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【試し読み】夜桜さんちの大作戦 夜桜家観察日記

『夜桜さんちの大作戦 夜桜家観察日記』発売を記念して、本編冒頭の試し読みを公開させていただきます。

あらすじ

TVアニメ化も決定!「週刊少年ジャンプ」連載中の大人気諜報家族コメディが初の小説化!
中学時代の凶一郎が活躍したり、四怨と嫌五がプロゲーマーのスパイと対決したり、六美と七悪が料理選手権に出場したりなどなど、小説でしか読むことのできない物語を全5編収録!
さらに、カバーイラスト、両面ピンナップ、挿絵は権平先生描き下ろしという豪華仕様です!
【目次】
生徒会長・夜桜凶一郎
マジカル四怨のコスプレ大作戦
スパイ料理選手権
ドキドキ★お化け屋敷への潜入!
殺香の夜桜さんち観察日記

それでは物語をお楽しみください。

生徒会長・夜桜凶一郎

「遅かったな聖司せいじ
 仏山ほとけやま聖司が暖簾のれんをくぐると、既に飲み始めていた夜桜よざくら凶一郎きょういちろうが手招きをした。貼りついたような笑顔の中にからかいの色が見える。
「お前が来るまでこのメスゴリラと二人だったんだぞ」
「こっちのセリフだシスコン」
 年季が入ったボロボロのカウンター席に、凶一郎から一席空けて不動ふどうりんが座っている。酒を飲んでも何の変化もない凶一郎に対し、彼女は顔が赤くなっていた。
 この二人の間に座ることで被る面倒を思って一つため息をいてから、空けられた椅子に座る。すると、テーブルに付いた傷が新しいことに気が付いた。よく見れば他の客は、こちらから離れた席に数人いるのみで、彼らもおびえたような目をしている。
 どうやら二人は既に暴れた後のようだ。犬猿の仲の二人をして、こうなるのは当然というか、織り込み済みだ。
 店長の顔も三度。
 元金級ゴールドランクスパイの店主が経営する居酒屋「いがくれ」のルールである。この三人で飲むときは、暴れても二度まで許されるこの店に集まることが多かった。高架下、赤提灯あかちょうちんが仕事終わりのスパイたちをいざなう、裏社会の口コミサイトで毎年百名店入りする老舗しにせだ。
 そして、禿げ頭に手ぬぐいを巻いた店主がわざとらしく放つ殺気は、「これ以上暴れるな」というツーアウトの警告に他ならなかった。
「もう二回も暴れたのか」
「この変態が悪い」
「悪いのはこの女だ。まあ聖司が早く仕事を終えれば一回で済んだんだがな」
「誰のせいだと。……ナマ。それと適当におでん五品ほど見繕ってくれ」
 仏山は答えながら、店主の殺気のことは気にせず注文をする。店主がかすかにうなずいた、かと思うと次の瞬間には良く冷えた生ビールと、大根、牛スジなどの入った熱々のおでんがテーブルの上に置かれていた。
「俺はお前の尻拭しりぬぐいをさせられていたんだぞ」
「依頼は完璧にこなした」
 今日は凶一郎、仏山、りんの三人での仕事だった。本物の忍者一族が経営するテーマパーク『本格忍者の里 伊賀いが』。忍ぶ気のないその施設で、準備が進められていた大規模なテロ計画を実行前に潰す、というものだ。
「俺が本丸をたたき、りんが指揮するヒナギクが散らばった残党狩り。聖司が事件としての処理をする。計画通りじゃないか」
