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プチ連載小説「こどもの家」第3章

「マコのこと」

 マコは私のひとつ年下です。背がとっても大きくて、ジジとしょっちゅう背比べをします。いつも二人とも「オレが高い」と言い合いになります。私は背が低いので、どちらが高いのか背伸びをしてもわかりません。

 マコはどちらかというとのんびりしていて、いつも眠たいような顔でゆっくりのびのび動きます。手と足がとても長くって、いつも両手をミュージカルみたいに広げて「オーオオオー」と歌うのですぐ場所をふさぐし、頭をぶつけてしまいます。それから目が大きくて、草食動物みたいな目でとてもキレイでした。まつげが長くて静かな目でした。マコの瞬きを見ていると、大体安心して眠たくなるのです。

 マコの最強のライバルはジジなんだと思います。でもいつも少しの差でジジに負けてしまうのです。ジジが子供扱いすると本気で怒ってすねてしまいます。ジジは困ってニコニコする。
 時々マコはジジを嫌いになろうとします。そんな時、私はとても悲しかった。(マコはマコでジジはジジ。ふたりは全然違うイキモノ)。でも結局最後までそんなこと言えません。

 寒い朝のことです。私は毛布にくるまって眠っていました。頭の上でゴトゴト音がして目が覚めたのです。上を見るとマコがいました。
 学生服を着ていましたので、とても真面目な様子でした。口パクで「い・く・で」とやりました。私は仰向けのままマコを見ました。足元の方でジジの寝言が聞こえます。マコは指で「しぃーっ」とやると、部屋からゆっくりと出て行きました。私の頭はまだ寝ていましたが、とりあえず起きて、カバンから制服を取り出して着替えました。久々の制服はなんだかスースーして寒かったです。

 外へ出ると、冷たくて気持ちのいい朝の匂いでいっぱいでした。堤防の方にマコの自転車がとまっていました。私は小さな門を出て、小さな階段を上り、又小さな階段を降りて、マコの隣に座りました。

 私たちは寝ぼけた頭のまま川を眺めました。朝の空気は静かで、透明で、重くて、朝もやはいつもより濃く感じられ、川の上をずっとどこまでも消えないで渡ってゆく気がしました。

 私たちの頭の上を車が一台通り過ぎてゆきました。マコは「ミニラや」と呟きました。「ミニラ」はマコたちのお母さんのあだ名です。朝もやは消え、また静かな空気に戻りました。

 「頭すごいで」と私がマコの寝ぐせだらけの髪をさわると、マコはにやにやしてポケットから小銭を取り出して「取ってきた」と言いました。きっとジジの部屋からです。
 それから私たちはそのお金でパンを買って食べながら、マコは私を自転車の後ろにのっけて、町を二つも横切って、一時間近くかけて、私の学校へと私を送ってくれたのでした。

 その後の一日のことはまるっきり白紙です。ただっぴろいグランドの真ん中で、私は校舎を背にして風にビュービュー吹かれながらつっ立って、自転車に乗って去ってゆくマコを見つめていたことしか覚えていません。どんどん小さくなっていくのはマコのはずなのに、私は自分がとても小さくなってゆくように感じていました。

 黙っている分マコの大きな目はいつも私に何か感じさせました。まるで自分が考え事をしている時みたいに。そんな時私はとてもひとりになった。マコはよくぼーっとしているので、「何考えゆうがよ」と聞くと、いつも口をヘラッと開けて「何も」というけれど、私は「何も考えやせん」という状態がさっぱり分からなくて、何かすごいことの様に思っていました。私自身は一体一人で何を考えていたのでしょう。

 ある日私は、銭湯に行きたくなりました。なぜかそう思って、マコに近くの銭湯を教えてもらうため、自転車の後ろに乗っけてもらって連れていってもらいました。細い道をくねくね曲がって、マコはジジのように陽気に歌って自転車を走らせました。

 銭湯の前で降ろしてもらい、帰りは歩いて帰れるからといって別れました。そしてガラス戸を開けて中へ入ってからのことは、また、白紙です。
多分二時間位は出なかったと思います。私の記憶の続きは、お風呂からあがって、外へのガラス戸を開けた瞬間から。

 顔をあげると道の向こうにマコがいました。とてもとてもびっくりしました。待っていてくれたのか、時間が経っていないのか、突然ものすごい嬉しい気持ちと悲しい気持ちが押し寄せて、私はわんわん泣きました。マコはびっくりしました。私もびっくりしました。二人で途方に暮れて、また同じ道を自転車で二人乗りで帰りました。

 マコはとても優しいけれど、私を守ったり、魔法をかけたりはできませんでした。私たちはいつもひとりとひとりでそこにいるのでした。

 私はマコが何も考えないでぼーっとしていることと、私が色んなことや、何かわからないものを感じることと、似ていると思いました。「こわれやすいもの」「こわれるもの」まだそれが形をとどめているから胸が痛んだのかもしれません。

 私は「コドモ」でした。大切なものを守る術を知らなかった。自分で壊すことをしないでいるのが精一杯だったのです。
帰り道マコと私は寄り道をして、ジジの部屋から集めた小銭でジジとトシくんのお菓子を買って帰りました。

 そういえば、マコがジジに勝るところをひとつ思い出しました。マコは絵を描くのが好きでした。私もお絵かきは大好きだったので、よくふたりで絵を描いて遊びました。そういう時ジジが割り込んできても、私たちは知らんふりして続けます。ジジが「オレもかく!」と頑張って紙をひったくっても、ジジの絵はとにかくへんてこででたらめな落書きでどうしようもないんですから。それにすぐ飽きて投げ出してしまうので面白くないのです。
 マコは涼しい顔で続けます。ジジは散々悪態をついて出てゆきます。私とマコは紙を交換して色を付けます。そうしてお絵かきは長いこと、そう、夜になってジジが花火を買って見せびらかしに来るまで続くのです。


(2000年著)


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