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interview: Glider、結成以来最も風通しのいい新作『Spectrumation』を配信リリース。郊外ポップ3部作はいかにして生まれたのか。現在に至る道のりを語る。


Gliderが、9月16日にニューアルバムを配信リリースした。

2017年11月発表の『Dark Ⅱ Rhythm』から始まった3部作の完結編。通算5作目となるアルバムだ。タイトルは『Spectrumation』(スペクトラメイションと読む)。

今作もまた非常に多彩だが、混沌とした様が面白くもあった前作『衛星アムートゥ』と比べるとリスナー・フレンドリー。ドリーミーだったりもするが、全10曲の流れがよくて、何度でも繰り返し聴きたくなる。風通しがよく、いまの彼らの絶好調ぶりがビンビン伝わってくる爽快かつ痛快な作品だ。

Glider 5thアルバム『Spectrumation』

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Gliderは、埼玉県本庄市の歴史あるレコーディング&リハーサルスタジオ「スタジオディグ」(自分たちで運営)を拠点として活動。もともとは栗田祐輔(ヴォーカル、キーボード、作詞作曲担当)と栗田将治(ヴォーカル、ギター、ベース、キーボード、作詞作曲担当)の兄弟による宅録から音楽活動がスタートし、やがてライヴを始める際にリズム隊の椿田兄弟が加わってバンドの形に。2014年7月にSPACE SHOWER MUSICからタワーレコード限定のシングル「Glider / Glider's Monkey Job」でデビューし、同年9月に1stアルバム『Glide & Slide』を発表した。

自分が初めてGliderのライヴを観て彼らを意識したのは、2012年10月18日。Good Bye Aprilの1stミニアルバム『夢みるモンシロ』リリース記念ライヴが行われた下北沢Club Queだった(出演は、田中茉裕、Glider、Good Bye April)。オアシス「ドント・ルック・バック・イン・アンガー」の流れを汲んだ歌ものバラード曲もよかったが、ファンキーなロック曲(「Glider's Monkey Job」)の粘り気がやけに残り、ギターを弾いてその曲を歌っていた長髪の若者に「音源があったら聴かせてほしい」と声をかけた。栗田将治だ。彼はすぐにデモ曲のいくつかを焼いたCDを持ってきてくれた。そうして出会い、自分は彼らのライヴをよく観に行くようになった。1stアルバム『Glide & Slide』のリリース・タイミングと2ndアルバム『STAGE FLIGHT』のリリース・タイミングには、いまはもうない音楽情報サイト「music shelf」でインタビューもした。

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Gliderの活動形態が変わったのは、2ndアルバム『STAGE FLIGHT』を携えて初の長尺ワンマンライヴを成功させたあと(2016年)のことだ。SPACE SHOWER MUSICを離れ、ベースが抜け、ライヴをやらなくなって、バンドとしてのGliderはひとまず終了した。が、栗田兄弟は曲作りをやめず、ドラムの椿田翔平も残ってアルバムを制作。結成当初から彼らの最大の理解者であり続けるプロデューサーの青木和義(*70年代に活動し、2002年に突如復活を遂げたバンド「葡萄畑」の中心メンバー)や、スタジオディグのエンジニアで栗田兄弟の友人であるテリーと共に1年近くかけて作り上げたのが、3 rdアルバム『Dark Ⅱ Rhythm』だった。

これがすごかった。栗田兄弟の創造性が爆発していて、驚いた。それまでとはまったくもって別次元。まるで違うバンドになったかのようだった。僕は自分のブログで勝手にやっていた年間ベストアルバムでそれを2017年の1位にし、「bounce」誌の特集「OPUS OF THE YEAR 2017/bounceライター陣28人の選ぶ2017年の〈+1枚〉」にも選出した。

この『Dark Ⅱ Rhythm』からGliderは栗田祐輔・栗田将治・椿田翔平を中心にしながらも、バンドというスタイルではなく、そのときどきの自由な編成で活動。形式や様式にとらわれるのが苦手な彼らにはそういう進め方が合っていたようで、「スタジオディグ」と自主の「けや木レコード」を最大限に機能させながらハイペースで作品を生み出している。前作『衛星アムートゥ』から9ヶ月で早くも新作『Spectrumation』が発表されたあたりにも、抑えられない創作欲求と迷いのなさが見てとれるというものだ。

というわけで、このタイミングでしっかり話を聞いておきたいと思い、栗田兄弟に会った。呑むことはあっても、インタビューとしてちゃんと話を聞くのは2ndの『STAGE FLIGHT』が出たとき以来。残念ながらドラムの椿田翔平は都合で来ることができなかったが、途中からエンジニアのテリーにも加わってもらった。

およそ3時間半に及んだロングインタビュー。新作『Spectrumation』の素晴らしさを解き明かすには『Dark Ⅱ Rhythm』から辿って聞く必要があると思いながら臨んだのだが、結果的にデビュー時からここに至るまでを振り返る内容となった。

長いので、2回に分けて掲載。まずは昨年12月にリリースした前作『衛星アムートゥ』までを辿り、次回、新作『Spectrumation』の話をたっぷりお届けしよう。

インタビュー・構成/内本順一

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「常にどんどん作りたくてしょうがない」

――Gliderの結成は何年だっけ?

