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創作大賞2022応募作品 「立てこもり」エピローグ

エピローグ

 野村修一の試案を受けて、官僚たちがまとめた試案に対する対案について少し触れておこう。

 堀は、二つの対案をまとめた。理由は、ベーシックインカムを導入すれば、抜本的に社会保障を変えることになるから現在の社会保障を活かす場合とどう違うか両方の案を示すことによりどちらが日本にとって最適かを国民に判断してもらうためだ。
 一つは、現在の社会保障を充実することで、混乱を避けるつもりでいた。内容は、生活保護の保護費を最低の生活保障として、それ以下の国民には生活保護を自動的に受けさせる。問題点としては、官僚の仕事があまり減らないことである。それに、増税が避けられず、返って国民の生活に影響を及ぼす可能性がある。
 二つ目は、ベーシックインカムを導入する。野村修一の試案を、ほぼ踏襲する格好になった。問題点としては、野村も指摘したとおり一度ベーシックインカムを導入すると後戻りが難しくなることだ。その事実を踏まえ、制度設計に時間をかけるべきだと結論づけていた。 

 堀は、再度二つの対案を部下たちと検討した結果、ベーシックインカムを導入するしかないと結論づけた。
 一つ目の現在の社会保障制度を変えるだけでは、新たなる矛盾や不公平など多くの問題を抱えることになる可能性があったからだ。
 例えば、ある家族は増税になりある家族は減税となる。今より得をするか損をするか? ということだ。収入の線引きにより、財源の確保が難しくなれば増税は避けられない。山下の言っていた三方一両損ならいいが、高所得者だけが損をする格好になる。
 低所得者のみに手厚い保護をしている錯覚にとらわれる可能性もある。それだけではない、各府省にまたがる様々な制度を一本化する作業は並大抵ではない。なら、いっそのこと新しい制度を作った方が良い。そこで、二つ目のベーシックインカムに注目した。

 ベーシックインカム導入は冒険ではあるが、全国民と合法的に日本に居住する外国人が対象となる。個人単位か家族単位かは、これから議論の余地はあるものの最低の生活費が国から支給される。面白いのは、消費税が生活費に加味されることだ。消費税の逆進性がなくなり、低減税率を適用しなくても消費税に連動してベーシックインカムは変化する。もちろん、物価が上下すれば見直しは必要だが消費税の増税でベーシックインカムを見直す必要はなくなる。
 収入に関係なく、一律50%の税率を課すことも面白い。これで複雑な税金の計算は必要なくなり、税務署の事務手続きが簡素化される。税金を払う側も数千円の違いで税金が高くなり手取りが減る累進課税の矛盾もなくなる。つまり、法の下に平等になる。
 無職には、最低限の生活を。低所得者には、今より税金の負担が軽くなり、家族単位のベーシックインカムでは、所得より多くの収入を得られる可能性もある。高所得者には、税金だけではなく総負担額が現状より著しく多くならないように配慮する。なぜそれが出来るかと言えば、ベーシックインカム導入により日本年金機構などの人件費を無くせるからである。
 簡単に言えば、公共事業で使う税金をベーシックインカムに使えばより多くの人間の命を救える。リストラされた公務員なども、ベーシックインカムの対象である。ベーシックインカムを導入するだけで、良い相乗効果が生まれる可能性がある。
 企業にとっても、半分負担していた社会保険(厚生年金・健康保険など)の負担がなくなり、結果正規雇用と非正規雇用の格差が少なくなる可能性もある。
 健康保険についても、5%なら、消費税などで医療費を負担する必要があるが、独自に10%も検討することにした。10%なら、現在の医療費を賄える。どの程度国民に負担を強いるのか、慎重に検討する必要があると結論づけた。

 試案に書いてあったようにベーシックインカムを導入した方が、組織が簡素化されるのも魅力の一つだった。生活保護・年金・雇用保険などの事務費が大幅に減ることになる。官僚のリストラは避けられない。
 次の仕事を探すまでのつなぎとして、ベーシックインカムが受け皿になる。日本が破綻すれば、否応なしに官僚のリストラは行われさらに国民に何の見返りもない増税で国民負担は増えることになる。ベーシックインカムを導入する混乱以上の混乱と、国民生活が破綻しかねない状況になりかねない事を考えれば今が最後のチャンスだろう。

