抽象は「なぜ、なんのために」だと思う
以前、とても驚いたこと。
それまでは具体的であることが、わかりやすいと思い込んでいたのですが
そういうことではないんだ…とわかったことです。
今、私の中では
抽象的なものは本質で、身近なことが具体的だと
なっていて
抽象的と具体的とを、行ったり来たりしながら
理解できてくると、自分でも実感できます。
具体と抽象を考える時に
いつも思い起こしてみると、わかりやすい人のお話は
例え話が、たくさん出てきて
とても身近に感じられていたから、わかりやすかったんだな、と。
職場で、困っていることを話にくる人たちは
だいたいの内容が、すごく具体的な内容です。
それで、少し抽象的な本質の話をしてみると
ストンと落ちてくれることが多いです。
毎日の仕事の中で、目の前の仕事や人間関係に
フォーカスされすぎてしまって
残念ながら、そもそも
「なぜ、なんのために」それをやっているのかの
本質が抜けている、忘れている感じです。
でも、その本質に気づいてくれると
具体的な不満話からは、少し視点が変わっていく感じがします。
それでも、話が延々と続く人は
ただ、話を聴いてほしいだけなんだな、という感じです。
それと、日常で具体的な部分でガラパゴス化してしまった業務が
ふと、抽象的な視点で見てみると
本質から逸れていて、あまり意味のない業務だったりします。
(個人的には、そういった業務を減らしていきたいです)
日々、具体的な視点でばかり見ていると
見えなくなっているものが、あったりします。
ちょっとわかりにくい話になりました…
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