田中沙穂さんから、『外地の三人姉妹』共演者の韓国メンバーに相談してもらうことにした。彼らは、私たちの京都公演を観てくれている。どのような作品であるかご存知なので、この作品が上演できそうな会場を紹介してもらえないだろうか、と…。
 突然の相談だったかと思う。けれど、マ・ドゥヨンさんから、彼の先輩が手がけている劇場がある、と紹介いただくことができた。それが「新村劇場」であった。

 2022年12月、その会場を見学させてもらうため、ソウルへ向かった。コロナ禍になって以来 初の渡韓であった。沙穂さんからドゥヨンさんにアポイントをお願いしつつ、沙穂さんは同行できなかったから、私と、同じく制作担当の彩椿さんと2人で、ソウルへ行った。

 現地では、ウンミさんと一緒に、前述の通り国際交流基金のソウル日本文化センターへご相談に伺ったり、出演俳優の一人であるウンギョンさんが出演中の公演を観に行って、その劇場で合流したスヨンさんと、その公演に出演されていた別の俳優の方も一緒に、ご飯を食べたりした。

 そして、劇場を見学に行こうという日。ウンミさんが体調不良で参加できないことになった。劇場近くの駅で、マ・ドゥヨンさんと合流して、劇場へ向かう。
 私が使える範囲の簡単な韓国語しかない、頼りない状態で申し訳なかったが、最初に書いたように、マ・ドゥヨンさんは、私が韓国語に関心を持った最初のキッカケとなった俳優さんだった。その彼と、韓国の地で、韓国語で会話できていることに、私自身は最高に感無量であった。

『珠光の庵』は、だいたい20〜30畳程度の広さと、電源と水場があれば上演できる。原則として、部屋を取り囲む形で観客が座り、その中で俳優たちが物語を演じる、時に観客を巻き込みながら。そして、観客から見えないところで照明スタッフが灯りの操作をして(音響はなく、風鈴だけを鳴らす。それは俳優たちが自ら鳴らしていた。)後半の茶席の場面のために、裏の水屋でスタッフ2人が点て出しの準備を行ったりする。
 新村劇場は、そのような基本的な仕様と比べて少し狭すぎる空間ではあった。線路沿いの路地にあるマンションの屋上に設けられた約17坪の小さな劇場(下の階には住民の方が住んでいる)には、楽屋のようなスペースもない。バックヤードとして使えそうな場所はベランダしかなく、水屋もそこにしつらえるしかなさそうだった。
 しかし、アーティストが自ら運営されている劇場は、その成り立ちも在り方も、私たちの拠点であるKAIKAにも似て、とても魅力的に感じられた。多少の苦労はしても、ここで上演したいということを思った。
 劇場主催のプログラムとして、大変ありがたい好条件で利用させていただけたことと、この劇場の魅力に惹かれてしまったために、新村劇場を会場に上演することを決心した。海外での上演なのだから、ある程度、その場に合わせて演出の工夫などもしていくことは、覚悟せざるを得ないだろうとも考えていた。

 この劇場の魅力は、最終的に公演の本番を迎えた時に改めて実感することになった。
 代表のチョン・ジンモさんが全てをとりしきり、事前の広報もチケットの販売も当日の受付なども全て担当してくださった。一方、作品の上演に関する部分は、完全に私たちに任せてやらせてもくれた。このように使いたいというわがままにもかなり応えていただくことができたし、韓国の観客に向けて上演する際のアドバイスなどもいただいた。

 新村劇場で上演するプログラムは、ポストカード型のチケットを作成されているという。『珠光の庵』のためのそのポストカードをいただいた時、この劇場で上演されるこの作品を、いかに芸術監督である彼自身のプログラムとしてやってくださっているかを、実感した。このような上演ができたことを、改めて嬉しく思う。


会場下見と演劇ワークショップinソウル

 2023年7月、それまでオンラインで続けていた日韓交流演劇ワークショップを、韓国で現地開催しようというプロジェクトで、ソウルに行った。劇団衛星の蓮行、紙本明子も一緒に、2泊3日の旅をした。

 初めて韓国の人たちと一緒にワークショップをした。それまでの数年、オンラインのワークショップは行ってきたが、実際に会場に集まって行うのは初めてだった。オンラインで行った時は、参加者は日本の人・韓国の人が半々だった。韓国の会場での開催の場合、ほぼ全員が韓国の参加者である(うち1人だけ、韓国に留学中の日本の方も参加してくれた)。どのようにできるかドキドキしていたが、予想以上に楽しい時間になった。韓国で活動されている俳優の方々も参加してくれて、交流を深めることもできた。

 ワークショップの前には、公演会場となる新村劇場にも行った。制作スタッフで下見をして、その後送っていただいた劇場の資料などをもとに劇団のメンバーと検証して、ここで公演することを決定はしたが、実際にどのように上演するか、演出とテクニカルスタッフに見てもらった。

『珠光の庵』は借景の演出を用いた作品である。

 少し話が脱線するが、劇団衛星はツアー先でも、地元での初演と同じクオリティの体験を観客にしてもらいたいといつも考えていた。「同じクオリティ」というのは、全く同じ見え方の作品であるということではない。
 私たちが演劇を始めた当時(現在も同様なのかどうかは分からないが)、多くの劇団の様子を見ていると、ツアー公演を行う際には、経費などの関係もあってか、地元での初演より一回り小さい劇場で上演することになるケースが多く見かけられていた。一回り規模が異なる、一回り質の異なる上演を、私たちは嫌った。
「同じクオリティ」で作品を観てもらうための方法として、舞台も客席も一体となった一つの箱型を創り、どこの会場でもそれを組み立てることで全く同じ上演の条件を持つ作品(『劇団衛星のコックピット』)や、舞台美術は一切つくらず、どんな場所でも会場にあるものを使って上演する作品(『大陪審』)などを上演した。
『珠光の庵』も、そのコンセプトを抱いた作品の一つだった。

『珠光の庵』では、場の雰囲気をそのまま用いる演出を用いている。初演は京都のお寺で上演して、各地の寺社仏閣や公共施設などの和室、蔵、古民家など様々な場所を会場に上演してきた。劇場で上演したこともある。
 新しい会場へ行くたびに、ここで「お茶会をするならどうやろうかな」というのと同じような発想で、この作品の上演のやり方を考えていた。
 会場ごとに全く違った味わいになる作品であり、同時に全く同じコンセプト・クオリティを持った作品であるのが、この『珠光の庵』である。

 そんな『珠光の庵』を、ソウルのこの劇場でどのように上演するか。演出家に実際に会場を見てもらって、上演プランを考える必要があった。
 実際に会場を見てから、日本に戻り、具体的な今回の会場での上演プランを相談した。小さな会場なので、客席数は10〜15人くらいしか準備できないだろう。それで4ステージ上演する公演にしよう、という決心した。


●おまけ:2023年4月 韓国で乗り継ぎ

(読まなくても内容把握に支障はないだろうと思う、おまけです。カンパとして、購入いただけると喜びます。このおまけ部分だけで200円の価値があるわけでもないので、ご容赦ください。)

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