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Especia“the Second”は失敗だったのか

Especia 第2章(L→R:森絵莉加、ミア・ナシメント、冨永悠香)

 堀江系ガールズ・グループとして誕生したEspecia(エスペシア)が、早いもので結成から10周年を迎えた。2022年6月18日にはその10周年を記念したイヴェント〈Especia es una Familia~10º aniversario~〉を開催し、大阪拠点時に活動していたメンバー5名(冨永悠香、三ノ宮ちか、三瀬ちひろ、脇田もなり、森絵莉加)が出演するとのこと。2017年3月末の解散から5年、昨年5月末にEspeciaと所縁のあったライヴハウス「代官山LOOP」のラストイヴェント〈HOME~Thank You "Daikanyama LOOP" Last Day~〉でHALLCAこと冨永と脇田が登壇し、Especiaメドレーを披露したこともあったが、2022年に5名で、一夜限りとはいえ復活するとは、ペシスト&ペシスタ(Especiaのファン)たちも想像出来なかったのではないだろうか。

 SNS等で10周年記念イヴェントへの期待の声も目にするなかで、結成10周年というタイミングもあり、個人的にEspeciaについて言及しておこうと思い、文字を走らせた次第。といっても、ここで触れたいのは、5名体制を終え、東京へ拠点を移してからの、いわゆる“第2章”についてだ。

 5名体制時から引き続いてリーダーの冨永悠香森絵莉加の2名に、ブラジリアンのミア・ナシメント(Mia Nascimento)を加えた3名体制の新生“Especia”は、メジャー・デビューにまで駆け上がった“クインテット”時期の勢いは失せ、風前の塵芥のごとく、いまにも吹き飛ばされそうな状況であった。それでも、3名体制としての初EP『Mirage』、Kai Takahashi(LUCKY TAPES)全面プロデュースによるシングル「Danger」をリリースし、定期モーニングライヴをはじめとするイヴェントを展開していたが、2017年1月17日に同年3月をもっての解散を発表。1月17日は奇しくも三ノ宮、三瀬、脇田のグループからの卒業が発表された、新木場STUDIO COASTでのツアーファイナル〈“Estrella” Tour 2015 -VIVA FINAL-〉が行なわれた日と同じ日であった。そして、2017年3月にフェアウェル・ベスト・アルバム『Wizard』をリリースし、新宿BLAZEでのファイナルライヴ〈Especia“SPICE”Tour -Viva Final-〉を経て、同月末に解散となる。

 Especiaを知らない人たちからすると、グループの推移を表面的に見れば、5名から3名へのメンバーチェンジというように思えるかもしれないが、クインテットの第1章からトライポッドの第2章では、数の変化だけにはとどまらない大きな変化があった。第1に外見的要素の変化、第2に楽曲性の変化、第3にステージングの変化だ。

2016年6月に再始動した当初の新生Especiaのアートワーク

 多くの人が思い浮かべるだろうEspeciaのイメージは、チームカラーのような統一性を廃し、メンバーそれぞれで異なる派手やかで個性的なファッション・ヴィジュアルだと思うが、第2章始動時に公開されたのは、ムスリムライクなヒジャブで目の周り以外が覆われ、「FIJI」ウォーターを持つミステリアスなアートワーク。口元をマスクで隠し、クールというよりも動揺を誘うような不穏な視線を注いでいたが、ステージやコミュニケーションにおいても、アートワークよろしく“物言わぬ”ような静けさを纏うことになろうとは、誰が想像しただろう。

 実際、2016年6月25日に渋谷・clubasiaにて行なわれたイヴェント〈Squid Master #7〉にてトライポッドの新生Especiaとして登場した際には、新加入となるミア・ナシメントの紹介もままならず、3名とも黒で統一した衣装に、リードヴォーカルが冨永、森とミアがコーラスというスタイル。クインテット期にあった沸きフレーズやキャッチーなコール&レスポンスなどもなく、披露した新曲「Savior」同様に「Boogie Aroma」も英語ヴァージョンと、英語詞によるアダルトかつブラックネスなムードを湛えたものとなっていた。

 このような急展開に、多くのペシスト&ペシスタが戸惑いを覚えたことは想像に難くない。期待以上に不安を抱くばかりか、Especiaの元を離れた者も少なくなかっただろう。披露目となった渋谷・clubasiaのステージから約10日後にSORA×NIWA原宿でのラジオ番組『MUSICA PLAZA』がスタートし、3名の声を聴く手段は出来たが、良くも悪くも魅力の一つであったクインテット期の猥雑としたテンションは影を潜め、言うなればEspeciaにアイドル性を求めていたファン層においては、以前のようなコミュニケーションが取れないことに利点を見出せずにいたのではないだろうか。以降、渋谷・CHELSEA HOTELを皮切りにTSUTAYA O-nest、そして第2章のホームともいえる六本木Varit.でのステージにおいては、世辞にも盛況といえる集客が見込めなかったのも事実だ。

