ジャンプ小説新人賞2020 テーマ部門<バディもの>金賞受賞作品「都市伝説さん」全文公開


ジャンプ小説新人賞2021の募集開始に合わせ、ジャンプ小説新人賞2020テーマ部門の受賞作(2部門各1作ずつ)を全文無料公開致します! <バディもの>部門の金賞受賞作は、接骨木綿『都市伝説さん』!

互いに能力を補い合って活躍するメインキャラ二人を、軽妙なタッチで描き、見事に金賞を射止めた作品をぜひお楽しみ下さい!


『都市伝説さん』接骨木綿


 深夜。
 頼りない街灯しか光のない、人通りが少ない道路。真新しい不審者注意の看板や、情報提供求むと書かれた張り紙、供えられた花がこの道の危険性を示している。
 その道を制服姿の少女がひとり歩いていた。
 幼い容姿に似合わないゴツイ眼鏡をかけたその少女は、手にしたスマホを見るのに夢中で、少し異様な周りの様子を気に留めていない。
 そんな彼女を待ち構えるように、チカチカと点滅を繰り返している電灯の下に人影がひとつあった。
 真っ赤な服に身を包み、雨が降っている訳でもないのに真っ赤な傘を差したその女は、腰まで伸びた長い髪と白いマスクで顔を隠している。
 見るからに怪しいその女を、スマホに夢中になっている少女は一瞥(いちべつ)もせずに、その横を通り抜けようとした。
 自分を無視する少女の前に、女が立ちはだかる。そこで、少女は初めてスマホから真っ赤な女へと視線を向けた。
「……何ですか?」
「ワタシ……キレイ?」
 少女に、マスクをした女はそう問いかける。
「あー、キレイキレイ。すごくキレイですよー」
 少女はちらりと顔を見た後、興味がなさそうにそう答えた。そして再びスマホに視線を落とし、その場を去ろうとする。
 だが、赤い服の女はそれを許さなかった。離れようとする少女の腕を摑(つか)
み、ケタケタと壊れたように笑い始めた。
「そう……キレイ、キレイ。それは……」
 女の顔からマスクが外れる。
「こぉれでもぉぉおぉぉ?」
 露(あら)わになった女の口は、耳元まで大きく裂けていた。
 その顔を、眼鏡の少女はまじまじと観察する。
「好みじゃない」
 そしていつの間にか出刃包丁を高々と振り上げていた女に向けて、そう言い放った。
「……え?」
 包丁を構えた女は、予想外の答えに固まる。
「いや、キレイだとは思いますよ。でもワタシが好きなのは、こういう感じの娘(こ)なんで」
 少女は女に向けてずっと眺めていたスマホを突きつける。その画面には金髪でジャージ姿の女の子が映っていた。確かに女とはだいぶタイプが違う。
「よっ」
 スマホ画面に映っている少女が女に向かって片手をあげて挨拶(あいさつ)をする。どうやらそれはリアルタイムな映像らしい。
「どうですか。可愛(かわい)いでしょう、このショーちゃん」
 よく見ると、金髪の少女が立っている映像の背景はこの場所だった。その画面には、女自身の顔も映っている。
 しかし、その場に金髪の少女などいない。まるでVRカメラで撮影しているように、画面の中にだけ。
「それに、意外と強いんですよ」
 眼鏡の少女がそう言うと、画面の中の少女は画面に映った口裂け女の顔に向かって拳を振るった。
「ギャッ!」
 その瞬間、衝撃が女の顔を襲った。
 たまらず摑んでいた手を放し、眼鏡の少女と距離をとる。そして衝撃があった頰の部分をさする。
 殴られた、間違いなく。
 スマホの画面の中にしか存在しない少女に。
「かってぇ! なんだコイツ!」
「え、ショーちゃんそんなこともわかんないの? 誰がどう見ても口裂け女じゃない」
「そういう意味じゃねぇよ! つーかまーた口裂け女かよ! これで何体目だ、どんだけいるんだよこいつら!」
「ショーちゃんと違って超有名都市伝説だからねー。いろんな伝承があるから、その分だけ湧いてくるんだよ」
「ゴキかよ!」
 眼鏡をかけた少女と画面の中にしかいない少女が普通に会話をしている。今まで口裂け女が襲ってきた相手と違い、恐れている様子がまったくない。
 口裂け女からすれば、異様な光景だった。
「お前ら……何なのよ」
 思わず、そう問いかける。
「えー、貴方(あなた)がそれ聞いちゃいます?」
 眼鏡の少女は呆(あき)れたように言う。
「スマホの中にしかいない少女。そんな不思議なものの正体なんて、ひとつしかないじゃないですか。貴方と同じ、都市伝説さんですよ」
「そして、お前みたいな危ない都市伝説さんをぶっ飛ばすヤツだぜ」

