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『ロード・エルメロイⅡ世の冒険』新刊に向け、エルゴが喰らった神の神話考察

どうも、御無沙汰しとります。樹木(PN:樹齢二千年)です。
初めましての方は初めまして、TYP-MOON作品やホヨバ作品が好きな一般神話・宗教オタクやってます。

今回は夏コミで出る予定の『ロード・エルメロイⅡ世の冒険(8)フェムの船宴(下)』に向けて、神喰らいの青年――エルゴが喰った神について考察していきたいと思います。

3巻の『彷徨海の魔人(下)』での敗戦を経て、『錬金術師の遺産』で接続した神、そして中巻で明かされた竜喰らいの魔術師・白若瓏の正体を一応正解できました……が、個人的には今回で判明するであろうエルゴの3柱目を言い当てたい所存です。
一介の神話・宗教オタクの戯言ですが、どうかお付き合い頂ければ幸いです。

基本的にネタバレ全開フルスロットルで行きますのでご容赦下さいませ。

0:振り返り/オタクの嘆き

エルゴの神を言い当てようとした時の記録のツイートを載せておきます。
このふせったーの中でも軽い神話の解説などやってますんで良かったら見て行って下さい。
オススメは冒険3巻です(自戒)

〇冒険3巻『彷徨海の魔人(下)』
結果:不正解
敗因:正解を綺麗に通り過ぎたため。コメダ珈琲で頭抱えてた。マジで。今でも軽くトラウマになってたりします。

〇冒険5巻『錬金術師の遺産(下)』
結果:正解
勝因:『FGO』第2部第7章『黄金樹海紀行 ナウイ・ミクトラン』が冥界の話&『Fake』でもペイルライダー(ハデス(陰府)を連れる蒼白い馬の騎士)やイシュタル(冥界に降りた女神)など冥界に関する話を引っ張っていたため、なんとなく本命(=エンキ)の対抗馬に冥界神関連で挙げていたこと。

〇冒険7巻『フェムの船宴(中)』
結果:正解
勝因:神保町で大牟田章著『アレクサンドロス大王「世界」をめざした巨大な情念』(清水新書、1984)を買っていたこと&「そもそも白若瓏が喰らった竜って1体とはいえ一つの神話体系の頂点に立つ怪物だし、記憶飽和起こしてないのおかしいよな……?」ってなったので。
年明けコロナでえらい目に遭ったけど死ぬほどテンション上がった。

1:復習/エルゴが喰らった神の共通点+一柱目(『神を喰らった男)

三田誠著『ロード・エルメロイⅡ世の冒険⑴ 神を喰らった男』(KADOKAWA)

まず、これまでの物語を遡ってエルゴが喰らった神、そして共通点を整理していきましょう。

1巻『神を喰らった男』の中で、エルゴは元々シンガポールで漂流しているところを凛に保護されていました。そして、Ⅱ世やグレイと出会い、彼らに自らの異能である「幻腕」を披露――これを見たⅡ世は、その根源について自らの知見を披露しました。

「よもつへぐい、だ」

「ああ、ヨモツヘグイは日本の神話だが、類似例として西欧圏で有名なのはペルセポネの伝説だろう」

「豊穣の神デメテルの娘、ペルセポネをさらった冥界神ハデスは、彼女に冥界の食べ物を差し出した。結果として、激昂したデメテルが娘を取り戻した跡も、その冥界の食べ物を食した分だけ、ペルセポネは冥界に残らねばならなくなった。……名前の他にも、ひとつだけエルゴは記憶していた。過去に食べたという、形状も味わいも言語に絶する何かを」

三田誠著『ロード・エルメロイⅡ世の冒険⑴ 神を喰らった男』(KADOKAWA)138p

これを要約すると、次のようなもの。

「エルゴは日本神話やギリシア神話に跨るヨモツヘグイの理論を利用し、三柱の神の血肉を喰らわされた」

軽くヨモツヘグイについて解説しましょう。 
ヨモツヘグイは日本神話の用語。『古事記』では「黄泉戸喫」、『日本書紀』では「黄泉竈食」と表記します。

これが意味するのは「黄泉の竈で煮炊きした食物を食べること」。

ヨモツヘグイを犯すことは他郷の者になる――つまり冥界の住人になることを意味します。この要素を持つ神話が日本神話・ギリシア神話の両方に存在しているんです。

作中でⅡ世が説明してくれていますが、日本神話の方は触れられてないので『古事記』から該当箇所を引用しておきましょう。

古事記 上つ巻(伊邪那岐神と伊邪那美神)
〔黄泉の国〕

 是に其の妹伊邪那美命を相見むと欲ほし、黄泉国に追い往でます。しかして殿の縢戸より出で向かへたまふ時に、伊邪那岐命、語りて詔りたまはく、「愛しき我がなに妹の命、吾と汝と作れる国、いまだ作り竟へず。故、還るべし」とのりたまふ。しかして伊邪那美命答へ白さく、「悔しきかも、速く来まさず。吾は黄泉戸喫為す」

中村啓信訳注『新版 古事記 現代語訳付き』(KADOKAWA、2020)

この場面は、イザナギが死んだ妻イザナミを連れ戻すべく黄泉の国に降り立った時のもの。
愛する妻の帰還を願うイザナギだったが既に遅く、イザナミは冥界で煮炊きしたものを食べてしまい(ヨモツヘグイ)、冥界の一員になってしまっていました。
その後、イザナミは黄泉の神々に「地上への帰還について相談するから、戻るまでは御殿の中を見ないで欲しい」とイザナギに頼んだ。――しかし、イザナギはその約束を破ってしまいます。
醜い姿を見られたイザナミは激怒し、追手を差し向けてイザナギを殺そうとします。しかしイザナギは現世と黄泉の境界「黄泉平坂」まで逃げ、その入口を岩で塞ぎました。そして、国土を産んだ夫婦神は決別することになった……というものです。

