『本のエンドロール』を読んで: 愛だね

『本のエンドロール』を読んだ。

一冊の本が世に出るまでにどういった仕事が存在し、どういった苦労があるのかが丁寧に描かれていてとても面白かった。

主人公は印刷会社の営業マンで、「本を造りたい」という理由で食品パッケージの営業担当をしていた会社から今の印刷会社へ転職してきた。
上からの無茶な要求とそれを請け負う工場の人たちとの板挟みになったり、出版社や作家のこだわりと価格のトレードオフに苦しんだり、様々な困難にぶち当たりながらも、色々な場所を駆け回って、仕事で関わる人たちの「いい本を作り、お客さんに届けたい」という思いに触れながら、本を作り上げていく。

僕が特に面白いと感じたのは、この本が一貫して印刷業界の「斜陽化」という逃げられないテーマと向き合っている点だ。
例えば、4章『サイバー・ドラッグ』では抗えない書籍の電子化への社会の流れに対し、どう印刷業界が立ち向かうかが描かれる。その中で、「どちらの形式であっても、必要としている人に本が届けば良い」といった話が出てきたり、紙と電子の書籍それぞれの良さが問い直される。
また、5章『本の宝物』の中では、印刷機を1台削減するという斜陽化を象徴するような事態が発生し、それぞれの人がこの事実とどう向き合うのかが描かれる。

僕も、止められない流れを感じて悲しいもやりが発生してしまった。ので、この本を読む中で、「紙の書籍の斜陽化、という状況の中で、自分の紙の本への愛をどう捉えておけば良いか」を再考しておく。

紙の本の利点を列挙するのをやめないか?

さて、僕は紙の本が好きだ。
僕が感じたのは、この「好き」を 利点/欠点 の面で捉えるのは無意味であり、理屈抜きに愛していることを受け入れるしかない、ということだ。

紙の本が優れている理由を考えてみて、確かに何個か挙げることは出来た。

  • 前のページを見返しながら進む際、紙の方が便利

  • 今どれくらい進んでいるのかがわかりやすい。

多分他にも挙げようとすれば挙げられる。けれど、このように紙の本の優れている点を列挙しようとすることにあまり意味はない。
恐らく、これらは電子に慣れてしまえばさして気にならなくなるだろう。総合的にみたら、電子の方が便利であることは間違いない。

結局、紙の本が好きな理由なんて、「好きだから、気持ちいいから」でしかない。そこに理屈は必要ないし、無意味だ。
作中の福原笑美という人物の以下の発言が非常にわかる。

厚み、重み、手触り。紙やインキの香り、ページをめくる音、表紙カバーのたわみ。五感の端々に伝わるもの全てが本なのだと思う。

221p, 『本のエンドロール』

そう、紙の本が五感で好きなのだ。理屈がどうこうではない。
本質的には、レコードを愛し続けているクラシックオタク、「マニュアルの面倒くささがいいんだよ」と力説する運転マニア、そういった人たちと何も変わらない。結局愛でしかないのだ。

また、福原の以下のセリフにもはっとさせられた。

もしも電子書籍がこの世から紙の本を消し去るのならば、自分はこの端末を忌み嫌うだろう。
なぜなら、紙の本たちは子供の頃から自分を勇気づけてくれた、大切なものだから。
でも幼い頃にこの端末と出会っていたら…。

222p, 『本のエンドロール』

紙の本は、僕にとって原体験なのだ。今まで紙の本と過ごした時間が、紙の本への愛をあまりにも蓄積してしまっているのだ。
僕も福原笑美と同じで、紙の本が好きなのが「紙の本が僕をある面において救ってくれたから」という思い入れに大きく依存していることに気づいた。
結局好きな理由なんていうのは後付けなんだろう。理屈なんてものはどうでもよくて、愛してしまっているのだ。どうしようもなく。
幼少期から紙の本が僕にもたらしてくれた数々の物語、体験、感情。そういったものと僕の魂は密接に結びついていて、もはや理屈などでは到底引きはがせなくなってしまっているのだ。

電子化の波は、僕の愛と関係なく来てしまうけれど

ごちゃごちゃ紙の本への愛を連ねてきたが、電子化の波は僕のちっぽけな波では止められない。

2022年の紙の本全体の売り上げは、コロナ前の2019年に比べ8.6%減となっている。非常に順調な低減である。
参考↓

こういったデータを見ると、上記の福原さんの「でも幼い頃にこの端末と出会っていたら…」という言葉がよぎる。
この先、時代が進み、紙の本で育った人は消えていき、電子書籍で育った子どもが大人になる。そうなると、いよいよ紙の本が本格的に必要とされなくなる時が来るかもしれない。僕はそれを受け入れられるだろうか。
レコードはもはやごく一部の人々の間での貴族趣味になってしまった。マニュアルの車は数十年後には消滅しているかもしれない。紙の本だって、興味のない人からすれば同じなんじゃないか

もちろん紙の本自体がなくなることはないだろう。実利的な面で確実に電子に優っている点が紙の本にはある。
だが、小説や漫画はどうだろうか。これらの実利が大きな意味を持たないこれらのジャンルにおいては、紙の本はいずれ消滅してしまうかもしれない。
たとえ一部の人々が愛を持ち続けていたとしても、ビジネスにならない限り本は紙としての肉体を得ることはできない。業界がしぼむにつれて、肉体を得ることのできない本は増えていくだろう。

きっと愛は勝てない。それがただかなしい。でも、もし愛が勝てたら?
理屈抜きに紙の本が好きで、書店に行くと心がどうしようもなく踊って、だからやっぱり、悲しくても愛し続けるしかないなぁと思う。

さいごに

一冊の本が届くまでにどれだけの工程が必要で、どれだけ沢山の人が命を吹き込んでいるのか。その一端に触れて、紙の本が好きな理由がまた一つ増えてしまった。困ったね。

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