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START発スタートアップインタビュー/ リバーフィールド株式会社

世界初、空気圧駆動の手術支援ロボットで優しくつかむ
リバーフィールドの存在感

精密な作業に向かないと言われてきた空気圧駆動の短所を独自の技術で克服した大学発ベンチャーが、手術支援ロボットで存在感を増している。


・開発競争が激化する手術ロボット

 日本国内における内視鏡手術支援ロボットは、2009年に薬事承認された米国のIntuitive Surgical Inc.(インテュイティヴ・サージカル社)の「da Vinci(ダヴィンチ)」一強時代が長く続いた。ほぼ市場の独占状態にあったダヴィンチが持つ特許の期限切れにより、国内外の多くの企業が手術支援ロボットに参入。日本では、朝日サージカルロボティクス株式会社(千葉県柏市)や株式会社メディカロイド(兵庫県神戸市)、オリンパス株式会社(東京都新宿区)、株式会社デンソー(愛知県刈谷市)などが開発を行っている。
 激化する開発競争のなかリバーフィールド株式会社(東京都港区)は、ロボット鉗子(かんし)の駆動に空気圧を用いる世界唯一の技術を応用し、電動のモータにはない「柔らか」な駆動で独自性を発揮している。

・医療機器はリスクが高いとことごとく断られた

 世界で発電される電力量のおよそ55%を消費しているといわれるモータは、ロボットの駆動力としても利用頻度は高い。そんな常識を覆す手術支援ロボットの研究開発は、東京工業大学(東工大)と東京医科歯科大学を中心とした研究室で2003年に開始された。基盤となるのは、東工大の香川(利春)・川嶋(健嗣)・只野(耕太郎)研究室が長年研究してきた空気圧システムの精密制御技術で、東京医科歯科大の外科医の協力を得て、試作と動物実験で評価を繰り返し、手術支援ロボットの性能向上を図ってきた。その結果、ロボット鉗子の駆動に空気圧を用いる世界唯一の技術を確立した。
 「東工大と東京医科歯科大は、2024年度に統合を目指していて東京科学大学になる予定ですが、2003年当時、川嶋は東工大の准教授で只野社長は修士の学生でした。当時から東工大と医科歯科大は連携が密で、東京医科歯科大の先生からダヴィンチは手に感触が伝わらないという課題を伺ったのをきっかけに、空気圧で改善できないか研究を開始しました。2007年ごろ大学での基礎的研究はある程度やりつくした感があり、また大学で培った技術を社会実装する重要性を認識していたので、自分たちの研究成果を技術移転し、社会に役立てたいと思い立ちました。そこで私、只野社長と現在の坂田副社長らと企業をまわりましたが、リスクが高い医療機器は、企業への技術移転が進まずことごとく断られました。そこで、自らが社会実装に取り組むべく起業を目指すことにしました。起業に向けた研究開発を行うためにJSTのSTARTに採択されたことが起業への後押しとなりました」と東京大学大学院情報理工学系研究科教授でリバーフィールドのエグゼクティブアドバイザー(創業者代表)の川嶋健嗣氏は振り返る。只野社長も「自分の研究成果を使ってもらいたい、そんな思いが強かったです。研究だけで終わらないよう何とか社会に役立てるようにしたかったので」と応じた。

只野耕太郎社長(左)と川嶋健嗣エグゼクティブアドバイザー(創業者代表)(右)