この伝承における、「冥界の食べ物を食すことで冥界の一員になる」という理論は、ギリシア神話におけるペルセポネのものと同様。
加えて、この伝承は世界の神話に見られる「見るなのタブー」の一つです。
有名なものであれば、詩人オルフェウスの冥界下り。その伝承は「妻を求めて冥界に降りるも、タブーを破って失敗に終わる」という構図が日本神話と酷似しており、比較神話学においてもテーマとして挙げられることがあります。

他の例で言えば、旧約聖書『創世記』における「ロトの妻」(「振り向くな」という言いつけを破った)や、フランス伝承の「メリュジーヌ」(身体が蛇(竜)になる日に姿を見ない約束を破られた)などが挙げられますね。

とまぁ、こんな感じで日本神話――ギリシア神話に跨る神話・魔術理論が、エルゴの神喰らいの根底にあるワケなんですわ。
また、Ⅱ世はエルゴが喰らった神の共通点について、このようにも語っています。

「ひとつは、水か海にまつわる神ということ。君の夢はもちろんのこと、海で漂流しているところを発見されたというなら、これは偶然ではありえない。なぜならば、多くの神話において、海における漂流とはそれ自体が神の属性だからだ。

「たとえば、極東のヒルコや、北欧神話のニョルズなんかがこの代表格だろう。マレビトや漂着したものを神の依代と見る信仰は世界各地にある。さきほどの君の話も合わせれば、君の内包する神が、海が水の属性を持つだろうことは想像がついた」

「もう一つは、手」

「神において、手があらわす表象はおおよそ『くまなく届く』 ということ だ。アジア圏の千手観音ならばくまなく救うという象徴として、多くの腕を 持つ。逆に 阿修羅などの戦神にとっては破壊の象徴だ。ゆえに、神の手を持つのならば、本来人には接続できない情報にまで届くこととなる。つまり、 人類にありえない進化まで届くと。だから、君は記憶飽和を起こしたが…… これは、君をつくった者たちにとって想像のついていた現象だったんじゃないか。だから、あのとき、言ったんだろう。まだ、覚えていられたかと」

三田 誠.ロード・エルメロイII世の冒険 1 神を喰らった男 (TYPE-MOON BOOKS) (pp.283-2


エルゴの喰らった神の共通項は「水神」「手にまつわる神」であること。この「手」に関しては「進化」の概念にも通じます。

『冒険』1巻の舞台となったのは、水運都市シンガポール。
ここでは最初に解く問題として、中国神話における水の妖怪の名を冠する魔術師が登場します。
名は、ムシキ。東洋の魔術組織「山領法廷」の魔術師にして、エルゴに神を喰わせた一人です。
その名の由来は、三皇五帝の一人である禹王(うおう)の時代に現れた水の妖怪「無支祁」。
伝承に曰く、無支祁は猿のような姿をしており、白い頭に青い身体、100尺にも伸びる首を持っていました。無支祁の捕獲は困難を極めたが、最終的には「大索」という縄と「金鈴」という鈴を付けられて捕獲され、亀山に封印されます。
この「超人的な力」と「封印」の逸話に加え、禹王が治水事業に優れていたことから、無支祁は中国神話・道教における大妖怪の原型になったと考えられています。

「海と湖の区別? はは、塩っ辛いかどうかか? そいつは俺には関係ねぇな」

「要は水神のゆりかごってこった。外で、あの五月蠅い先生がぴいちく言ってやがることのまんまだ」

「審神者は、ただ神の名をあてればいいというものじゃない。お前に喰われてしまった俺たちは、言ってしまえば、とっくに消化された食事だからな。そいつに名付けるためには、手順が必要だ。エルゴが体験し、その目と耳で知ったことでなければ、正しい答えであろうと通らない」

「神なんてのは、結局、人の願いを受け止めるための器だ。実際のところ、それが人の救いになるかどうかは別としてな。まして、お前の内側にいるんだから」

「オレの名を呼べ、小童!」

三田 誠.ロード・エルメロイII世の冒険 1 神を喰らった男 (TYPE-MOON BOOKS) (p.290-292)
「神核纏繞・如意金箍棒」

────纏繞/我が手は神を象る────!!

――その神こそ、「花果山水簾洞美猴王」。即ち孫行者(孫悟空)です。
又の名を「斉天大聖」。天界の神々を相手取り、五行山に封印された後に助け出され、三蔵法師と共に旅に出た大妖怪。
伝承において、孫行者はかつて「水簾洞」という場所を住処としていました。その後、天上にある「蟠桃園(※女神・西王母が管理する不老の桃の果樹園)」の桃を食い荒らし、果てには閻魔帳から自分の名前を消しました。  
その他にも数々の悪行を重ねた結果、太上老君(※神格化された老子)の八卦路にブチ込まれます。しかし孫行者は上手く切り抜け、出て来た時には「火眼金睛」と呼ばれる特殊な眼になっていました。

彼の振るう如意金箍棒は、禹王が治水のために用いた「水底を突き固める神具」であり、別名「天河鎮底神珍鉄」とも呼ばれています。後に東海竜王の竜宮に保管されていましたが、孫行者はこれを強奪し、如意棒として振るいました。
竜宮は水底に存在する宮殿。加えて、東洋における竜は水神としての顔を持ちます。この部分からも、孫行者の水神としての性質を垣間見ることができます。

