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ジャグリングユニット・ピントクル企画公演 「秘密基地vol.10」(2019/11)レポート

秘密基地とは

 2019年11月16日土曜日。駒場東大前駅で電車を降りる。
 こまばアゴラ劇場でのジャグリング公演を観に来た。会場は駅から徒歩5分ほど。収容人数は60人くらいの、やや小ぶりな劇場。
 「秘密基地 vol.10」と題した本公演。
 京都を拠点に活動しているジャグラー中西みみずくんが代表として運営する団体「ピントクル」企画の、オムニバス公演だ。
 上演される作品の多くは通常「ジャグリング」と聞いて想像されるような作品とは趣が違い、実験的、風変わりな作品が多い。

 秘密基地についてのウェブ記事ではこう述べられている。

『秘密基地』はジャグリングを「する、見る、考える」といった継続的な活動の場をつくることを目指しています。
ジャグリングというと一般的に大道芸やサーカスなどの曲芸がイメージされますが、実は現在の「ジャグリング」は競技スポーツに近いパフォーマンスから、演劇・ダンス・メディアアートそれぞれの文脈にジャグリングを持ち込んで活動している者まで様々です。
それら複数の流れを劇場という空間でつなげることを目的としています。
引用元

 計4日間行われたうち、11月16日に上演されたもののみを観た。
 演技順に、内容の簡単な紹介と、考えたことを書く。

山村佑理 「REACTION RINGS」 **

10数個のビーンバッグを一か所に集めた「島」にジャグラーが立った状態で明転。無音。ニコニコと観客にお辞儀。突然、その「島」からボールを足で拾い、それをひとつずつキックアップし、腕に乗せていく。次は口で掴んでそれを肩に乗せたりしながら、合計7個が乗るまでずっと挑戦し続ける。それが終わると、照明が変わり、音楽が流れはじめ、ボールジャグリングに静かに移行。滑らかに躍りながら、高度なジャグリングの技術を見せる。

 前半部。ひとつの技に挑戦するジャグラー、固唾を飲んで見守る観客。
 シンプルな構図。
 どんな観客/環境でも同じ内容を見せる、という在り方がある一方で、観客/環境はその都度違うことを度外視せず、観客を織り込んで演技をする在り方もある。
 山村佑理さんの今回の演技では、舞台から注意が逸れている客を凝視してみたり、電車の音がしたらそちらの方を凝視したり、ボールが予期せぬあさっての方向に飛んでいってしまっても、そこからどう復帰するか、ということ自体が見所になっていたりと、とにかく起こる状況全てを取り込んでゆく。
 最終目標である「7個のボールを身体に乗せる」という部分も、何に挑戦しようとしているのか非常に分かりやすく、かつ難易度は高く、でもどこかのタイミングで成功はする、という絶妙なところに設定してあった。後半のダンス&ジャグリングも、両要素がオーガニックに気持ちよく混じり合っていた。Yuri Styleここにあり。
 山村佑理さんはフランスのサーカス学校ル・リドを出ている。あとで聞いたところ、観客と関係を持ちながら進めるやり方は、リドの教育の基本的な部分で取り入れられていたという。(確かに、「有機的なジャグリングのあり方」って、リドっぽいよな、と思うところがある。)当時は反発していたところのあるそのメソッドにあえて取り組んだのだそうだ。この演目はこれからもしばらくやっていくそう。

田中謙伍 「いっせい皿のいっせいの部分」 **

冒頭いわゆる皿回しの技術を少しだけ見せるが、演技の大半は、皿の周りについた、分割して取り外せる重りを使うマニピュレーション。だんだんと数が増えていき、最後は3セット分を使う。