 しかしながら、このスタイルチェンジが全て悪だったとは思わない。なかでも楽曲性において、USのコンテンポラリーな潮流を意識したエッセンスを採り入れ、クインテット期に喧々諤々されていた(アイドル楽曲派がどうこう、アーティストには足らんなどの些末な)音楽性についての論議を鼻で笑えるような、明確にブラックネスを透過した高品位のサウンドは、非常に魅力的であった。いわゆる大サビへ展開するという従前のJ-POPシーンでよく見られた構成に見向きもせず、当時よりUSコンテンポラリーの主力にもなり得ていたアンビエントR&Bマナーの「Savior」をはじめ、ブラック・ミュージック・ミーツ・ジャズを具現化したロバート・グラスパー・エクスペリメントよろしくジャジィかつエレクトロなアーバン・ブラックネスを湛えた「Helix」など、EP『Mirage』に収められた4曲は実に質の高さが窺えた。

 『Mirage』収録曲は、確かにそれまでのEspeciaにはあまり見られない描出性に着手したといえるが、これまでにも行なわれてきた(たとえば、ブギー、AOR、シティポップなどの)既存のジャンルの懐古だけにとどまらずに既存と時流の要素を融合させた新機軸のサウンドとして創出する手法で楽曲の世界観を構築していたことには変わりはなかった。アプローチとしては従前よりも独創性とブラックネスへの深化を増した感はあるが、常に新たなエッセンスに触れる進取の精神や先進性を持ちながら、楽曲へ投影していくというEspecia楽曲の根幹の姿勢は、ブレることはなかった。

 だが、上質な楽曲だとしても、リスナーにウケるか否かは別問題だ。当初より“アイドル・グループではなくガールズ・グループ”と自称してきたEspeciaだが、メジャーへの勢いを有していた時期には“アイドル・グループ”として集っていたファン層が少なくなかったことも事実で、誤解を恐れずに言うならば、アイドル・グループにおいては、楽曲の質以上に重要視されるメンバーのキャラクターやステージでのコール&レスポンスを含むコミュニケーションという部分で、真逆とも言えるメタモルフォーゼを展開してしまった。それゆえ、純粋に楽曲としての評価をするところまでに届かなかったのは否めない。

 そして、ステージングという意味でも、局面を難しくしてしまうことに。クインテット期は冨永、脇田に加え、成長著しい森がメインパートを歌う頻度も高くなりつつあるなど、ヴォーカルワークにおいてもオリジナリティが明確に見せられたが、第2章はトライポッドでありながら(森やミアが英語詞を歌うのが苦手ということもあったのか)メインヴォーカルの冨永にコーラス2名というスタイルに特化したような構図に捉えられ、メンバーそれぞれの歌唱時の個性が分かりづらかったことも、低迷の要因の一つになってしまった。楽曲性のみならず、パフォーマンスにおいてもベタに“沸かせる”というポイントから距離をとり、クールなアティテュードと楽曲の質に偏重し、依存したことが、グループとしての魅力を削いでいたという結果を招いてしまったのかもしれない。

 ファンたちの『Mirage』の評価が芳しくなかったからというのは邪推の域を出ないが、2016年12月には、初期2012年(7名体制時)のEspecia初EP『DULCE』作風を意識したかのようなブラコン回帰となったモダン・ディスコ・ファンク「Danger」をLUCKY TAPESのKai Takahashiプロデュースによってリリース。第2章にとって初のアッパー・ブギー作ということで変化と注目をもたらそうとしたが、リリース以前に“決着”はついていたようだった。もしかしたら“終わり”へのカウントダウンが刻まれ始めるムードが漂うなかで、最後くらいはステージで楽しく歌えて踊れる楽曲をという意図が働いたのか……という妄想も顔を覗かせてしまった記憶があった。

