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【試し読み】1000万の鍵(『キン肉マン 四次元殺法殺人事件』収録)

好評発売中の『キン肉マン 四次元殺法殺人事件』より、「1000万の鍵」の試し読みを公開します。
怪盗に狙われた秘宝をバッファローマンとウォーズマンと協力して守り抜け!

事件Ⅲ 1000万の鍵


 よく晴れた日の朝。
 おおでんえん調ちょうの公園にあるキン肉ハウスで、ミートとキンこつマンはちゃぶ台を囲んで、頭を抱えていた。
 キン肉マンの行方を追って早二日。キンにく星の大王の居場所は一向に突き止められず、代わりに行く先々で超人による殺人事件にばかり遭遇してしまう。
「ウーム、まいりましたね。これまでに出会ったブラックホールや、カナディアンマンたちも王子の居場所は全く知りませんでしたし……」
 ミートがスポーツ新聞をめくりながら、ため息をつく。
「ムヒョヒョ、こうなると二人での調査は限界があるかもしれないだわさ」
 頰杖をついたキン骨マンが漫画雑誌をめくる。
 その時、外でキキィーッと車のブレーキ音が鳴った。二人がぴくりと反応する。
 誰かがキン肉ハウスの前で車を停めたらしい。すぐにドアをノックする音が響いた。
「だ、誰でしょう?」
 ミートとキン骨マンが顔を見合わせる。
「まあ……出てみるしかないだわさ」
 そう言いながら、キン骨マンがドアを指さす。ミートはこくりと頷くと立ち上がり、おそるおそるドアを開いた。
「ん?」
 ミートは眉をひそめた。目の前に立っていたのは、黒いスーツに身を包んだ、白髪の老人だった。だが、老いを感じさせないように背筋はピンと伸びており、気品が漂っている。外には公園には不釣り合いな黒塗りの高級車が停められていた。
 老紳士はミートに向かって微笑みながら、ぺこりと頭を下げた。
「お初にお目にかかります、ミート様。私はとみありすぎますの執事をしている者です。本日は、富蟻に代わってミート様にお願いに参りました」
「えっ? はあ……」
 ミートは目をぱちぱちとさせながら、「とりあえず、どうぞ」と執事を中へ招き入れた。
 ミート、キン骨マン、そして謎の執事の三人がちゃぶ台を囲んで座る。ミートはグラスを来客に差し出した。
「あの、公園の水ですが」
「お構いなく」執事がにっこりと微笑みながら、手を突き出す。
 キン骨マンが怪訝な表情を浮かべながら執事に訊ねた。
「……で、何の用だわさ? 誰かの執事とか言ってたが」
「はい、私は富蟻杉益の執事をしております」
「トミアリ・スギマスって、いかにもお金持ちそうな名前ですね~」
 ミートはその名を最近どこかで聞いた気がした。最近というか、なんなら今朝……。
「あ、あれっ!? 富蟻杉益ってまさか、資産家で世界長者番付でも上位に君臨する……あの富蟻杉益ですかっ!?」
 執事が静かに頷く。ミートは今朝のスポーツ新聞をちゃぶ台に広げた。
「キン骨マン、見てください……ちょうど今朝の新聞に記事が出てました!」
 ミートが指さした誌面には、美術品コレクターとしても有名な富蟻が、とある宝石をオークションで百億円で落札したことが記事になっていた。
「ムヒョッ……名は体を表すとは、このことだわさ!」
 あぐらをかいていたキン骨マンが、慌てて正座になった。ミートがかたかたと震えるメガネを押さえながら訊ねる。
「そ、それで……その富蟻さんがボクに何の用で?」
「はい。そちらの記事の通り、我があるじ、富蟻杉益は〈きょじんなみだ〉と呼ばれる宝石を百億円で落札したばかりでした。ですが昨夜、〈怪盗ルピーン〉と名乗る超人から、その宝石を盗み出すという予告状が届いたのです!」
「えっ、怪盗ルピーンが!?」
 執事が悔しげな表情を浮かべる。キン骨マンはミートに耳打ちをした。
「いや……ルピーンって誰だわさ? そんな超人知らんわいな」
「あ、えっと。ルピーンはフランス出身の超人で、第20回超人オリンピックにも最終予選まで残った実力者です。ただ、彼の本業は泥棒と言われています」
 ミートは説明をしながら首を傾げた。
「ですが、妙ですね。ルピーンは地元フランスでは、悪人からしか盗みを行わない義賊と呼ばれています。そのルピーンが富蟻杉益さんを狙うということは……」