 都市伝説。
 人々の間でまことしやかに語られる様々な伝承や噂話(うわさばなし)。
 それらはあくまで噂話に過ぎず、真実が含まれていることなど稀(まれ)だけれど、多くの人が信じるあまり、都市伝説が人の形を持ってしまうことがある。
 それが都市伝説さん。
 この世に生まれた都市伝説さんたちは、その噂通りの行動をとることが多い。人を襲う噂があるならば、本当に人を襲ってしまう。
 口裂け女なんてその最たるものだ。
 マスクをした女に「ワタシキレイ?」と問いかけられ、「キレイじゃない」と答えると殺される。「キレイ」と答えると女はマスクを外し、大きく裂けた口を晒(さら)しながら「これでもか」と叫び、やっぱり殺される。
 こういう危険な都市伝説さんが生まれて、被害が出てしまったら。とある番号に続けて三回、電話をかければいい。
 初めの二回は「この電話番号は現在使われておりません」と返ってくるが、三回目の電話はある場所につながる。
 そこにいる人たちは、生まれた危険な都市伝説さんたちを懲(こ)らしめる仕事をしている。依頼が受け入れられれば、彼女たちが解決してくれる。
 そういう都市伝説もある。
 だが、その都市伝説は真実だ。

『この電話番号は現在使われておりません』
『この電話番号は現在使われておりません』
 プルルル、プルルル。
『――はい。こちら都市伝説さん対策本部です。ご用件はなんでしょうか?』
「えっ、えっと……私の友達が……口裂け女に……」
『はい、口裂け女ですね。場所はどこでしょうか』
「○○県○○市の○○という地区にある、お化け道路と呼ばれている場所です」
『はい、場所の確認が取れました。それでは、すぐに向かいます。その場所には近づかないようにしてください。情報提供、ありがとうございました』

