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新作歴史小説『茶聖』|第一章(一)

真の芸術家か、
戦国最大のフィクサーか――


安土桃山時代に「茶の湯」という一大文化を完成させ、
天下人・豊臣秀吉の側近くに仕えるも、
非業の最期を遂げた千利休の生涯を、歴史作家・伊東潤が描く!
新作歴史小説『茶聖』。

戦場はたった二畳の茶室――。
そこで繰り広げられる秀吉との緊迫の心理戦。
門弟となった武将たちとの熱き人間ドラマ。
愛妻、二人の息子たちとの胸に迫る家族愛。

発売直後から話題を集め、早くも二度の重版がかかるヒットとなっている本作の試し読みを、noteにて集中連載いたします。

第一章(一)

天正十年(一五八二)六月十日、堺の今井宗久の屋敷は沈鬱な空気に包まれていた。
 宗久は腕を組んで黙りこくり、津田宗及も深刻な面持ちで瞑目している。
 京から届いたばかりの書状の一つを宗易(後の利休)が閉じる。
「もはや右府様ご落命は間違いないかと──」
 右府様とは、かつて右大臣に任官していた信長のことだ。すでにその職は辞していたが、大半の者は信長のことを右府様と呼ぶ。
 宗久がうなずくと、宗及もため息をつく。
「われらの手の者が、そろって右府様の死を伝えてきたのだ。まずもって間違いあるまい」
 三人の真ん中には、信長の死を伝える書状が山のように積まれている。
「これからは、その措定(前提)で話していきましょう」
 二人は宗易より少し年上なので、宗易は丁寧な言葉を使う。
「三位中将殿も討ち死にしたようです」
 三位中将とは信長の嫡男で、すでに織田家の家督を継いでいる信忠のことだ。
「右府様と三位中将殿がお亡くなりになったということは、われらのやってきたことが水泡に帰したということだ」
 宗及が天を仰ぐと、宗久が渋い顔で付け加えた。
「しかも右府様は、安土から『九十九髪茄子』『珠光小茄子』『勢高肩衝』といった名物の茶入、また玉澗や牧谿の筆になる表具を本能寺に集め、公家や博多商人を相手に大寄せ(大茶会)を催すつもりだったという」
 信長は「東山御物」をはじめとする名物の収集に熱心で、本能寺に滞在したのは、それらを公家や博多商人に披露するためだった。安土から本能寺に運び込まれた名物は三十八にも上った。
「東山御物」とは、室町幕府八代将軍・足利義政が主となって集めた唐渡の「大名物」と呼ばれるもので、唐絵、墨蹟、漆器、香炉、花瓶、茶盞、茶壷、茶入など多岐にわたる。
 また、この大寄せに堺衆を呼ばなかったのは、同日に堺を訪れていた徳川家康の饗応を任せていたからで、すでに家康一行は堺を後にしていた。
「それらの大名物が、すべて灰燼に帰したということか」
 宗及が天を仰ぐと、宗久が答える。
「それは致し方ない。大切なのは、向後われらがどうするかだ」
 宗易が一つの書状を見ながら言う。
「備中高松城を囲んでいた羽柴秀吉様が姫路城まで戻られたとのこと。おそらく弔い合戦を周囲に呼び掛け、謀反人の明智光秀を討つつもりでしょう」
「で、どちらが勝つ」
 宗及の問いに宗久が答える。
「謀反人に勝ち目はあるまい」
「ということは羽柴様が勝ち、次男の信雄様か三男の信孝様を押し立てていくということか」
 宗易が首を左右に振る。
「それは分かりません。羽柴様は欲深きお方。己の手で明智を屠れば、ゆくゆくは天下を簒奪することも考えられます」
「まさか」と言って、宗久と宗及が顔を見合わせる。
「少なくとも信雄様でも信孝様でも、天下は治まりますまい」
 宗久が渋い顔をする。
「北陸道には柴田勝家様率いる四万の精鋭がいる。天下の帰趨は定まっておらん」
 宗及が確かめる。
「つまり次なる織田家の当主に誰が就こうと、羽柴様と柴田様の勝った方が執政の座に就き、天下を牛耳るというわけか」
 それには宗易が答える。
「いや、天下人になり得るお方が、もう一人おります」
「それは誰だ」
「三河様」
 三河様とは徳川家康のことだ。
「ああ、あの御仁がいたな」
「しかしながら三河様が、織田家の内訌に首を突っ込んでくるかどうかは分かりません」
「いずれにせよ」と、宗久がため息をつきつつ言う。
「われらは次なる天下人の懐に入り込み、これまでと同じく、うまく操らねばならん」
 宗易が言う。
「仰せの通り。しかし明智に勝ち目はなく、三河様には重代相恩の家臣団が付いておるので何かと厄介。柴田様にも心を一にした寄騎や家臣がおります。しかし羽柴様は出頭を遂げたばかりでろくに家臣もおらぬゆえ、われらを頼ってくるでしょう。つまり羽柴様は、銭の力で家臣の手薄さを補わねばならぬのです」
 宗及が問う。
「つまりわれらの力で、羽柴様に天下を取らせるというのだな」
 宗易がうなずきつつ言う。
「まずは尼崎に出向き、羽柴様を出迎えます。お二人は堺衆から金銀をお集め下さい。おそらく羽柴様は姫路城の金蔵を開けて大盤振る舞いしておるはず。つまり羽柴様勝利のあかつきに献金すれば、堺の覚えはめでたいはず」
「さすがだな」と言って宗久が感心したが、宗及は腕組みしたままだ。