栗田祐輔: 結成は将治が生まれた年ってことになるんですけど(笑)、ふたりで曲を作り始めたときから数えると15年以上経ちますね。で、Gliderという名前になったのが2011年。そこから数えたら9年経ちました。

――1stアルバム『Glide & Slide』が出たのが……。

祐輔: 2014年なので、そこから6年。6年でアルバム5作品出したので、けっこういいペースじゃないかと。

――確かに。どう?   デビューから6年経って。

祐輔: 自分はアニヴァーサリー的なことに興味がなくて。5周年のときも特に何もなく。いま僕は30歳で、来年はGliderというバンド名になって10年なんですけど、特に何かが変わるということもなく、ずっと地続きできている感じですね。けっこう時間が経ったなとは思いますけど。

――まーちゃん(将治)は今、いくつだっけ?

栗田将治: 27です。

――そう考えると、確かに時間は経ったね。僕が出会ったときはまだ10代だった。

将治: 18とかでしたね(笑)。デモを聴いてもらって。

――「20歳になったら呑みましょう」なんて言ってたのに、いまやレーベル経営者。

将治: あははは。まあ、そうですね。

――『Dark Ⅱ Rhythm』から「けや木レコード」というレーベルを始めたわけだけど、やってみてどう?

将治: レーベルと言っても自分たちのアルバムしか出してないですからね。でも最近のこのペースの上がり方はなかなかいいんじゃないかと。慣れてきたところがあるみたいで。

――前作『衛星アムートゥ』が去年の12月リリースで、もう新作だもんね。かなりのハイペース。

将治: でも、デビュー前にふたりで宅録で作っていたときから、僕らはすごいハイペースで。その音源は発表してなくて、友達にあげたりしていたんですけど、そのペースが身についているから、常にどんどん作りたくてしょうがない。ただ、初めの2枚(『Glide & Slide』と『STAGE FLIGHT』)のときはまだ自分たちでレーベルをやっていなかったから、自分勝手なペースでポンポン出すわけにもいかなくて。そういう自分たちの創作意欲を最優先させようということで、『Dark Ⅱ Rhythm』のときにレーベルを作ったんです。そこから数えると今回で3作目になりますけど、録音の進め方もだいぶ慣れてきて。今回すごいスピーディーだったよね。

祐輔: うん。3月に録り始めたんですけど、今回はコロナのことがあったから、ゲストミュージシャンも招かないで、全部自分たちだけで録ったんです。自分たちでできることをやるしかないから、それで早かったっていうのもあるかもしれない。それと、決まっていたサポートの仕事がコロナで全部とんで、そうなると家で曲作ることくらいしかやることないじゃないですか。だから集中して制作できたという。

――もしもコロナがなかったら、ゲストを呼ぼうって思ってたの?

祐輔: たぶん呼んでたと思います。

将治: ゲストといっても、もともと繋がりのあるひとたちですけどね。

祐輔: 今回は自分たちだけで作ったから、生身のGliderが出てるんじゃないかと思う。

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「『Dark Ⅱ Rhythm』でやっと本性を出せた」

――では、新作『Spectrumation』の話はまたあとでじっくり聞くとして、その前にいまに至るまでを振り返って聞きたいんだけど。まずハッキリ言えるのは、3rdアルバム『Dark Ⅱ Rhythm』でGliderはドラスティックに変化を遂げたってことで。あのアルバムでGliderは完全に新しいフェーズへ移行した。それはもう、遂に本性を現したと言ってもいいくらいに。

将治: そうですね。やっと本性を出せるようになったというか。まず、1stと2ndの頃は僕たちの創作意欲とリリースのペースが合ってなかったんですよ。創作意欲がリリースのペースに勝っていたというか、どんどん加速しちゃってたんです。あの頃は同時にライヴもいっぱいやっていて、1stと2ndはライヴでやっていた曲をレコーディングしたもので。曲を作ってから録るまでの時間も長かったので、正直に言うとCDを出す頃にはもう自分のものじゃなくなっちゃってる感覚もあった。

祐輔: 当時関わってくれていたスタッフたちがけっこう僕たちの活動の仕方とか音楽とか歌詞とかにも口出ししてきてたんですね。いま思えば、そういうひとたちはGliderをどうにか売ろうと頑張ってくれていたわけですけど、あの頃は自分らが若かったのもあって反撥してしまった。で、結局最後は決裂してしまったんですけど。そのときに思ったのは、また別のレーベルや事務所を探して続けるのではなく、自分たちで自分たちの好きなことだけをやっていこうということで。そうしようとそのときに決めたので、それからはずっとそういうやり方でやっているんです。

――別のレーベルを探すことは選択肢に入れていなかった。

祐輔: まったく考えなかったですね。自分たちでやって、予算も自分たちで出して、好きなものを作るという進め方。長い目で見たらそのほうが絶対いいと思ったし、僕らの性格にも向いてるんじゃないかと思ったので。

将治: とにかく自分としては、録ったものをすぐ出したいんですよ。今回も「できました」って内本さんにラインしてからリリース日まで1ヵ月なかったので、ずいぶん急だなって思ったと思うんですけど、バーって録って、出来たらフレッシュな状態ですぐ出したいって気持ちが強かったんです。プロモーションのこととか考えると甘いのかもしれないけど、自分としてはこのやり方を続けたいんですよ。

――配信ならそれができるからね。海外アーティストもいまはそういうやり方をしているひとが多い。一気に録ってすぐに出すか、逆にじっくり煮詰めてプロモーションも丁寧にやって出すか、どっちかっていう。

祐輔: そうですね。ラップのアーティストとかは録ってすぐ出せるけど、それに比べるとバンドはやっぱり遅いですよね。

――うん。因みに1stアルバムや2ndアルバムを聴き直すことって、ある?