「計画には施設の城を破壊するなんてなかっただろ。あれ一応表向きは地域のシンボルで観光資源だったんだ」
 そう言う仏山のため息も凶一郎はまるで気にするそぶりがない。
「その方が速く確実だ」
「やり過ぎだ。派手に物を壊されるとこっちの処理が大変なんだよ」
 仏山は愚痴りながらビールに口をつける。早くも顔が赤くなってきていた。
「それに、どうせこの店で飲むことになってたんだ。手伝っても良かっただろ」
「仕事終わりにはまず家に帰り、六美むつみ分を摂取しなければならないからな。飲みはその後だ」
 このシスコンは……と今更ツッコむ気も出ず、仏山はビールをあおった。
 馬鹿にするようにりんが鼻で笑う。
「仕事が雑だな」
「貴様にだけは言われたくない」
「こないだ太陽たいように仕事頼んだけどよ、あいつの方がよく働いていたぜ」
「ほう、やつと比べるとは。馬鹿にするにもほどがある」
「なあ聖司。そう思わないか」
「まあ、実力はまだまだだが、『よく働く』というのはそうだな。太陽は使いやすい」
「おい、それ以上奴の名前を出すな。酒が不味まずくなる」
 りんは無視をする。
「よし、多数決で太陽の方が有能ってことな」
 はっはっはと豪快に笑うりん。おでんを口に運ぶ仏山も否定しない。
 普段ならすぐに手が出るような冗談にも、既に乱闘ツーアウトということで凶一郎は笑顔の奥で歯を食いしばった。
 酒も入り上機嫌でりんは続ける。
「こんな無能変態兄貴に六美はやれないなー、やっぱ」
「貴様が六美の名を出すな。六美がけがれる」
 りんは無視をする。
「はー、六美。イカれたこの業界の癒やし。お、そうだ、今度うちでお泊まり会でもしようかねえ」
「聞き捨てならないな。六美を貴様のような脳みそ筋肉の下へは送れん」
「過保護変態バカの意見は聞いてねーよ。六美ならおっけーしてくれるだろ」
 いい事を思いついた、といった様子でりんはウキウキしだす。
「ふん。やはりやるしかないようだ」
「おお。望むところだ」
「おいおいツーアウトなんだろ。まだおでん頼んだばっかなんだ勘弁してくれ」
 仏山が席に着いたまま視線もやらずに声だけかけた。
「乱闘にはならん。一瞬で消し去るからな」
 言い切る前に凶一郎がハガネ蜘蛛グモを構える。この店どころかここら一帯をこな微塵みじんにする勢いだ。
 しかし、その瞬間。
 店内をすさまじい殺気が満たした。空気が張り詰め、二人はお互いから目線を切り、殺気の出どころに身体からだを向ける。
 そこには、先ほどと変わらず働く店主がいた。動きは調理を続けている。しかし、プロであればその場にいるだけで戦闘態勢に入ってしまうほどの圧が発される。
 そして、無言で差し出されたおでんの具は「しらたき」「ズッキーニ」「かまぼこ」「にんじん」。その頭文字に気付いた凶一郎とりんは、席に戻った。
「……ほう、おでんの具にズッキーニというのも意外と悪くないな」
「知らないのかお前。最近流行はやりなんだぞ」
 着席する二人に、仏山がため息を漏らす。
「ほんと変わらないな。昔から喧嘩けんかばっかで、凶一郎はやりすぎで……そう、あの時だってお前は――」
 酔いが回ってか、仏山には思い出す事件があった。
 同じ中学の同級生だった三人。
 それは、十五歳。中学三年のときのことだった。