「だが厄介なのはそれからだ。これで名物の大半は灰燼に帰した。しかも逸品ばかりだ。右府様同様、次なる天下人に『東山御物』の収集を勧めても、肝心の名物がなくてはどうにもならん」
 それは宗易も危惧していることだった。
「仰せの通り、名物がなければ、茶の湯によって武士たちの荒ぶる心を鎮め、この世から戦乱をなくすというわれらの思いも頓挫します」
 茶の湯は茶室という別世界で、身分などの世俗的なものを忘れて一時的な遁とん世せいを行い、一視同仁(平等)、一味同心(心を一つにする)、一期一会(一度限り)、一座建立(最高のもてなし)といった概念を実現するものだ。しかしそうした概念には形がなく、武士たちには分かりにくい。そこで名物茶道具によって茶の湯の精神性を代弁させようというのが、信長の狙いだった。
「では、これからどうする」
 宗久の問いに、宗易が答える。
「それには一考を要します。しばしのご猶予を」
「知恵者のそなたなら、何か考えつくかもしれんな」
 宗及が座を立つ。それを機に三人の話し合いは終わり、宗易は今井屋敷を後にした。
 ──今までの労苦も水泡に帰したか。
 気持ちは深く沈み、不安ばかりが頭をもたげる。
 ──再び戦乱の世に戻ってしまうのか。
 そうなれば大名の支配地間の自由な行き来ができなくなり、商品流通は滞る。
 ──それだけは何としても避けねばならない。
 宗易は、信長に初めて会った日に思いを馳せていた。
 ──あれは永禄十二年(一五六九)一月のことだったか。
 前年九月、足利義昭を奉じて上洛を果たした信長は、堺に矢銭(軍資金)二万貫を要求した。
 堺の自治組織である会合衆の大半は拒否しようと言ったが、今井宗久だけは、「矢銭を出さなければ堺は火の海にされる」と力説して話をまとめた。
 一貫文は現在価値の十万円相当なので(諸説あり)、二万貫文は二十億円となり、商都堺の屋台骨が揺らぐほどの額だった。
 話がまとまると、信長は兵を率いて堺の町に乗り込んできた。堺は海に面した西を除く三方を堀と土塁で囲まれた環濠となっているので、まさに降伏した城に乗り入れてきた感があった。
 ところが信長の第一声は、「堺の茶を喫したい」だった。
 伊勢湾交易網を掌握し、一代で財を築いた信長の父の信秀は、その短い晩年に風流心を起こし、「東山御物」とそれに連なる高価な茶道具を買い集めた。それを幼い頃から目にしていた信長は、自然と茶道具に関心を持ち、居城だった小牧城や岐阜城でも茶会を開くほど茶の湯に執心していった。
 こうした信長の嗜好を知った傘下国人の松永久秀は、茶入の「九十九髪茄子」を、今井宗久は茶壺の「松嶋」と茶入の「紹鴎茄子」を、それぞれ献上した。
 信長の要望に応じて茶会の座が設けられ、宗久が茶を点てた。床几に腰掛けて茶を喫する信長を前にして、三十六人の会合衆が次々と挨拶していく。
 信長は中肉中背で、肌の色は白く、その声も女性のように甲高い。だがその切れ長の目は、この世のすべてを憎悪するかのように鋭かった。
 ──この者が次なる天下人になるのか。
 足利家の血筋に連なる新将軍・義昭を推戴することで上洛の大義を得た信長だが、今後、義昭の執政の立場に甘んじるのか、それとも自らの力によって織田幕府を開くつもりなのかは分からない。
 やがて、宗易が挨拶する番になった。
「千宗易、またの名を魚屋田中与四郎と申します」
「と、と、や、とな」
「はい。今は納屋(倉庫業)を営んでおりますが、かつては魚の干物や塩物を扱っていたことから、祖父が屋号を魚屋と付けました」
「そうか。そなたは茶の湯の宗匠だと聞くが」
 信長は一商人にすぎない宗易のことを知っていた。
「はい。宗久殿や宗及殿と違って不調法ですが、堺では末席にて茶筅を回しております」
 信長が相好を崩す。
「茶筅を回すか。面白い言い方だな。宗久によると、そなたは茶の湯の事情に通じているというが」
「事情に通じているとは、どのような謂で」
「どこの誰がどのような名物を持っているか、そなたに聞けば何でも分かると聞いたぞ」
 ──つまりこの男は、名物を集めようとしておるのか。その片棒を担がされるのはご免だ。
 宗易の直感が警鐘を鳴らす。
「私が存じ上げているのは、ごく一部です」
「それでよい。風聞や雑説(情報)は集めるもので、やってくるものではない。名物を求めていれば、自然と集まることもある」
 信長は情報を集める方法をよく心得ていた。
「後でわが宿に出頭しろ。茶の湯の話がしたい」
「承知しました」と答えて信長の前を辞そうとすると、背後から声が掛かった。
「知らぬ存ぜぬなどという話は聞きたくない。わが前に出るなら、そなたの知っていることを、あらいざらい話せ。そうだ。来る前に書置にまとめておけ」
 ──これは容易ならざることになった。
 噂には聞いていたが、信長は一筋縄ではいかない男だった。
 ──このお方の狙いはどこにあるのか。
 単に自らの趣味のために、信長が名物を集めるとは思えない。そこに何らかの深慮遠謀があるのは間違いない。しかしそれが何なのかは、まだ分からない。

