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Yazmin Lacey @Billboard Live TOKYO(20230507)

 卓抜なアレンジと玲瓏な声色が重なる、フレッシュなステージ。

 ジャイルス・ピーターソン主宰の次世代サポート・プロジェクト〈フューチャー・バブラーズ〉のコンピレーション作に採り上げられて注目を浴びた、英・ノッティンガムからイーストロンドンへ拠点を移して活動するネオソウル・シンガー・ソングライターのヤスミン・レイシー(ヤズミン・レイシー)。2014年の本格的な音楽活動開始からはやや時間が掛ったが、2023年3月にようやくデビュー・アルバム『ヴォイス・ノーツ』をリリース。そのフレッシュなタイミングで、初来日公演を東京と大阪で開催。ビルボードライブ東京での2ndステージを観賞。

 初来日からの緊張かシャイな性格か、元来のスタイルなのかは分からないが、ステージを右左に動くこともなく、中央にセットされたマイクスタンドの前で真摯に歌うというシンプルなヴォーカリスト・スタイルで、MCも時折「サンキュー」と言うくらい。幼少よりベッドルームで作曲を続け、アコースティックなスタイルでのパフォーマンスをしてきたというから、ドリーミーでチルなムードが漂うなかで飾り気なく歌う方が、自身として居心地が良いのかもしれない。

 バンドは、左にヌバイア・ガルシアやザラ・マクファーレンなどの英ジャズ界隈のアーティストとの共演が多いロンドンの新世代ドラマーで、ハットを被った長身のサム・ジョーンズ(サム・“バレル”・ジョーンズ)、中央後部にギタリスト/シンガー・ソングライターのオスカー・ジェロームが所属するアフロビート・バンド"ココロコ”のベーシストとして活動し、ジョルジャ・スミスなどもサポートするムタレ・チャシ、右に2020年にリリースしたデビュー・アルバム『インフェクション・イン・ザ・センテンス』でチャシを迎え、ヌバイア・ガルシアやエズラ・コレクティヴあたりとの共演も重ねたロングヘアの女性鍵盤奏者のサラ・タンディというギターレスの編成。ミニマムなバンド・セットではあるが、既にロンドンのジャズ・シーンから頭角を現し、現行ジャズ・シーンで気を吐いている面々ということだからか、ヤスミン・レイシーのアルバム『ヴォイス・ノーツ』とはまた異なるアレンジが飛び交う攻めたアティテュードで、レイシーの幻想空間に奥行きをもたらしていく。

 さえずるようなスウィートな声質と滑らかにたゆたうヤスミン・レイシーの歌い口は、イーストロンドン出身のネイオを想わせるものもあるが、ネイオほど甘くなく、ビタースウィートというほど渋みもないので、その意味ではエリカ・バドゥあたりに近い感じもするが、ネオソウルといっても「フロム・ア・ラヴァー」などのバックビートが主張する楽曲ではレゲエやUKラヴァーズロック風のマナーも垣間見えるなど、90年代UKソウル/ジャズの色香が薫る。

 序盤は僅かながらにバンドにもミスマッチを感じたものの、次第に上質なジャジィ・グルーヴがフロアを横溢。特にドラムのサム・"バレル”・ジョーンズが曲中に変則的なビートを汲み入れて、刺激的なトラックへと変貌させていく展開は、熱量を高めるそれ。その所作に感化されたか、ベースのムタレ・チャシも大きな身体を揺らしながら、速弾きやギターのような爪弾きで漆黒のボトムを放ち、鍵盤のサラ・ダンディはエレクトロニックピアノをコロコロと鳴らしたかと思えば、「アイ・トゥ・アイ」などで深遠な宇宙空間を想わせるようなコズミックな音を響かせたりと、三者三様にタイミングよく技巧の"手札”を切ってくる。

 冒頭でドリーミーでチルなムードとは言ったものの、バンド・メンバーがアイコンタクトしながらグルーヴを重ね始めると、淀みなく繰り返される波の満ち引きのごとく、静のなかにも沸々と高揚へといざなう瞬間が訪れる展開は、実にソフィスティケートでエレガント。上品なスウィーツが舌に溶け、その甘味を感じるごとにゆっくりと芳醇な時間を生み出すと同時に、脳内にアドレナリンを生成していくようとでも言ったらいいか。テクニカルでスキルフルなドラミングから幕を開け、オーディエンスの耳目を注がせた「マッチ・イン・マイ・ポケット」や、元来はインディR&B~ネオソウル・マナーの楽曲ながら、勢いよく羽根を動かす蜜蜂のごとく躍動する音を弾く演奏陣と推進力あるヴォーカルが連なる「サイン・アンド・シグナル」、ラストで披露したドラムの連打でアウトロ・フィニッシュとなった「レイト・ナイト・ピープル」など、ソフトな耳当たりのヴォーカルとオルタナティヴ/エクスペリメンタルなジャズ・アティテュードのサウンドが交差し、恍惚と高揚が一つの糸となるかのように紡がれていくさまは、スウィーツといえども、デザートという枠を超越する至高の逸品のひとつといっていい。

 ライヴはアンコールはなく、15、6曲ほどをしっかりとやり切った形で終了。 MCでの問いかけやステージ上での動きがなかったこともあって、ライヴとしては初々しさも感じられたが、ステージを重ねて、テクニカルな敏腕揃いのバックとヴォーカルワークがより浸透力を増した時、派手やかにせずとも躍動するグルーヴの珠玉の音空間を体感出来るような気もする。90年代UKソウルのノスタルジックな郷愁と、現行ジャズのアート性や先鋭な技巧からくるモダネスを、ヤスミン・レイシーのヴォーカルから放たれる安堵感で覆うような独特の音風景。惜しくもフロアは満員とはならなかったが、これからの躍進が窺える、スマートな夜のチルタイムとなった。

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<SET LSIT>
00 INTRODUCTION
01 Flylo Tweet
02 Bad Company
03 90 Degrees
04 Own Your Own
05 Pass It Back
06 Fool's Gold
07 Where Did You Go?
08 Pieces
09 Drum Intro~Match in My Pocket
10 Morning Matters
11 Sign and Signal
12 From A Lover
13 Keyboard Intro~Eye to Eye
14 Legacy
15 Black Moon
16 Late Night People

<MEMBERS>
Yazmin Lacey / ヤスミン・レイシー(vo)
Sam “Barrell” Jones / サム・ジョーンズ(ds)
Mutale Chashi / ムタレ・チャシ(b)
Sarah Tandy / サラ・ダンディ(key)

Yazmin Lacey


もし、仮に、気まぐれにも、サポートをしていただける奇特な方がいらっしゃったあかつきには、積み上げたものぶっ壊して、身に着けたもの取っ払って……全力でお礼させていただきます。