将治: まったくないです。基本的に、ひとつ前でも出したらあんまり聴き直すことがないんですよ。常に新しいものに向き合っていたい。そういうひとって多いと思うんだけど。

――僕は今日ここに来る前に、久しぶりに2枚を聴き返したんだけど、やっぱりいい曲は多いよね。堂々とした歌もの曲、普遍的な曲がたくさん入っている。ただ、いまのGliderと比べると優等生的というか。

将治: そう思います。いまの作品がいいか悪いかの判断は自分たちだけの耳によるものだけど、初めの2枚は当時のスタッフとかいろんなひとの耳によるもので。いま聴いてもたぶんいい作品なんだろうし、もしかすると最近のアルバムよりあの2枚のほうが好きってひともいるかもしれない。でもそれが本当にいいものなのかどうか、いまの自分たちにはわからないって感覚ですね。

「3人が揃ったバンドがGliderだっていうんじゃなくて、みんながそれぞれ自分のやりたいことをやっているというか。シンガー・ソングライターみたいなもんじゃないかな」

――楽曲としていいものは多いと思う。1stなら「Sky Is Blue」とか「Marigolds」とか「Glider」とか、タイムレスなロックバラードが数曲あったし。けど、いまのGliderからすると実直というか、ずいぶん違う世界観で、思えば遠くへ来たもんだなと。

祐輔: まず自分の歌が未熟すぎて聴けないっすね。聴けたもんじゃない(苦笑)。

――声が若いのは確かだね。レコーディングの技術的には、振り返ってどう?  やっぱり未熟だったと思う?

将治: 自分たちは未熟でしたけど、関わってくれたひとたちがプロ中のプロだったんですよ。当時は、自分たちでレーベル作って自分たちのスタジオでやったら簡単に作れるものだろうと思っていたところがあったんですけど、『Dark Ⅱ Rhythm』を作ったときに、ミックスだったりマスタリングだったりをちゃんとしたクオリティにするのがすごい大変なことなんだとわかった。1stと2ndは、ミックスとかまではほとんど関わっていなかったんです。

祐輔: 自分たちは曲を作って演奏して歌うだけでしたね。音作りの細かい部分までは関われなかった。ミックスはプロにお任せで。

将治: そのときの自分を振り返ってみると、やっぱりすごいフラストレーションがあった。そういう状況に対しても、バンドに対しても。未熟だからちゃんと音も作れないし。だから、未熟で自分たちが作れないところを、スタッフというかチームがあそこまでまとめあげたのは、すげえなっていまは思いますね。レコーディングが初めての若くて未熟なバンドの音をあそこまでちゃんとしたものにしてくれたんだから。あの2枚は確実に自分たちだけの力じゃない。

――大人になったねえ(笑)。あの頃はそういう考え方はできなかったでしょ?

将治: あははは。そうですね。でもいまは本当にそう思います。

――2nd(『STAGE FLIGHT』)は1stよりも多彩だったし、構成も練られていたわけだけど、やはりいまの自分たちからすると不満が残るの?

祐輔: 悪い作品だとはもちろん思わないけど、こういうのが売れるんじゃないかっていう邪念が楽曲に入ってる気がします。やっぱり売れたかったんだと思うんですよ、2ndの頃は自分もスタッフも。だから、無理して前向きなワードを入れたりとかして。いま聴くと、それはすごく嫌ですね。

将治: 1stと2ndのときは、スタッフを含めたGliderというチームだったんですよ。自分はそこに参加しているという気持ちだった。でもいまは、自分イコールGlider。それは祐輔もそうだろうし。それを一緒にやっているという面白さが、いまはある。僕と祐輔と翔平の3人が揃ったバンドがGliderだっていうんじゃなくて、みんながそれぞれ自分のやりたいことをやっているというか。だから……シンガー・ソングライターみたいなもんじゃないかな。

――ああ、なるほど。シンガー・ソングライターって考えると、わかりやすいね。シンガー・ソングライターだったら自分らしくない言葉、自分らしくない音や旋律がそこに入るのは考えられないもんね。

将治: そうですね。

祐輔: 例えば歌詞にこういうワードを入れたほうが広く浸透するんじゃないかみたいなことを、当時は考えていたんですけど、いまはまったく考えてないんですよ。

――当時、そうやって広く浸透させることとか売れることをまったく考えてない曲は書いてなかったの?

