東海道踏破計画フェーズ1 二日目:草津→水口

歩いた日:2019/2/2
2011年に歩いたときも同じ区間、季節も同じ2月でした。
2011年は東京から新幹線乗って草津に到着したわけですが、一度京都まで行って折り返すので切符がこんな風に出てくるんですよ。初めて知りました(これ以来この状況に遭遇していませんが)

それにしてもこの写真の撮影時間5:43ってアホですね。さて

草津出発

草津駅前を出発です。

前回ご紹介した追分道標まで戻り、東に進む。草津川を渡るところでまた江戸期の道標があります。

飛び出し坊や飛脚ver。30km/h厳守ってずいぶん速く走ってたのですね(違)

しばらく歩くと手原の街並みに着きます。

石部宿

さらに進んで石部宿。
草津から石部までは12km。三条大橋からここまではトータルで40km(十里)あるわけですが「京立ち石部泊まり」と言われ江戸時代の人は一日でここまで来たそうです。健脚ですね。

うつくし松

石部宿を出て少し行くとうつくし松の群生地があります。ここだけにしか生えていない珍しい松だそうです。2911年の時は立ち寄り、今回はスルーしました。
もう少し撮ったつもりでいたのですがこの一枚だけだったようです。とにかく美しいので是非。

三雲城址

さらにしばらく進むと三雲城址があります。こちらは2011年はスルー、今回は立ち寄りました。

落ちないことで御利益のある八丈岩。ほんとなんでこれ落ちないんですかね(笑)

水口へ

JRとクロスし、JRから離れます。街道を歩くときはこのようにたまに鉄道から離れたところがあるので一日に歩く距離やバスはあるのかなどをよく調べておく必要があります。

川を渡るわけですが江戸時代は渡し船がありました。2011年、2019年を見比べると説明看板が増えていますね。

川を渡った側。比較対象物がありませんがこの常夜灯かなり大きいです。

松並木。もう少し長かった気がしていて「あれ?これだけ?もう少し先にあるんだっけ?」と思いましたがここだけでした。記憶は捏造されやすいですね(笑)

水口宿

水口宿到着。

2011年に歩いたときは水口のホテルで泊まりました。今回は家に帰ります。宿場の中心はこの水口石橋駅の東になります。
なおこのようにJRではなく私鉄は走っていますが、JRの草津線も含めて本数は少なめで乗り逃さないように注意が必要です。「乗れなかったから一時間またぶらつくか」みたいな心でいるのがよりよいのでしょうが(笑)

以上、東海道踏破計画フェーズ1 二日目でした。

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