「大規模国立大学に合議体」???

  先頃終了した国会最終日に成立した改正国立大学法人法が成立した。多くの大学教授が「大学の自治や学問の自由が損なわれる」と反対していた。
内容は、大規模国立大学の運営方針を決める合議体「運営方針会議」の設置を義務づけるものだ。
近年、政府は、教育分野に税金の投入を絞り込むだけでなく、教育現場に政府の支配をさらに加えるべく、しきりに制度をいじっている。

明治大学の田中秀明教授が、この問題について根本的な問題提起を新聞紙上に掲載してあったので、要約をここに載せる。

「選択と集中」が正解ではない 問われる大学の実力
 卓越大学を含め、大規模な国立大については意思決定機関として「運営方針会議」を設置することとされ、ガバナンス改革法案が国会に提出された。これは世界の例にならうものだが、既存の役員会などと機能が錯綜する。そもそも学長の権限を強化してきた法人改革とは矛盾している。
この会議の委員の任命には文部科学相の承認が必要であり、加えて、政府は卓越大学の研究体制などの状況を確認して「伴走支援」するとしているが、こうした政府の統制や介入は、世界トップレベルの大学では聞いたことがない。
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大学ファンドの検討に当たり、これまでの類似施策の検証が極めて不十分だ。なぜ研究力の低下を止められなかったのか、理由を科学的に分析しない限り、同じ失敗を繰り返すだろう。
 財源調達にも問題がある。財投資金は民間ではできない事業に投融資するためのものだ。大学ファンドの収益目標は物価上昇を考慮して年利4.38%だが、これは公的年金の資金運用による過去22年間の平均収益率3.59%よりかなり高い。大学ファンドの株式運用比率は年金の50%より高い65%になっているが、年金以上に稼げる保証はない。期待収益を上げたとしても、卓越大学を十分支援できない。年金運用にならえば、収益の約6割は株式などの含み益だからだ。
 次に支援の方法である。「科学技術指標2023」によると、日本のトップ10%被引用論文数(19〜21年の平均)は中国、米国、英国、ドイツなどに後れ12位で、1999〜01年の4位から大きく順位を下げた。
研究力低下の理由は多くの分析により明らかだ。
 第1に博士の減少、非常勤や任期付きの増大による若手研究者の雇用不安定化だ。博士の数は人口当りで英独の3分の1程度である。
 第2に、大学の基盤的経費である国立大学運営費交付金が過去20年間にわたり削減されたため、競争的資金は増えても常勤教職員は増やせない。
 第3に、授業時間と事務作業が増えて研究時間が減少したことだ。
卓越大学は若手研究者の育成を拡充しなければならない。他方、年3%の事業成長が求められているが、稼げない人材育成とどう両立させるのか。卓越大学への助成は資金運用の結果によるため、毎年変動する。単年度主義でどれだけ若手研究者を常勤雇用できるのか。東北大は論文数を数倍にする目標を掲げるが、肝心の常勤研究者数の目標さえなく、実現は難しい。学内で目標達成の方法を議論したのか、疑問である。
 大学ファンドが「選択と集中」で卓越大学を支援したとしても、日本全体で研究力が向上するとは限らない。政府は「地域中核・特色ある研究大学総合振興パッケージ」も実施しているが、大学の種類別ではなく、研究分野別で競争すべきではないのか。
 先進国を参考にするというのなら、ドイツがよい例になる。論文の質を示す被引用数では日本を圧倒している。文科省科学技術・学術政策研究所の分析によると、ドイツは日本と比べて上位に続く大学の層が厚く、特定の分野に強みを持つ大学が存在している。東京大などに集中する日本は負けている。
ドイツ連邦政府は、大学支援のために「卓越構想」(06〜17年)を設けた。大学院支援、卓越クラスター(特定分野の研究支援)、将来戦略(機関を支援)の3つのプログラムがあり、総計46億ユーロ(約7500億円)が投じられた。
これも当初は、世界トップクラスの大学と競争するため6大学に集中投資する方針だったが、多くの大学の設置者である州政府が反対して見送られた。卓越構想は終了後、専門家による複数の評価が行われた。その後制度が見直され、19年から新しい「卓越戦略」が始まっている。
筆者の現地調査では、各大学が得意分野を明確にして多様性を促進させたと評価されていたが、卓越構想から資金を得ても、研究時間の制約から他の資金が減った問題も指摘された。
競争が研究業績を上げると思われているが、過度な競争的資金導入の弊害も指摘されている。失敗したプロジェクトへ投入した時間と金は無駄となり、モチベーションは低下し、勝つためだけに保守的な研究を志向しがちで、また事務コストも増大するからだ。
 スウェーデンはこれまで競争的資金を増やしてきたが、00年代以降は論文の生産性(論文数/資金)が低下した。王立科学アカデミーが調査を依頼した専門家によれば、外部資金への過度な依存により、若い研究者の雇用が不安定化したという。大学執行部の権限が強くなり、教育・研究の質向上に努力しなくなったとも指摘されている。
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大学ファンドはスタートしたばかりだが、多くの問題と矛盾を抱えている。データに基づく科学的分析に欠けており、まずは過去の政策の検証が不可欠だ。
 
 近年、高等教育や科学技術政策は時の内閣によるトップダウンで進められ、大学は産業振興の道具として位置付けられてきた。改革は必要でも、大学関係者との合意形成の努力が不足しているのではないか。

 国立大のガバナンス改革法案は、驚くべきことに中央教育審議会で検討もされず、多くの大学関係者も知らなかった。見直しには当事者の関与も欠かせない。大学自身が当事者意識を持たない限り、改革は成功しないだろう。
これから大学ファンドは50年にわたって運営されるが、誰も結果責任をとらない仕組みである。コストやリスクは結局、国民負担となるだろう。ただし、それを覚悟した上でも、資金を広く研究人材育成のために投資すべきである。

 

以上が、田中秀明教授の卓見だ。私も同感に思う。

今の政府は、過去の施策の総括や反省を全くしないので、同じ失敗を繰り返すのだ。今回もやはり、同様の結果が想像される。

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