 匿名(とくめい)の誰かから連絡を受けた彼女たちは、この暗い夜道に姿を現した。そしてこの近くにある学校の生徒を装(よそお)い、口裂け女を誘い出すことに成功した。
「さて、口裂け女さん。貴方にはいくつか選択肢があります。まず、殺すのはやめてちょっと人を脅(おど)かす程度の愉快な口裂け女として存在し続けること。次に、ワタシたちみたいに危険な都市伝説さんを懲らしめる側にまわること。最後に、あまりお勧めはしませんが、このまま危険な都市伝説さんとして――」
「黙れ」
 眼鏡の少女が人差し指を立てながら解説しているのを遮るように、口裂け女は出刃包丁を構えて飛びかかった。
「あらら」
 眼鏡の少女は再びスマホを構える。内蔵のカメラが口裂け女の姿を捉えた。やはりその画面には、その場にはいない金髪の少女が映っている。
「うおっ!」
 画面内の金髪の少女的には、いきなり目の前に飛びかかってくる口裂け女が現れた形になった。咄嗟(とっさ)に、口裂け女の腕を摑んで押さえる。
 口裂け女からすれば、誰もいないはずの空間なのに、何者かに腕を摑まれて動けないという現実だけがある状態だ。
「おい、スマコてめぇ! いきなりはやめろって言ったろーが! びっくりすんだよ!」
 文句を言いながら金髪の少女、ショーちゃんは口裂け女を投げ飛ばした。映像の中の口裂け女が宙を舞い、同じように現実の彼女も宙を舞う。
「しょうがないじゃない。襲ってくるのはいつも突然なんだもん。どうしてホラー系都市伝説さんたちって話を聞いてくれないんだろ」
「仕方ねーだろ、あいつらは人を襲うのがアイデンティティみたいなもんだからな。つーか普段博識ぶってんのにそんなこともわかんねーの? バカだなー」
 ショーちゃんの物言いに眼鏡の少女、スマコはイラッときたらしい。
 自分の指をカメラに大きく映し、その手と同じくらいの大きさしかないショーちゃんにデコピンをした。
「いってぇ! 何すんだスマコ」
「え、デコピンだけど? ショーちゃんそんなこともわかんないの?」
「そーいう意味じゃねえ!」
 目の前にいる自分そっちのけで喧嘩(けんか)を始めた二人組に、口裂け女は困惑しきりだった。どうやって自分が殴られたのか、投げ飛ばされたのかもわかっていない。
 だが、少なくとも自分の邪魔をしに来たのだとは理解した。
「消えろ!」
 ギャーギャーとうるさく言い合いを続けている二人組に向けて、口裂け女は叫ぶ。全身からどす黒いオーラのようなものが立ち昇り、威圧をし始めた。
「人を襲うのをやめるならそうしますよ」
「ふざけるな!」
 場の空気が震える。今まで口裂け女が出会ってきた奴らなら、これだけでも固まって動けなくなっていた。
 しかし、スマホを構えるスマコはまったく動じていない。
「ふざけていないです」
「邪魔をするなら、お前も殺す」
「ハッ!」
 スマコが手にしたスマホから声がする。少女はスマホを裏返し、液晶画面が口裂け女の方を向く。
 小さな画面の中で、ショーちゃんと呼ばれるヤンキーみたいな少女は、口裂け女に向けて中指を立てていた。
「できるもんならやってみな!」
「ショーちゃん、お下品」
「うるせえ! いいからちゃんと映せ!」
「はいはい」
 再びスマホが裏返される。
 そしてカメラが口裂け女の方を向き、画面の中に再び姿を捉えた。
 スマホ画面の中に現れた口裂け女に向けて、ショーちゃんは拳を振るった。包丁を振り上げ、スマコに襲い掛かろうとする女の腹を殴る。
 不可視の相手からの攻撃を、口裂け女は避(さ)けることがなかった。腹に衝撃を受けて、一瞬怯(ひる)む。
「クッ! 透明人間か!」
 ショーちゃんがいるであろう場所に、口裂け女は包丁を振るった。だが、そこに手ごたえはなく、刃は空を切るだけだった。
「あ、っぶねえ!」
 スマホ画面の中では、ショーちゃんが刃をギリギリで回避していた。
 口裂け女が見えない相手に集中している間に、スマコは距離をとった。だが、身を隠すようなこと、というよりはカメラを遮るような行動はしない。
 移動し続ける間も、ずっとカメラで口裂け女の姿を捉え続けていた。
 そうやって画面の中に相手の姿を捉えていないと、ショーちゃんは相手に触れることも相手を認識することもできないからだ。
 彼女が透明人間であるという口裂け女の認識は間違っている。ショーちゃんは現実の世界には存在していない。
 映像の中にだけ、彼女はいる。

 初めてテレビを見た昔の人は、箱の中に小さな人がいると勘違いした。
テレビを知らない人にテレビを見せると、中で劇をしていると勘違いする。
まだ就学前くらいの小さな子どもはテレビの中に本当に人がいると思っている。
 そういう類(たぐ)いの与太話を聞いたことがある人はいるかもしれない。
 あるいは、テレビ番組の生放送中にまったく知らない人物が現れて、イタズラをしているのに出演者はまったく気が付かない、というような噂話。
 そういう、テレビの中に本当に人が住んでいる、というような都市伝説たち。そこから生まれたのが都市伝説さん、ショーちゃんである。
 彼女は現実世界に存在できないかわりに、それが映像であるならばどこにでも現れることができて、同じ映像に映っているものすべてに干渉できる。
 だから、今回のように危険な都市伝説さんと戦うためには、その相手を撮影し続け、カメラの中に捉え続けなければならない。