 最終的に堀は、試案に沿った内容を提出することにした。素人が一人で考えたベーシックインカムには、矛盾点や問題点がまだ隠されていると考えて制度設計を行うために半年から一年の期間を見込みその間に世界に誇れるベーシックインカムの導入を目標に掲げた。
 日本の未来を考えれば、省壁を云々している場合ではなく、日本に最適な制度としてベーシックインカムを導入すべきと結論付けた。

 野村修一は、総理との会見が終わって山下の見舞いに行く途中の電車の中で、今までの思いもよらない展開を思い返していた。

  野村は、山下が倒れたあとすぐ病院に駆けつけた。が、山下の意識は回復せず、止むなく総理が手配してくれたホテルに泊まることになった。次の9月22日の朝に、総理からの迎えがホテルに訪れた。
 野村が官邸に入るとすぐに総理の執務室に通され、挨拶ももどかしいのか、「今度『政策改革準備室』を作るが、そこの室長になってくれないか」という総理直々のオファーを受けた。野村は、一瞬我が耳を疑ったが総理は勝手に説明を続けた。
 総理から手渡された資料には、10人以上の部下と学者や有識者など錚々たるメンバーが、オブザーバーとして名を連ねていた。そんな器ではないと固辞したものの、試案を作った人物ということと騒ぎを起こすきっかけを作ったことを指摘され渋々オファーを受け入れることにした。
 野村は、ひとつ交換条件を出した。野村の条件は、自分の待遇のことだった。総理は、次官並みの金額を提示したが、野村の想いを知って呆気にとられた。
 野村のだした条件とは、自分の考えているベーシックインカムが導入されたとみなして国民の平均年収約400万円を提示し、税金50%それに健康保険5%を差し引いて、一人分のベーシックインカム月額10万円と消費税分8%の10万8千円を加えるということだった。理由を総理に聞かれた野村は、「率先垂範です」とだけ答えた。
 総理は、野村の真意をすぐに理解した。自分が考えている制度を作る人間が、今の待遇にあぐらをかくべきではない。試案を考えて本当に実行したいなら、自分から率先してやれ! ということだ。
 総理は少し考える素振りを見せて、「君の部下の待遇は、君の言った額を平均給与としよう。だが、立場を考えれば、四百万円では低すぎる。せめて八百万にしてくれないだろうか?」と、普通では考えられない提案をした。常識では考えられない、逆の賃金交渉となってしまった。結局交渉は600万円。手取りは、ベーシックインカムを導入した時と同じようにすることで決着した。会見の最後に総理は、「ベーシックインカムは、家族単位だったね。君が結婚したら、130万ほど手取りが上がる。私がいい人を見つけてあげるから、身を固めたらどうだ?」とまで言ってきた。野村は、丁重に断り官邸を辞去した。 

 今日も、午前中という約束で総理と会見してきたが、『政策改革準備室』の打ち合わせもあり時間が長引いた。車で送るという総理の申し出を、辞退してきたところだった。
 個人的には、総理は信頼に足る人物だと思われるが、総理が本気でも周りがどう出るか? 『官邸に詰めかけた多くの群衆が、馬鹿どもを黙らせてくれた』と総理は言った。修一も同感だが、その馬鹿どもがずっとおとなしくしているとは考えられない。依然、圧力団体や後援会は健在である。

 圧力団体に屈する政治家や官僚が出てくれば、様相は変わってくる。修一は、その時に総理がどう出るか考えてみた。が、それは詮無いことである。修一は、その時はその時だと考えるのをやめた。これからは、自分にできることをするしかない。出る杭は打たれるの例えのように、自分は出過ぎた真似をした。と、自覚している身には、自分の賞味期限が終わるまで全力を尽くすしかないと結論付けた。
 賞味期限とは、突如時代の寵児となった人間が持てはやされるが、必要以上に持ち上げられた後に、あることないことを言われ世間から見捨てられるまでの間のことだと修一は思っていた。いずれ、その時は訪れるであろう。が、それまで精一杯出過ぎた真似をしようと考えると、返って清々しい気持ちになることができた。

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参考資料
ウイキペディア 報道協定
ウイキペディア ベーシックインカム

試案参考資料
拙著『超緊急提言』日本再生への提言


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