 具体的には、試作機の製作を繰り返し、起業しようかどうか迷っていたころ、当時相談していたベンチャーキャピタルの方から、科学技術振興機構(JST)の大学発新産業創出拠点プロジェクト(START)に応募してみてはと背中を押された。STARTは、公的資金と民間の事業化ノウハウを組み合わせ、起業の前段階からポテンシャルの高い技術シーズに対し、事業戦略や知財戦略を構築しながら大学などの研究成果の社会還元を目的に事業化を目指す支援だ。簡単に言えば、研究者と事業化を推進する事業プロモーターがタッグを組んで大学発ベンチャー創出を目指すプロジェクトを支援する。
 そして2012年、STARTに採択されたのを機に、2014年にはリバーフィールドを設立。川嶋氏が代表取締役社長に就任し、東工大・東京医科歯科大発ベンチャーとして船出した。以後、ベンチャーキャピタルなどからの出資も増え、2015年には代表取締役に原口大輔氏(当時、東工大精密工学研究所特任助教、現東京工業高等専門学校機械工学科知能機械システム工学研究室准教授)が就任。同年には世界初となる空気圧駆動による内視鏡ホルダーロボット「EMARO(エマロ)」の薬事届出を終え販売スタート。以後、矢継ぎ早に増資を重ね、2020年には只野氏(東工大准教授)が代表取締役に就任。2022年には、空気圧駆動型でコンパクトな内視鏡ホルダーロボット「Ivy A1(アイビーエーワン)」の薬事届出を完了させた。
 そして2023年6月、世界初の「力覚」を再現した、体への負担が小さい低侵襲外科手術支援ロボット「Saroa(サロア)」の薬事承認を取得。Saroaも空気圧制御によって柔軟かつ繊細な駆動で力覚を直接感じることができる。そのため遠隔操作でも手で施術するのとほぼ同等の感覚を実現している。

低侵襲外科手術支援ロボット「Saroa(サロア)」

・精密作業に向かない空気圧駆動の短所を克服

 通常の手術は、鉗子を用いて臓器を摘まむが、その感触が手に直接伝わることで術者は力加減を調節する。モータの動きによって3D画像を手掛かりに手術を行う先行技術は、鉗子を操作する微妙な感触が手に伝わらないという。
 一般的に物を動かすには、モータによる「電動」やコンプレッサで加圧や圧縮し、その圧力や膨張力をエネルギー源として機器を動かす「空圧」と「油圧」が知られている 。
 油圧は「密閉された液体の一部に加わった圧力は、液体全体に等しく伝わる」で知られているパスカルの原理を利用して小さな力を大きな力に変換する。空気圧はその応用である。
 空圧の特徴の一つは「圧縮性」だ。圧力を加えると体積が縮み、圧力を下げると元の体積に戻る。この動きから柔らかい動作を引き出せる。空気圧も油圧と同様に流体力を応用するのだが、油圧と比べると低圧力だ。空気圧は動力源としてコンプレッサが必要であるが、駆動部分は空気圧のため火災の心配がなく安全といえよう。私たちの生活の身近なところでは、自動車や列車などのブレーキに空圧が使用されており、流体が空気だから汚染の不安はない。一方油圧は、大きな力を必要とする場合には有用で、しかもオイル漏れなど汚染のリスクがある以上、医療現場ではそもそも不適だ。
 動力源と機構部品を組み合わせて、機械的な動作を行う装置として電動は制御性に優れ、自動機器の駆動部分など利用され、加速・減速がスムーズに加え多点停止が可能でデータによっても位置・速度調整が可能だ。そのメリットは、油圧や空圧と比較をして付帯設備が少なく設備費用が少なくて済む。
 空気圧には柔らかさがある一方で、油圧のように「ぴったりと止める」動作が不得手で、精密な動作が難しく、これまで空気圧シリンダーは、あらかじめ定められた2点間を往復する単純な動作に用いることしかできなかった。空気圧シリンダーで精密な動きを実現するために、位置センサーと圧力センサーを用いたフィードバック制御を行う。1秒間に1000回、位置と圧力情報をフィードバックし、目標となる位置や圧力の誤差に応じて、空気圧シリンダーに送り込む空気の流量を制御し、精密作業に向かないとされた短所を克服した。
 ダヴィンチを含め従来の手術支援ロボットは、ギアボックスを搭載した電動駆動が大半を占める。ロボットの駆動に空気圧が用いられてこなかった理由は、構成要素が多く、制御が複雑だったからだ。人との接触がない高速で精密な作業には、電動駆動のロボットが適していたが、同社の技術によって電動である必然性は失われてきたようだ。

