Milesって?
バークリーに入った21歳位のとき
ジャズは好きだったが聴いていたものは割と偏りがあった。当時bebopと呼ばれるスタイルのアーティストはほぼ聴いていなくてその流れを汲む以降の時代のアーティストもあまり聴いたことが無かった。
高校生の頃スクールバンドでの演奏を通じて知ったのは
エリントン、ベイシー、ホレスシルバー、位でそれも1〜2曲づつ、その後も特に自分が演奏した以外の他の楽曲や関連のアーティストを調べて聴いてみる、という事もまだしていなかった。
日本にいる頃から好きだったのはキース、チック、
そしてポール・ブレイ、しかしコンボで演奏しているものやアブストラクトなフリーは全く聴かず一部のソロばかり沢山聴いていた。
キースについてはもちろんケルン・コンサートはじめ幾つかのソロ、トリオ作品ではライブの曲間などに繰り広げられたvampを集めた「changeless」という作品を気に入って聴いていた。幼い頃大好きだったクラシック音楽もその頃はあまり聴かなくなっていた。
高校時代知ったプログレのアルバム数枚、
メセニーも良く聴いていた。かつて砂漠のドライブインの売店で購入したチェットベイカーのカセットテープも繰り返し聴いていた。チックはエレクトリックバンドが1番好きだった。
入学して最初の先生、Jeff Covellは
いわゆる王道のジャズ、すなわちbebop、そしてその流れを汲むアーティスト、作品に余り興味が無かった僕に少々呆れた様子で変わっているな、と言った。
Jeffは当時でも珍しく昔堅気の指導者で個性的で自己の意思をはっきりと持つ音楽家のたまごたちからは賛否あった。僕は既にこの学校、及び界隈で余りにも技術や知識、音楽性の高低差に完全に参ってしまっていたので
とにかくJeffの課題、それが何であれ取り組むことを決めていた。
この頃レッスンを通じて知ったのはBarry Harris、
そしてMilesだった。
Miles Davisは僕がオハイオの高校生だった1991年に亡くなった当時音楽のクラスでも社会科のクラスでも取り上げた事もありもちろん存在は知っていたが真剣にその作品を聴いたのは初めてだった。
Milesの軌跡、というのはすなわちmodern jazzの軌跡と言っても過言では無い程、ジャズ史のど真ん中を生き抜き重要なミュージシャンたちのほとんどがなんらかの関わりを持っていた。
だから僕の様にジャズを勉強しに大学に入学したのに実は余りジャズを聴いて来なかった人間、自分が勉強したい事はあるがそれが何かはっきりわかっていない人間にはMilesの足跡を辿ること程うってつけの勉強は無かった。
ピアニストだけでもbebop時代のほとんどのピアニスト、Wynton Kelly, Red Garland, Bill Evans, Harbie, Chick, Kieth,
無論以降のミュージシャンもいくらでも居るが
ジャズを学ぶその骨格を形成する時期、およそ聴いておくべき大半のミュージシャンをMiles Davisは紹介してくれた。
real bookに載ってない曲、載っていてもコードチェンジが実際には違っていたり、またコードチェンジ、というものが持つ許容、幅の様なものをこの時期感じる様になった。ハーモニー、というものを意識する様になるきっかけとなった。特にHarbieたちが参加している作品でそれは顕著だった。リズムもまたハーモニーと同じくらいサウンドの根幹であることを感じた。
Four and More, My Funny Valentine,
Miles in 〜のライブ盤ほぼ全て、
ESP, Miles smiles, 挙げればキリは無いが学生時代とそれ以降街で演奏する様になった頃直接的に強い影響を受けたアルバムだった。
リアルタイムで当時人気を誇ったアーティストも沢山いた。Kenny GarrettのJeff Watts, Kenny Kirklandが加わったカルテット、マルサリス兄弟、
Dave HollandのバンドなどだがHollandも GarrettもかつてのMilesバンドの一員であった。
学校の様々な授業で出会う先生やクラスメイトの影響もありほんの1、2年で僕の音楽的嗜好は格段に広がって行った。
学校のそばにあった大きなタワーレコードのジャズコーナーも良かったが隣町の中古レコード店にも良く通った。隣まで向かうバスの中で同じ学校のピアニストと偶然会ってやはり同じレコード店へ向かう途中だという事もしばしばあった。
学校の図書室、街の図書館で楽譜やCDを借りる事もあるので今思えば本当に膨大な音楽を聴いて日々過ごした。レッスンや授業がある程度進み、学生同士のセッションも毎日のように行うようになる頃には様々なレコードからコピー、いわゆるトランスクライブも沢山した。
学校の練習室でやったり少しずつだがピアノを使わずに音程を頼りに夜な夜なアパートで採譜した。
新たな習う技術や知識は即日実際の演奏の現場で生きるかというともちろんそんなことはなくて
大抵のことはまだモノにならないうちから、学生の頃は学校のリサイタル、外に出てからはギグで付け焼き刃でもやらねばならかった。いつも新たな課題に追われている様な日々。しかしながらやはりこれ程充実した時間もなかった。少しずつではあったが僕にとってジャズとはどんなものか、ぼんやりと感じ始めていた。