「富蟻杉益は悪人ってことになるだわさ」
 ミートがあえて濁した部分を、キン骨マンが無遠慮に口にした。執事が両手を振って抗議する。
めっそうもございません! 富蟻は悪どいことをして今の地位を築いた男では、誓ってありません! そこでどうか……ルピーンから〈巨人の涙〉を守るため、正義超人界一の頭脳とうたわれるミート様のお知恵をお貸しいただけないでしょうか?」
 執事が深々と頭を下げる。突然の依頼にミートは困惑した。
「も、申し訳ないのですが、ボクにも王子を探すという急務がありましてっ。今は他の事件に関わっている余裕は……」
 すかさず、キン骨マンがミートの横腹をいた。
「いいや……この依頼受けるべきだわさ、ミート!」
「えっ? どういうことですか?」
 戸惑うミートに、キン骨マンが耳打ちをする。
「二人でキン肉マンの捜索を行うのは骨が折れるだわさ。ここは、富蟻って大富豪に恩を売って、事件解決の報酬としてブタ男の捜索を手伝わせるべきだわさ!」
 怪訝な表情を浮かべるミートの両肩を、キン骨マンが摑んで揺らす。
「いいからっ! とっとと! 承知するだわさっ! あちきを信じるだわさっ!」
 キン骨マンの強引な説得に負けて、ミートは渋々と頷いた。
「わ、分かりました……ルピーンから宝石を守るため協力しましょう。それで、ルピーンはいつ、宝石を盗みに来るのですか?」
 執事はにっこりと微笑んで懐中時計を取り出した。
「今日の正午。つまり、今から四時間後です」

 あたを一望できる丘の上に建てられた別荘地帯、その別荘地帯を一望できる山の上に富蟻杉益の大豪邸がある。
 ミートとキン骨マンは、あれからすぐに執事の車に乗り込んだ。
 そのまま、富蟻邸に直行すると思いきや、キン骨マンの強い要望で、一度、彼の自宅兼研究所に寄り、ルピーン退治に使えそうな発明品をいくつか調達してから出発した。
 そのおかげで三人が富蟻邸に到着したのは午前十一時。ルピーンの犯行予告の一時間前となった。
 ゴルフ場ほどの敷地がある富蟻邸は、本邸の他にいくつもの別邸が建てられている。巨大スクリーンで映画鑑賞ができる映画邸、運動器具や各種スポーツコートが整備された運動邸、オーケストラを招いて演奏させる音楽邸、防音設備の中でただただ大声で叫ぶだけの思い切り叫び邸……その中にある、世界各地の美術品を集めたコレクション邸にミートたちは案内された。
 別邸とは思えないほどの立派な洋館を前に、ミートとキン骨マンが息を吞む。
「――さあ、ここがコレクション邸でございます。主の富蟻も中でお待ちしておりますので、さっそく参りましょう」
 執事がアンティーク調の重厚な扉を開き、二人を招き入れる。深紅のじゅうたんが敷かれた優雅な玄関ホールを進み、奥にある大広間への扉を開く。
「わあっ」
 思わずミートが感嘆の声を漏らした。
 大広間は床も壁も一面、大理石で覆われており、高さ二十メートルはありそうな天井には、巨大なシャンデリアがいくつもぶら下がっている。
 その中に絵画、彫像、貴金属、宝石、壺、かっちゅうなどなど、古今東西、様々な美術品が展示されている。さらに、部屋の奥では古めかしい巨大な掛け時計が不気味に時を刻んでいた。
 非日常な空間に放り込まれて、言葉を失うミートとキン骨マン。部屋の真ん中まで進んだ執事が二人を手招きする。その隣には、タキシード姿の太った中年男が立っていた。
「富蟻様、お待たせしました。ルピーンから〈巨人の涙〉を守るために来てくださったミート様と、そのおまけのキン骨マン様です」
 執事がぺこりとお辞儀をして、大広間から出て行く。
「おまけってなんだわさ!」
 怪盗を捕らえるため、張り切って発明品が詰まったリュックを背負ってきたキン骨マンが叫んだ。富蟻は品定めするように来客を眺めると、静かに頷いた。
「ミート君、キン骨マン君、よくぞ来てくれた……私が富蟻杉益だ。どうか、ルピーンの手から〈巨人の涙〉を守ってくれい!」
 富蟻がミートに熱い眼差しを向ける。ミートはそれを受け流すように大広間を見回すと首を傾げた。
「えっと……ボクたち以外に人の姿が見えませんが、警察の力は借りないんですか?」
「警察? 超人を相手にそんなものが何の役に立つ?」
