【試し読み】 SAKAMOTO DAYS 殺し屋のメソッド
『SAKAMOTO DAYS 殺し屋のメソッド』発売を記念して、本編冒頭の試し読みを公開させていただきます。
あらすじ
殺し屋キャンプ
六人は、秋の気配をまとう美しい山々に「おお〜」と声を漏らした。
十月の山はもうかなり涼しくて、山頂からふもとにかけてグラデーション状の紅葉が楽しめた。
日差しに温かさはあるものの、時折吹く風は冷たい。
朝倉シンは羽織っていたウインドブレイカーのファスナーを首まで閉めた。
──やっぱこれにして正解だったな。
金髪によく似合うライムグリーンのウインドブレイカーは、今日のためにとシンが坂本商店のバイト代を貯めて買ったものだ。
これなら快適に過ごせそうだと、シンは少し高くなった空を見上げて胸を躍らせた。
「坂本さん、とりあえず荷物全部下ろしちゃいますよ」
シンが声をかけたのは、坂本商店の店主──坂本太郎である。
ぽよんと突き出たお腹。首との境目を見つけるのが難しいプルプルの顎。そのシルエットは、殺し屋時代とはまるで別人そのものだ。
変わらないことといえば、坂本が最強であることと、まん丸のメガネ。それから、彼が無口なことだろう。
シンの声掛けに、坂本は心の中でこう答えた。
『わかった。テントは俺が張る』
「了解ス」
頷いて、すぐに行動を開始する。
シンが、何故坂本の考えていることがわかったかというと、それは彼が人の心を読めるエスパーだったから。そんな特殊な力を持つ彼もまた、坂本と同じ元・殺し屋だった。
変わった過去を持つ彼らだが、こうしていると、どこにでもいる普通のおじさんと青年のように見える。ことに、シンの楽し気な様子は、ただただキャンプを待ちわびていた若者らしさのようなものがあった。
「うおっ……これ、人気ブランドの最新のやつじゃないすか! すげぇ」
「今回のためにって、奮発したのよ〜。ねぇ、あなた」
荷物を下ろすシンに、ニコニコ笑顔で答えたのは坂本の最愛の妻・葵だ。
肩まである髪をうなじの辺りでまとめ、彼女も準備に向けて気合十分という様子。
その横で眞霜平助に肩車をされながら元気な声をあげたのは、坂本と葵の娘・花だった。
「あのね、あのね、シュガーちゃんチェアもあるんだよ!」
「おお〜、マジか〜〜! すげ〜人気のウサギなんだろ? さすが太郎だぜ!」
シュガーちゃんとは、東京シュガーパークという遊園地のマスコットキャラクターのことである。強くて太ったウサギという、ちょっと変わったキャラクターながら子供たちに大人気なのだとか。例にもれず花もお気に入りだ。
ちなみに、平助は今日の早朝、偶然ピー助と一緒にお店の近くを散歩していたところ、出発間際のシンたちに遭遇。なんと、そのままキャンプに同行することに。
ちょっぴり間抜けだけど、ここぞというタイミングは外さない。そんなスナイパー・平助らしい話である。
完全手ぶら状態で加わった平助とピー助は、参加させてもらう代わりに新鮮な肉をハントしてくるぜと、大いに張り切っているようだった。
「店長太っ腹ネ。はぁぁ、私も人型シュラフ買えばよかたヨ」
いまいちしまりのない声を出したのは、シンと同じく坂本商店でバイトをしている陸少糖で、通称・ルー。彼女はなんと有名なマフィア一家の娘で、太極拳の使い手。
お団子から伸びる長い三つ編みがいかにもチャイナ娘といった風情のルーは、シンにとっては手のかかる後輩のような妹のような存在だ。
今もぶーたれながらみんなを眺めているだけのルーに半ば呆れつつ、シンは憎まれ口をたたいた。
「オメーは普通の寝袋じゃ丸脱げするぐらい寝相悪いもんな」
「うるさいヨ。シンだって変な寝相だったヨ」
「はぁ? てきとーなこと言ってんじゃねぇぞ」
「てきとーじゃないネ。私見たヨ。かっこつけたポーズで寝てたネ」
片手を頭の下に置いて眠るシン──などという映像をルーが頭の中に思い浮かべているのが、シンにはすぐにわかった。
「おいっ、変な想像すんな」
「そっちこそ、また勝手に人の心読んだネ!?」
