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『旅する練習』 乗代雄介

○読書メモ

言ってしまえば、コロナ禍で、おじとめいが途中で就職をひかえた女性と出会い、ともに鹿島スタジアムを目指して、おじは風景を描く練習を、めいはサッカーの練習をしながら、歩いて旅するだけの話である。

コロナ禍で学校は休み、密を避けるために歩いての旅は許される、企業は内定者に辞退を促す。時代性が物語の前提を作る。

旅する途中で現れるカワウやアビといった生物、柳田國男が書いた利根川、真言宗の寺院と願い、ジーコという人間の存在と鹿島アントラーズの歴史が、歩を進め、書けば書くほど、蹴れば蹴るほど、物語に編み込まれ、強固なたしかな感動を生み出す。

物語の劇的な結末を知るからこそ、読み返さずにはいられない。その時々の発願が成す透明な成就や人生の営みへの思いを、風景に乗せて、忍耐強く、確かに記憶し、書き残していく。防波堤の向こうのアビとリフティングをするめいの亜美を眺める描写を読むたび、涙を抑えることができないい。

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