 富蟻がにがわらいを浮かべた。
「それに悪戯に人員を増やすとルピーンがそれに乗じて、この館内に紛れ込む危険性がある。奴は変装の達人だともいうじゃないか。だから私はじんかい戦術ではなく、少数精鋭による防衛を選んだというわけだ」
 キン骨マンが両手を頭の後ろで組みながら、意地の悪い笑みを浮かべた。
「ムヒョヒョ……本当は、警察を呼べない理由があるんじゃないの?」
「黙れ、おまけがっ!」
 スキンヘッドに口髭を蓄え、マフィアのボスのような見た目をした大富豪が怒鳴った。ミートが二人の間を遮るように両手を伸ばす。
「やめてください、二人とも! ルピーンの犯行予告まで、あと三十分ほどしかないんですよ! 富蟻さん、ボクたちが守る〈巨人の涙〉はどこにあるんですか?」
 ミートの言葉で冷静になった富蟻は、わざとらしく咳払いをすると、すぐ近くにある赤い布に覆われた立方体に近づいた。一辺が三メートルほどあり、中を窺うことはできない。布の端を富蟻がつまんだ。
「それではご覧入れよう。これこそ……憎き怪盗が狙う、世紀の大秘宝〈巨人の涙〉だ!!」
 富蟻は赤い布を勢いよく剝ぎとった。
 立方体の正体はガラスケースだった。中央にあるアンティーク調のサイドテーブルには、巨大な宝石が置かれていた。
「こ、これが……時価百億円の〈巨人の涙〉ですかっ」
 野球ボールほどの大きさの宝石は、まるで海を閉じ込めたかのように青色にきらめいている。その美しさにミートがうっとりとため息をついた。
「ムヒョヒョ……しかし、百億もする宝石をガラスケースで展示するなんて不用心だわさ。あちきなら、近づく者を焼き殺す、自動レーザー銃をあちこちに設置するだわさ」
 キン骨マンが顎に手を当てて呟くと、富蟻はワハハと大笑いした。
「そんなことしたら、誰もこの宝石を近くで眺めることができないじゃないか。それに心配はいらない。このガラスケースは特注品で超人強度1000万パワーまでの衝撃に耐えることができるんだ!」
「ムヒョ~ッ!? 1000万パワー!? そ、そんなに頑丈なのか、このケース!?」
 驚愕するキン骨マンに、富蟻が嬉しそうに頷いた。
「たとえ、このコレクション邸に爆弾を落とされても、この宝石は傷一つ付くことはない。つまり、このガラスケースは1000万パワーという鍵が必要な、開かずの宝箱というわけさ。ルピーンがどんな手を使うか知らんが、このガラスケースを破壊することは不可能だ。ワ~~~ハッハッハッ!」
 勝ち誇るように笑う富蟻に、ミートが苦言を呈した。
「しかし……もし、ルピーンが超人強度1000万パワーを持つ超人を仲間に引き入れていたら?」
「それも手は打ってある。君たち、入ってきたまえ!」
 富蟻はにやりと笑いながら、パチンと指を鳴らした。すると、玄関ホールから二体の超人が大広間の扉を開けて入ってきた。二人の姿を見たミートが目を丸くする。
「あ……ああ~~~っ!? あなたたちは~~~~~っ!!」
 一人は、身長二メートルを超える巨体に、発達した全身の筋肉、頭部から猛牛のような二本の角を生やした悪魔超人――バッファローマン。
 もう一人は、漆黒のマスクとプロテクターに身を包み、「コーホー」という不気味な呼吸音を響かせる、機械の体を持つロボ超人――ウォーズマンであった。
 久しぶりの再会にミートの表情が緩む。一方、キン骨マンは二人の超人を眺めると、何かに気付いたのか「ムヒョヒョ」と怪しげに笑った。
 バッファローマンが、ずしんずしんと足音を立てながら、ミートに近寄った。
「久しぶりだな、ミート。オレとウォーズマンも、そこのおっさんに宝石の警護を頼まれたんだ」
 ミートが、富蟻の采配に手を打った。
「な、なるほど~っ! 超人界でも1000万パワーを超える力を持つ者は限られます。その代名詞ともいわれるバッファローマンを味方に引き込めば、ルピーンの宝石奪取は格段に難しくなる!」
 バッファローマンはこぶしをもう一方の手で包むと、ボキボキと音を鳴らした。
「まあ……オレとしては、ルピーンってコソ泥が、そこのガラスケースを壊せるようなつわものを連れて来てくれるのを期待してるんだがな」
 宝石なんて、これっぽっちも興味がないのだろう。ただただ、強い相手を求めてやって来た猛牛は、暴れたい衝動を抑えるように両腕を組んだ。