エルゴが喰らった一柱目は、水怪を起源とする伝説の神仙。
個人的に神話におけるトリックスターの一つってことでかなり好きな神なんですよね。

2:二柱目の神&白若瓏の竜(『彷徨海の魔人』)

三田誠著『ロード・エルメロイⅡ世の冒険(3)彷徨海の魔人(下)』(KADOKAWA)

 日本を舞台として繰り広げられる3巻『彷徨海の魔人』。
 個人的に神話・宗教学的要素が最も濃い章だと思います。マジで。
 この巻では、エルゴの親友を名乗る魔術師・白若瓏が登場します。彼は彷徨海バルトアンデルスに所属する魔術師で、「幻翼(ファンイー)」という、エルゴの幻腕に酷似した異能を振るいました。

『彷徨海の魔人(上)』より

 その実力は、聖杯戦争を生き抜いた遠坂凛をして「サーヴァント級」と言わしめるほど。インフレがエグいです。 加えて、日本の魔術組織「夜劫(やこう)」や、彼らが所持している神の破片「神體(がんたい)」などが複雑に絡み合っていきます。 また『事件簿』『冒険』では毎度他作品からゲストキャラクターが登場するのが恒例ですが、『彷徨海の魔人』では、『空の境界』から両儀幹也と娘の末那が登場します。時系列的には『未来福音』の少し前みたいですね。 この章では、エルゴと白若瓏の二人が喰らったモノが明かされます。 それを紐解く鍵となったのは、世界各地における「蛇」、そして蛇と同一視される「竜」への信仰でした。

「もちろん、そうなるわね。最初にくちなわの話をしたでしょう? 日本の蛇信仰は古くて幅広いんだけど、ここまではっきり地を這う蛇のイメージだと急に限定されちゃう。メジャーどころは四つぐらいね。人頭蛇身と伝えられる宇賀神、中部地方に信仰の広がっているミシャグジ、このミシャグジと縁深い武神タケミナカタ」

「オオナムチ」

「別名を大国主、大黒主、八千矛神、幽世大神、毛色の違うところでは大物主ってやっぱり蛇の神様と同一視されたりするわ。さっきの因幡の白兎では、ダイコクさんと言われる場合が多いかしらね。天津神への国譲りを為して、常世──常夜の主となった神」

(三田誠著『ロード・エルメロイⅡ世の冒険3「彷徨海の魔人(下)」』角川文庫、2022年、226、227p)

 夜劫アキラが喰らっていた蛇神・オオナムチ(大己貴命)。
 古来、日本には長野県の諏訪におけるミシャグジやタケミナカタ(建御名方神)、三輪のオオモノヌシ(大物主神)や中世の宇賀神など、多くの蛇神への信仰がありました。同時にそれはインド・中国を経て伝来した「竜」への信仰にも通じます。
 東洋には、インド神話のヴリトラやナーガ(仏教の竜王)や、中国土着の種類(応竜、始皇帝の異名「祖竜」など)などの竜が存在しました。それらは往々にして水との関りが深く、雨乞いや豊穣と結びついていました。
 それは日本においても同様。日本の蛇竜の筆頭と言えるヤマタノオロチは水蛇神であり、それを討ち果たしたスサノヲは治水の神でもあります。

一方、西洋における竜は神に敵対するモノとして描かれます。
バビロニア神話の女神ティアマトに始まり、カナン神話の竜神ヤム=ナハル、これらを原型とする聖書のレヴィアタン(リヴァイアサン)。北欧神話のファヴニールやヨルムンガンド、などなど。
キリスト教的な意味で「竜=神の敵」という認識が広まったのは、新約聖書『ヨハネの黙示録』に登場するサタンの化身としての「赤い竜」も含まれるでしょう。

 日本の蛇信仰に始まり、世界各地の神話・宗教に登場する「竜」の概念。そして、征服王イスカンダルの遠征に端を発した「ヘレニズム」による神話の混淆。これら全てが、エルゴたちの喰らった神・竜の正体に繋がります。

物語の終盤。Ⅱ世、凛、グレイ、エルゴの4人は花火の見える山の頂上で相まみえます。そこで、エルゴはグラントウキョウ ノースタワーでの戦いのリベンジを果たすべく白若瓏と戦うのですが、直前、Ⅱ世による二人の神名看破を行います。
そこでまず、Ⅱ世は白若瓏の喰らった「竜」について、次のように推理しました。

「そして、アトラス院の選んだ神ということは、伝播のどこかでエジプト神話に関連する神だろうというのは、想像がついていた。アトラス院はエジプト近辺の錬金術と関連が深いからな。そうなれば、イスカンダルが征服したルートは高確率で絡んでくる」

「もうひとつ、これは若瓏の方だが、オオナムチに絡む竜であろうことも想像がついていた。兵主神としてオオナムチは中国神話の蚩尤にルーツを持つというのはエルゴにも話したが、この蚩尤と応龍の戦いは、世界中に広がる牛種と竜種の戦いの一つでもある」

「牛というと奇妙なようだが、世界最古の神話においてすら、牛の影響は強い。古代バビロニアにおいて、英雄王ギルガメッシュが天の牡牛を殺したことで、彼は王権を確立したのだから」

「ギリシャにおいては、主神ゼウスがこの牛の属性を持っている。本人が牛に変わった逸話や、その子がミノタウロスという牛種の筆頭であることを考えれば、これは分かりやすいだろう。そして、ギリシャには、このゼウスを殺しかけた竜種がいるんだ」