「オラオラァ」
 ショーちゃんは、姿の見えない相手からの攻撃に戸惑っている口裂け女と闘い続けていた。
 カメラを通さないと姿が見えないショーちゃんの攻撃を避けることは難しく、拳は口裂け女に当たり続けている。
 しかし。
「本当にかってぇなコイツ!」
 攻撃を喰らって怯みはするが、それだけだ。口裂け女がダメージを受けているような様子は感じられなかった。
 向こうも姿の見えないショーちゃんに攻撃できていないが、それでも当初のような混乱は無くなって、非常に余裕そうだった。
 ケタケタと、嘲笑するような声が響く。
「うーん、流石(さすが)有名都市伝説さんだね」
 付かず離れず撮影し続けているスマコは、とても暢気(のんき)だった。
「それだけじゃ説明つかねーだろ! 前のヤツはこんな硬くなかったぞ」
「だいぶ怖がられていたみたいだからねー。そりゃ硬くもなるよ」
 都市伝説さんは噂が広がれば広がるほど、その存在が強固になって倒しにくくなる。
口裂け女のような有名な都市伝説さんは元々強いが、今回はこの場所でいくつかの被害を出して、地元の人たちに大変恐れられている。
そのせいで、通常の個体よりも硬くなっている。
「つーかわかっていたんかい。なら言っとけよ」
「いや、別にいいかなーって」
「戦うのアタシなんだけど⁉」
「うん。だから別にいいかなーって」
「てめぇ……」
「まあまあ。ちゃんと武器は用意してあるから」
「最初から出せよ!」
「ははは」
「笑ってんじゃねー!」
 スマコはいったん口裂け女をカメラのフレームから外し、隠れた。
そしてカバンから取り出した物体を撮影する。ショーちゃんの前に、巨大なプラスチック製の入れ物が現れる。
「……何だこれ」
「ポマード」
 口裂け女の伝承の中には、いくつか回避方法が存在している。
 例えばべっこう飴(あめ)。場所によって彼女の好物だとも苦手なものだとも言われているが、共通して口裂け女に渡すと逃げられるという。
 その他、金平糖だったり豆腐だったり。あるいは犬が来たと唱えるとか、二階以上には登ってこられないとか。
 全国的に広がっている噂だけあって、彼女への対処法は多岐にわたっている。
 そのいくつもある対処法の中で、もっとも有名で、共通して彼女が苦手とされているものが、整髪料「ポマード」である。
 これならば、どこの口裂け女にでも効果がある。
「で……これをどうしろと?」
「こうするの」
 カメラでポマードを撮影したまま、蓋を開ける。そして画面の中で戸惑っているショーちゃんに、それを塗りたくった。
「うわっ! 何すんだ! ぺっぺっ!」
「うーん。意外と面倒だわ。もうこうしよう」
 抗議するショーちゃんを摘(つま)み上げ、直接ポマードの中へと突っ込む。
「ギャー! マジでやめろ! つーかせめて説明しろ!」
 ショーちゃんの抗議は無視して、スマコは満足いくまでショーちゃんをポマード漬けにした。
「はい。これでショーちゃんの全身はポマードにまみれました。今ならちゃんと攻撃が通るはずだよー」
「お前なぁ!」
「しかし……」
 スマコは、全身にベトベトしたものがまとわりついていて、嫌そうにしているショーちゃんのことをなめるように見つめた。
「な、なんだよ……」
「ポマードまみれのショーちゃん、いい。写真とっとこ」
 鼻血を垂らしながら、連写をし始めた。
「うわ、変態だ。知っていたけど」

 スマコは口裂け女の前に再び姿を現した。
「どうも、さっきぶりですね」
 友達にでも向けるように、ヒラヒラと手を振る。
「死ね」
 口裂け女は出刃包丁を構え、突進する。
「いやでーす」
 さっとスマホを構え、口裂け女を画面に捉える。
「死ぬのはお前だぜ!」
 画面内に現れた口裂け女の顎(あご)を、ショーちゃんは蹴飛ばした。
 先程までと同じ打撃。だが今回、ショーちゃんの足には多量のポマードがついている。苦手な口裂け女にとって、それは最大の武器となる。
「ギャアアア!」
 口裂け女が大きく吹き飛んで、倒れこんだ。
 足が当たった部分から黒い煙が上がる。ポマードによって、口裂け女の身体が焼けているのだ。
「おお、流石ポマード。効果テキメンね」
「けどちょっと塗りすぎだろ。滑(ぬめ)って立ちにくいんだけど」
「ガンバ」
 フラフラと、口裂け女が立ち上がる。ポマードによって焼け焦げた場所は、失われて戻っていない。
 彼女に、さっきまでの余裕は無くなっていた。
「ぐ、ぐ、ぐ」
「さあ、観念しろよ」
 ショーちゃんが再び構える。もちろんその姿は口裂け女には見えない。
 だが、彼女は何もない空間をきっと睨(にら)みつけた。その手には、いつの間にか包丁ではなく赤い傘が握られていた。
「イ、ヤ、ダ!」
 赤い傘を空に掲げ、開く。
 その瞬間に、口裂け女は上空高く浮かび上がった。
「あ? どこ行ったんだアイツ!」
「空だよ。飛んだんだね」
 少しだけカメラを傾け、ショーちゃんに上空に浮かんだ口裂け女を見せる。
 口裂け女の伝承の中には、宙に浮くことができるというものがある。その中でも赤い傘を持つ個体は、それを使って空を飛ぶという。
「だから! わかっていたんだったら最初から言え! 逃げられるだろうが!」
「ニ、ゲ、ル?」
 はるか上空で、口裂け女はケタケタと笑い始めた。
「逃げる訳ないでしょ。殺す殺す殺す殺す」
 ケタケタと笑い続けながら、口裂け女は複数の出刃包丁を構えた。そして、それらをスマコとショーちゃんがいるであろう場所へと投げつけた。
 無数の出刃包丁が、地表へと降り注ぐ。
 スマコはさっとカメラを刃の雨からずらした。こうすればショーちゃんに出刃包丁が降り注いでくることはない。
 自分へと降り注いでくる出刃包丁は、普通に避ける。もっとも、スマコはそれほど身体能力が高い訳ではないから完全にかわすことはできず、少し制服と肉が切れた。その場所から赤い血が少し流れる。
「ちょっと、この制服意外と高かったんですけどー。あとこんなに投げたら道路に穴がいっぱい空いちゃうじゃないですか。苦労するのは道路整備の人なんですよー」
 そんな状態でも、スマコは軽口をたたく。傷を痛がっている様子も、この状況を怖がっている様子もない。
「相変わらず余裕だなーお前」
「そりゃあねー」
 状況を撮影し続けている限り、スマコが恐怖を感じることはない。
 彼女はそういう類いの噂から生まれた都市伝説さんである。