 年が明けて2017年1月、前述のように〈Especia SPICE Tour〉をもっての解散が告げられた。フェアウェル・ベスト・アルバムとなった『Wizard』は、第1章の既存曲のセルフ・カヴァーに、EP『Mirage』から「Savior」「Nothing」、シングルとなった「Danger」のほか、「John's Rod」「Just Go」「Ternary」にミアのソロ「Call me back」という新曲4曲をプラス。ただし、新曲とはいえ、個人的には横山輝一「Lovin' you」やKATSUMI「危険な女神」あたりの90年代初頭モードなファンキー・ポップ「John's Rod」以外は琴線に触れず、オルタナティヴといえば聞こえはいいが、特に捻りや印象的なフックがある訳でもなく、厳しい言い方をすれば、わざわざEspeciaがやることもない“らしく”ない作風に終始してしまった感があった。「Savior」「Nothing」の2曲はリミックスも加えられたが、原曲のミステリアスだったり静謐とした作風をビートを早めたトラックに色直ししただけのような、これまでの“斜め上”を行くような捻った着想が感じられない凡庸なリミックスに。だが、制作者からの観点で言えば、終焉を迎えるグループの楽曲に熱量を注ぐことは難しいはずで、ここで「こんな楽曲があるなら、解散は惜しい」と思われるくらいなら、言い方は悪いが(80年代以前あたりによくあった、レコードのA・B面の冒頭曲以外は曲数合わせのために入れた捨て曲を並べたような)“やっつけ”感のある楽曲で終わりを告げるのが、逆に“らしさ”なのではとも思えたものだ。

 3月26日、冨永が「絶対忘れられないライヴにする」と叫んで幕を開けたファイナル公演〈Especia“SPICE”Tour -Viva Final-〉は、ラストに第1章からの人気曲「No1 Sweeper」をメンバー3名それぞれが1曲毎にリードヴォーカルを執る形で3曲連続で披露。歌詞どおりの“正気じゃいられないくらい”のパッションを放出させて、汗と涙と何とも言えない表情を滲ませたまま終止符を打ち、その5日後の3月末日、ファンクラブからのラストメッセージとともに解散が現実のものに。2016年6月の再始動から僅か9ヵ月で新生Especiaの未知への航海は、紆余曲折のままに途絶えることになってしまった。

 10周年記念に復活の報せを耳にする以前より、たとえば昨今ムーヴメントとなっているシティポップや、あるいはヴェイパーウェイヴなどの文脈で“早すぎた”存在としても語られていることもあるEspeciaだが、そこでフォーカスされるのは第1章における楽曲や活動ばかりで、第2章以降はどこか禁忌な存在として多くが触れていないようにも思える。確かに、全国ツアーを展開し、O-EASTやSTUDIO COASTまで辿り着いた闊達な盛況期とは比肩に足らないだろう。だが、パフォーマンスやグループのスタンスには行き詰まりが見られたとはいえ、冨永悠香、森絵莉加、ミア・ナシメントの3名が生を宿した楽曲群、とくにEP『Mirage』の楽曲には、他のガールズ・グループではなしえない、第1章とは異なるベクトルでの唯一無二の豊かな先進性が備わっていたことは評価に値するものだ。グループとしての状態が健全で、第2章が長く続いていたら……さらにどんな佳曲が生まれていたのかと夢想する価値はあると思う。

 第2章は失敗だったのかといえば、1年も持たずに終焉を迎えたのだから、言わずもがななのだろう。それでも、結果論として全く無駄な延命だったということは断じてない。
 解散後にソロへ移行した冨永は、シンガー・ソングライター“HALLCA”としてでEP『Aperitif e.p』や、『VILLA』『PARADISE GATE』のアルバム2枚を発表。Especiaの作風のほか、“黒い”テイストの楽曲を含むさまざまなエッセンスを加えたヴァラエティに富む楽曲を手掛けている。ユニットやバンド活動などを経て、2021年2月より再始動したミア・ナシメントは、ミア特有のグルーヴィな資質を活かしたR&B、ヒップホップ、ネオソウルなどの作風を軸とした楽曲を制作し、上質なブラック・ミュージック・マターのアティテュードを継承している。直接的ではないにせよ、僅かな第2章の時間で培い、育まれた音楽性という名の芽が、解散後に形を変えて花や実になろうとしているのは確かなのだから。

 Especia=第1章と位置付けてきたファン、またリアルタイムでEspeciaを知らずに過ごし、近年さまざまな経緯で存在を知った音楽ラヴァーも、グループにとってメモリアルな10周年というタイミングを機に、フラットな視点で第1章とはまた異なる味わいの楽曲を体感してみるのも悪くはないと思う。

もし、仮に、気まぐれにも、サポートをしていただける奇特な方がいらっしゃったあかつきには、積み上げたものぶっ壊して、身に着けたもの取っ払って……全力でお礼させていただきます。