「……太祖竜テュフォン」

「竜種というより、西洋における竜種のさらに源、といった方がいいかもしれんだね。現代にまで続くタイフーンの語源。大地母神ガイアと、奈落の化身たるタルタロスの末子。奢れるゼウスに対して、ガイアの復讐心が生み出した怪物。生き物というよりも、もはや超兵器という趣さえある神獣だ」

(三田誠著『ロード・エルメロイⅡ世の冒険3「彷徨海の魔人(下)」』角川文庫、2022年、365-367p)

白若瓏の喰らった竜。
それ即ち、ギリシア神話における最強の怪物テュフォン。
『FGO』のイベント『聖杯戦線~白天の城、黒夜の城~』ではテュフォンの名を冠する「テュフォン・エフェメロス」が登場したので、記憶に新しい方も多いかもしれません。

テュフォン・エフェメロス。その正体はテュフォンに喰われた「無常の果実」だった。

テュフォンについて軽く紹介しておきましょう。
Ⅱ世が語るように、この竜は地母神ガイアと奈落の神タルタロスの子です。
ガイアの子である巨人ギガースとゼウス達による大戦争「ギガントマキアー」の終盤に生み出された存在であり、その姿については古代ギリシアの詩人ヘシオドスやアポロドーロスによって描写されています。いくつか引用してみましょう。

 さて ゼウスがティタンどもを 天から追放されたとき
 巨大な大地(ガイア)は 末っ子 テュポエウスを生まれた
 黄金なすアプロディテの手引きで タルタロスと情愛の契りをされて。
 この者の腕は 強力で この力強い神の脚は 疲れを知らなかった。
 彼の肩からは 蛇すなわち 怖るべき竜の 百の首が
 ひらめく 黒い舌をみせて 生え出ており その
 不思議な首にある 両眼は 眉の下で 火を閃かせた。
 その 睨めまわす すべての首からは 火が燃え立ったのだ。
 また そのすべての怖るべき首には あらゆる種類の言葉につくせぬ音あげる声があった すなわち あるときには神々の理解したもう音声を放ったし またあるときは 気性鎮めようもなく獰猛で 目に不遜の光を湛え 猛々しく吼え立てる牡牛の声を。 

廣川洋一訳『ヘシオドス 神統記』(岩波書店、2019)103-104p

この一節は、ギリシア神話の原典『神統記』のもの。
もう一つ、ギリシア神話を記した主な書物として、詩人アポロドーロスの『ビブリオテーケー』があります。テュフォンの詳細な容姿・逸話についてはこちらに記述があるので、引用していきましょう。

 神々が巨人たちを征した時、大地(ゲー)はさらに怒ってタルタロスと交わり、キリキア―において人と獣の混合体であるテューポーンを生んだ。彼はその大きさと力において大地が生んだすべてのものに優り、腿までは人の形であり、とほうもなく大きかったから、すべての山よりも高く、頭はしばしば星を摩した、彼の手は一方は延ばすと西に、他方は東に届き、百の竜の頭がそこから出ていた。腿から下の部分は巨大な毒蛇のとぐろを巻いた形になっていて、それを延ばすと自分の頭に達し、シュウシュウと大音を発していた。彼の全身には羽が生え、頭と頣からは乱髪が髪になびき、眼より火を放っていた。

高津春繁訳『アポロドーロス ギリシア神話』(岩波書店、2021)39p

要約すると「百の竜の頭を持つ」「頭が星に届くほどデカい」「両手は東西の果てに達する」など、一般的な竜というよりも「竜と人の混成」と言えるビジュアルをしています。実際、テュフォンは絵画でも竜人のような姿で表現されています。『FGO』で描かれた全体図も概ねそんな感じ。

飛び立つテュフォン。竜の要素と人間体のバランスが良い感じ。

なお、白若瓏の「幻翼」は、テュフォンが羽を生やしているという伝承に由来しているのでしょう。
テュフォンが「太祖竜」と呼ばれるのは、この竜がギリシア神話の怪物の大半の文字通り「祖」になっているから。例えば、冥府の番犬ケルベロス、大蛇ヒュドラ、合成獣キマイラ、百頭の竜ラードーン、ネメアーの獅子、双頭の怪犬オルトロス……これらの怪物は、系譜を辿るとテュフォンに辿り着きます。

テュフォンは神話において、Ⅱ世の語る通りゼウスを追い詰めました。
雷霆ケラウノスと金剛の鎌ハルペーを強奪、さらにゼウスの手足の腱を切り取って自分の巣に幽閉します。
ところが、伝令神ヘルメスと牧神パンが腱を取り返したことで復活。再び雷霆を振るい、テュフォンは劣勢に。
ゼウスから逃げるテュフォンは道中、運命の三女神モイライから「勝利の果実」を授かりますが、それは真っ赤な嘘。実際には願いが叶わなくなる「無常の果実」であり、テュフォンの勝利は絶望的になってしまいます。
完全な状態のゼウスには敵わず、最終的にはエトナ火山に押し潰される形で敗北。以降、エトナ火山の噴火はテュフォンが暴れることで起きると考えられました。

――というのが、テュフォンの神話の大体のあらまし。
ちなみに、『FGO』でテュフォンが使ってくる「汝、宙を裂く雷霆(ネガ・ケラウノス」は白若瓏が先に使ってたりします。

『冒険」のオタク過ぎてここマジでニヤニヤしてた。

 いざ開け、神代の門。
 仰ぎ見よ、定命の者。
 平伏すがいい、現代の魔術師どもよ。
 自然界において、最大の恐怖とともに語られたその名を――

「〈汝、宙を裂く雷霆(ネガ・ケラウノス)〉――!