 それが真実かどうかは置いておいて、戦場など危険な場所に身を置くカメラマンたちはファインダーを覗くと一切恐怖心を抱かなくなるという話はよく聞く。
 あるいは、こういう怪談話を聞いたことがあるかもしれない。
 ある戦場カメラマンが前線で撮影していた時のこと。
 臨場感を求めるあまり飛び出た彼のもとへ爆弾が飛んできた。しかしそれが直撃することはなく、そのカメラマンは撮影を続けた。
 それから何時間か経った後、満足したそのカメラマンは撮影を終える。
 ふと、腹のあたりに違和感を覚えて見てみると、そこから内臓が飛び出していた。爆弾は直撃こそしなかったが、しっかりとカメラマンの肉体を抉(えぐ)っていたのである。
 そのことに気が付いた瞬間、耐え難い痛みがカメラマンを襲い、彼は死んでしまった。しかし傷の具合から言えば、即死していなければおかしかったという。
 そういうプロのカメラマンに限らなくても、写真映えする場所を求めるあまりに危険な所に入り込んで事故に遭うなんてニュースは世の中に溢れている。
 カメラには、人から恐怖心を奪う魔力がある。
 そういう噂から生まれた都市伝説さんが、スマコである。
 たとえどれだけ危険な状況であろうと、自分が死ぬ直前であろうと、彼女自身が保有するカメラで撮影を続ける限り、スマコが恐怖や痛みを感じることはない。
 画像や動画を撮影できれば、それがスマホであっても同じこと。
 映像の中にしか存在できないショーちゃんと、撮影中は何があっても動じないスマコ。都市伝説さんとしての相性がいい二人は、いつもコンビで現れる。