「また0%だってな」
 放課後の生徒会室。片手で鋼蜘蛛を弄びながら書類に目を通す凶一郎は、仏山のその言葉を一笑に付した。
「何の意味もない数値だ」
 改善の意志が微塵も見られないことに仏山はため息を吐く。
 支持率0%。
 普通ならありえない数字を叩き出しながら、生徒会長の座についていたのが、中学三年生の夜桜凶一郎その人だった。
 自己中心。傍若無人。他人の都合などまるで考えず、常に人を食ったような態度をとる。犯罪レベルのシスコン。ドブの底を煮詰めたような性格の前では、整った容姿も、文武両道の優れた才能も全てマイナス評価に転じる。
 カス、クズ、ゴミ。表でも裏でもそう呼ばれる凶一郎についてくる生徒会役員はおらず、この部屋で彼はいつも一人だった。
 たまに訪ねてくるのが風紀委員長の仏山と、
「おい凶一郎、ここの予算もっとくれよ。大玉転がしの大玉をもっと巨大にしてえ」
 生徒会室の扉を乱暴に開けて入ってきた、体育祭実行委員のりんだった。
「うるさいぞ。もっと静かに入ってこい。それにそんな下らん使い方は却下だ」
「はー、この面白さがわからねーとはつまらねえ奴だな。そんなんじゃまた支持率0%だぜ」
「もう0%だったぞ。さっきアンケート調査の結果出てた」
「お、聖司もいたのか。てかマジかよ、十か月連続じゃねーか」
 りんが不憫ふびんなものを見る目を向ける。
「……六美に教えてやろ」
「……支持率などどうでもいいが……俺と六美の仲を引き裂こうとするとはいい度胸だ脳筋メスゴリラ」
「あぁ? 何だ喧嘩なら買うぜ?」
 あっという間に臨戦態勢。そして次の瞬間には、空を裂く鋭い体術の応酬が始まっていた。
 今日は参戦せず、観戦モードの仏山は面倒に巻き込まれないよう壁に椅子を寄せて座る。
「凶一郎。そのままでいいから早く会計報告書まとめてくれよ」
「今こいつの持ってきた書類で資料がそろったところだ」
「あたし待ちだったか。そりゃ悪かった」
 資料に目を通しながらも喧嘩の手を止めない凶一郎と、軽く謝りながらも喧嘩の手を止めないりん。こうやって毎日騒ぎを起こすのも、支持率を下げる一因だった。
 蹴りをけ、鋼蜘蛛を放ち、資料に目を通す凶一郎に仏山が尋ねる。
「で、どうだ?」
「予想通りだ。野球部の部費に不可解な点がいくつもある」
「んだよ、悪い話かよ」
 その言葉を聞いて状況を察し、りんが手を止めて戦闘モードを解いた。最後の一撃と放った凶一郎の蹴りが受け切られたところで、喧嘩が中断される。
「部費の横領事件ねえ。何か怪しかったのか、聖司?」
「まあちょっとな」
「ふん、こんな事件。一瞬だ」
 そう言って、凶一郎は普段にも増して余裕ぶった笑みを見せた。
 支持率0%でありながら凶一郎が生徒会長の座にあるのは、圧倒的な実績ゆえである。
 中学への近隣住民からの評価改善、部活動実績、進学実績、ボランティア実績など、凶一郎が生徒会長になってから、過去にないほどの成果を上げていた。保護者・OBからの寄付も例年の数倍では済まない。たった一人の生徒会で、誰にも文句を言わせない結果を出しているのが凶一郎だった。
 プロのスパイとして活動している彼にとっては、どれも朝飯前である。
 ……やり方はさておき。
「仕事で重要なのは、結果だ。支持率など関係ない」
 そう言うと、凶一郎は生徒会室を出ていった。早くも横領事件の犯人の元へ向かったのだろう。迅速な解決。また生徒会長の辣腕らつわんが振るわれるに違いない。
 しかし。
「……事件だけ見ればいいって訳でもないんだろうがな」
 残された仏山は、そうつぶやいた。

