遙かなりレゾンデウム -Epilog:SN1- サモンナイトU:X〈ユークロス〉 WEB限定短編連載【4】
お待たせ致しました。
『サモンナイトU:X〈ユークロス〉』完結後の後日談短編小説連載、その第四弾を公開させて頂きます。
※このシリーズは本編最終巻後のエピソードとなります。
『サモンナイトU:X〈ユークロス〉ー響界戦争ー』をお読みの上で楽しんで頂けますと幸いです。
それでは物語をお楽しみください。
遙かなりレゾンデウム -Epilog:SN1-
兆しを感じて、アヤは顔を上げた。
陽はとうに落ちた薄暗い部屋。窓辺から差し込む淡い月の光。
それを遮るようにして、床からゆっくりと立ち上がってくる漆黒の影法師。
「予定どおりだね」
いつの間にか隣に来ていたキールが、腕時計を眺めながら呟く。
各国首脳へのお披露目のために全員で向こう側に行った時、せっかくだから記念にしようと皆で買い求めた品だ。パートナー同士で見立てて、全員が常に身につけている。
アヤの手首にもカシスが選んでくれたものがはめられている。雪の結晶をイメージしてデザインされたという、小さくて可愛らしい、いかにも彼女らしい趣味の時計だった。
「深崎くんは律儀ですから」
「知ってる。そういうところはソルとそっくりだし」
「ええ。ですので、この場合は―――」
「珍しく、ハヤトが遅刻しなかったということになるね」
個々の姿を明確にしていく三体の影法師。
界を渡る際の保護膜であった影の魔力がはらりと消え去ると、地球からの帰還者たちは目を開けた。
「おかえり、ハヤト」
「ただいま、キール」
「深崎くんもソルさんもお帰りなさい」
「ただいま、樋口さん」
「滞りなく終わらせてきたぞ」
それぞれの仕事を済ませてきた彼らの様子は、今回もたやすくはなかったと察せられるくたびれ具合だった。事務方回りをしてきたトウヤはしきりに目頭を揉んでいるし、魔力を消耗し過ぎたと思われるソルは、壁に寄りかかって呼吸を整えている。
けろっとした顔のハヤトは流石に慣れていると思いきや、明らかに戦闘行為をしてきたとわかるボロボロ具合だった。術によって傷こそ塞ぎ終えてはいるものの、服は泥まみれ、左肩には着弾痕とおぼしき穴さえ空いていた。
「また無茶して! 単独での戦闘は極力避けるようにって言っておいただろう!?」
助けを呼ぶ時間がなかったんだよ、とハヤトはキールに弁解した。
「駆けつけた時にはもうメスを入れられる寸前だったんだ。問答無用で強行突入してなかったら、あの飛竜は二度と仲間のところに帰ることができなくなっていたと思う」
「……!」
「大陸の人たちは即断即決ですからねえ。迷いなくやっちゃいますから」
苦い顔をしたキールとは対照的に、のほほんと物騒な見解を口にするアヤ。
「とはいえ、その様子だと『めでたしめでたし♪』で終わったんですよね?」
ああ、とハヤトは力強くうなずく。
「捕獲されていた【はぐれもの】たちは全員、きっちり送還してきたよ」
「保護していただけだ―――と、偉い人たちは言い張るだろうけどね」
肩をすくめて揶揄したトウヤに、ハヤトは乾いた笑い声で応じた。
◆
【異識体】の捕食侵攻によって、世界は大きな被害を受けた。
あちこち食い散らかされてしまった【機】【鬼】【霊】【獣】の4つの領域は、基軸である【理想郷】に再統合されることによって、消滅という最悪の事態を回避することができた。
【響融化】―――【千眼の竜】が月のマナと亡魂たちの助けを借りて為し得た、世界再構築の【奇跡】である。
が―――それでも、あまねく何もかもを救うことは不可能だった。
【界の意志】が衰弱しきっていた【地球】は、干渉がむしろ害悪になると判断され、新たな世界の輪に加えることを見送られた。
いつかきっと、そこに暮らす者たち自身の手で【道】は開かれると信じて。
けれどそんな願いとは裏腹に、未知の世界の存在を識った【地球】の人々は激しく動揺し、自分たちの世界が侵略されてしまうのではないかという不安に襲われた。
だから、対策をとるべく動いた。
【異識体】の捕食の際に生じた界の裂け目から、不幸にも迷い出てしまった異界の存在たち。既知の生物とは異なる彼らを【地球】の人々は捕獲し、その特性を研究することで対抗策を見出そうとした。平和のためという大義名分をかざすことによって、同じ世界の同胞に対してはタブーとされる行いすら正当化し、未知なる世界の探求と、そこからもたらされた超常の力の獲得に邁進し始めたのである。
そう―――古のリィンバウムにおける歴史を、まるでなぞるかのように。
その行き着く先が、破滅でしかないと知っていたからこそ。
【誓約者】たちは、即座に行動を開始したのである。
ふたつの世界を行き来しながら、互いの齟齬を正し、やがて始まるであろう交流の道筋をつけるために。
◆
