武田家滅亡への軌跡 ~数多のドラマで彩られる一大叙事詩 3選 【伊東潤ブックコンシェルジェ】

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【今回の選者:躑躅ヶ崎歴史案内隊(@KoufuSamurais)より上田絵馬之助さん 】

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1. 『戦国鬼譚 惨』ー短編とは思えぬ濃厚な作品世界に引き込まれる

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天正10年(1582)の木曽義昌の内通に始まり、本能寺の変後の穴山信君の横死に終わる連作短編集です。ホラーを思わせるタイトルに惹かれて購入した、初めての伊東作品でもあります。
 
五作の短編に登場する主人公は信濃の国衆や武田家の一門衆など、いずれも歴史の表舞台で華々しく活躍しなかった人物たちです。織田・徳川の侵攻を背景に、大名の思惑や戦国のならいに翻弄され、苦悩し、自ら運命を切り開こうしながらも、事態は意外な展開をたどり、その結末は「鬼譚」「惨」の語にふさわしく、時に痛ましく時に残酷にさえ描かれます。
 
登場人物たちの行動は史実に裏打ちされながらも時には大胆な歴史解釈が加えられ、それらが巧みに織り込まれたストーリーテリングによって、短編とは思えぬ濃厚な作品世界に引き込まれます。読み終えて全体を俯瞰すると、物語のひとつひとつが、あたかもパズルの断片のように、武田家滅亡という一大叙事詩を彩っているのが見えてきます。

<あらすじ>

いま裏切れば、助かるかもしれない。
武田家滅亡直前。家族、財産、名誉、命――
すべてを失うかもしれない状況のなかで、武士たちがとった行動とは?

天正十年(一五八二年)。主家を裏切り織田についた武田家重臣・穴山梅雪は、御礼言上に訪れた安土で信長から信じ難き命を受ける。「家康を殺せ。成し遂げれば武田領をそのまま返そう」(「表裏者」)。武田家滅亡期。すべてを失うかもしれない状況を前にした、武士たちの選択とは? 人間の本性を暴く五篇の衝撃作。


2.『武田家滅亡』―伊東作品の代表作のひとつ。精緻にして重厚、一気読み必至

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天正5年(1577)の北条・武田家婚礼から武田家の滅亡までを描く長編小説、メジャー・デビュー作品にしてロングセラー、伊東作品の代表作のひとつと言っていいでしょう。
『戦国鬼譚 惨』が脇役たちの物語なら、本作では武田家の主軸となる人々が登場します。長篠での大敗から巻き返しを図る勝頼公、継室の北条夫人(作中では「桂」)、近習の小宮山内膳と辻弥兵衛、信州伊奈谷の地侍・宮下帯刀など登場人物それぞれの思惑や愛憎が絡んだ幾重ものドラマが同時進行で展開し、クライマックスたる武田家最後の田野の戦いに収束する流れの中で、多層的・多面的に武田家滅亡を浮き彫りにします。起伏あるストーリー、緻密な合戦描写、精緻で重厚ながら読み易い文体で一気に読ませます。
 
本作では武田家滅亡に至る軌跡を、必然的な歴史的事実の積み重ねとして、冷徹なまでに客観的に詳述しますが、一方で、時代の当事者である勝頼公ほか多様な登場人物が、起死回生を図り、忠義を貫き、立身を図り、あるいは家族の平和を願って行動しながらも、時代の渦に翻弄され、それぞれに結末を迎えます。彼らの、彼女たちの思いや感情は時を超えた現代とも地続きであり、それが読む者の心情と共鳴します。
 
ちなみに、本作を題材として、プログレッシブ・ロックバンド「金属恵比須」さんがアルバム「武田家滅亡」を製作しています。表題曲「武田家滅亡」をはじめ「勝頼」「躑躅ヶ崎」など一連の楽曲が、勝頼公らへの鎮魂とともに、本作にさらなる彩りを添えてくれます。オススメです。
 