将治: 書いてました。それはそれで。

祐輔: というか、いまのGliderの曲って、デビュー前にふたりで作っていたときの曲の延長線上にある感じなんですよ。1stと2ndの曲のほうが、自分たちの歴史上、むしろ異質で。

――なるほど。じゃあ、もともとのあり方に戻ったと。

祐輔: 戻ってますね。

――そういう意味じゃ、さっき言ったようにまさしく『Dark Ⅱ Rhythm』で「本性を現した」という。

将治: そうです、まさに。

「リアルな話をしちゃうと、一回バンドは終わったようなもので」

――因みに2ndを出したあとには、長尺のワンマンライヴもやったよね。

将治: やりましたね。(渋谷の)O-Crestと(下北沢の)Garageで。

――それを終えたあたりで、それまでの活動に一区切りつけた感じだったのかな。

将治: まあ、そうですね。

――それから(ベースの)竜児くんが抜けて。

祐輔: 竜児はどっかの段階でスパッと「やめるわ」って言ってやめたわけじゃなくて、このへんが自分たちらしいんですけど、徐々にフェイドアウトしていった感じだったんです。

将治: ただ、そもそもあれなんですよ。言ってしまえば僕も祐輔も、Gliderって名前でバンドをやることとか、バンドメンバーが誰かとか、そういうことにあんまり興味がない(笑)

祐輔: だから、いま一緒にやってないからって一生一緒にやらないのかっていうと、そういうことでもないし。それはわかんない。そういう感じなんです。

将治: 普通のバンドだったら、活動形態が変わって、レーベルやメンバーも変わってっていうときに、一回解散するとか名前を変えるとかすると思うんですけど、そうしなかったのは、別にやめる必要もないしっていう。

祐輔: 普通のバンドは、例えば10代だったら、文化祭に出ようとか、そこからあのライヴハウスをいっぱいにするぞとかって目標立ててやり始めると思うんですけど、僕らの場合は実家での宅録から始まって、じゃあライヴもやってみようかってなったときに竜児と翔平を誘ったんですよ。ふたりはライヴをやるために呼んだメンバーだった。だからほかのバンドとは始まり方も違うのかなって思いますね。

将治: もともと録音狂なんですよ、僕ら。だから、リアルな話をしちゃうと、あのへんで一回バンドは終わったようなもので。終わっているなかで、なぜかわかんないけど作ったのが『Dark Ⅱ Rhythm』なんです。竜児に限らず、たぶん翔平も「いままでみたいにライヴバンドとしてスケジュールを詰め込むようなことはないんだろうな」って思ってたと思うけど、そういう流れのなかで、なぜか作ることはやめられなくて続けていたら、あれができちゃったっていう。最初から自主レーベルでリリースすることに意欲を燃やして作っていたわけではなくて、作り始めたらなんかすごくよくなりそうだったから、これは時間かけてどっかに売り込んで出すよりも、作品がフレッシュな間に自分たちですぐ出したいってなって。

祐輔: とにかく誰にも指示されず、自分たちの好きなものを作りたいと思っていたので。そういう意味で、自分はめっちゃ意欲的に『Dark Ⅱ Rhythm』を作ってましたね。

――整理すると、2016年にバンドとしての第1期Gliderが終わって、でもふたりで曲作りは続けて、2017年11月の『Dark Ⅱ Rhythm』でリスタートした。その2年が大きな変化の時期だった。

将治: そうですね。それまで気に入ってくれていたお客さんからしたら、急にライヴをやらなくなっちゃって何してるんだろ? って感じだったんじゃないかな。

祐輔: でも結果的には、こういうものが広く受けるんじゃないかという目線で作った初めの2作よりも、自分の好きなものを好きなように作るんだって気持ちで作った『Dark Ⅱ Rhythm』のほうが広く届いた気がしたので、ここから自分はこの方向で進んで行くんだってハッキリ思うことができた。そこからはブレずに進んでいるんですけど。

――それは完全に作品そのものの力だよね。宣伝力とかそういうものではなく。だってほとんどプロモーションしてなかったもんね。

将治: 全然してないですね。でも自信があったんですよ。曲に対して。作品に対しても。

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「自分たちの拠点を持ったことで、遊びの延長で音楽ができるようになった」

――あのアルバムは、けっこう長い時間かけて作ったんでしょ?

将治: あれはですね……ここは丁寧に話しておきたいんですけど、キーは青木(和義)さんなんですよ。自分たちは、それこそ本性を出すじゃないけど、リアルであること、素であること、フレッシュであること、正直にやることっていうのが第一で、実は音のことは二の次だった。そういう精神性第一で。だからパッと作ってすぐ出そうとしたんですけど、そうしたら青木さんが「これじゃダメだ」「もっとできるはずだ」と。青木さんは1stと2ndのときもプロデュースしてくれてたんですね。で、そのときのほかのスタッフにも『Dark Ⅱ Rhythm』のデモをいちおう渡したら「自分らのレーベルで出すんなら、いいんじゃない?」みたいな反応だったんですけど、青木さんだけは真剣に聴いてくれて「これじゃダメだ」と厳しく言ってくれた。それで青木さんは本庄のディグまで通ってくれて、そこから僕らと青木さんとテリーの4人で音楽的な格闘が始まったんです。ミックスに至るまで一切妥協しないで、徹底的にやった。その過程で青木さんとテリーと僕たちの結束が強くなって、やればやるほど曲がよくなっていった。そうして1年以上かかって完成させたわけなんです。