いつものことながら、すぐにやいのやいのと口喧嘩がはじまってしまうシンとルー。
そんな中、シンの脳裏に再び坂本の心の声が飛び込んできた。
『シン、荷物、早く』
「ッス! そっち持ってきます!」
シンはルーのことは放っといて、すぐに荷物運びを再開した。
シンとルーに平助とピー助、それから坂本一家の、六人と一羽で乗ってきた、レンタカーのミニバンから下ろしたキャンプ道具を坂本に渡していく。受け取った坂本は、ゆったり過ごすのにちょうど良さそうな木陰を見つけ、テキパキとテントを張り始めた。
憩来坂の町から車でおよそ二時間半。
この日、シンたち一行は、とあるキャンプ場へとやって来た。
近くには渓流があり、広い敷地内には大きなアスレチックまで設置されているこのキャンプ場は、ずいぶん前にシンがネットで探し当てた穴場で、訪れるのは二回目である。
前に来た時はかなり暑い時季だったので、水上アスレチックを満喫し、「はな、おさかなつるの!」と気合十分の花と共に釣りを楽しみ、釣りたての魚を網焼きにしてかぶりついた。
坂本が釣り上げた魚の大きさといったらもう、ビックリしたルーの目玉が飛び出そうなほどだったのを覚えている。
そして今回、シンはウインドブレーカーと同じく一生懸命貯めたバイト代で釣り道具を新調し、さらに心に決めていた。
今日は自分が大物を釣って、今夜のバーベキューを豪華にすると……!
しかも、シンは釣り堀ではなく渓流釣りにチャレンジするつもりでいた。
──ハードルは高いけど、むしろ腕が鳴るってもんだぜ。
この日のためにと、シンは絶好の釣りポイントを調べてあった。
──見ててくださいよ、坂本さん! 最高の食材をゲットしてみせますからね!
平助が肉を狩ってくる気でいることもあり、ますますシンの意欲は高まっていた。
そうと決まれば、まずはもろもろの準備をしなければ。
テントまわりは坂本が一手に引き受け、平助はピー助と一緒に早速狩りへ。
ということで、シンはルーを伴って薪拾いへと向かうことにした。
「おいルー、だらけてねぇでマジメに拾えよ」
「ちゃんと拾ってるヨ。お前の目は節穴ネ」
そう言って広げたルーの手の平には、「爪楊枝か!」とツッコミたくなるほどの小さな枝が数本載っかっているだけだった。
「んなちっせー枝ばっか拾ってもラチがあかねーっつってんだよ! もっとこういう、立派な枝を探せよな。ほら、よく見ろ。全然ちげーだろ」
自信満々なシンの足元には、こんもりと枯れ枝の山が築き上げられている。
「それだけあればもう十分ネ」
「足んねーよ。これじゃすぐなくなっちまう。少なくとも倍……いや三倍はいるな」
真剣な顔のシンに、ルーがうんと嫌そうな声を漏らす。
「え〜〜〜」
「えーじゃねェよ。これがなきゃバーベキューだってできねェーんだからな」
「途中で薪くらい買えばよかったのに」
ルーは思いっきりブスっとしていた。
キャンプ場に来るまでの道中、いくつかのお店で薪を売っていたのを見たからだ。
一束せいぜい五百円。薪拾いなんて苦労をしなくても実は入手は簡単だった。
そうしなかったのはシンがこだわりなんてものを発揮してしまったからである。
「現地で調達できるものはできるだけ現地で集める! それがキャンプのだいご味なんだよ。坂本さんと野営の訓練してた頃だって──」
「殺し屋時代の特訓と一緒にしないでほしいネ」
ますます仏頂面になるルー。
これは訓練でもなんでもなく、坂本一家とのキャンプ旅行なわけで。
ルーは早いところ遊びたくて仕方がなかったのである。
──くそ。こんなことならコイツの言う通り買ってくりゃ良かったぜ。
一向に進まない薪拾いに、シンは少しだけ焦っていた。
シンとしても、一刻も早くこの作業を終えて釣りに行きたいのだ。
「とにかく、うまいキャンプ飯のためなんだから協力しろ」
「でも、もうこの辺の枯れ枝は取り尽くしたヨ。こうなったら木を切るしかないネ!」
「ダメに決まってんだろ。もうちょっと奥まで行くぞ」
「へいへい。わかったヨ」