 堺での信長の宿所は宗久の本屋敷だ。宗久はこの日があるのを期し、屋敷内の家具や調度類を刷新し、自らは別宅に移るほどの力の入れようだった。
 宗久の茶室に案内された宗易に、取次役が「上様が茶をご所望です」と告げてきた。
 この時代、書院などで茶道具を台子と呼ばれる棚に飾り、唐物天目で濃茶を喫するという「書院・台子の茶」が主流だった。
 これに対し、村田珠光(単に珠光とも)が編み出した「侘数寄」、すなわち後に「侘茶」と呼ばれるものの流行が始まりつつあった。
 ちなみに「書院・台子の茶」は目利きを主眼とし、「侘数寄」は作意に重きが置かれている。作意は作分とも呼ばれ、いわば茶の湯における創意工夫のことである。
 茶の湯は、この二つの系統に分かれて発展していくが、やがて宗易により、「侘数寄」が「侘茶」として大成し、「書院・台子の茶」を圧倒していく。
 水屋に回って点前の支度をしていると、渡り廊を大股でやってくる足音がした。道具を置き合わせ、湯相を整え終えた宗易が亭主の座に着く。すると突然、「入る」という声がして襖が開いた。
 平伏する宗易を尻目に、信長は無言で正客の座に着く。
「では」と言って座に戻った宗易は、改めて釜を上げて炭を熾し、香を炉にくべた。たちまち芳香が広い書院に漂う。
 畳まれた帛紗を開き、いよいよ点前が始まる。流れるような手つきで、宗易は台子点前を見せた。
 それを信長の視線が追っている。
 点前の美しさは誰にも引けを取らない宗易だが、値踏みするような信長の視線に嫌悪を覚えた。
 ──何かを品定めするような目だ。
 信長に気取られないよう、宗易は慎重にぎこちなさを演出した。茶入から茶杓で茶葉をすくう時、わずかに畳にこぼすことまでした。
「お待たせしました」と言って、信長の前に茶碗を置く。
「そなたの点前は下手ではないが、宗久と宗及には及ばない」
 すでに信長はこの日、二人を呼んで点前を見ていたらしい。
「堺では並ぶ者なき名人と聞いていたが、さほどでもないな」
 信長の物言いは率直だ。
「不調法でございますゆえ、お目を汚してしまい、お詫びの申し上げようもありません」
「はて、宗久や宗及が口を極めて褒めそやすそなたの点前が、かようなものというのは不可解だ。まさかそなた──」
 信長が疑い深そうな視線を向ける。
「わざとやったのではあるまいな」
「滅相もない」
 背筋を冷や汗が伝う。
「上様を前にして、手が縮こまったのです」
「まあ、よい。点前は心のありようを映すと聞くが、まさにその通りということだな。いつの日か、そなた本来の点前を存分に見たいものだ」
 心中に安堵感が広がる。
 茶碗を手に取った信長は作法通りに茶を喫した。
「うまい。たとえ目分量でも、茶葉と湯の量を完全に把握した者が点てる茶だ」
「ありがたきお言葉」
「そなたは何を見ている」
 信長が唐突に問う。
「何を見ている、と仰せになられても──」
「どうやら、そなたにだけ見えるものがあるようだな」
「どうして、さように思われるのですか」
「そなたは道具を見ようとしないからだ」
 ──まさか、わしの視線を追っていたのか。
 宗易が愕然とする。
「真の目利きは見ない。心の目が見ているからだ」
「それは──」
 確かに宗易は、信長が茶事に用意した名物を見ていなかった。厳密に言うと、視線が吸い寄せられることはなかった。なぜかと言えば「名物は心眼で見る」、すなわち手触りだけで、その値打ちが分かるからだ。