空圧・電動・油圧駆動の比較表

・握る、触れる、引っ張る 力加減を伝える

 空気圧シリンダーは電動のようなギアを介さず直接ロボットアームの手先を駆動する。アームの手先に外力が加わると、空気圧シリンダーのピストンにも力が跳ね返り、空気圧シリンダー内部の圧力が増減する。このときの空気圧シリンダー変位と圧力の変化量を測定し、ロボットの機構や姿勢を考慮した演算処理を行い、ロボットの手先に加わった外力を推定する。
このように通常は力を計測するセンサーをロボットの手先に搭載するのだが、同社では空気圧を利用したロボットに加わる外力を推定する「外力推定」の技術を確立した。
 「握る力=把持力(はじりょく:ものをつかみ続けるために必要な力)」、「押す力=接触力」、「引っ張る力=牽引力」といった精密な手術手技に必要不可欠な力覚を推定する「空気圧サーボシステム」。つまり、ロボットにかかる力を操作する人に伝えることができる「力覚フィードバック」を搭載している。そのため、従来製品のような視覚情報で力覚を推定している場合、感覚を掴むには訓練や経験が必要だが、同社の製品では、経験や勘などの不確定要素に依存せず「見える化」が実現できる。
手術時に鉗子が触れる臓器は、繊細だ。臓器を握る、触れる、引っ張るといった力加減をこの仕組み(空気圧サーボシステム)が補っている。したがって力覚フィードバックは、繊細な力加減の再現に最重要な技術の一つとなっている。
 起業から10年目を迎えた同社だが、当初は研究者が起業を行うことについて抵抗感はなかったのだろうか。

川嶋 東工大の工学部は、企業との連携も盛んで、実学重視な研究も多く起業に抵抗感はありませんでしたが、企業が技術移転を引き受けてくれていたら楽だったろうなと思いますし、もっと早く私たちの製品が世に出ていたかもしれません。

山口(JST) 起業から現在に至るまでの間で印象深い出来事やうれしかったこと、苦労されたことは?

只野 大学と起業は両立できるものかなと思っていましたがやはり大変です。クロスアポイントメント制度で、会社の業務と大学の教員としての業務を両立しています。仕事への時間の割き方、学生の指導に対するエフォートに苦慮したこともありました。今は学生を受け持っていないのですが、必要なときに私が不在にすることもあり、学生に不便をかけたこともありました。また、経営者と研究者の利益相反に細心の注意を払わなくてはなりませんので大変気を遣います。 われわれのロボットが売れたときは、ほんとうにうれしかったです。

山口 総括すると-

川嶋 私たちはこれまでに開発した、EMARO(エマロ、視鏡ホルダーロボット)、IvyA1(アイヴィ、小型内視鏡ホルダーロボット)、OQrimo(オクリモ、眼科手術支援ロボット)の3製品と今回のSaroa(サロア、低侵襲外科手術用支援ロボット)で計4製品を出しています。先の3製品は、薬事承認が医療クラス1でしたが、サロアがクラス3で承認されたのはうれしいです。会社設立からここまで10年かかりましたが、只野、坂田、原口の4人で補完し合いながら進めてきたからこそ実現できたのだと思うと感慨深いです。1人ではできない。そしてサロアは7月から臨床での使用が開始されます。価格も先の3製品より一桁増えるので今後どこまで伸びるのかが関心事です。

川嶋 医療機器のロボットは、「仕込み」に大変時間がかかります。やってみて分かりましたがベンチャー向きではないですね(笑)。20年先行した強みでダヴィンチ1強です。手術ロボは、次世代バージョンによる戦国時代と言われています。自動車に例えると、ダヴィンチは高価なラグジュアリーカーです。手術ロボの需要は高まり、病院は2台目、3台目が必要となってきています。そこで高額な機械が2台も3台もいるかといえばそうでもなく、価格と維持費の安い軽自動車の需要があると見ています。またダヴィンチは深いところ、例えば前立腺が得意ですが、私たちは呼吸器や消化器など浅いところが得意なので差別化で市場に食い込んでいきたいと思います。 

山口 当面の出口は何をターゲットにしているのでしょうか。

川嶋 30社ほどに60億円ほど投資してもらっていますので、数年後にはIPO(新規上場)を目指したいと計画しています。主幹事証券会社はすでに決まっているので今後具体的に進めていくことになるでしょう。

山口 ありがとうございました。

取材・構成 山口泰博(国立研究開発法人科学技術振興機構 スタートアップ・技術移転推進部 産学連携プロモーショングループ)


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