 口裂け女は空から降りてくる様子はない。壊れたように笑いながら、出刃包丁をスマコへ向けて投げ続けている。
「うーん、空にいれば安全だとでも思っているのかな」
 その包丁を避けながら、スマコは呟(つぶや)く。
「実際お前は飛べないし、アタシは足場がなきゃダメだからな」
「逆に言えば、足場さえあればいいんだけどねー」
 スマコは包丁を避けるのをやめて、口裂け女に向き直った。包丁がいくつか身体に刺さるが、関係ない。
 カメラを構えている以上、痛みを感じることもないし、死ぬこともない。
「うーんと、こんな感じかな」
 スマコはカメラの前、ショーちゃんの足元辺りに自分の手を出して映した。
「おう、いい感じだぜ」
 手の上で、ショーちゃんがピョンピョンと飛び跳ねる。その様子を見て、スマコは口からよだれを垂らした。
「手乗りショーちゃん、すっごくカワイイ。でもベトベト」
「それはお前のせいだろーが! いいからさっさとしろよ!」
「はいはい」
 そのまま、カメラを空に向け、浮かんでいる口裂け女をフレームへと収める。スマコの手を足場として、ショーちゃんは口裂け女の前に立った、
 ショーちゃんは飛び上がり、口裂け女に蹴りを入れる。空中に逃げたことで完全に無警戒になっていた口裂け女は、まともにその攻撃を受けた。
「いぎゃああ!」
「うわわっ! スマコ、足場足場!」
 ちょっと勢いをつけすぎて手のある範囲からはみ出たショーちゃんは、空中でワタワタとしている。
 何もない空中で、手足をばたばたさせながらも落ちないさまはまるで昔のギャグアニメみたいにも見える。
「はいはい」
 その可愛らしい様子をもう少し眺めていたいとも思ったスマコだったが、とりあえずは彼女の足元に手をやる。
「ふう、あぶねーあぶねー。やっぱ空中戦はダメだな! スマコ、あいつは傘で空飛んでいるんだよな?」
「うん。傘なしで飛ぶ伝承もあるけど、それならわざわざ使わないだろうし」
「うし、それならあの傘へし折ってやるぜ!」
 宣言して、ショーちゃんは口裂け女が掲げる傘へ飛びかかる。
 その瞬間に、口裂け女は傘を引っ込めた。自由落下をしながらさっきまで自分がいた位置に向けて包丁を投げつける。
「げげっ」
 空中でワタワタとしていたそれをショーちゃんかわすことができず、まともにその出刃包丁を受けてしまった。
 しかし彼女が作り出せる武器は、すべて口裂け女の伝承の影響を受ける。弱点であるポマードまみれになっているショーちゃんに、その刃が通ることはなかった。
「おお、すげー」
「あー、これならショーちゃんを盾にすれば良かったかな」
「ふざけたこと言ってんじゃねー!」
 抗議するショーちゃんへ、出刃包丁を構えた口裂け女が突撃してくる。ショーちゃんの姿は見えていないはずだが、刃は的確に彼女がいる場所を狙っていた。
「さっきもだけど、なんで居場所がわかるんだよ!」
 刃を受け止めながら、ショーちゃんが言う。
「そりゃ、あんな大声で何するか宣言したらどこにいるかの予想はつくでしょ」
「なるほど!」
「ショーちゃん……アホなの?」
 もうひとつ。
 ショーちゃんが映像の中のものに干渉できるように、映像に映っている側からもショーちゃんへと干渉できる。
 スマコはさんざんしてきたことだが、そのことに口裂け女も気付いた。刃が動かなくなったところへ、がむしゃらに手を伸ばす。
 しかし。
「グッ!」
 焼けつくような感覚を覚えて、手を引く。
「だから、無駄だっつーの。学習しねーなー、お前も」
「ショーちゃんに言われたらおしまいだよねー」
「うるせーな!」
 焼けつくように痛み続ける右腕を押さえながら、口裂け女はずっと言い合いをしている二人組を睨みつける。
 正確には、ひとりスマホに向かって話し続けているスマコのことを。
「アアアアアアアアア!」
 耳をつんざくような叫び声を、口裂け女はあげた。この世のものとは思えない、世界そのものを震わせるような音に、スマコとショーちゃんは耳をふさぐ。
「な、なんだ? これも何かの能力か?」
「いや、声でどうこうっていう伝承は聞いたことないわ。ほら、身体も普通に動くし」
 言われて、試しにその場で飛び跳ねてみる。身体の動きが遅くなっているとか、身体能力が下がっているというようなことはない。
 普通に会話もできているし、本当にうるさいだけの声のようだ。
「ということは、いわゆる断末魔の叫びってやつか?」
「旗色が悪くなってやけくそなのかも」
 スマコの言葉を証明するかのように、叫び続ける口裂け女は無数の出刃包丁を自分の全周囲に出現させた。
 そして、狙いを付けないまますべてを射出した。
「うーわ、めちゃくちゃだわ」
「言っている場合か!」
 めちゃくちゃだが、先程までの狙いを付けた投てきよりも効果的だった。
 この狭い道のすべてを覆うような刃の雨では、逃げ道がない。
ショーちゃんは全身ポマードまみれだからそれでも問題ないが、スマコは違う。これだけの数の刃をまともに受けたら致命傷になりうる。
 そして、撮影を続けている間彼女はその痛みを理解できない。
「ポマードつかえ!」
「今更遅いと思うなー」
 それに、彼女の全身を覆うことができるほどのポマードなど用意していない。
「ま、噂の種類からして撮影が終わるまではワタシ死なないし、その間にショーちゃんが倒してくれればそれで問題なしかな」
「大ありだよバーカ! ああもう、カメラで自分映せ!」
「なんで?」
「いいから!」
 若干(じゃっかん)首を傾げながら、スマホのカメラを内側のものへと切り替える。画面内にいるショーちゃんの横にスマコの顔が表示される。
「振り返ってしゃがめ! そんでもって目一杯カメラを離せ! ちゃんと口裂け女のことも映せよ!」
「ええー、注文が多いなぁ」
 ぶつくさと言いつつも、スマコはショーちゃんの言う通りにした。画面の中にしゃがんだスマコの全身と、彼女に向かって飛来する無数の出刃包丁が捉えられた。
「よーし! これならいけるぜ!」
 ショーちゃんはスマコと包丁の間に入り込んだ。小さくなっているスマコに当たりそうな刃をすべて弾き飛ばす。ショーちゃんに殴られた出刃包丁は、力なく地面に落ちた後に煙となって消えた。
「おお、まさしくショーちゃんガード」
「だから、言っている場合かっつーの!」
 口裂け女が再び大量の出刃包丁を出現させる。そしてそれを射出し、再度出刃包丁を自分の周りに配置して撃ち出す。
 そうやって休みなく、まるでその場全てを破壊するつもりかのように、大量の包丁を放ち続ける。
 そのうちの、スマコに当たりそうなものをショーちゃんはことごとく弾き飛ばして彼女を守っていた。
 しかし、それに手いっぱいで上空にいる口裂け女に対応できていない。
「ショーちゃん、ワタシの事は放っておいても平気だから、口裂け女を倒しに行きなよ」
「そういう訳にもいかねーだろ。んなアホなこと言っている暇があんなら、何か隙を作る方法を考えろ!」
「あー、それならしばらく待てば大丈夫だと思う。あんな無茶したら自分の存在を削っているようなもんだし」
「しばらくってどのくらいだよ!」
「えーっとね……」
 今の口裂け女の様子を確認しようと、飛来する出刃包丁の奥に目を向ける。ある程度消耗しているなら、身体が薄くなっているとか小さくなっているとか何かしらの変化が起こっているはずだ。
「あれ?」
 さっきまでそこにいたはずの、口裂け女がいなくなっていた。
 暴走のあまり力を使い果たして消えてしまったのかと一瞬思ったが、すぐにそんなことはあり得ないと思いなおす。
 それならまず、彼女が作り出した出刃包丁が消えるはずだからだ。いまだに出刃包丁が降り注いでいる以上、彼女は消えていない。
「どこに行ったんだろう?」
 消えた相手を捜そうと、視線を画面から外す。
「あ」
 目の前に、赤い服の女が立っていた。
 大きく裂けた口を歪(ゆが)ませて、妖(あや)しく微笑(ほほえ)んでいる。
 上空を撮影するために上に向けていたスマホを、口裂け女へと向けようとする。しかしそれより早く、口裂け女は手にした出刃包丁をスマホへと振り下ろした。
「なっ!」
 両断されたスマホは完全に真っ二つになり、ショーちゃんの声がブツッと途切れ、画面が消える。
「ああー。これ最新機種なのにー」
 涙目になったスマコの眼前に、出刃包丁が突きつけられる。
口裂け女は、勝ち誇ったような笑みを浮かべていた。
「これで、あの女は何もできないわね」
「あ、気づいちゃいました?」
「あの女がスマホの中にいるってこと? あれだけ露骨なら当たり前でしょ。そんなことも気付けないくらい馬鹿にだと思っていた?」
「はい」
 肯定されて、口裂け女は怒りに顔を歪める。
「なら! そんな馬鹿に殺されるお前はもっと馬鹿だってことだ!」
 そう叫びながら、口裂け女は出刃包丁を高く振り上げた。そして、無表情のまま刃を見つめているスマコの顔へ向けて、振り下ろす。
 だが、その刃は顔を切り裂くことはなかった。
 スマコに届く前に、何かに押さえつけられたかのように、腕が動かなくなった。
「なっ……」
 腕に焼き付くような痛みが走る。ポマードを押し付けられた時のような、自身の存在を削り取られるような痛み。
「ほらね」
 スマコが立ち上がり、口裂け女の方に顔を向けながら、一歩二歩と後ろへと下がっていく。追いかけようにも、身体を動かすことができない。
 段々と、力が減っていくのを感じる。
「なにを……なにが……」
「貴方が勘違いしていることと、知らないことを教えてあげましょう」
 スマコは狼狽(ろうばい)する口裂け女に優しい笑みを向けた。
「ショーちゃんは別にワタシのスマホの中に住んでいる訳じゃありません。彼女は映像の中であればどこにでもいられるんです。スマホの中にいたのは、その方がすぐに意思疎通できて便利だからってだけ。これが、貴方が勘違いしていること。そして、貴方が知らないことですが」
 スマコは、自分がかけている眼鏡を触る。
 彼女がするにはあまり似つかわしくない、ゴツイ眼鏡を。
「最近は、眼鏡に内蔵されたカメラもあるんですよ」
 
