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学びと評価について考える

過去のブログの移植記事です(2018/10/02掲載)

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テストで測れる子どもの能力と資質って何?


学校や塾のテストは子供の学力を測るために実施されるものですが、試される側の子どもは、必ずしもテスト的に正解な答えを導き出すだけではありません。

本題に入る前に、簡単なテスト問題を出題しますので、読み進める前に少し考えてみてください。

以下の3つの言葉の意味を説明しなさい、と聞かれたら、どのように説明するでしょうか。

① 挨拶

② 連絡先

③ 世話

単語の意味を問う問題は、その出題の語彙を理解しているか、または文法的に正しい使い方ができているかどうかを測ります。日本に育ち、再三に渡ってその言葉を使ってきた大人であっても、改めて意味を問われると少し考える時間が必要です。

1年生の時からとても好奇心旺盛でユーモアに溢れ、頭の回転が早い小学校5年生のお子さんの親御さんから「うちの子もなかなかのもんよ!」と、学校で実施したテストの回答用紙が送られてきました。

問題は3問あって、それぞれ出題内容は以下の通りです。

① 学校では「おはようございます」「いただきます」「さようなら」などという ( ____________ ) を毎日繰り返しています。

② 転校する友達の住所、電話番号、メールアドレスなどといった ( ______________ ) を聞いた。

③ 花に水をやったり、ペットにえさをやったりするような、動植物の ( _______________ ) の仕方は、あの子がクラスで一番ていねいだ。

そうです、これは冒頭で出題した3問とは逆の出題形式の問題。意味から単語を当てる問題で、小学校の国語では言葉の理解度、定着度を測るためによく見られるものです。

大人がみたら全く難しくも面白くもない穴埋め問題ですが、この子から見ても全く難しくなかったのでしょう。彼の答案用紙を見ると、むしろ正解と思われる単語を書くことよりも頭をひねったであろう回答が。

この問題は正誤を問うテストで、自分の考えを自由に述べるテストではありませんでしたので、残念ながらバツとなってしまったようですが、そんなことは当然、彼には覚悟の上のこと。

本来の問題の意図である「説明文からそれを意味する言葉を選ぶ」ことよりも明らかに高度な「言葉の意味を説明する」ことに、自分から試みています。

それも、出来るだけ面白おかしな回答になるように、頭をひねって!

彼はこのテストに限らず、時々このような珍回答を披露してくれますが、それが出来るのもまた、学校の先生であり保護者であり、彼を見守る大人たちとの信頼関係がきちんとできているからこそ。

しかしそれだけに、現在の学力テストでは、暗記力と正確さを測るためのテストとなってしまっているため、彼を測る評価軸はなくテスト的にはバツとなり、この子の豊かな感性を評価してあげられる機会は学校にはないことが残念でなりません。


限られた時間を有効に使い、能力を発揮する子ども達


今度はまた別の5年生の男子のお母さんから、テストの回答用紙が送られてきました。

テストの余った時間で、余ったスペースに書かれた恐竜の絵ですが、試験の回答よりも先に目が向いてしまうほどの上手さ!

そして、その上に青ペンでかかれた採点者の「ダメです!!」の文字から、採点者の静かな怒りが伺えます。

しかしながらそんな彼は、負けじと絵を書き続けます。

先述の少年と同様に彼もまた、テスト問題の出題意図とは異なるものを書き続ける常習犯なのです。

その頃に彼が夢中で読んいた小説に触発されていたのでしょう。今度は零戦を、しかも色付きで仕上げています。

試験中に持ち込めるペンの色には限りがあり、彼はそこをうまく黒を使うことで影と暗めの緑を表現しようとしているようです。

彼のこの絵の凄さは、回答用紙をキャンバスに仕立て上げてしまう自由な感性はもちろんのことですが、それ以上にその観察力と再現力にあります。

彼はこれを模写して描いているのではありません。模写したくとも、資料となる写真見ながら書くことなんてできません。

だって、試験中なのですから!

ライセンスフリーの素材を提供してくれる写真ACからダウンロードした零戦の画像を見比べると、彼の観察力と記憶力の良さ、そして再現性の高さがとてもよく伝わると思います。

学校に、宿題に、塾に、とても忙しく分刻みで動いている東京の子供にとって、この試験中の余った時間はやるべきことから解放され、自分が自由に使うことが出来る数少ない贅沢な時間です。

このテストの終了時間までの限定的な時間で、筆箱の中にある限られた筆記用具と回答用紙の脇にある空白という限られたリソースを使って、彼の集中力を最大限にまで高めて、これだけの完成度のものを仕上げているのです。

回答用紙に絵を描き込んではダメなことなんて、本人だって当然わかっています。

これがもし、中学校や高校受験の回答用紙だったとしたら、彼は絶対に落書きなんてしないはず。

彼は彼なりに状況判断ができているからこそ、試験の問題を早めに切り上げて絵を描いているのでしょう。

しかし残念ながら、これも先述の少年のテストと同様に理解の正誤を問うだけのテストですから、指導者は厳しく評価せざるを得ません。

先述の少年の環境と違うのは、これが結果をシビアに求められる受験塾でのテストであること。

余った時間を有効に使って見直して欲しい、考えを深めて点数アップに繋げて欲しいと願うからこそ、指導者は彼に厳しい言葉をかけざるを得ないのです。

「生きるちから」を育むために、評価の軸をいくつも持とう

一面的な評価でその人を見ることは、その対象から自己肯定感と新たな可能性を奪います。

もし、この子どもたちを評価する軸をいくつも持ってもいいのだとしたら、この子たちはもっと伸びやかに、その豊かな才能と自分から選び得た知識を生かすことが出来るのかもしれません。

2020年の大学入試改革により、日本の教育は大きく変わります。

その影響は、一見、すぐには関係なさそうな小学校、中学校のカリキュラムにも及んでいます。

これまでの教育のあり方は、学校とは知識と技能を習得する場所であり、それを実践する場が社会であると考えられてきました。

主体性は、その子の興味関心に関わらず学習意欲の有無でのみ評価され、思考力は机上で与えられた問題が解けるかどうかで評価されました。

しかしそれでは「生きる力」を育むには不十分であったことを、私たち親の世代は身をもって知っています。実践の場となる社会においては、過剰に身につけた知識は不要のものでした。

多様な価値観を認めあい、協働して目的を達成する力を育む場であることを、学校は今、求められています。

マイナスを正すことではなく、評価軸を多数持って、子どもをプラスに評価することで、テストだけでは測れない子どもの能力を評価してほしい。

2020年の教育改革により、子どもの教育環境は改善されていくであろうと希望を持って、期待したいと思います。

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