――曲作りは早くできたけど、そこから音を煮詰めていくことに時間をかけた。

将治: そう。曲作りにおいてはフレッシュさが大事だけど、音は煮詰めていく。青木さんには音に耳を向けさせられたよね。マスタリングエンジニアの塩田(浩)さんも紹介してくれたし。

祐輔: 以前からのスタッフのなかで唯一、ビジネス的なところではなく音楽が大好きってところで繋がっていたのが青木さんで、僕らの楽曲に対してもメンバーと同じ熱量で会話ができる。だから自主レーベルになっても一緒にやれているんです。それとあと、『Dark Ⅱ Rhythm』からテリーがエンジニアを務めるようになったので、僕らとしては遊びをいっぱい入れられるようになった。キャリアの長いプロのエンジニアに任せればいい音に仕上がるのは確かだけど、自分たちのスタジオでテリーと一緒にやるとなったら、思いついたアイデアを好きなだけ試すことができる。時間貸しのスタジオだったら時間も予算もかかっちゃって、それはできないですからね。

――じゃあ、青木さんの力と、あとテリーの力も大きかったと。それと何より自分たちのスタジオがあるということが大きかった。

祐輔: そうです。自分たちの拠点を持ったことで、遊びの延長で音楽ができるようになった。それは前の2枚とはまったく違うところで。あの頃は遊びは遊び、レコーディングはレコーディングというふうに分けて考えてましたけど、『Dark Ⅱ Rhythm』以降はそこの境目がないので。

将治: 青木さんもまた、そういう遊びに混ざるのが大好きなひとなんですよ(笑)

――そんななかで、翔平くんのスタンスはどんな感じだったの?  一緒になってアイデアを出したりとかっていうのは……。

将治: 今回の『Spectrumation』はけっこう翔平と一緒に考えて作ったんですけど、『Dark Ⅱ Rhythm』と『衛星アムートゥ』に関しては、翔平的にはもっとやれることがあるって思っていたかもしれない。『Dark Ⅱ Rhythm』って不思議な作りで、初めはスタジオライヴみたいなノリで「なんとかセッション」ってテキトーな名前つけて録ってたんですよ。そこから時間かけてブラッシュアップして完成形にまでもっていったわけですけど、その際ドラムは録り直しをしてなくて、最初のセッションのままなんです。

祐輔: ビートルズの『レット・イット・ビー』に近いかもしれない。スタジオでセッションした音をあとで工夫したりして仕上げていった感じで。

将治: だから翔平にしてみれば、ちゃんとしたアルバムにするんだったら、もっと考えながら叩いたのにって思ったかも。

祐輔: でも、『Dark Ⅱ Rhythm』のよさって実はそこにあって。よくも悪くもパンクな音というか、ドラムもラフな音で、そこがいいんだよね。

将治: テリーもそこは同じで、マイクの立て方とかもあのときはラフにやっていた。だからけっこうローファイな音になっている。

――確かに。それがいいよね。あれで音がへんにキラキラしていたら、あのアルバムの魅力は損なわれていたと思う。

将治: そう。あと『Dark Ⅱ Rhythm』の特徴を言うとしたら、意外とフォーキーってことで。

――メロがキレイだよね。抒情的だったりもして。

将治: バンドでライヴをやらなくなった時期に、祐輔とふたりだけで近所のモルタルレコードってCD屋さんでアコースティックのライヴを何度かしていたんです。「ユウスケ&マサハル」として。そのときに作っていた曲が元になっているので、『Dark Ⅱ Rhythm』はけっこうアコースティックなムードも持っているアルバムなんですよ。

「気持ち的にはもっともパンクな時期でしたね。それがライヴにもそのまま出たんだと思う」

――メロディアスな曲が多いよね。出たときは、それまでの2枚と全然違ってずいぶん実験的なことをやってるなという印象だったけど、いまの耳で聴くとポップだし、親切なアルバムだなと。構成も練られているし、意外ととっつきやすい。

将治: そうなんですよね。

*ここで、エンジニアのテリー登場。

――いま『Dark Ⅱ Rhythm』の話をしていたんだけど、テリーくん的にはあのアルバムを作っているとき、どうだった?

将治: テリーはあのときめちゃめちゃたいへんだったよね。

テリー: うん。もともとデモから始まったものを整えていったので。しかも自分もまだそんなに経験積んでたわけじゃなかったし。でも最近聴き直したんですけど、めちゃくちゃいいアルバムですよね。チープな音なのにグルーヴがすごい出ていて。

――うん。ローファイだけどグルーヴがある。

将治: テリーは、僕が「デモを録るから手伝って」って言って録ったものを、そのあとになんとか形にしてくれた。マイキングとかも本チャン録るんだったらもうちょっと違うやり方したんだろうけど。

テリー: いっそ録り直したほうがいいんじゃない? って言ったりもしたよね。

将治: 言ってたね。けど、しなかった。とにかく僕は早く作って出したかったし、録り直すとフレッシュじゃなくなっちゃうから。

――祐輔くんは、すごく意欲を持って『Dark Ⅱ Rhythm』の制作に向き合ったとさっき言ってたけど、あのアルバムでヴォーカリストとしてもずいぶん変わったし、すごく進化したなと思った。