 どこかの部屋にパソコンが置いてある。
 その画面には、スマコの眼鏡から送られた映像が映し出されている。そこには、口裂け女の腕を摑むショーちゃんの姿があった。
「そういう訳だ。いい加減沈めよ」
 ショーちゃんは、狼狽する口裂け女に頭突きをした。
「ぎゃああああああああああああああああああああああああああああああ!」
 長い叫び声をあげながら、口裂け女がくずおれる。全身から黒い煙のようなものを立ち昇らせながら、彼女は夜の闇へと消えていった。
 都市伝説さんにとっての死とは、この世からの完全な消失を意味する。
 口裂け女の噂は全国に広がっているから、新たな都市伝説さんとして口裂け女が生まれることはあるが、まったく同じ彼女が現れることはない。
 この道で起こっていた事件は、これでもう起こることはないだろう。
「あー、終わった終わった」
 だるそうに首の後ろに手を回しながら、ショーちゃんが呟く。スマコによってポマードの中に漬けこまれたせいで、そこまでベトベトになっている。
「あー、気持ちわる。スマコー、水とか持ってねえ?」
 いつものようにスマコに話しかけるが、反応がなかった。
「あー、そうか。今こっちの声聞こえないんだっけ。あいつのスマホはぶっ壊れたみたいだし。今の時間じゃテレビはあれだし、誰か温泉の動画でも見てねーかな」
「ショーちゃん、聞こえているー?」
 パソコンの画面から移動しようとしていたところに、スマコの声が聞こえてショーちゃんは立ち止まる。
「今日は守ってくれてありがとうね。ショーちゃんがかばってくれなかったら、ワタシ本当に死んじゃっていたかも。撮影中はそういうの、自分で判断できないからね」
「気にすんなよ。そーいうの込みでアタシらは組まされてんだから」
「やっぱりショーちゃんは最高だね。帰ったら豪華なお風呂とご飯を用意するからね。それじゃまたすぐ後で」
 スマコからの通信が終わり、ショーちゃんは恥ずかしそうに鼻の頭を搔(か)く。
「しゃーねーな、なら待っていてやるか」
 パソコン画面の中で、ショーちゃんは座り込んだ。

