続々・オーセンティックなBAR
前回はこちら。
さて我々は腹ごしらえも済ませ、再びオーセンティックなBARにやってきた。
入り口の把手を引くとき、かすかな緊張が走る。場末のまったりしたBARではない、こういうタイプのBARに行くのは久しぶりだ。
そう、20代の背伸びざかりに、当時の連れのKと色々と行ったとき以来である。
僕も属するロスジェネ世代・氷河期世代はたいてい文化を持っていない。
当時の友人を見渡してもこれといった趣味のある者は皆無だった。具体的に書くと角が立つのでぼかすが、たとえば久しぶりに会っても、あいつどうしてるとか仕事なにやってる、みたいなものを除けば共通の話題がガンダムとジャンプ黄金期のマンガとパチスロくらいしかない。あと人によってアニメとか風俗とかかろうじて車とか。ちなみに僕はそのほとんどがわからないので、毎回置き物になる。
誰もそれなりの本を読まないし、コンビニの酒しか飲まない。外食といえばファストフードや安いチェーンばかりで、好きな画家はミュシャとかラッセンなどと平気で言う。
ところが、そんな氷河期世代にも少数の例外がいる。「ロスジェネ背伸び組」と池井戸潤風に呼んでいるのだが、そういう一握りの連中は、将来の見込みがないブラック企業や非正規の収入から、ことさら反抗するようにブランド服を買ったり洋酒に凝ったりクラシックを聴いたりしていた。
なぜそんなことが可能だったのか?
実は当時はかなりの物価安および円高で、1ドル100円を切っていた時期もあった。そのため今では信じがたいことだがマッカラン12年やボウモア12年が2000円台で買えたのである。山崎12年もたしか3000円台後半くらいだった気がする。
アウトレットでは、運が良ければダンヒルのシャツが75%引の8000円で買えたりもした。そしてクラシックは、ナクソス(1枚1000円くらい)よりも安いブリリアントクラシックス(1枚400円くらい)が台頭し、ほどなくそれよりも安くグラモフォンやデッカなどの一流レーベルの音源が買える「激安ボックス」時代に突入し、案外ファッションや洋酒やクラシックといった趣味が低収入でも楽しめたのである。
もちろん何もかもが安いわけではなく、それなりに思い切りが必要なものもあったが、いずれにせよ必要なのはカネではなく背伸びする意志であった、とは言えるだろう。
そして僕とKにはそれが、いやそれだけがあった。
僕は前回書いたような、生い立ちからくる文化資本の貧しさ(本だけは例外的に幼少時から読んでいたが)を取り戻そうとしていた時期だったし、Kもどうせ負け組ならせめて趣味でイキりたい、と僕以上に腹をくくっていた。ひとくちにロスジェネ世代といっても、時代にたいするさまざまなアンサーがある。とにもかくにも僕たちはそういう道を選んだ。
そんなわけでKと僕はオーセンティックなBARにもけっこう通った。
話を戻すと把手を掴んだ瞬間、そういう若かりし日々の記憶が走馬灯のように頭をよぎったのだった。Kは、いまではよきパパになっている。
とか言っているうちに1000字を越えてしまったので、BARの話はまた次に書くことにする。
それでは、よい夜を(・ω・)ノ🍸
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