祐輔: 自分たちのスタジオで音作りもマイキングとかも研究できるようになって、それによって歌い方も変わりましたね。前は用意されたスタジオで、限られた時間内にいい歌を録らなきゃならなかった。でも『Dark Ⅱ Rhythm』以降はうまくいかなかったらボツにするのも自由だしってことで、心に余裕があった。それで前よりも自然な歌い方になっているんじゃないかと思います。

――ライヴ・パフォーマンスのあり方が変ったのも『Dark Ⅱ Rhythm』以降だよね。『Dark Ⅱ Rhythm』を出したあとにまた何本かライヴをやっていたけど、(三軒茶屋の) GRAPEFRUIT MOONでやったときなんかは狂ったようなシャウトをしたりして、いかれたロックスターみたいになっていた。MCも以前は「こんばんは、Gliderです。次の曲は何々です。聴いてください」みたいな真面目なものだったのが、けっこうぶっとんだ感じになっていて。

祐輔: やっぱり曲のノリがグルーヴィーになると、歌い方にも影響するんですよ。それにあの頃はとにかく自分たちの好きなことを好きなように表現するんだという気持ちが強かったから。

――変わりたいという気持ちが強かった。

祐輔: 変わりたいというか、とにかくひとに指図されるのが嫌で、自分の感じるままに歌ったり声をあげたりしたくなっちゃったんです。気持ち的にはもっともパンクな時期でしたね。それがライヴにもそのまま出ていたんだと思う。

――まーちゃんは祐輔くんのそういう変化を横で見ていてどう思っていたの?

将治: 祐輔の心のなかの変化はわかんないけど、『Dark Ⅱ Rhythm』を作る前に「ユウスケ&マサハル」でモルタルとかでアコースティックライヴをやっていて、それも影響しているのかなって思います。狭い部屋でアコギ一本でやっていて、お客さんはすぐ目の前にいるわけですよ。そうすると飾ったりできなくて、剥き出しになる。バンドでライヴハウスでやるとなれば、照明がかっこよくあたって、何も喋らなくてもかっこがつくけど、狭い場所でのアコースティックとなると剥き出しで勝負するしかないから。

祐輔: へんにかっこつけなくなったところは確かにありましたね。そのままでやったほうがリアルだし、そのほうがかっこいいってことに気づいた時期でした。それはライヴもそうだし、レコーディングもそうだし、曲作りもそう。かっこつけるんじゃなくて、自分の感じたことをリアルに見せればいいし、結果としてそれがかっこよくてもかっこ悪くても自分たちの歴史になっていく。それに気づけたというか。

――それはすごく大きいことだよね。改めて聞くけど、『Dark Ⅱ Rhythm』は自分たちにとってどういうアルバムだったと思う?

将治: 3枚目だけど、気持ち的にはあれが1stアルバムみたいなところがありますね。構成もいい感じにできたし。

――そう、構成がいいんだよね、物語性があって。だから聴いていて映像が浮かんできたりもしたし。

将治: そういう感じは確かにあったかもしれない。音楽が音楽としてあるだけじゃないというか。

祐輔: それまでの2枚は音楽のための音楽みたいなところがあった。それがひとつの作品のための音楽になったというか、こういう世界観を表現したいというのが先にあって、その手段として音楽を使っているというか。だから、前は自分たちで自分たちを型にハメてたところがあった気がするけど、それがなくなってなんでもありになった。以前はオアシスとかブリティッシュっぽいロックという型があったけど、例えば「ナルシス」ならフィリーっぽい感じとか、「市営住宅」ならシュガー・ベイブっぽい感じとか。そうやっていいものはいいっていうシンプルな答えに行きついたら、気持ちもラクになったし、すごい楽しくなったんです。

――インストもあれば、1曲の尺もバラバラになったし、曲のタイプが本当に広がった。そんななかで『Dark Ⅱ Rhythm』はとりわけシティポップの要素が目立って入っていたよね。「市営住宅」とか「ベッドタウンボーイ」とか。

祐輔: その当時シティポップ・ブームみたいなのが台頭してきてて、それを聴きながら、文字通りのシティポップ……都会のポップはいろいろあるけど、自分たちのように郊外の人間がやるポップもあったら面白いんじゃないかというのが頭にあって。郊外ポップ。だったら自分たちが普段見ている景色を歌詞に盛り込もうってなったんです。そこに東京の風景を無理して盛り込んでも自分らにとってはリアルじゃない。リアルじゃなかったら、結局前と同じじゃないですか。とにかく自分たちにとってリアルなことをやるというのが、ひとつのコンセプトだったので。

将治: それで祐輔の書く歌詞がすごく変わったんですよ。

――前向きなことや意味のあることを歌おうみたいな感じがなくなった。

祐輔: なくなりました。

将治: 1枚目や2枚目は前向きなことを歌っていたけど、人間、そうじゃないときもあるわけで、そうじゃないのにライヴで前向きなことを歌わなくちゃいけないってなるとどうしても嘘っぽくなってしまう。だから3枚目以降は嘘になるようなことは歌ってないんです。

――『Dark Ⅱ Rhythm』以降は自分の内面を歌うとかじゃなくて、虚実ないまぜで、なんならただの言葉遊びでもいいじゃないかってくらいに吹っ切れている。

祐輔: 書き方が変ったんですよ。1枚目2枚目のときはテーマを決めて、それに向かって書くやり方だったんですけど、『Dark Ⅱ Rhythm』以降は完全に将治の曲が先にあって、そこに言葉を当てはめていくやり方なので。曲を聴きまくって、思いついたワードを書きなぐり、繋げていく。で、最後に整合性をとる。そのほうが音楽的かなと。だから歌いながら書いているんです。

「『衛星アムートゥ』は暗い感じもそのまま出そうと。やけくそ感とかね」

――じゃあ、『Dark Ⅱ Rhythm』の話はこれくらいにして、4作目『衛星アムートゥ』の話を。あれは、『Dark Ⅱ Rhythm』を作りあげて、すぐ制作に入ったの?

