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53 熊本へ 前編

 熊本に来た。四日前ウェブサイトをチェックしたら、格安航空券にまだ席があったので、行ける時に行ってしまおうと、二日間だけ滞在する。
 朝、猫に餌をあげて、家を出る。乗る予定の便は13時だが、余裕を持って8時に成田空港に向かう。在来線でのんびり。三田までゆき、乗り換える。そこから乗り換えなしだが、長い長い。数十分のオーディオの文字起こしが一本終わり、途中でうたた寝してもまだ着かない。三人で五つの大きなバゲージを持ったアメリカ人の親子が、僕の前の席でずっと退屈そうにしていた。

 約四年ぶりの成田空港。第3ターミナルが前より広くなっている。前はなかった坦々麺の店があったので(あるいは、あったけど気づいていなかっただけかもしれない)昼を食べる。台湾を想起させるものを食べたかったのだ。スープがドロドロで熱かった。
 チェックインはオンラインでしてあったので、そのまま保安検査場に進みロビーへ。だいぶ余裕を持って着いたので、1時間以上待った。本屋コーナーでニコリのペンシルパズル本(『スリザーリンク』)を10年以上ぶりに買った。やり始めたらめちゃくちゃに面白くて、やろうと思っていた仕事をほっぽらかしてやっていた。
 機内はほぼ満席だった。離着陸の時はパズルをやって、それ以外の時間は文字起こししていた。

 熊本に着いた。2021年の11月ぶりである。前回は、125ccのカブに乗って横須賀からフェリーに乗って、北九州から佐賀、長崎、熊本、そして福岡に戻るという行程の2週間の旅をした。熊本は二泊して福岡に向かう予定だったのだが、市内にある江津湖の公園で、アイスを食べながら夕日を見た時、はたと、俺はまだここを去れないなぁ、と感じてもう二泊延泊した。
 バスで市内へ。30分ほどで、目的の熊本市現代美術館にたどり着く。バスを降りたら市電の線路を挟んで向かいにアーケードの入り口があり、その隣が美術館。目の前に運ばれてきた。面白い。左手には、熊本城が見える。
 展示はとてもいいものだった。

 もっと混雑しているのかと思ったけど、想像以上に人が少なくて、1時間半ほど滞在していたと思うが、お客さんは十人ぐらいしか見なかった。タイミングによっては、学芸員の方々と僕しかいないときもあった。なんだ、もっとみんな見に来ればいいのに、という気持ちがあり、一方僕としては、静かにゆっくりできて楽しくもある。
 18時半ごろ、美術館を出て、橙書店へ向かう。19時に閉店だから急ぐ。美術館から橙書店は歩いて15分ぐらい。道は大体覚えていた。

桜町 ©︎AOKI Naoya

 橙書店は、道路から見上げる位置にある。パッとみると、オレンジ色の光が漏れていて、お、やっている、と嬉しくなった。

看板 ©︎AOKI Naoya


 階段を登ってドアを開けたら、左に久子さんがいた。こんにちは、と、普通のお客さんと同じように言われたけれど、どうも、お久しぶりです、青木です、と名乗ると、数秒の間があって、ああ、と微笑んでくれた。

 常連らしき女性のお客さんが一人既にカフェ席に座っていて、綺麗な花のついた梅の枝を持っていた。後からもう一人のお客さんが来て、その梅を渡していた。
 いきなり会話に僕も混じってしばし話していると、「パール柑剥いてあげる」と言われ、熊本名産だというその柑橘をいただくことになった。

パール柑・橙書店にて©︎AOKI Naoya

 頼んだチャイと一緒に、ぎっしりと詰まった食べ応えのあるパール柑を食べた。僕がジャグラーだ、ということがわかって、台湾のフェスのパンフレットなんかも見せたら、あら、ちょっと写真撮っていいかしら、と言って、パンフレット片手に写真を撮られた。一家みんな台湾が好きで、家族に見せるらしい。久子さんはなんでよ、と言いながら笑っていた。
 その二人が去って、閉店の時間が過ぎても僕は久子さんと一時間以上話していた。クルミっ子の話とか、最近出た韓国語版の著書の話とか、猫の話とか。
 この後僕は行きたいところがあったんだけど話が尽きなくてなかなか店を出られない。前回熊本に来た時も、今日中に福岡に着かなきゃ、というタイミングで、いつまでもぐずぐず橙書店にいた。
 この間もビール飲んでずっとここにいて、飛行機逃しそうになっていた人がいたのよ、と言った。そうそう、久子さんはそういう人なんだよ。みんな久子さんが好きなんですよ、と言ったら、本人は「いや、ビールが好きなだけでしょ」と笑いながら言った。
 じゃ、行きます、と意を決して出ようとすると、カウンターに小さな枝が数本並べてあって、これ、またたびですよね、と言ったら、そう、あ、あげるよ、と言って、一本くれた。ぽんちゃんに、と。

 橙書店を出ると、スリランカカレーの店、ジャニに。ここは坂口恭平さんも好きなカレー屋である。ずっと食べてみたいなと思っていたのだ。二階にある店舗に入ってみると、思っていたより小さかった。入って左手のカウンターで、スリランカ人のお母さんたちがみんなでご飯を食べていた。小さい子もいて、おしゃぶりを咥えたその子はずっと僕のことを見ていた。

チキン・ダールカリーあいがけ ©︎AOKI Naoya

 去り際、お会計をしてくれた人に、すごく美味しかったです、坂口さんの、と言いかけたら、「そうですよね」とニコッとした。そういう人、多いんだな。多分これがジャニさんかな。
 店を出て、市電に乗って桜町から駅の方へ向かう。前回の旅行で会った友人がまだこちらにいる、というので、一緒に一杯。といっても駅の方は、あんまり店が空いていない。とりあえず、バーで小さい瓶ビールを一本ちびちび開けながら、その人の仕事が終わるのを待ち合流したら、再び市電で桜町の方へ。市電に乗るのが好きなので嬉しい。前回の旅行の時も入った、餃子屋に行く。別に熊本のものでもなんでもないけど、うまい。それが一番。
 もう既に遅い時間だったので、さっと飲んでお別れし、僕はネットカフェへ。何度か利用したことはあるけど、ほとんど泊まったことはなかったが、至極快適だった。


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