三田誠著『ロード・エルメロイⅡ世の冒険3「彷徨海の魔人(下)」』角川文庫、2022年、396p

どうしてここまで詳細に話したのかというと、テュフォンそれ自体がエルゴの神に繋がるからです。
テュフォンの姿を見たギリシアの神々がエジプトに逃亡した逸話があるように、ギリシア神話とエジプト神話は互いに習合しています。
イスカンダルの死後に始まったヘレニズム時代において、雷神ゼウスは主神アメン、女神イシスは美神アフロディーテ、冥界神ハデスは復活神オシリスと結びつきました。
――そしてテュフォンと同一視されたのが、エジプト神話で最強を謳われる戦争と砂漠を司る「兄弟殺しの神」でした。

「お前も、兄弟を殺すのか?」

その問いに、エルゴは悩まなかった。
はっきりと口にした答えに、神は莞爾と笑った。

「なら、願え!」

吠える。
吼える。

「お前のありったけで、願うがいい!」

(三田誠著『ロード・エルメロイⅡ世の冒険3「彷徨海の魔人(下)」』角川文庫、2022年、372p)

王座を求め、兄弟である神王オシリスを殺害し、甥の天空神ホルスと争いを繰り広げたエジプトの戦神。下エジプトの主神であり、時代と共に「兄殺し」の汚名を着せられた神。
その神話は、ギリシア人著述家プルタルコスの『エジプト神イシスとオシリスの伝説について』の中で語られています。そして、この文書の中で、セトはテュポン(テュフォン)と言い換えられているんです。

その神話を要約して紹介しておきましょう。

 ある時、神々の王オシリスは異国の人々に文化をもたらすことで征服を開始する。そうしてオシリスが国を留守にしている中、セトが王座を奪うべく計画を立てていた。
 オシリスがいない間は女神イシスが政治の実権を握っており、セトは迂闊に動けなかった。そこでセトは、オシリスが凱旋した時を狙い、誅殺を企てる。
 セトは七十二人の徒党を組み、オシリスが丁度入る「箱」を用意する。そして凱旋の宴に列席し、「この箱に入れる方がいれば、差し上げましょう」と申し出る。多くの参列者が挑戦するが、当然オシリス以外に入ることはできない。そうして遂にオシリスの番が回ってくると、セトはオシリスが入った瞬間に箱に蓋をしてナイル河に放り込んだ。
 この事件を聞いたイシスは嘆き悲しみ、喪服で各地を放浪とする。しかし幸いなことに、彼女の耳に棺の行方に関する情報が届く。その箱はビブロスに漂着しており、オシリスの神気によって葦が絡まって大木になっていた。さらに、大木は切り倒されて王宮の柱になっており、イシスは変装して王宮に潜入。その後自らの身分を明かして箱を回収する。
 だが、セトの執念は凄まじかった。セトはオシリスの箱の在処を突き止め、オシリスの身体を14に分割して河に投げたのだ。
 イシスはオシリスの亡骸を探し、なんとか13個は回収する。それでも最後の14個目の陰部だけは見つからず、新たに復元することにする。
 ミイラ作りの神アヌビスの力を借り、オシリスは復活。しかし不完全だったことが理由で神々の王ではなく、以後は冥界の王として君臨することになった。
 その後、セトは王位の継承権を賭け、甥の天空神ホルスと相争う。
 幾つもの勝負を繰り広げるも、セトは敗北。王座はホルスのものとなった。

エルゴの権能「神王屠る十四柩(ペル・ジェト)」はまさに、セトの逸話に準えたもの。個人的にセトを指す「砂柩戦神」ってワードが死ぬほどカッコ良いと思いますナ。

なんで俺はセトが討伐する大蛇アペプまで行きついたのにセトをスルーしたんだろうか。

セト=テュフォンの構図からも分かる通り、『冒険』にはイスカンダルの死後に始まったヘレニズムの神話の混淆が深く関わってきます。
その辺りの知識もあると、一層『冒険』を楽しく読めますよ。

3:軽くおさらいという名のガス欠/接続した神(『錬金術師の遺産』)

三田誠著『ロード・エルメロイⅡ世の冒険(5)錬金術師の遺産(下)』(KADOKAWA)

エジプトを舞台とする4-5巻『錬金術師の遺産』。
「ファラオの密室殺人事件」を解決すべく、Ⅱ世たちはエジプトの都市アレクサンドリアへと渡ります。
現地で考古学科のロード、カルマグリフ・メルアステア・ドリュークや、エルメロイ教室でお馴染みのルヴィア、さらにはアトラス院の魔術師、シオンと遭遇します。

ライネスが良すぎる。血吐くでこんなん。
がわいい。

この巻ではエルゴの正体についても語られています。
なお、「白天の城、黒夜の城」にて登場したアーチャー・プトレマイオスは『冒険』が初出のキャラだったりします。
最初は鳥の機械の姿でしたが、物語の終盤にて登場。この時は若い頃ではなく、第三再臨のおじいでした。

ここの凛イケメン過ぎん????????????