将治: いや、『Dark Ⅱ Rhythm』は僕たちにとって過渡期の作品で、それまでのやり方も踏んでるんですよ。出したあとはツアーもやって、名古屋のほうまで行ったし、CDを物販で売って届けることもできた。2017年11月に出して、2018年の8月頃まではツアーだったりをやって、で、夏の終りくらいに『衛星アムートゥ』を作り始めたんです。

――どういうアルバムにしようと思ったの?

祐輔:『Dark Ⅱ Rhythm』のときに郊外ポップというようなことを思いついたわけですけど、それで3部作を作ろうと思ったんです。で、実際『Dark Ⅱ Rhythm』はポップでいい作品になったけど、同じムードだとつまらないので、『衛星アムートウ』はちょっと内省的で暗い音色にしようと。そうしたら3作揃ったときにアクセントになるかなと考えて。

――『Dark Ⅱ Rhythm』よりもダークめを狙った。

祐輔: そうです。

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将治: やっぱりいまもそうですけど、やり方を模索しながら常にあがいている感じはあって。『Dark Ⅱ Rhythm』は内本さんがすごく評価してくれて、ほかにも「いい!」って言ってくれるひとはたくさんいたし、響いたひとには響いたと思うんですけど、自分が思っていたほどには浸透しなかった。「ああ、このくらいかあ。そこまで大きくは広がっていかないんだな」って、ある意味ちょっと挫折感があったんです。自分的には、レーベル作って、振り切ってやりたいことを全部やって。青木さんとテリーと一緒にデモからブラッシュアップしていって、いよいよリリースするぞってときには、「これ、マジですげえ評価されるんじゃないか」って思って。

――日本のポップ・シーンを変えてしまうんじゃないかってくらい。

将治: そうそう。で、そう思って出したら、別にそんなこともなく。それで拍子抜けしちゃって。そういう気分が『衛星アムートゥ』の暗いムードに繋がっているんですよ。リアルにいくっていうのは『Dark Ⅱ Rhythm』のときと同じようにテーマとしてあったので、だったら暗い感じもそのまま出そうと。やけくそ感とかね。

――やけくそ感(笑)。わかる。確かに出てるね。『Dark Ⅱ Rhythm』が文句のつけようのない構成の見事さだったのに対して、『衛星アムートゥ』は破壊的というか、まとまってなくたっていいじゃないかという開き直りがある。混沌を楽しむというか。

将治: そう。やけくそ感ですね、あれは。曲も長いじゃないですか。だから作っているときに、祐輔が「これ、長くね?」って言ってきて、「いいよ、別に長くても」って答えて。「わかりづらくね?」って言ってきて、「いいよ、わかりづらくても」って(笑)

祐輔: 僕はトータルアルバムを作りたかったんですよ。最初に意図していたのは、全体にストーリー性をもたせて、まとまりのあるものにしようということで。でもやってるうちにあれもこれもって盛り込むようになって、曲数は増えるわ、レコーディング時間は延びるわ。すごいカオスなことになってしまった。

――まとまりのあるものにしたいんだったら、1曲目の始めの30秒はいらないもんね。無音に近い状態がずっと続いて、いつになったら始まるんだっていう(笑)

将治: あはははは。そういう無意味なことをいっぱいやってるんで。でも、それがいいっていう。

――無意味であることに意味があるという。それを面白いと思うかどうかは、聴くひと次第。

将治: そうそう。で、僕が作った最初のインスト(「アムートゥ慕情」)と同じドラムの素材を使って、青木さんにも曲を作らせちゃったし(「朝焼けのドッペルゲンガー」)。そういう遊びをいろいろやっていて。

祐輔: 映画でもあるじゃないですか。「このシーン、いる?」みたいなの。そういうのがいっぱい入ってるアルバムです(笑)

将治:『Dark Ⅱ Rhythm』はみんなで「これはすごい!」ってレベルまでもっていってリリースした。でも『衛星アムートゥ』はもうちょっと独りよがりな感じがあるかもしれないですね。

――要するに、まーちゃんが暴走したわけだよね。祐輔くんはそれに対してどうだったの?   やりすぎだろって思っていたのか、それを楽しんでいたのか。

祐輔: それが途中から自分も楽しくなっちゃって(笑)。自分もそれに乗っかる感じで。

――ははは。結果的にふたりして暴走したと。

将治: そういう感じだったよね。やけくそ感に火がついちゃって(笑)。

――どうせコンセプチュアルなものを作っても、わからないやつにはわからないだろ、みたいな?