 新緑の季節。中学最後の夏大会が迫り、どの部活にも活気がみなぎっていた。
 グラウンドから運動部の声が、校舎から吹奏楽部の演奏が聞こえる。そのどちらからも少し離れた所に、部室棟がある。
 凶一郎が生徒会長として改修を進めた校舎に比べ、その建物は老朽化が進んでいた。部室内に入りきらない用具が壁際に寄せられている。そのどれもが丁寧に使い込まれ、各部活の熱量がうかがえた。
 ここから夏が始まる、そんなさわやかな青春の陰で。
「俺の言いたいことはわかるな? 野球部三年、外村優太そとむらゆうた
 凶一郎は犯人を正座させていた。
 野球部の部室内で、練習球の入ったカゴにこし掛けながら足を組む。凶一郎に見下ろされる形で、小柄な男子生徒がうつむき、震えていた。
「ずさんな偽造領収書だ。縁故採用の秘書でももう少しまともにやるぞ」
「ひっ」
 凶一郎が懐から取り出した書類を叩くと、外村は小さな悲鳴を上げた。
「この俺が生徒会長を務めるうちに、部費の横領とはいい度胸だ。もちろん覚悟はできてるんだろうな」
 座っていたカゴからボールを手に取る。凶一郎が何度か手元で放ると、次にキャッチしたときにはボールは綺麗きれいに四つに裂けていた。
「締めて二十万円だ。返せなければお前もこうな」
「って、おおおい! やりすぎやりすぎ!」
 部室の扉が開けられ、りんがドロップキックと共に飛び込んでくる。不意ツッコミでよけられなかった凶一郎は、蹴り飛ばされてボールだったものを落とした。
「なに白昼堂々と同級生脅してるんだよ」
 乱入したりんに外村が目を白黒させていると、遅れて仏山が入ってきて文句を言う。
「念のため見に来たら……。もう少しやり方は考えろよ」
「これが一番手っ取り早い」
 それほどダメージになっていない様子の凶一郎が、涼しい顔で学ランのほこりを払った。やり方をとがめられたことに関しても気にしていないようで、二人はため息を吐いた。
「風紀委員長の仏山に……三組の不動さん……?」
「あ、別に助けに来たわけじゃないぞ」
 仏山はしゃがみ、正座したままの外村に目線を合わせて話しかける。
「俺も悪は徹底的に叩く派だが……おい、とりあえずお前これ認めるか?」
 そう言って凶一郎から受け取った書類を外村に見せる。
「これは先月の用具の購入履歴だが、実際に購入したのは硬式球十ダース。だが、購入数が四十に改ざんされ、値段も変わっている。それに、新調したと報告のあったバットや練習用具だが、丁寧に修繕して古いものを使ってるみたいじゃないか」
 チラと視線をやった先には、厚手のテープや鉄パイプの添え木で補修されたバッティングティーがあった。
「その他もろもろ……。計二十万円、金が消えていることになる」
 外村は仏山の光のない瞳に耐えられず目をらすが、少し迷うような間があって、頷いた。
「……頼む、見逃してくれ」
「そうはいかない。お前の横領で本来部活動のために使われるはずだった金が消えてるんだからな」
 凶一郎はきっぱりと言う。外村は助けを求めるように仏山とりんの顔を窺うが、二人は何も言わない。見逃すという選択肢は二人にもないとわかり、外村の表情は絶望の色に染まった。
「……じゃ、じゃあ、せめて……先生たちには俺の口から説明させてくれ。その方が――」
「それは無理だ」
「な、何で」
「この件はここでもみ消すからな」
「……は?」
 思わず、といった様子で外村は顔を上げた。仏山とりんは、やれやれとあきれ気味だが、止める素振りは見せない。
 外村が次の言葉が出ないままでいると、凶一郎が続ける。
「事を大きくする方が面倒だからな。お前の横領を公表したとして、学校の評判に関わるだろう? 野球部だって休部だ。大会にも出られない。だが、事件そのものをもみ消せばそれらの問題は全て解決する」
 外村はまだ話を飲み込めていない様子で、周りをきょろきょろしている。
「ちょ、ちょっと待てよ。そんなのバレたらどうするんだよ。もしかしたらお前らまで」
「この俺がもみ消すんだ。そんなヘマはしない」
 凶一郎は再びカゴに腰を掛け、足を組んだ。古びた練習球を手に取る。
「お前が横領した二十万を返せば、この件は闇に葬ろう。罰金だなんだとケチなことも言わん。二十万でいいんだ。まあ……お前に選択肢はないがな」
「結局脅してんじゃねえか」
 またボールをバラバラにした凶一郎をりんが小突く、が今度はひらりとよけて見せた。
「乗っとけ乗っとけ。学校側に知られたくないのはお前も凶一郎も一緒なんだ。バレてもそこはこいつのせいにすればいい。……もちろん、二度目はないけどな」
 言葉が出ない外村の背中を、仏山が励ますように叩くが、その目が死んでいるので外村に芽生えるのは恐怖だけだった。
「聖司も脅し気味だな……。お前ら笑顔が貼りついてたり、目が真っ暗だったりで顔こえーんだよ」
 呆れるようにりんがため息を吐く。
「外村だっけ? あたしも横領なんてせっこい悪事とっとと償って更生しちまえって意見だが……ちなみに、消えた二十万はどうしたんだよ?」
「……いや、その……」
 俯く外村の答えを待たず、凶一郎は鼻で笑う。
「俺は単なる正義の味方でもない。だが、当然鬼でもない。チャンスをやろう。――働け」
 ビシッと、外村を指さす。
「二十万円。中学生の貴様には大金に思えるかもしれんが、問題ない。俺が割のいい仕事を紹介してやる」
「お前も中学生だろ」というツッコミはこの時の外村には思いつかず、もはやただただ凶一郎に従うしかないのだった。


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