【歌詞小説(短編)】Green Days(槇原敬之)

待てど暮らせど戻ってこない。
 
「トイレ行ってくるわ」
めずらしくふらつく先輩に
「大丈夫っすか?オレも行きましょうか?」
ヤな予感がして、オレも立ち上がった。
「ダイジョーブ、ダイジョーブ!まかしとけや!」
先輩、そんなキャラじゃなかったと思うけど…
 
内定が取れた、一緒に祝ってくれと先輩からメッセージをもらって、
いつもの焼き鳥屋に集合した。
ひとくち飲んで真っ赤になるオレと違って、先輩はかなりイケる口だ。
 
お互い、自分から進んで前に出るタイプではない。
石橋を叩いて渡るタイプ。
出身も同じ地方の過疎地。
オレはひとりっ子だが、初めて先輩と話したとき
「兄弟ってこんなカンジなのかな」って思ったっけ。
 
先輩が戻ってこない。
あれから20分たつ。
この店は雑居ビルの4階にあり、それほど大きな店ではない。
トイレは店の中にあったはずだ。
おかしい。
帰ったのか?
いやそんな人ではない。
何かあったんじゃないのか?
どうすればいい?
オレひとりで何ができる?
店の人に相談しようかな?
でもどうやって声をかけたらいいんだ?
  ***
「連れの人、遅いですね」
向かいの席の男の人が話かけてきた。
「…ええ…」
「トイレに行ったんだよね」
「…はい…」
「それにしても遅いよね」
「…はい…」
「トイレ、行ってみようか。タカシも一緒に来てくれるか?」
「おう!」
  ***
「先輩!先輩!聞こえます。オレです。大丈夫ですか!」
「…あぁ…あかん…立てん…」
「あのさぁ、鍵、開けられる?聞こえる?」
タカシさんも連れの男性もオレと並んで、トイレのドアに向かって声を張り上げる。
「お客さまぁ!ドアノブの横になっている金具を右にひねると、
鍵があくんですけどぉー!」
「…あぁ…立てん…ううっっ…げぇっっ…」
トイレの前で、店員さんとオレたちは互いの顔を見つめ合った。
  ***
 「…すみません。助かりました。どうもありがとうございました。」
 「大丈夫?一緒にいこうか…?」
 「…いえ、申し訳ないんで。オレひとりで。」
 「先輩、大丈夫だといいね。」
 「…ほんとに、どうもありがとうございました。」
 「キミも気を付けてね。」
 「…ありがとうございます。」
 「それじゃあ、救急車出しますので。」
 救急隊員がテキパキと告げる
 「…あ、はい、よろしくお願いします。」
 ばたん!とドアが閉まり、サイレンが野次馬をかき分けて進む。
   ***
次の日の朝、家にあった先輩の荷物を持って病院に向かった。
5万円も取られた、と先輩は目を丸くしてた。

   ***

「で、その人たちの名前、聞いたの?」
母さんは両手を頭の後ろに組み、天井を見上げながらつぶやいた。
「・・・」
「…そっか…そんな余裕、なかったか。」
「…うん…」
オレはうつむいた。
「アンタ、ものすごく心細い顔してたんだと思うよ。」
「・・・」
「都会ではさ、隣に住んでる人の顔を一度も見たことないっていうじゃない?
 でもさ、たまたまそこに居合わせただけの、どこの誰かも分からない大学生を心配して声かけてくれる人もいるんだね。」
 天井を見上げたまま、母さんは、うふふ、と笑った。
「次はアンタの番ね」
 オレの肩をぽん、と叩いて、彼女はキッチンに向かった。
 
  よかった
  この世界が捨てたものじゃないと思いながら
  これからも生きていける気がする
  君といるならば
 
 彼女が消し忘れていったプレイヤーから流れるマッキーの声が
 縁側のレースのカーテンをふわりと舞い上げた。

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