心の中で『シンは変なとこ張り切るからめんどくさいネ』と文句を垂れるルーの尻を叩きつつ、シンはさらに森の奥へと足を進めた。
遊歩道から外れて、赤や黄に色づく木々の間を分け入っていく。
五分もすると密になって生える木に光が遮られ、何やら薄暗さが目立ってきた。
「なんか暗くて不気味ネ。こんな奥まで入って大丈夫カ?」
「こんぐらい問題ねーよ」
「でも、ジメジメしてて……なんか出そーヨ」
「なんかってなんだよ」
ルーはいやに神妙な面持ちになった。
「キャンプ場に訪れたワカモノを狙う怪物とか、そういうやつネ」
「ホラー映画かよ」
確かに、海外のB級ホラーにでも出てきそうな風情ではある。
風が吹くたび、ザワザワと音が響いて不気味さに拍車がかかった。それ以上に、何度も驚いて声を上げるルーの声がうるさくて仕方がなかった。
「クマとかオオカミが出たらどうするネ!」
「狼はとっくに絶滅してるっつーの。熊だって、んなほいほい出てきやしねぇって」
ガサッ。
「ひっ!?」
どこからともなく聞こえてきた怪しい音に、ビビってシンにへばりつくルー。
「いいい、今の音は何ネ!」
「でけー声出すな」
「まさかホントに怪物ネ!?」
青ざめたルーの目に涙がたまっている。
シンは、そんなバカなと鼻で笑った。
「んなわけねーだろ。ひっぱんな」
「じゃあクマかもしれないネ!? エサにされる前に倒すしかないヨ!」
と、青ざめた顔で、どこに隠し持っていたのかフィッシングバッグを取り出すルー。
それを見て、今度はシンが青ざめた。
「おいっ、なんでオメーがそれ持ってんだよ!?」
「シンがウキウキしながら車に積んでるの、私見たヨ。ナタとか、なんかブッソウな道具ダロ? こんなこともあろうかと持ってきてやったネ!」
「って、勝手に開けんな!」
道具なのには違いないが、それは貯金をはたいて買った釣り道具。
こんなところで振り回されでもしたら最悪だ。
そう思っていたら、案の定、ルーは。
「なんだコレ! こんな細い棒じゃ戦えないヨ!」
「棒じゃねぇ! ロッドだ! 竿を伸ばして振り回すな! 壊れんだろ!」
「うわあぁん! 私、食われるの嫌ヨッ」
「わかったから釣り竿を返せ! あと静かにしろっ!」
ギャアギャアわめくルーの口を塞いだところで、再び物音がした。
同時に、確かに何かが近づいてくるような気配を感じた。
──けど、殺気はねぇな。
どうせ小動物あたりだろうなと思うシン。
そこへ、びゅっと何かが飛び出してくる。
一瞬だけ身構えるシンと、ビクリと身体を震わせるルー。
二人の目の前に現れたのは、案の定、ただのリスで。
「なぁんだ……リスだたか。ビックリしたネ〜」
「こんなことだろうと思ったぜ。ほら、とっとと薪拾いに戻んぞ」
はずみでルーが落としていた釣り竿を拾いあげ、ようやくシンは安堵のため息をついた。
すっかり緊張もほどけて、二人はリスが飛び出してきた茂みに背を向けた──次の瞬間である。
フッと、覆いかぶさるように落ちる影。
──ん?
同時に振り返ったシンとルーが目にしたのは、茂みの間から覗く大きな体で──?
「ッッッ!」
「ヤッ!」
「がお〜っ」
悲鳴を飲み込んだシンと泡を吹いたルーは、しかし相手と目が合うとハタと我に返ることとなった。
そこに知ってる顔があったからだ。
「な、なんでてめぇが……!」
「ここにいるネ!」
「あははは、驚いた? 僕でした〜」
影の正体は、なんと南雲だったのである。
日本殺し屋連盟──通称・殺連の特務部隊であるORDERに所属し、坂本とも旧知の仲だという南雲は、強くて油断ならない男で。シンとルーにとってはちょっとした天敵のような存在だった。
「びっくりした〜? びっくりしたよね〜。二人とも、固まってたもんね〜」
「きぃいいいい! 相変わらず悪シュミなやつネ!」
「普通に出てこれねーのかよっ!」
「あはは、ごめんね〜」
シンとルーが南雲をボカスカと殴ったのは言うまでもなく、けれど南雲は痛そうな顔ひとつしなかった。
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