 皿回しに使われる標準的な皿として、ドイツのヘンリースという会社が出している皿がある。「いっせい」として知られる田中謙伍さんが、その周囲に重りをつけたオリジナルの皿、これが「いっせい皿」である。重りがあると、回転時間が長くなったり、より安定したりと色々利点があるようだ。
 「いっせいの部分」は、3Dプリンターで出力した、プラレールのレールのようなもの。輪っかは2分割されて互いにマグネットでくっついている。組替え方次第でいろいろな形が作り出せる。
 クライマックスでは3セットを使用。ここがハイライト。
 一回捻りを加えて全体をひと繋がりにし、それをくるりと捻ってメビウスの輪のような状態にする。それをおでこでバランス。
 「ちょっと工夫しました」というところで終わらず、道具1つで始めから終わりまで構成し、意外性のある技、という段階までパッケージされていた。
 終演後「いっせいの部分」について話を聞くと、マグネットで接続できてかつ半円状であるのは、その方がつけ外しがしやすいという実利的な理由もあるのだが、やはりマニピュレーション用途も考えてのこと、と言う。
 発想、制作、使用法の開発までトータルで自分でこなすいっせいさんに脱帽。

鈴木仁 「残陽」 **

写真:染谷樹

全体的に白を基調にした衣装。顔も白く塗っている。リングの演技。背もたれに剣をかけた椅子の上に立ち、5リングカスケードをするところから始まる。抽象的で静かな音楽がずっと流れ、淡々とリングを投げる。最後、6リングを投げ、リングを置き、椅子に座り、背もたれにかけていた剣を鞘から抜き、刀身を飲み込む。

 実際に短剣を食道に入れていた。
 というのが、率直に、一番驚いたのだけど(笑)(ちょっと怖くて目を半開きにしていたのは内緒)鈴木仁さんは、ずっと独学でジャグリングをしてきて、特にシガーボックスの卓越した技術とオリジナリティが動画を通して世界的にも有名。現在は群馬県の沢入国際サーカス学校に入り、あらたにリングジャグリングにも取り組んでいる。今回の演目で使ったジャグリング道具も、リングだけ。
 今まで積み上げてきたものに縛られずに、現在の関心のなかで、一番表現したいことに近いものを表し得るジャグリングをやっている、という印象があった。鈴木仁さんがこのようなタイプの演技をするところは見たことがなくて、意外だった。これからどのように進んでいくのか、楽しみ。

focus 「対岸の人魚」 **

2人演目。舞台には椅子と時計。バックでは、時間の経過と、生き物の寿命などをテーマにしたポエトリー風の朗読が流れている。ディアボロを回す男と、座っている男。そのうち座っている方が、ディアボロを邪魔しようとしてくる。お互い関係が入れ替わったりしつつ、片方が椅子とディアボロを使ったオブジェを作ろうとしているのにぶち壊されたりと、だんだんと情景が破壊的になっていく。最後、最初にディアボロをしていた男は時計を踏んで割り、その破片をもうひとりが飲み込み、終わる。

 もともとfocusは、北千住にある「日の出町団地スタジオ」のジャグリングクリエーションから始まった団体。今回は野原大幹さん(最初にディアボロをやっている)と関矢昌宏さんによるデュオ。メンバーが固定されているわけではなく、その時々によって違う。focus名義では久々の発表。
 野原さんは今回focus初出演。関矢さんは発足当初からfocusにずっと携わっている。関矢さんが舞台にいると、どこか寂しさと、孤独が表れる。
 focusの土台にあるのは、ジャグリングが好きなジャグラーのマインドである気がする。そこに、エッセンスとして感情が加わっている、という印象を受ける。
 演技が終わった後のアフタートークでは、おすすめの水族館について話していた。水族館に行きたくなった。

Room Kids & パ技ラボ 「Magnetic Sea(short)」 **

開演時、舞台には傘が4本、パラボラアンテナのように立てられている。追憶のような映像が壁に映される。演者がVHSビデオテープを持って登場。中身を開け、テープを半分に切る。計4つのリールと、そこから伸びる磁気テープ。リールを傘のてっぺんに取り付ける。セロテープのディスペンサーのように黒いテープが出てくる。傘の周りを、演者はジャグリングしながら、テープを身体に巻き付けつつ踊る。ジャグリングされているのは、磁気テープをくしゃくしゃにして詰めた袋である。だんだんと動きが激しくなってきて、最後は周りに置いてあった、ゴミ袋に入った大量のテープも撒き散らしながらジャグリングする。最後は靴を脱ぎ、ステージに散らかったテープの上を歩き、砂浜の風景で終わる。