将治: まあ、やるとこまでやっちゃえって感じはありましたね。だからアウトロがやたら長い曲もいくつかあるし。

「次はポップでソリッドなアルバムを作るぞっていう気持ちがあったので、そのままカオスでやりきっちゃおうと」

――まーちゃんはさっき『Dark Ⅱ Rhythm』の受け入られ方に対して挫折感という言葉を使ったけど、祐輔くんにもそういう気持ちはあったの?

祐輔: いや、まったくないです。僕は自分の好きなことをやって、好きな作品を作れて、最高!みたいな感じだったから。広く受け入れられたかどうかはわからないけど、明らかに前の2作よりも刺さるところに刺さっているという実感が持てたので。

将治: 祐輔がそう思ってくれたのはある意味よかったけど、やっぱり自分は言いだしっぺだし、レーベル作って出そうよ、出せるよって言ったのは僕なので。それでずっこけるとなると、責任も感じるというか。

――そこはふたりの間で温度差があるんだね。で、『衛星アムートゥ』の話に戻るけど、エンジニアのテリーくんとしては、このアルバムはやっていてどうだった?

テリー: わけわかんなかったですね。エンジニアとしてはやっぱりちゃんと整えなきゃって気持ちがあるわけですけど、途中からちょっともう無理だなと思って。

将治: あはははは。そうだよね。『Dark Ⅱ Rhythm』のときはデモから作って、けっこうバンドで「せーの」で録ってるんですよ。でも『衛星アムートゥ』は完成形が自分の頭のなかにしかないから、どういうところに着地するのか誰もわかってなくて。まあ当たり前なんですけどね(笑)。しかもドラムから始めたんですよ。それもすごいやり方で。「翔平、一小節叩いて。一小節叩いてくれたら、それを貼ってループさせるから」って。だから翔平はそれがどういう曲になるのかわからないまま叩いていて。テリーもそう。完成形がわからないから、エンジニアとしてどういう方向に落とし込むかわからずやっているという。

祐輔: デモもなく、プリプロをまったくやらない状態で『衛星アムートゥ』は入ってるので。どういう音の設計図かは将治の頭のなかにしかないという。

――祐輔くん的には、そのやり方でOKだったの?

祐輔: 自分は自分でそれを聴きながらまったく違う設計図を描いていく感じでしたね。メロディがあればとりあえず歌詞は書けるけど、デモがないから構成とかまではわからない。なので当然、自分の描いている図と将治の描いている図にけっこうズレが生じて。

――そのズレも面白がろうと?

祐輔: それもありますけど、基本的にアレンジとかサウンド作りに関しては将治にイニシアチブがあると思っているので、自分の思い描いている感じと違っても将治の意見を優先させて進めるんです。

――まーちゃんとしては、そうやって作って、結果的に頭のなかの設計図通りのアルバムになっている?

将治: なってますね。

――あ、ちゃんとなってるんだ。

将治: はい。ただ、そこに至る過程はめちゃめちゃだったと思いますけど。ドラムを録り直したり。テリーもそれによってやり直しになるし。

――それは確かにバンドのやり方ではなく、シンガー・ソングライター的だね。

将治: そうですね。まあ、わかりやすいかと言えば、ちょっとわかりにくいアルバムかもしれませんけど、でもやけくそ感がありながらも、初めの構想の通りにはなっているんです。もっと言うと、そうやって『衛星アムートゥ』を作っているときから、今回の『Spectrumation』の構想もあったので。

――ああ、なるほど。次のアルバムを踏まえた上で、今回はこれでいいんだと。

将治: そうです。次はポップでソリッドなアルバムを作るぞっていう気持ちがあったので、『衛星アムートゥ』はそのままカオスでやりきっちゃおうと。

――その時点での『Spectrumation』の構想は、けっこう具体的なものとしてあったの?  それともイメージだけ?

将治: 具体的です。2018年の段階で今回のアルバムの初めの5曲のデモは作っていたんですよ。曲順まで一緒で。

――マジで?!  すごいな。プリンスみたいだな。

将治: あははは。まあそれもあって、『衛星アムートゥ』は多少わかりづらい内容でも、あとあとそれが個性になってくるだろうと。あと、ジャケットをレミちゃん(GLIM SPANKYの松尾レミ)にやってもらっているのも大きくて。歌詞カード含めてアートワークにはかなり拘ったので、多少わかりづらい内容でも手に取ったひとを入り込ませる何かがあるんじゃないかと。もしかしたらGliderをよく知らないひとも、レミちゃんがやってくれたジャケットに惹かれて買ってくれるかもしれないし。

――そうだね。あれでジャケットがペラペラだったり抽象的だったりしたら、本当にオルタナティブで敷居が高くなっていたかもしれない。

祐輔: あのアートワークのおかけでだいぶわかりやすくなったもんね。

将治: うん。パッと聴きでよくわからなかったとしても、歌詞カードを開いてちゃんと読みながら再生してくれれば絶対伝わるはずだと思ったんです。


前半はここまで。後半ではさらに続く『衛星アムートゥ』の話と、いよいよインタビューの本題と言ってもいい新作『Spectrumation』の話をたっぷりと。その全曲について訊いたので、既に配信されているアルバムを繰り返し聴きながら楽しみに待っていてほしい。

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(写真左から将治、テリー、祐輔)


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