チェルシーに翻弄された1カ月
2024年3月上旬、チェルシーが販売を終了するとのニュースを目にした。
私は小さい頃に何度か食べた程度であり、そこまでの思い入れはなかったので、「なくなっちゃうんだな」くらいの軽い気持ちだった。
翌日、友人たちと出かけた際に駄菓子屋に立ち寄った。そこで前日のチェルシー販売終了のニュースを思い出し、折角だから最後に買ってあげるかと考えた。
店に入るや否や、すぐにキャンディ売り場に足を運んだのだが、チェルシーと書いてあるプレートの列だけ見事にすっからかんだった。他のお菓子はぎちぎちに詰まってるのに。「テトリスのあの青い棒で消してー」と思うくらい。
それはともかく、安易な気持ちで、そして上から目線でチェルシーをロックオンしていたことが恥ずかしくなった。
私が思っていたよりもチェルシーはずっと人気者だった。
しかし、微かな名残惜しさを抱きながらチェルシーを口に入れる光景を想像してしまったため、簡単には引けない。友人たちには申し訳ないが、近くにあるスーパーや別の駄菓子屋に飛び込んだ。
結果はどちらもテトリスの青い棒で消したい状態だった。
「意外とドラッグストアなんか穴場なのでは!」なんて思って飛び込んだドラッグストアにも存在しなかった。
私こそが最大のミーハーであるという愚かさをその時は自覚する余裕もなく、店を手当たり次第探してみたが、その日、チェルシーに辿り着くことは出来なかった。私もこの状況に驚いたが、一番驚いているのはチェルシーサイドであろう。
嬉しい悲鳴ではあるが、何とも複雑である。
惜しまれながら引退するというのは人気商売においては光栄なことなのだろうが。全く、贅沢な悩みである。
チェルシー側の立場に立ってみると、驚いているのはお互い様なんだなと思った。
それから1か月、私はショッピングモール内にある100円ショップで単発の品出しバイトをしていた。早朝の眠気と闘いながら、食品コーナーの品出しをしていた。
機械のように段ボールを開封して食品を陳列し続けて2時間、その時は何の前触れもなくやってくる。
少し小さめの段ボールを開封すると、中からチェルシーの袋が出てきた。一瞬、目を疑ったが、確かにチェルシーである。眠気は一気に醒め、機械のように動いていた手も止まった。段ボールという名の宝箱から採掘されたチェルシーを見ると同時に、人間としての血が流れ始めた。チェルシーの副作用は思いのほか大きかった。
忘れかけた頃に急遽舞い降りてきた千載一遇のチェルシーチャンス。しかも、開店時間と同時に退勤予定だったため、退勤してすぐ買うことが出来る。
ごっつあんでーす。
先月とは違って一人だったため、今度はインスタのストーリーに投稿して、多大のいいねがつくところまで想像した。
しかし、冷静になって考えてみると、問題が1つあった。有人レジを通らなければいけないのだ。
何が問題なのかわからない方もいるだろうが、私にとっては大きい問題だ。
退勤後すぐにチェルシーを手に取ってレジに向かえば、レジの店員に、「あ、こいつ品出ししてる時にチェルシーあるのに気付いて折角だから買って帰ろうって思ったミーハーなんだな」と思われるに違いない。
いくら今日限りの関係だとしても、他の店員からそんな短絡的な人間に見られたくない。
今時、セルフレジがないことに腹が立ち、チェルシーミーハーであることを一向に認めたくない自分にも腹が立った。サングラスとか帽子でも持ってくればよかった。でも、さすがにこんなことを予知できる能力はないか。
退勤まで残り1時間。頭を悩ませる。品出しのペースが格段に落ちる。焦る。
一つ案が思い浮かぶ。他の商品をいくつか買えば良いのではないか。チェルシーが数ある商品の中の一つであれば、ミーハー度が隠れるのではないか。
しかし、そこまでして他に買いたいものがない。他の物を買うなら最低5品以上は欲しい。そうでないとミーハー度は隠れない。5品+チェルシーで660円。引退税だとしても高すぎる。
その案は却下して、最終的には、退勤後に少し時間を置いてから買いに行くという方法を選んだ。
どれくらい時間を空けるかが肝だが、最低1時間は空けたい。1時間経てば、単発バイトの顔や見た目の残像など、他の店員さんの脳から蒸発するだろう。そもそも100円ショップに食品目当てで来店する人は少ないだろう。
チェルシーの位置を再度確認して退勤した。
退勤後、ショッピングモール内をぶらぶらした。その間、頻りに100円ショップの店内を外から覗いたが、思ったより人がいる。焦る。でも1時間。レジの店員さんの脳から私の残像が消えるまで我慢だ。
そして1時間が経過し、意を決して100円ショップの店内に入った。
さりげなく食品コーナーに向かい、私がチェルシーを並べた場所に移動する。運命の瞬間。
結果は、1か月前に見たテトリスの青い棒で消したい状態の再来だった(テトリスを良く知らない方は何度もごめんなさい)。
無情にも、その場で立ち尽くしてしまった。
これ以上ない神様からの贈り物を、私は掴み損ねてしまったのだ。
この一件を通して、私はチェルシーのスター性とともに、ミーハーであることへの負の感情は邪魔でしかないことを強く学んだ。
帰宅後、チェルシーの代わりに投稿した焼きそば弁当のストーリーのいいね数は「6」だった。
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