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新作歴史小説『茶聖』|第一章(九)

真の芸術家か、
戦国最大のフィクサーか――


安土桃山時代に「茶の湯」という一大文化を完成させ、
天下人・豊臣秀吉の側近くに仕えるも、
非業の最期を遂げた千利休の生涯を、歴史作家・伊東潤が描く!
新作歴史小説『茶聖』。

戦場はたった二畳の茶室――。
そこで繰り広げられる秀吉との緊迫の心理戦。
門弟となった武将たちとの熱き人間ドラマ。
愛妻、二人の息子たちとの胸に迫る家族愛。

発売直後から話題を集め、早くも二度の重版がかかるヒットとなっている本作の試し読みを、noteにて集中連載いたします。


第一章(九)

九月一日、普請作事を担当する者たちが一堂に会し、大坂城の鍬入れの儀(地鎮祭)が行われた。
 養子の少庵を伴って参列した宗易は、普請を担当する三十人余の大名たちと共に、黒田官兵衛こと孝高から縄張りの説明を受けた。
「宗易殿、お待ち下さい」
 説明が終わり、搦手の方に向かおうとした宗易だったが、背後から孝高に呼び止められた。
 孝高は風流を愛することから、いち早く堺の三宗匠とも誼を通じ、今では指折りの武将茶人となっていた。
「これは黒田様、実に見事な縄張りですな」
「それはよかった。この頭を絞りに絞って考えたものです」
「いよいよ普請が始まるのですね」
「はい。わが殿は何かを決めたら、すぐに取り掛かれというお方。ぐずぐずしていると、容赦なく外されます」
 孝高がにやりとすると問うた。
「ときに、搦手の曲輪は山里風にするとか」
「はい。羽柴様のご要望を容れ、山里の風情を感じさせる庭と茶室にいたそうかと──」
「ははあ、それはよいことですな」と言いつつ、一転して孝高が声をひそめる。
「どうやら殿は競い普請としたいらしく、遅れることは不興を買うことになります」
「そうでしたか。お教えいただき、かたじけない」
「それがしは夫丸(作業員)や材木の手配も行っておりますので、他に先んじてそちらに回すようにいたします。そのほかにも困ったことがあれば、何なりとお話し下され」
 宗易が礼を言うと、孝高は「お任せあれ」と言い残して去っていった。
 ──これが威権というものか。
 これまで孝高は宗易を尊重してはいたものの、ただの茶の宗匠という扱いだった。
 ──だが、今はどうだ。
 これからは宗易が秀吉の懐刀になると、孝高は見ているのだ。
 少庵が宗易を促す。
「義父上、そろそろ行きましょう」
「そうだな。で、足の具合はどうだ」
「ご心配には及びません。真冬以外は痛みませんので」
 少庵は生来足が不自由だったが、宗易に心配を掛けないよう、いつも気丈に振る舞っていた。
 二人は孝高からもらった絵地図を見ながら城の中を歩き、搦手の予定地に着いた。
 そこは木々が鬱蒼と茂り、灌木が地を這っており、長年にわたって放置されてきた場所だと分かる。
「父上、『市中の山居』を築くのに、ここは適地ですな」
「ああ、北向きで寂びた風情の漂う地だが、木々を伐採し、灌木を片付けて地をならし、それから植栽となると、夫丸を三百人ほど回してもらっても年内にできるかどうか──」
「それなら、木々や灌木はこのままにして、道だけ付けたらいかがでしょう」
「それはだめだ。それでは何の作意もない」
 宗易は少庵の力量を見切っていた。だが頭は悪くないので、基本的なことを教えていけば、茶の宗匠として食べていけないこともない。
「茶の湯とは己の創意を凝らすことだ。胸内からわき上がる創意を作意に昇華し、一つの作品として提示する。それをどう見られるかで、茶人の値打ちが決まる。それは茶室や道具揃えだけでなく、庭や露地も同じだ。ありのままの自然ではなく、植栽にも作意が宿っていなければだめなのだ」
「なるほど」と呟きつつも、少庵は釈然としない顔をしている。
「少庵、侘数寄とは、しょせん人がどう感じるかだ。客も主人も、深山の風情が作意によって表されていることを知っている。木々や灌木が自然のままでは、侘数寄にはならぬのだ」
「つまり木々の一本一本まで、種類や位置をお考えになられるのですか」
「端的に言えば、そういうことだ。そこまでやって初めて、人は茶の湯に魅せられる」
 眼下の藪を眺めながら、すでに宗易の脳裏には、侘数寄に溢れた庭と茶室が見えてきていた。

(続く)

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