 宗易の祖父の田中千阿弥は、室町幕府八代将軍・義政の同朋として唐物奉行を務めていた。この仕事は「東山御物」の管理と買い入れに関するもので、それなりの目利きでないと務まらない。宗易も幼い頃から祖父の指導を受け、青年期には堺でも有数の目利きになっていた。
「どうやら、道具に目が利くというのは本当のようだな」
「恐れ入ります」
「そなたを、わが茶頭とする」
 予想もしなかった言葉に、宗易は慌てた。
「お待ち下さい。私は別の生業を持っております」
「宗久と宗及は受けたぞ」
 ──それならば廻り番だ。断わるわけにはいかない。
 廻り番なら、信長の近くに誰か一人が詰めていれば事足りる。
 宗易は覚悟を決めた。
「分かりました。謹んで拝命いたします」
「それがよい」
 信長は、さも当然のような顔で茶を喫している。
「うまかった」
 信長が空になった茶碗を置く。
「ご満足いただけたようで何よりです」
「これから堺には政所(奉行所)を置く」
「えっ、堺は地下請け(自治)の地として、足利将軍家からもお墨付きをいただいております」
「気に入らぬか」
「いいえ。そういうことではありませんが──」
 宗易は慌てて前言を否定した。
「政所執事(奉行)には松井友閑という男を据える。そこでだ──」
 信長が立ち上がりながら言う。
「その友閑と、わが手の者の丹羽五郎左(長秀)に名物の買い付けをさせる。そなたは目利きと聞くので、名物に値を付け、所有者が不満を抱かぬようなだめてくれ。これは、そなたでないと務まらぬ仕事だ。よいな」
「はっ」と言って宗易が平伏すると、信長は笑みを浮かべて言った。
「初めて『天下三宗匠』を招いた折、わしが床の間に雁の絵を掛けておいたのを覚えているか」
「あっ、はい──」
 宗易は、その時のことをありありと思い出した。
「宗久と宗及の二人は雁の絵を褒め、『さすが牧谿』と言った。だが、そなたは何も言わなかった」
「あれは、牧谿ではなかったからです」
「よく見抜いたな。いかにもあれは偽物だ。それが分かっていながら、そなたは何も言わなかった」
「申し訳ありません」
「いや、何も言わなかったからよいのだ。偽物を摑まされた持ち主にそれを告げれば、持ち主は気分を害する。その後の茶事も気まずいものになる。しかも見抜けなかった二人に恥をかかすことになる」
「仰せの通りです」
 宗易は信長の洞察力に舌を巻いた。
「わしは目利きがほしいだけでなく、そうした配慮のできる者を必要としている。そなたこそ、わしの目利きに適任だ」
「恐れ入りました」
 ──このお方は尋常ではない。このお方がこれから作り出す渦も、尋常な大きさではないはずだ。
 信長の作り出す渦は、堺も宗易も容赦なくのみ込んでいくような気がした。
 ──そこからは逃れられぬ。だとしたら渦の中心に飛び込むしかないのか。
 宗易は腹を決めねばならないと思った。
 ──それにしてもこのお方は、なぜそれほど名物に執心する。
 宗易は、どうしてもそのことが知りたかった。
「ときに上様、名物を買い上げる宛所(目的)はいずこに」
 襖に手を掛けて出ていこうとしていた信長が振り向く。
「聞きたいか」
「はっ」
「そのうち教えてやる」
 そう言い残すと、信長は来た時と同じように大股で去っていった。

(続く)
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