「アヤやトウヤのお父さんが向こうの窓口になってくれて本当に助かったよ。ナギミヤの人たちがこっちの世界で無事だと伝えられたし、こちらの世界に敵対する意志がないと訴え続けてくれているおかげで、ヒステリックな世論とかも抑えられているんだ」
キールがしみじみと言う。
仕事の都合でたまたま那岐宮市を離れていた両名の存在は、荒唐無稽としか思えないであろう事実を伝えていくうえで、フックとして大きな役割を果たしてくれた。
特に官僚であるアヤの父親は、そのまま日本におけるリィンバウムとの外交担当責任者に任命されてしまい、それはもう多忙を極めているとのことだ。
「胃が痛いってぼやいてるそうですよ。泣き言なんて言わない人だったのに」
「父に頼んで検査入院を強制してもらうよ。きちんと身体は労ってもらわないと」
「是非よろしく。まだまだこの先もがんばってもらわなくちゃですので」
優しいのか厳しいのか、判断に悩む会話を交わして微笑むトウヤとアヤ。
感謝を述べたつもりだったキールは、ただ引きつった顔をするしかない。
「なあ、お前たちの世界の親子関係ってああいうものなのか?」
「うーん。二人が父親に深く感謝してることだけは間違いないと思うよ」
怪訝な顔をしたソルに、ハヤトはそう応じた。
でなければ、母親を介して、まめに動向を確認したりしてはいまい。
むしろ今のほうが家族間での会話は増えているのだと、ハヤトはこっそりアヤの母親から教えてもらっていた。手のかからねえ子供もそれなりに大変なんだなあ、と、その場にいたナツミの父親が唸っていたのが、ハヤトには印象的だった。
◆
「とりあえず、現状を総括しておこうか」
気を取り直したキールが情報共有を提案し、一同は姿勢を正した。
「じゃあ改めて、俺から―――」
まずはハヤトが、某国軍事施設における救出劇の経緯と顛末を語った。
「対外的には否定してるけど、同様の施設はまだあるみたいだ。【機界】の【召喚盟友】に頼んで端末をハックしてもらったから、詳細なデータも持ち帰れてるはずだよ」
「なら、吸い出しのほうは俺がやっておこう。異なる術者間でも盟友の術式が機能するか、確認もしておきたいからな」
ソルの申し出に、一同はうなずいた。
強制力をもつ【召喚術】の一切が使用不能になったことで、ほとんどの召喚師は存在意義を失ってしまった。が、ごく一部―――無意識に異界の存在と友誼を育んでいた者たちだけは、魂の絆である【命約】に基づく新たな術を体得するに至っていた。
【響命召喚術】と名付けられたそれは、かつてエルゴの王が用いた術と等しいものであり、呼ぶ者と呼ばれる者が魂を響命させることで、様々な可能性を引き出せるだろうと目されている。かつての【派閥】の垣根を越えて集った召喚師たちが協力し、今は懸命にその使い方を模索している段階であった。
それ自体はとても素晴らしいことだ。
けれど個々の関係性に依存したそれらでは、汎用性があった術の代わりとして用いることはできない。一刻の猶予もない医療の現場などでは、かつてなら救えたはずの命が失われるといった、見過ごすことのできない問題も浮上しているのだ。
(ずっと【召喚術】に頼りきってた人間の傲慢なんだろうけど、でもさ……)
手段が間違っていたからといって、全否定するのは違うとハヤトは思っている。
その考えに同意した彼らは、独自に新たな【召喚術】の在り方を模索していた。
【誓約者】の要請に応えてくれた者たちと汎用的な【盟約】を結び、困っている人々に等しく力を貸してくれるように依頼する。その調整は【護界召喚師】となったセルボルト家の兄妹たちが行った。相応の報酬を提示し、信用できる者たちにのみ【盟約】の存在を明かすという条件つきではあるものの、かつての【召喚術】に近い形で力を貸してもらえる協定を構築しつつあった。
【召喚盟友】と呼ばれるそれは、今はまだ彼らの周囲だけで用いられているものだが、新時代の召喚師たちの組織が結成されたあかつきには運営を任せるつもりでいる。悪用されるのではないかという不安もあるが、盟友たちには協力の是非は自己判断してよいと伝えているので、無理強いすることはまず不可能だろう。
『そもそもさ。どんなすごい力だって使い方次第なんだし、すごい力だってことを自覚して使ってもらわなくちゃ、責任がどっかにいって大変なことになるって私は思うな』
ナツミのそんな言葉が後押しとなって、彼らは方針を固めたのであった。
◆
「こちら側は変わりなしですよ。【霊界】の魔王や【鬼妖界】の荒ぶる神々が色々と悪さをしてはいますが、ライくんたち【越響者】の一行が叱って回ってくれてますし、ミニスちゃんたち有志の【調停召喚師】のグループもトラブル解決に奔走してくれているので、私たちが出向くほどの事態にはなってませんね」
「【冥土】関連についてはどうだい?」
アヤの報告に、重ねてキールが問う。