そんな今作は、海中にあるアレクサンドリア大図書館がメインの舞台。
物語終盤では、アトラス院の魔術師・ラティオが「神を喰らったエルゴを演算機として利用する」という計画を実行。その際、エルゴはとある神と接続していました。
ここはサラっと済ませますが、エルゴが接続していたのは、セトに殺された神「オシリス」でした。
オシリスの神話についてはセトのところで紹介したアレです。

オシリスは冥界の神として知られていますが、厳密には植物神です。
彼の死、そして冥府の王としての復活は季節の変化による植物の死と再生に繋がるもの。このような「死と再生の神」「植物神」としての属性を持つ神は古代オリエント世界に多く存在し、バビロニアのタンムズ(ドゥムジ)、ギリシア神話の美青年アドニス、フリュギアの神アッティスなどが該当します。

また歴史的に、ファラオは死後オシリスと同化すると考えられていました。時代と共にその範囲は広がり、最終的に「全ての人間は死後オシリスになる」とまで考えられました。
ヘレニズム時代において、オシリスは聖牛アピスと習合し、独自の神である「セラピス」へと派生します。聖杯戦線でプトレマイオスが言っていた「新しい神」は多分コレのことかと。

あくまでも接続していただけなので権能を振るうことはありませんでしたが、代わりにプトレマイオスを召喚するための重要な道筋となりました。
ここに英霊召喚の詠唱持ってくるのはセンスの塊でしたな。

4:彷徨海の魔人の正体/転生する密儀の神(『フェムの船宴』)

三田誠著『ロード・エルメロイⅡ世の冒険(7)フェムの船宴(中)』(KADOKAWA)

さて、ここから最新刊『フェムの船宴』といきましょう。
この巻は兎に角サプライズがエグくてですね、いやまぁ衛宮士郎もそうなんですけど、何よりヴァン=フェムがこんなイケメンだとは思いませんでした。だってコイツ月姫じゃ二十七祖なんすよ。フランス事変にもいたし。

この巻はどういうワケか、フラットと知り合っていた彷徨海の魔術師・ジズとⅡ世たちが話している場面から始まります。そして死徒ヴァン=フェムが主催する「フェムの船宴」に参加していくんですが……その中で、ヴァン=フェムは白若瓏についてこんなことを言いだします。

「君は、本当にあのジズの弟子なのか」

そして、ジズは若瓏が「正真正銘の神」であると言い放ち、審神者として彼自身の秘密を紐解いていきます。
彼が最初に指摘したのは、若瓏がギリシア最強の怪物である太祖竜を喰らってなお記憶飽和を起こしていないこと。一柱とはいえ、テュフォンは一つの神話を相手取れる怪物です。故に、記憶飽和を起こすには十分な格を持っています。

次に、西暦以前から生きるヴァン=フェム自身が、「王の軍勢」の中に若瓏の姿を見たことがない、ということ。
そして、ヴァン=フェムはサモトラケ島に存在した密儀――オルフェウス教やディオニュソス信仰、また生肉を喰らう「オモファギア」の儀礼などから、若瓏の正体を紐解いていきます。

そこでヴァン=フェムが出した答えは――――、

「君は、彷徨海のジズと契約した神だ」

「さて、肝心なところに行こう。今言った生肉の儀礼において、必ず出て来る神がザグレウスだ」

「言ったぞ、若瓏。私の旧友であるジズの神殿の話をしたいんだって。それが無理というなら仕方ない。少々君が深いであろうが、外堀から埋めていくしかあるまい。白若瓏――それともザグレウスと呼ばれるのがお好みかね?」

白若瓏の正体は、ギリシア神話――オルフェウス教の伝承に登場するゼウスの子「ザグレウス」でした。
ザグレウスは時として狂気と酩酊の神「ディオニュソス」と同一視され「ディオニュソス・ザグレウス」とも呼ばれています。

ザグレウスについて言及するオルフェウス教は、古代ギリシアに存在した密儀宗教です。その詳しい儀礼などは部外秘とされ、現在では「輪廻転生」の教義や「霊魂の不滅」といった教義を持っていたと考えられています。
それも、ザグレウスの伝承に基くもの。
ザグレウスは、蛇に化けたゼウスが女神ペルセポネと交わって生ませた神。
彼はゼウスの後継者として育てられましたが、ティタン神族によって八つ裂きにされて食べられてしまいます。しかし心臓だけは回収されてゼウスの腿に埋められ、その後、ゼウスは人間の女性セメレーと交わって一般的なディオニュソス神が誕生しました。
その後、ゼウスは雷霆でティタンたちを滅ぼします。そして、その灰から人類が誕生しました。
このことから、人間には「ザグレウスに由来する神的な部分」と「ティタンに由来する邪悪な要素」が同居しており、「肉体は霊魂の牢獄」と考えられました。故に、オルフェウス教では魂の転生を信じ、死後にハデスで贖罪をするプロセスを繰り返すことで救済が為されると考えました。

若瓏がテュフォンを喰らっても記憶飽和を起こさないでいられるのは、ザグレウス自身が「蛇に化けたゼウスの子」——即ち「蛇神」としての性質を持っていることに由来する親和性が関係していると考えられます。
さらに、「王位を継ぐ筈だったアレクサンドロス四世=エルゴ」と「王になる筈だったザグレウス=若瓏」という「空白」が利用されています。

加えて、「ザグレウスは死後に冥界の神となり、ハデスの手伝いをするようになった」とする文献も存在します。故に、エルゴ周りの神はヨモツヘグイの理論に倣った「冥界」との関連性も指摘できるワケです。