「……ルピーンの過去の犯行データは全てインプットしてある。奴がどんな作戦を練ろうが、オレの体内のコンピュータが必ず対抗策を弾き出す!」
 ウォーズマンから、カタカタカタと何かを計算するような機械音が鳴り響く。
 まさに暴と知――思いがけぬ二人の助っ人を前に、ミートは安堵の表情を浮かべた。
 富蟻はふふんと鼻を鳴らすと、タキシードから何かのリモコンを取り出した。
「1000万パワーないと破壊できないガラスケース、そして執事に手配させた、バッファローマン、ウォーズマン、ミート君の三人の超人、そして……」
 富蟻がスイッチを押すと、館内の窓やドアに、一斉にシャッターが降ろされた。
「これは……!?」
 バッファローマンが周囲を見回す。大広間に繫がる全ての侵入経路は、鋼鉄のシャッターでふさがれていた。
「これでルピーンは、絶対にこの館に入ることはできない。この館にいるのは、私とバッファローマン、ウォーズマン、ミート君の四人だけだ! ワッハッハッ!」
 富蟻の言葉を、ミートが申し訳なさそうに補足した。
「あの……あと一人います」
「なにっ? 信頼している執事ですら館から出したし……て、おいっ!」
 富蟻が何気なく部屋の隅に目を向けると、絵画や壺など、あちこちに展示されているコレクションをキン骨マンがいじり回っていた。
「ムヒョヒョ~ッ、〈巨人の涙〉以外も何千万、何億ってしそうなお宝ばかりだわさ! もし、あちきたちがルピーンを捕まえたら、ここにあるコレクションをお土産に一個ずつくれだわさっ」
「こらっ! おまけの分際で、私のコレクションにベタベタと触るなっ! これだから、少数精鋭がよかったんだ!」
 富蟻が怒鳴るので、キン骨マンが渋々と部屋の中央に戻ってきた。
 ミートが壁に掛けられた大時計に視線を向ける。現在時刻、十一時五十五分。犯行予告まで――あと五分。
 大時計を見上げるミートに、富蟻が嬉しそうに訊ねた。
「さすがミート君、お目が高いね。あの大時計はフランスの大聖堂にあった文字盤を、そのまま持ってきたんだよ。民衆のために作られた大時計を独り占めできるなんて、最高の贅沢だと思わないかい?」
「は、はあ。そんなことより……まもなくルピーンの犯行時刻です」
 ミートの言葉に、富蟻は大時計に目を向けた。
「うむ。万全の体制とはいえ、一応警戒はしておこう。みんな頼んだぞっ!」
 富蟻が警護のために集められた超人たちを見回した。それぞれが力強く頷く。
 ――本当にルピーンは……この鉄壁の守りを突破できるのだろうか?
 ミートは万全の体制だからこそ、ルピーンがどうやって宝石を盗み出すか、全く予想ができず不気味だった。
「あと、三分だわさ」
 キン骨マンが腕時計を見て呟く。
「あと二分……フン、来るなら来い!」
 侵入者に備え、臨戦態勢を取るバッファローマン。
「あと一分。今のところ、異常なし」
 ウォーズマンの体からピピピと機械音が鳴る。
「あと十秒――……時間ですっ!!」
 ミートが叫ぶと同時に、大時計がゴーンゴーンと音を鳴らし、十二時を知らせる。
 怪盗ルピーンの犯行予告時間となった。
 その瞬間、部屋中から煙が噴出した。
「……なっ!?」
 ミートが声を上げた時には、一寸先すら見えないほど部屋中に煙が充満していた。皆が取り乱す中、煙の中で誰かが叫んだ。
「犯人は煙に紛れて宝石を盗む気だっ! 気をつけろっ!」
 その場にいた全員がすぐさま、ガラスケースを囲むようにして守りを固める。
 ミートもガラスケースに背中を張り付けるようにしていたが、すぐ側で、どさりと鈍い音がした。近くにいた誰かが倒れたのだ。
「え?」
 またどこかで、誰かが倒れる音がした。ミートは最初、ルピーンが煙に紛れて一人ずつ超人を闇討ちしているのかと思ったが、そうではなかった。
 ミートの意識がもうろうとしてきた。煙を吸い込んだせいだろう。
「しまった……これは、催眠ガスだ……」
 ミートはそのまま床に倒れ込んだ。急速に意識が薄れていく。最後に耳にしたのは、煙が充満した大広間の中を悠々と歩く、何者かの足音だった。


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