なお、蛇足ながら、当隊が歴史案内を行っている躑躅ヶ崎館(現:山梨県甲府市武田神社内)が勝頼公夫婦の生活の場として作中に登場します。現在は館の面影はほぼありませんが、本作では史料に基づき緻密に描写されていて、読み返すたびに500年の時を越えて目の前に現れるような臨場感を覚えます。

<あらすじ>

信玄亡きあと屈指の大国を受け継いだ武田勝頼は、内憂外患を抱えていた。近隣諸国からの脅威に加え、財政逼迫や家臣との対立も勝頼の孤立を深めてゆく。こうした状況のもと、同盟国・北条家から嫁いだ桂姫は、勝頼の苦悩に触れて武田・北条両家の絆たらんとするが……。信玄をも上回る武人の才に恵まれながら悲劇の主人公となった勝頼の後半生を、歴史小説界に現れた破格の才能が活写する本格歴史長編。


3.『天地雷動』―武田家滅亡の契機になった合戦を説得力を持って描いた傑作


長篠の合戦(長篠・設楽原合戦)を題材にした本作は、時代は元亀4年(1573)、信玄公逝去までさかのぼります。
「武田家滅亡」の前日譚として、宿老と対立しながら織田との決戦に臨む勝頼公、大名たちの思惑に翻弄される地侍・宮下帯刀に加え、武田・織田両者の間で生き残りを図る徳川家康、信長に鉄砲調達を命じられ奔走する羽柴秀吉の4者の視点で、武田方、織田・徳川方が衝突した合戦の全貌を描きます。
 
この合戦が武田家滅亡の契機になったことはよく知られていますが、本作を信玄公逝去から始めることで、その前哨戦や兵器調達の段階からの双方の内情や行動、それらの結果としての合戦の展開を、武田側のみならず織田・徳川側からも丁寧に描写しています。勝頼公ら登場人物の視点からは、それぞれが勝敗に不安を抱きながら合戦に臨んでいたことが語られ、武田方が後世無謀と語られる馬防柵への突撃をなぜ行ったかが、説得力をもって叙述されています。
 
ラストには、勝頼公にとって希望とも思える場面が用意されますが、その先の運命を知る読者の目には一層の悲劇性が感じられ、武田家滅亡の終わりの始まりとして、更なる暗い彩りを加えます。
 
だからといって、勝者側のドラマが栄光満ち溢れているかといえばそうではなく、信長という巨大な存在の前に、家康も秀吉も自身の存亡を賭けて苦心惨憺する姿は、Pのムチャブリに応えるアイドルの如しです。殊に秀吉パートは「大鉄砲隊を組織せよ!~長篠の戦い・信長勝利の秘密~」のサブタイトルが、田口トモロヲさんのナレーションとともに脳内で再生されることでしょう。

最後に一つ。
本作に限らず、戦略・戦術や合戦の展開を詳らかに述べることで、戦場や指揮官の臨場感を生み出すのが伊東作品の特徴で、本作に合戦場面が出る作品を読んだ後、あるいは読んでいる途中には、無性に「信長の野望」など歴史シミュレーションゲームを遊びたくなります。

<あらすじ>

最強武田軍vs信長・秀吉・家康軍! 戦国の大転換点、長篠の戦いを描く!

信玄亡き後、戦国最強の武田軍を背負った勝頼。信長、秀吉ら率いる敵軍だけでなく家中にも敵を抱えた勝頼は……。かつてない臨場感と震えるほどの興奮! 熱き人間ドラマと壮絶な合戦を描ききった歴史長編!


*おことわり:当隊は史跡武田氏館跡を中心にボランティアガイドを行い、武田信玄公・勝頼公を敬愛する立場上、文中両者にだけ敬称「公」をつけてますが、これ以外の人物を敵視・軽視する意図はありません。

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