「【超律者】とその仲間たちが常に目を光らせてるって、シオンさんが伝えてくれました。主君は育児に大わらわとのことで、ささやかな幸せを守るべく、シノビとして奮起するそうですよ―――あと、新作“ギネマ鳥南蛮”がとっても美味しかったです。はい」
「うーっ、アヤだけずるい!」
「新堂くんだって【地球】で美味しい物を食べたのでは?」
「そりゃ少しは食べたけどさ……大半は敵地にいたせいで、栄養ゼリーとかカロリーバーとかだったし」
しょんぼりするハヤトと、自慢げに微笑んでいるアヤ。
呆れ顔でそれを眺めつつ、ソルはトウヤへと確認する。
「なあ、島の【裂け目】のほうは放っておいたままでいいのか?」
そっちはレックス先生に任せておこう、とトウヤは言った。
「この島のことは産土神の領分だ。僕らにできるのは那岐宮の人たちのメンタルケアくらいだよ」
もっともそれも、カツヤやエミといった事情を知る者たちの協力のおかげで、落ち着いてきている。すっかり後輩たちに頭が上がらなくなったハヤトは、ご褒美としてリプレ特製のらーめんをねだられているそうだ。今回の非番を利用してサイジェントを訪ねるとのことなので、ゆっくり羽を伸ばしてきてもらいたいとトウヤは思っていた。
「じゃあ、当座の方針をまとめよう」
向こうで買い求めた連絡用のホワイトボードに、キールが書きつけていく。
リィンバウム側については基本静観。協力依頼があった時のみ対応する。
レゾンデウム側については融和のための関係調整。重要案件は持ち帰る。
緊急性のない限り実力行使は禁止。なるべくツーマンセルで対処する。
「捕まってる【はぐれもの】さんの救出は急がなくていいんですか?」
「気持ちはわかるが情報の精度を確かめる必要がある。今回はハヤトが先走ってしまったが、本来それなりの根回しは必要だ。お前の父親の胃袋をこれ以上痛めつけるわけにもいくまい」
不満そうなアヤに、ソルが言い聞かせる。
「次の当番が女子メインだから―――じゃないですよね?」
「否定はしない。後ろ暗い連中からすれば、与しやすいと判断するだろうからな」
「むむむ……」
「睨むな。むしろ俺は、お前の“しっぺ返し”のほうがこわい」
「前例があるからな。アヤには」
ハヤトにまでそう言われて、アヤはぷくっとむくれてみせる。
【響界種】代表の親善大使として【地球】を訪れたエニシアが誘拐された事件のことだ。事前に彼女の異能についての情報が漏れていたらしく、欲にかられた某国マフィアが手を出した結果―――巨大カンガルーに踏まれてアジトをぺちゃんこにされた。
「あれがベストだったんですよ。私がやらなかったらギアンさんが確実にブチギレてました」
「同意はするが肯定は無理だ。周辺諸国のケアも大変だったんだぞ」
「首謀者含めて死傷者ゼロで収めたことは評価するけどね」
「そこは意識してましたよ。今までの成果をおじゃんにはできませんし」
「トウヤもアヤもナチュラルにこわすぎだって……」
藪をつついてしまったことを後悔するハヤトであった。
「せいぜいしっかりと監督しておけよ、引率役」
「善処はするよ」
ソルにそう釘を刺されて、キールは肩をすくめてみせた。
そして、改めて一同に言い聞かせる。
「【地球】を含めた【異世界】関連の交渉事については【誓央連合】から任されているが、ひとつ間違えば紛争にもなりかねない重大事だ。萎縮する必要はないが、力の行使に及ぶ際には細心の注意をはらっ―――」
―――カン! カン! カン! カン!
階下から響く、フライパンをおたまで叩きまくる音が、緊張感をぶち壊した。
「おーい、ゴハンできたよーっ! 今夜はワイスタァン風のカレーだよぉーっ! 」
食事当番であるナツミの呼び声に、待ってましたと立ち上がるハヤト。
「香りからしてそうだろうなあって思ってたんだよな!」
「クラレットとカシスがジャキーニ農園の収穫を手伝ってきたんです。新鮮なおイモやお野菜をたっぷりお土産にもらってきてましたから、今日は期待大ですよ?」
「それは楽しみだね」
和気あいあいとしながら、一階の食堂に向かう【誓約者】の三人。
「なあ―――こんな緊張感のないやり方で本当にいいのか?」
「張りつめてるだけでもダメなのは、先人たちが証明してくれたろう?」
それはわかるが、とソルは渋い顔だ。
最後にグループに合流したこともあって、引け目や焦りがまだ強いのだろう。
不器用ながらも、そう感じるほどに彼がこの輪を大事に想ってくれていることが、今のキールにはとても嬉しかった。
「さあ、僕たちも行こう。お腹がいっぱいになってから考えてみたら、きっとまた別の波だって見えてくる―――ってね」
「そんなもんかよ」
「そんなものさ」
くすりと笑いあってから、いい匂いのする階下へと、二人は連れだって歩き出した。
<Epilog:SN1 END>
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