見出し画像

ポートスタンレー1982(駆逐艦アントリム)

【資料は当時の西側のものを参考にしました。歴史的公平性については予めご了承ください】

「私も異存はないが……Rグループは気象状況をちゃんと考慮に入れているのか?」
 「分かりません……」
 ジョン・ノットはため息をついた。
 「冗談じゃない、分からないで済むかね参謀長?」
 「しかし、彼らはコマンド……ですから、それにSAS隊も海兵隊と連携で動きます」
 ふいに、サッチャーが呟いた。
 「そうね、そうだったわ」
 ヘル・ドッグ(地獄の犬)という呼称を与えられた、英国コマンド部隊である。
 第二次世界大戦でアフリカ戦線のロンメル機甲師団を最も悩ませたのが、このコマンド部隊が……彼らだった。
 ヘル・ドッグとはチャーチルが名づけた。
 「なるほど」
 ジョン・ノットは妙に納得した顔で頷くと、地図室の隅にあった灰皿を手にして、煙草に火をつけた。
 「確かに奴らはコマンドだ」
 すでにフォークランド島のスタンレーが落とされた以上、ペムブローグ岬にある飛行場はアルゼンチン空軍のものだ。


 イギリス機動部隊は大きく遅れをとっている。
 「今現在、流氷哨戒艇エンデュアランスは、アルゼンチン空軍の偵察機C130に発見されないよう、北東に航行進路をとっています」
 サッチャーはアセンション島と南ジョージア島の二つを結ぶラインの中間海域に駆逐艦のマークがあるのに気付いていた。
 「この艦船は?」
 「駆逐艦アントリム、そして補給艦のタイドスプリングです」
 「さすがに早いわね」
 サッチャーは言った。 
 ジョン・ノッドは煙草を手にしたまま「確かにやってみる価値はあるだろう」と言った。
 「この二隻がエンデュアランスとじきに合流します」
 「空からの支援は?」
 「そこはコマンドです。エセックス3型の攻撃ヘリでやるしかありません」
 「勿論のことながら、細かい取り決めがかなり必要だろう?」
 「それはアンドリュー卿が」
 「うむ、戦時国際法の兼ね合いもある」
 「フォークランド諸島海域のМEZ(海上排他水域)がすでに効力をもってので、この作戦は本格的な戦闘の前の演習として行います。つまり、腹ごなしをせよと」
 「アンドリュー卿が承知したわけだな」
 「はい」
 いい塩梅だ……サッチャーは思った。
 「よかろう、演習ならば国際法上問題はなしだ。敵が砲撃してこない以上はな」
 ここで、ジョン・ノッドは何もなかったかのようにサッチャーに頷いてみせた。
 「国連決議声明はちゃんと順守しているわけさ、マギー」
 この同じ時、既にコマンド部隊の海上統制艦フィアレスから、М中隊が『上陸の練習のため』として、南ジョージア島方面にヘリコプターで飛び立っていった。
 やがて、このМ中隊が駆逐艦アントリムと一緒に南ジョージア島の攻略にかかるのは、この十日後のことだ。

 其の四『南ジョージア島』

       *
 英国機動部隊の統制艦フィアレスはRグループ(フォークランド上陸主力)から、別働隊を編成した。
 М中隊……。
 シェリダン少佐が急きょ編成したこの「コマンド」はフィアレスからヘリで駆逐艦「アントリム」に移った。
 すでにアントリムは流氷哨戒艇エンデュアランスと合流していた。
 この流氷哨戒艇『エンデュアランス』はポートスタンレーをアルゼンチン軍が制圧した時、敵の偵察機C130に発見されないように、南ジョージア島の北東部に位置をとり、先行の統制艦フィアレスを待っていたところだった。
 「奇襲といっても、この雪と風だぜ?」
 アントリムのキング艦長は、パイプにに火をつけながら、髭面の顔を心配げにしていた。 М中隊の海兵と共にヘリで彼の駆逐艦に着艦したシェリダン少佐はやや暗い面持ちで、
 「風速は?」
 キング艦長は航海記録を調べた。
 「地獄さ、風速は一九ノット……波は五メートル。どうだ?」
 ほとんど雪嵐の世界だ。

よろしければサポートお願いします🙇⤵️。