 まず思い出したのが、ジェイ・ギリガン。毛糸玉をジャグリングすることでジャグリングの軌跡が記録される、という演目がある。コンセプトというか、見た目には少し近いものがある。岡本さんがあれを知らないわけはないので、当然、リファレンスとしてはその辺りの「日用品ジャグリング」は汲まれているだろう。ただ、ジェイはそこにあまり感情を込めたりはしない。
 岡本晃樹さんが作るのは、何かしら「懐かしい」に近い感情を込めた景色。
 アフタートークでは、演者本人から「思い出が記録された別のビデオテープ同士を(物理的に)結んでみたら、すごくよかった」という主旨のコメントがあって、なるほど、ビデオテープという素材を選んだのはそういうことだったのか、と納得。磁気で情報としての思い出が記録されているもの同士を物理的に絡ませていく、というアイデアが根幹にある。そうなると、運動として、モノの軌跡が絡まり合ってゆくジャグリングが表現方法として使われるのも、説得力がある。
 2020年1月22日〜24日に、ロングバージョンが横浜で披露される予定。

休憩

演出:福井裕孝 出演:岩田里都 「otomodama」

PM Juggling の商品otomodama(小さな布製のボール)を使い、それを実演販売する、という演目。途中、あたかも目の前にその実演販売を見ているお客さんがいるようなフリをしたり、otomodamaと一緒にいる生活の様子をマイムで実演したりする。

 秘密基地恒例の、普段ジャグリングをしない演劇人がジャグリングを表現する演目。
 ジャグリング道具を真剣に売り込んでいる姿が可笑しかった。
 演出家である福井さんなりの、ジャグリング界を観察した結果の作品。事前にPM Jugglingの板津さんにも取材をしてヒントを得ていたよう。
 確かにジャグリング道具に関して、「モノとしての魅力」が言及されることはあまりない。それだけをピュアに主張されると、なんだかくすぐったい気分になって面白い。発見である。
 ジャグリングの世界で話されるのは普通、道具でどんなジャグリングが可能になるのか、道具にはどういう利点があるのか、といったことである。たとえば、ロシアンボールは重心が安定しやすい。このディアボロは軽い割にきちんと遠心力がかかって良い。そういう話。
 この演目では、触り心地がいい、とか、佇まいがいい、とか、生活のおともによい、とかそういうことを売り子が主張する。
 これはPM Jugglingが大事にしている観点でもある。
 そもそもジャグリング道具を実際に手に取って、品質を比べながら吟味する場ってほとんどないんだよな。
 「ジャグリング道具と人の生活」がテーマであり、それが直球で、舞台で上演される作品になったのは初めてなんじゃないか。

aube 「走れ!工藤くん」

ラブコメディ演劇。演劇の中に、ジャグリングが入っている。話の内容としては、ど正直な青年が道でたまたま出会った女性を好きになって告白しようとするが、女性の父親はそれを阻止しようとし、なんとか成就させようと仲間と一緒に奮闘する話。漫画のような、ドタバタ喜劇。ジャグリングの位置付けは、あくまで表現の延長。

 今回の秘密基地の中では飛び抜けて明るい作品。他の作品には、思想性とか芸術性とか意外性という言葉を物差しとして当てたくなるものが多いのだが、aubeの作品は、てらいがなく、完全なエンターテインメントに振り切った演劇だ。ジャグリングは、ミュージカルでいう歌や踊りのようなものとして、場面のエフェクトとして添えられる。
 しかし演出は実に細かくて、たとえば主人公を演じる工藤正景さん、メインは右利きの回転なのだが、友達に向かって嘘をつき慌てているシーンでは、左利き用の回転でディアボロを操っていたりする。(利き手ではない手でディアボロを扱うのは簡単ではない。ジャグラーだけが気付くディテールである)
 秘密基地という場でこれが上演されることで、他演目との差が際立ち、aube持ち前の明るさが最大限に生かされていたと思う。セリフも面白くて、ゲラゲラ笑った。
 2バージョン作られており、演者もストーリーもやや変わるという挑戦をしていたのも、感心。ちなみに、どちらも観ました。どちらもそれぞれの良さがあった。

