花ざかりの校庭 『ミセス・クロカワの野望』(付けたした部分)
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黒川紀代は日本では知られていないが、ヨーロッパでは有名な実業家だ。
以前、彼女の名前は父から聞いて知っていたが、まだ子供の頃ではっきりとイメージできなかった。
福山司郎の叔母、久美はジュウシマツに餌をやりながら、とうとうと彼にミセス・クロカワが如何に壮大な人物かを語った。
だが、司郎は所詮、まだ高校生である。
エヴァンゲリオンのことには詳しかったが、ウィーンの社交界ではのことはサッパリだった。
彼女(黒川)はもともと生家が静岡で、先祖を辿ると……徳川家の家臣だったという。
「ずいぶん、難しい話になるけど……」
久美は続けた。
ホントに難しかった。
床の間でファイナルファンタジーをやっていた秀雄は小さな口を開いたまんま眠りこけていた。
福山は腹が減っていた。
途中、久美は気をきかせてご飯を出してくれた。
ごく少量だった。
以前、小寺智恵と二人で水族館に行ったことがある。
途中で昼食にいったCoCo壱で彼女は大盛りのチキンカツカレーにチーズをトッピングしたやつを軽くたいらげた。
食後、イルカショーを観に行く途中でクレープが食いたいと言い、二人で食いはじめた。
食っている最中、福山は智恵が水族館の魚を食いたがるのではないかという妄想に襲われていた。
回遊する魚を見る目が喜悦している。
よだれを垂らしているのではないか?
彼は乱視気味の目で彼女の横顔を探るように観察していた。
「いやだ、福山先輩……」
智恵は恥ずかしそうに肩をすくめ、福山の肩をドンっと叩いた。
平手がもろに入り、福山の体がボコッと音を立てる。
「うっ!」
「変なこと考えた?」
「いや、違う」
「考えたよ」
智恵はククッと笑う。
腐女子。
いや、違うってば!
智恵は福山司郎に頬を寄せた。
微かに息が荒くなっている智恵である。
……くまモンみたい。
智恵は福山のことをそういう。
普段、清純を思わせる智恵は姉の麻里よりもはるかに積極的であった。
福山はどちらかというと、マニアックな女性が好きになるタイプだった。中学生の時、彼はゲイの人に唇を奪われた。
智恵は最初、彼の口からそのことを聞いたとき、ゲッと声をあげた。
最初は好奇の目で見ていた彼女であったが、やがて彼女の心のなかで特有の化学反応が起こった。
恋である。
……小寺智恵、16歳、恋にはまるナウ。
腐女子とオタク……。
引き寄せの法則。
智恵は風を突く勢いで福山司郎に迫った。
彼女のクラスメイトはいったい彼女のなかで何が起こったのか、首をかしげていた。
敵などまだいない。
ジャストナウで青空市場の福山。
ウォール・ストリートのニッケル&クパー。
かくしてサイは投げられた。
もしもし、小寺智恵ですけど、福山くんですか?
はーい(-o-)/
彼女のなかの触媒は敏感に反応を続け、秒速でターゲットを捉えていた。
ロックオン……。ヽ(´д`)ノ
あのー、福山先輩っ、
わたし、智恵っていいまスゥ。
コンサイズの英和辞典と教科書、弁当箱でぼこぼこになったカバンを両手でもって、先ずは笑顔で挨拶。
「何ですか?」
福山は言った。
おさげにこげちゃ色のニットのカーディガンを羽織って登校。
福山は彼女の鞄のなかからはみ出している、アルマイト製の武骨な弁当箱を凝視していた。
まるで水島新司の野球漫画の世界である。
「き、きみっ!」
「はい?」
「い、いや……何でもない」
福山はかぶりをふった。
……でっかい弁当箱だなぁ。ちっちゃいくせに食うんだろうな。
智恵はくちもとを少しゆるめた。
こげちゃ色の少女はかくしてルビコン河を越えていくのであった。
例えるなら…、
すでにこの段階で恋するトマホークは第一段階を終了し、巡航体勢に移行している。
やがてGPS回線が開き、ターゲットを捕捉。
智恵は一歩前に出る。
「お姉ちゃんなんかダメダメですよ」
欺瞞工作に出た。
福山は悩ましげに彼女を見る。
そっ、そうかな。
智恵はまごつく彼を見て、内心、可愛いと思った。
「それより私……」
体を密着させた。
……このワタシはいかがなものでしょうか……!
壁、ドーン。
キス!
「あっ、あうっ!」
着弾!
智恵は耳元で囁く。
姉に渡した雑誌『エンテツ』を観たい……と。
福山司郎は瞬時に智恵の真意を察している。
「いかがなものでしょうかね、福山先輩……」
「か、か、かっ構わないさ」
動けば電雷の如く
発すれば風雨の如し
これが智恵のモットーであった。
姉の麻里が小田原評定を決め込むタイプなら、妹は高杉晋作のタイプである。
更にイルカショーが終わってから二人はラーメンライスを食べ、デザートがわりに駅前のケーキ屋でガトーショコラとワッフルを平らげた。
そして駅のお土産物屋さんでたぬき蕎麦セットを欲しがった。
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