5:真名考察/古代カナンの竜殺しの英雄神バアル

パルミラにあったバアルの神殿

さて、ここからエルゴの喰らった神に関する考察といきましょう。
前提として、今回は既存の「水神」「進化の神」という共通点に加えて「冥界・再生に関連する神」という点を考慮して考察します。
というのも、現状、エルゴに関連する神は皆「死」や「冥界」に何等かの形で関わっているんです。ざっくり挙げていきましょう。

・孫行者⇒閻魔帳から自分の名を消す。不老不死になる。
・セト⇒冥界の神オシリスを殺害する。
・オシリス⇒一度死んで冥界の神となる
・ザグレウス⇒ティタンに殺害される。一説では、その後は冥界の神となってハデスの手伝いをしたという。

そもそもエルゴは、アレクサンドロス四世の遺体に複数の神を喰らわせたもの。言ってしまえば蘇生した存在であり、「死と再生の神」と複数の関連性を持つのも納得できます。

加えて、今回予想する神は、ジズが言った「肥沃なる三日月」の地域から絞り込んでいきます。この地域はパレスチナ,シリア,メソポタミアに連なり、この一帯には大まかに「ウガリット神話」と「メソポタミア神話」がありました。
ウガリットというのは、シリア北部にあった古代都市の名前。
ここから出土した粘土板に記されていた神話が「ウガリット神話」と呼ばれています。

バアル像

さて、一柱目の予想はウガリット神話の主神「バアル」。
バアルの名は「主」を意味し、旧約聖書の中では異教神の筆頭として名が挙げられています。
ウガリット神話において、バアルは最高神イルの子。妹に女神アスタルテや戦神アナト、兄弟に竜神ヤム=ナハルや冥界の神モトがいます。
彼は天候を司る雷神であり、神話では二振りの棍棒「アイムール」と「ヤグルシ」を所持しているといいます。

そんなバアルは神話において、幾度も兄弟と戦いました。これもざっくり紹介しましょう。

兄弟であるバアルとヤムは「どちらが王に相応しいか」を最高神イルに決めてもらう。その際、バアルは「雨による豊穣」、ヤムは「河川による豊穣」をそれぞれ主張した。
彼らの意見を聞いた結果、イルはヤムに王位を与える。
しかし、王になったヤムは神々に圧制を敷く。これに困った神々を助けるべく、バアルの妹アスタルテがヤムの下に赴いて税を軽くするよう頼んだ。
アスタルテの懇願を受けたヤムは「アスタルテが自分の物になるなら頼みを聞く」と返答した。
これを聞いたバアルは当然激怒。ヤムを倒しに行こうとするも、もう一人の妹のアナトに諭され、工芸神コシャル・ハシスに二振りの棍棒「アイムール」「ヤグルシ」を鋳造してもらい、ヤムとの戦いに臨んだ。
バアルはまずアイムールを投擲する。しかし一撃目は外れ、二撃目に放ったヤグルシが見事に命中。ヤムは倒れ伏した。
しかし、バアルは宿敵が倒れたことに歓喜してしまい、再度アナトに諭される。そして、自らの手でヤムの首を打ち絶命させた。
その後、バアルは兄弟である旱魃と冥界の神「モト」とも戦うことになる。
ことの発端は、バアルが宴にモトを招いたこと。モトはバアルに「お前が殺した蛇と同じようにしてやる」と脅し、冥界に来させた。
しかし、バアルも無策ではなかった。彼は事前に身代わりを用意し、それをモトに食わせた。そして自身は冥界に潜んだ後に地上に戻ったという。
その間、身代わりとはいえバアルを殺したモトは復讐に燃える戦神アナトによってバラバラにされた。
後にモトは復活し、再びバアルとの戦いに臨む。二人は激闘を繰り広げるも、太陽神シャパシュの説得により両者は和解に至った。

バアルに当て嵌る条件は「水神」「腕に関連する神」「冥界にまつわる神」の三つ。
まず、バアルは天候を司る主神です。この特徴はゼウスやインドラ、トールに通じ、彼らと同じく「竜殺し」の逸話を持ちます。そして、バアルが殺す竜神ヤムは河の神──即ち水神であり、「まつろわぬ水」の具象化である竜を殺す神です。この「竜(水)を征服する神」という点をもって水神と見ることもできるでしょう。加えて、ヤムはバビロニアの水龍ティアマトに並び、聖書における海竜リヴァイアサンの原型とされます。
また、バアルの祭儀獣は牛。つまりゼウスやマルドゥクに共通する「牛神」の系譜にあり、竜と相争います。これは冒険3巻で語られた「牛種と竜種の戦い」の一つです。

次に、「腕」の要素。これはバアルが自らの手でヤムを屠ったことに通じます。シンプルですが。

最後に「冥界」の要素。
これもわかりやすいもので、バアルは冥界の神モトと戦います。さらに、文献によって、バアルが死んだ理由が「冥界のパンを口にした」というものがあります。これはまさにヨモツヘグイの理論です。

なお、エルゴはアレクサンドロス四世の死体に神を喰らわせた一種の蘇生体です。この性質は「死と再生」の概念に通じ、冥府から地上に舞い戻ったバアルに共通します。
そして、バアルの死と再生はオシリスと同様、季節の変化による植物の死と再生に関連するものです。

さらに、バアルが王位を継承したように、アレクサンドロス四世やザグレウスも元に「王位を継承する存在だった」という共通項があります。これらの理由から、エルゴが喰らった神の候補にはバアルも含まれると考えられるでしょう。

6:真名考察/古代メソポタミアにおける知恵と深淵の神エンキ

次の候補は、メソポタミア神話の水神「エンキ」。
エンキはシュメール神話における名で、アッカド語では「エア」。この神は水神、知恵の神、深淵の神などの正確を併せ持ち、最高神アン(アヌ)や大気神エンリルに並ぶメソポタミアの主神です。