演出:中西みみず 出演:染谷樹 「404 not found」

暗い舞台。パソコンが大量に並べてある。ステージ上にはモニターが煌々とついていて、演者が持っているパソコンのディスプレイと同じ内容が映っている。演者はゆっくりと動きながらパソコンを身体のあちこちに乗せ、様々な触り方でキーボードを打つ。入力があるたび、文字の名前は無機質な声で読み上げられ、ランダムな文字列がモニターに浮かび上がる。途中、パソコンを積み上げたり、天井から吊るされたLANケーブルにパソコンを接続しようとするも長さが足りずに積み上げたパソコンを突き崩したり、丁寧に並べたり、という展開も。

 秘密基地の「本丸」のような演目(笑)
 「僕らは一体何を観ているんだろう」という気分になる。
 BGMもなく、淡々と静かに紡がれる作品。
 中西くんの考えるジャグリング作品には、いつも「ジャグリングをなかだちにすることで、新しい感覚を発見したい」という意図が見える。(本人はこの言い方に同意するかわからないが)
 パソコンジャグリングについて。
 観覧をした日に、中西みみずくんによるパソコンジャグリング体験のワークショップがあった。5名が参加。使われるのは、中古でほとんど使い物にならないパソコンたち。パソコンそのものの重み、重心、形状といった要素から引き出されるジャグリングを実感すること、キーボードを触るという行為の官能性に注目。

写真:青木直哉

 日用品をジャグリングの対象として扱うことで、普段は気にしないような物体の特性を意識するようになるのが面白い。
 ただこれ自体は、ジャグリングをしている本人にはその面白い気持ちが感じられるのだが、単純にそれを見せるだけでは、人にはなかなか伝わらない。
 今回の演目に限らず、日用品をジャグリング的に触る質感をテーマにする場合、それをどう観客に提示するか、ということに色々な可能性があるのだな、と自分自身でパソコンをジャグリングしてみて、思った。

秘密基地全体について

 中西みみずくんによると、5年続いてきたこの「秘密基地」シリーズは今回で一旦休止とするそうだ。しばらく自分の創作活動に集中したいということが主な理由だという。
 秘密基地で面白い点は、やはりピュアなジャグリングも、エンターテインメントも、演劇も、全て包含して一緒に見せているということである。冒頭でも引用したように、「メインストリーム以外の複数の流れ」を一括して提示する場として機能している。
 中西みみず本人のジャグリングはどちらかというと既存のジャグリングから「離れる」方向性であるように思うが、主宰している秘密基地では、その他のジャグリングの系統を置いて、その立ち位置がより俯瞰しやすくなっていて、「『する、見る、考える』といった継続的な活動の場」と銘打つだけのことはあると思う。
 日本のジャグリングシーンのある一部分をまとまった形で体感することができる秘密基地は、出演する方にとっても、観劇する方にとっても貴重な存在だ。
 そういった場が一時とはいえ中断してしまうのは寂しい。
 しかしもちろん、「ジャグリングの複数の流れ」が途絶えたわけではない。むしろここ最近は色々な活動が盛り上がってきているような印象もある。
 いざ自分の創作に集中した中西みみずくん自身が、次の発表の機会ではさらに深みを増した作品を提げてきてくれるのだろうか。できればまたこうやっていろいろな人が集まれる場が近い未来にあって、みんなで成果を持ち寄ったものを見られたら、最高だろうな。

写真:青木直哉

文中の写真は、特に表記があるものを除き、冨迫晴紀さんによるものです。

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