 スマホが鳴っている。
 画面には非通知と表示されている。少し不気味に思いながら、その子は電話に出た。
「は……はい」
『どうも。こちら都市伝説さん対策本部です。ご依頼の件、無事解決いたしました』
「ほ、本当ですか!」
『はい。じきに噂も聞かなくなるでしょう。つきましては、対価についてですが』
「対価……あの、お金はあまり」
『いいえ、そういうものではありません。あなたには、都市伝説さん対策本部についての噂を流していただきます』
「噂……ですか」
『はい。方法は問いません。口頭で広げても、ネット上に書き込んでもいいです。とにかく、都市伝説を解決してくれる組織があるということと、この電話番号、そして連絡を取る手順について広めてください。ただし、あなた自身が本当に連絡を取ったということは伏せてください。あくまでも何処かの誰かが体験した話として、誰が言い出したのかもわからないくらい曖昧で、あなたから遠い話として語ってください』
「私から遠い話……」
『はい。そうすることで、あなたはこの都市伝説から解き放たれます』
「え、それってどういう……」
『それでは、このたびはご利用ありがとうございました。あなたの電話が、二度とこの番号につながらないことを、都市伝説の一部となり果てないことを祈っていますよ』
 そう言い残し、電話は切れた。
 それからその子が何度電話をかけても、二度とそこにつながることはなかった。
 それが、都市伝説を解決してくれる組織があるという都市伝説で語られるオチである。
 都市伝説に遭遇していないときにその番号にかけても、決してつながることはない。本当に存在しているかどうかを確かめることはできない。
 だからこそ、都市伝説を解決してくれる組織があるという話は単なる噂として人々の間で語られている。
 その話が本当だろうとウソだろうと、彼等は確かに存在している。
 人々にまことしやかに語られる噂話、都市伝説として。

「なあ、スマコ」
「なーに、ショーちゃん」
「お前、豪華な風呂を用意するっつってたよな」
「うん」
「これは……なんだ?」
「某お人形のジェットバスセットだよー。おもちゃながら本当にお湯がはれて使える優れもの!」
 満面の笑みで言うスマコに対し、画面の中から少女のふざけんじゃねーという叫び声がいつまでも響いていた。


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