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【17.水曜映画れびゅ~】"Mank"~デヴィッド•フィンチャーの伏線回収?~

Netflixで昨年11月から配信されている”Mank”Mank/マンク

今月行われる米アカデミー賞で作品賞や監督賞を含めた最多10部門でノミネーションされている話題作です。

あらすじ

1930年代のハリウッド。脚本家マンクはアルコール依存症に苦しみながら、新たな脚本「市民ケーン」の仕上げに追われていた。同作へのオマージュも散りばめつつ、機知と風刺に富んだマンクの視点から、名作誕生の壮絶な舞台裏と、ハリウッド黄金期の光と影を描き出す。

映画.comより一部抜粋

『市民ケーン』って?

本作の概要は、簡単に言えば、名作映画『市民ケーン』の製作裏話的な物語です。

「名作映画『市民ケーン』の製作裏話」と言っても、そもそも『市民ケーン』を知らない方もいるのではないでしょうか?

↑日本語字幕の無いトレーラーです。

『市民ケーン』は、今から80年前の1941年に公開された映画。当時まだ25歳だった新進気鋭の映画監督オーソン•ウェルズが製作•監督•主演、そしてマンクとともに共同脚本を務めた作品です。物語の大筋としては「新聞王ケーンが死の間際に残した謎の言葉”Rosebud”バラのつぼみの真意を探るため、一人の新聞記者がそのケーンの生涯を辿っていく」というもの。

実はこの“新聞王ケーン”は、当時存命だったウィリアム•ランドルフ•ハーストという人物をモデルとして作られており、彼を揶揄した内容として物議を醸して、一時は上映中止にまで追い込まれました。

一方で、前述したように名作映画として名高く、映像テクニックや時系列を飛び越える斬新な脚本など、その後の映画史に多大な影響をもたらした作品です。

鬼才デヴィッド•フィンチャー

そんな名作映画『市民ケーン』について新たな視点で切り込んだ本作。その監督を務めたのが、ハリウッド界の鬼才と謳われるデヴィッド•フィンチャー。1995年公開の『セブン』で脚光を浴び、その後も『ベンジャミン・バトン 数奇な人生』(2008)などで監督を務め、多くの映画ファンに熱狂的に支持されている映画監督です。

また細部までこだわる徹底した撮影を行うことで、完璧主義者と評されるほどの監督。実際に、とあるインタビューでフィンチャーは以下のようなことを語っていました。

「僕のモットーは、『とりあえず7テイク撮りましょう!』なんだ。」

Why is David Fincher  a Genius? ー Directing Style Explained

フィンチャーと『市民ケーン』

そんなフィンチャーが長年温め続けた構想を実現したのが本作『マンク』。その脚本はフィンチャーの父であるジャック•フィンチャー(没2003年)が1990年代に書き上げたものです。つまり本作の映画化は、親子2代にわたって宿願だったのです。

またフィンチャーと『市民ケーン』とのつながりは、それだけにとどまりません。実はフィンチャーの過去の監督作品をいくつか遡っていくと、本作『マンク』への伏線のように思える演出だったり、『市民ケーン』からの影響だったりが見え隠れしています。

例えば、フィンチャー監督の人気の作品『ファイト・クラブ』(1999)。 

↑日本語字幕の無いトレーラーです。

この『ファイト・クラブ』のワンシーンで"cigarette burns"という映画の裏話が説明される部分があります。"cigarette burns"とは、映写機からフィルムロールを切り換える時に一瞬画面の右上に生じるタバコの焼け跡のような小さい穴のこと。『市民ケーン』が作られた時代のフィルムは現在のように1ロールで2時間上映できる容量がなかったため、映画の合間合間でフィルムを切り換えることで映像内に"cigarette burns"が生じてしまっていました。

その"cigarette burns"が『Mank/マンク』で再現されています。その演出に『市民ケーン』へのリスペクトを感じるとともに、フィンチャーファンにとっては「『ファイト・クラブ』で言ってたじゃん!」という気持ちになります。

またフィンチャー作品で『市民ケーン』がよく引き合いに出されるのが、『ソーシャル・ネットワーク』(2011)。

この作品はFaceBook創設者のマーク・ザッカーバーグの伝記映画ですが、ザッカーバーグの起業家としての成功の側面よりも、その成功の過程で失っていった人間関係という負の側面に焦点が当てられました。

実在の人物がモデル、その人物を揶揄する内容
、その人物が存命時に公開…などなど、映画を取り巻く状況を含めて非常に『市民ケーン』と似通っています。

また物語構成も、時系列が頻繁に過去と現代を行き来し、さらにそれが「栄光の”過去”と絶望の”現代”」というコントラストを生み出している作り方は『市民ケーン』を連想させます。

加えて『ソーシャル・ネットワーク』はゴールデングローブ賞で作品賞(ドラマ部門)と監督賞を受賞したにも関わらず、米アカデミー賞では同カテゴリーを逃しています。その点でも作品賞と監督賞を含む9部門にノミネートされたにもかかわらず脚本賞しか受賞できなかった『市民ケーン』と共通しています。『市民ケーン』の場合は新聞王ハーストの圧力により受賞を逃したといわれていますが、『ソーシャル・ネットワーク』の受賞を逃した真意は…?

そのような共通点から『ソーシャル・ネットワーク』は“現代版『市民ケーン』”と多々評されます。

『Mank/マンク』への執念

そんなデヴィッド・フィンチャーが作る『Mank/マンク』は、これまでの集大成といえるほど数々の『市民ケーン』へのリスペクトが感じ取れる作品となっています。前述した"cigarette burns"に加え、白黒映画であることや冒頭のタイトルなどなど様々な点で『市民ケーン』で用いられた技法を現代風に取り入れています。そのような本作での数々のオマージュは、完璧主義者というフィンチャーの異名に相応しい見事さでした。

そのようなフィンチャーの『Mank/マンク』への執念、そしてフィンチャーの作品を通してわかる彼の『市民ケーン』への想いを知れば知るほど、彼の映画キャリア全体が『Mank/マンク』を撮るための伏線ではないのか、と思ってしまうほどです。


前回記事と、次回記事

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次回の記事では、今年度のアカデミー作品賞ノミネート作品”Sound of Metal”サウンド・オブ・メタル -聞こえるということ-について語っています。