神話において、エンキは主に神々の困り事を解決する役を担います。
女神ティアマトの夫アプスーがエンキたちを殺そうと画策した際、エンキはアプスーを罠に嵌めて殺害。女神イシュタルが冥界に下って死んだときにも、エンキが冥界に使者を派遣して彼女を蘇生させました。
また、ヒッタイト神話では巨人クマルビが神々の軍勢を圧倒した際には、天候神テシュプたちに「天地を斬り裂いた神剣」の存在を知らせ、クマルビ討伐に貢献しています。

そんなエンキに該当する条件は「水神」「進化の神」の二つ。
エンキが水神なのは最初にも触れましたが、進化の神というのは、エンキが「文化英雄」であることから関連付けられます。
メソポタミア神話に「エンキとニンフルサグ」というものがあります。
その神話において、エンキはディルムン(現在のバーレーン)の地に降り立ち開拓を行います。彼は塩水ではなく淡水を引き、妻ニンフルサグとの間にもうけた娘と交わって子孫を繁栄させます。
エンキの娘は「ニンサル(青野菜の貴婦人)」「ニンクルラ(植物の貴婦人)」「ウットゥ(機織りの女神)」など。これらの女神が示すのは、エンキが始祖としてディルムンを改革した存在であると同時に「植物を繁茂させ、機織りの技術を齎し、青野菜を育てた農業技術者」であること。
即ち、エンキは数多の文化を与えた文化英雄であり、加えて治水事業を行った水神というワケです。文化の発展に貢献した神という性質をもって、エンキが「進化の神」という解釈も可能かと思います。

また、エルゴの超人的な学習能力も、エンキの「知恵の神」という性質に由来するとも考えられるでしょうね。
個人的に結構期待してるんすよコレ。

7:真名考察/バビロニアの最高神マルドゥク

最後に紹介するのは、バビロニア神話の最高神「マルドゥク」。

マルドゥクは先ほど紹介したエンキ(エア)と女神ダムキナの間の子で、バビロニアの創世叙事詩『エヌマ・エリシュ』の中で活躍が語られています。
その神話は比較的有名ですが、ざっくり紹介すれば「海竜である女神ティアマトを討伐し、その死体から天地を創造した」というもの。

マルドゥクは父から通常の2倍の能力を授かり、四つの眼と耳を持つとされました。ティアマトとの戦いでは終始圧倒し、ティアマトの亡骸を引き裂いて天地や星々、星座、山や川などを創造しました。
そして、下界に祭式の場を作らせ、そこをバビロン(神の門)と名付けました。

そんなマルドゥクに該当する条件は「水神」と「手にまつわる神」の二つ。
マルドゥクは水神であるエアの子であり、マルドゥク自身にも「エパドゥン(川の増水の主)」や「グガル(灌漑事業長官)」、「ヘガル(地上に雨を注ぐ)」、「アギルマ(水の上に地を創造する)」など、水に関する異名を持ちます。この点をもって、マルドゥクを水神を見ることもできるでしょう。

もう一つ、「腕の神」に関しては、ティアマトを引き裂いて天地を創造した逸話が該当します。有翼というマルドゥクの容姿も「進化」の一つとも言えるでしょう。

さらに、マルドゥクを祀る都市バビロンは征服王イスカンダルが没した地。
イスカンダルの征服やヘレニズムが絡む以上、この要素も重要なものになると考えられます。加えて、マルドゥクはザグレウスやセトと同様「王座を継承する神」でもあります。

さらにメタ的に見れば、元ビーストであるティアマトに重なるように、今年の周年サーヴァントはビーストクラスの水着エレシュキガル。前々回のオシリスの時は丁度ナウイ・ミクトランで冥界の話もしていたので、このリンクする部分はあると思います。

正直バチクソに大御所なんで当たるかは分かりませぬ。
ただ、次は当てたいものですナ。

8:最後に/夏コミ宣伝

さて、どうでしたかね。
最後はちょっと駆け足でしたが、個人的に一番気合い入ってます。まぁ外れたら落ち込むんですがね。またふせったーで禊をやりますよ。

あと、ギリギリでの宣伝ですがコミケ104に出展します。
新刊はアポクリファの神話・宗教用語の解説本です。結構頑張ったんで是非【東パ27a】までお越しくださいな。

お付き合い頂きありがとうございやしたァ!!!!!!!!!!!!!!!!!!

参考文献

西村賀子著『ギリシア神話 神々と英雄に出会う』中公新書
高津春繁訳『アポロドーロス ギリシア神話』岩波文庫
廣川洋一訳『ヘシオドス 神統記』岩波文庫
フェリックス・ギラン著『ギリシア神話』青土社
金光仁三郎著『ユーラシアの創世神話〈水の伝承〉』大修館書店
矢島文夫著『メソポタミアの神話』ちくま学芸文庫
H・ガスター著、矢島文夫訳『世界最古の物語 バビロニア・ハッティ・カナアン』教養文庫
谷川政美訳『ウガリトの神話 バアルの物語』新風舎
中野美代子著『孫悟空の誕生 サルの民話学と「西遊記」』玉川大学出版
荒川紘著『龍の起源』紀伊国屋書店
ヴェロニカ・イオンズ著、酒井伝六訳『エジプト神話』青土社
プルタルコス著、柳沼重剛訳『エジプト神イシスとオシリスの伝説について』岩波文庫


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