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従業員エンゲージメントは業績にどう影響する?

“ワークライフバランス”や“健康経営”が叫ばれる昨今、従業員に対するケアをないがしろにして良いと思っている人はいないでしょう。

しかし目先の業績に集中しすぎるがあまり、従業員エンゲージメントはつい後回しにされがちなテーマなのではないでしょうか。

一般的には業績には距離が遠いと思われがちな従業員エンゲージメントですが、企業が継続的に収益を上げていくためには、実は欠かせない観点なのです。

今回は日本企業でどのように従業員エンゲージメントが広まったかを紐解いたうえで、従業員エンゲージメントと業績との関係、業績につながる仕組みについて解説します。

日本での従業員エンゲージメントの軌跡

従業員エンゲージメントは米国で生まれた概念です。「終身雇用」や「年功序列」など独自文化を形成してきた日本企業で、どのように従業員エンゲージメントは普及してきたのでしょうか。

顧客満足から従業員満足へ
従業員へのケアは、実はかつての日本企業には馴染みにくい概念でした。その理由のひとつに、多くの日本企業が掲げた「顧客第一主義」の存在があります。

松下幸之助の『お客様大事の心に徹する』に代表されるように、日本企業は顧客満足に徹する姿勢が元来強いです。さかのぼること、江戸時代。塩原多助という炭売りが、貧しい民のために炭を一俵単位で売ったエピソードに代表されるように、日本人には古来“商人の魂”が受け継がれているのです。

顧客の要望に応えたい商人精神が功を奏し、高度経済成長下では日本が誇るモノづくり文化が形成されていきました。

しかしバブル崩壊後、日本企業は競合との顧客獲得争いに晒され、顧客へのサービス合戦が過熱していきました。その結果、一部の業界でサービス残業や超過勤務などが発生し、ついには顧客第一主義が従業員を犠牲にする弊害が起こったのです。

時を同じくして、バブル崩壊後の経済低迷期に日本企業は“アメリカの強い経済”を人事施策に取り込もうとしました。

アメリカから刺激を受けた人事制度のひとつが「従業員満足主義」です。

従業員満足から従業員エンゲージメントへ
アメリカでは従業員を大切にしながら、成果を上げている企業が多くありました。たとえば『お客様第二主義。従業員第一主義。』という企業ポリシーながらも、創業以来黒字経営を継続させていたサウスウエスト航空などです。

アメリカに影響を受け、徐々に「顧客第一主義」から「従業員満足主義」に軸足を移そうとする日本企業が増えていきました。

ただし不況による人材獲得競争が過熱している日本企業において、従業員満足は主に良い条件で優秀な人材を獲得する目的で広まっていきました。

つまり従業員満足は、給与や福利厚生などの待遇面や職場環境など、企業側から与えられるものに対しての満足度を意味していたのです。

日本企業は従業員満足度を上げようと、執務環境整備などに奔走します。しかし従業員が満足したからといって、積極的に業績向上施策のアイデアを出したり、主体的な行動に結びつかないジレンマに陥りました。

そこで注目されたのが従業員エンゲージメントでした。

従業員エンゲージメントは、人事や組織開発の分野では、従業員の「会社のビジョン・目標達成に向けての自発的な貢献意欲」という意味合いで使われます。

人事管理の分野へエンゲージメントの概念を最初に導入したのは、ボストン大学カーン教授の1990年の研究です。従業員の仕事への心理的な没頭度合いが個人業績、ひいては企業業績を左右するという見方を示しました。

その後2007年のASTD(American Society for Training & Development)で組織に対するエンゲージメントに関するレポートが発表されるなど、欧米で従業員エンゲージメントの概念は浸透してきました。

日本で急速に従業員エンゲージメントが注目されたのは、米国の調査会社ギャラップ社が2017年に実施した従業員エンゲージメント調査です。この調査では、日本企業は「熱意あふれる社員」の割合がわずか6%であり、139ヵ国中132位と最低ランクに近い順位であることがわかりました。

この衝撃的な調査は日経新聞でも報じられ、日本企業でも従業員エンゲージメントは広く認知されるようになりました。報酬や仕事への単なる満足を越え、従業員自身の「やりたい」を引き出すエンゲージメントは、多くの日本企業では目新しい概念だったのです。

従業員エンゲージメントと業績との関係

従業員エンゲージメントの重要性が高まった背景には、従業員エンゲージメントの企業業績や生産性向上への寄与が、データで明らかになったこともあります。

アメリカの調査会社では、従業員の満足度がいくら高くても、それらが企業業績につながっているという科学的な検証結果は得られませんでした。

そのため従業員満足度の代わりに従業員エンゲージメントを指標にして調査したところ、各調査機関で業績向上との直接的な相関関係が次々に見出されたのです。

ウイリス・タワーズワトソンの調査では、「持続可能なエンゲージメント」のレベルが高い企業は、低いエンゲージメントの企業に比べ、1年後の業績(営業利益率)の伸びが3倍という結果が出ています。

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なお持続可能なエンゲージメントとは、ウイリス・タワーズワトソンが提唱した指標で、エンゲージメントを“継続的に高く維持している”という要素です。エンゲージメントが高い状態が継続すればするほど、業績への好影響がより顕著であることが検証されています。

さらに日本でも2018年に株式会社リンクアンドモチベーションと、慶應義塾大学ビジネス・スクール岩本研究室の共同研究により、従業員エンゲージメントの向上は、営業利益率並びに労働生産性向上に寄与することが分かりました。

従業員エンゲージメントは企業業績への影響が認められたことにより、従業員満足とは異なる概念としてさらに注目が集まりました。企業規模を問わず先見の明のある企業では、従業員エンゲージメントを高める活動が加速するようになったのです。

従業員エンゲージメントが業績につながる仕組み

前述の実証研究はあくまで「従業員エンゲージメントと業績には関係がある」という因果が証明されただけです。

では、実際は従業員エンゲージメントがどのようなカラクリで業績につながるのでしょうか。

ここからは実際の実例をもとに、従業員エンゲージメントの変化がどのように業績につながるかの仕組みを紹介します。1990年にハーバードビジネススクールのJ.L. Heskettなどの研究者が提唱した「SPC(サービス・プロフィット・チェーン)」を使用して解説します。

◆SPC(下図)……従業員の状態が企業業績に至るプロセスをデータにより明らかにし、モデル化したもの

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ステップⅠ:従業員エンゲージメントの変化
今まで給与や昇格の仕組みがブラックボックスだったとあるサービス業の企業。

ある時経営方針が変わり、人事制度の仕組みが従業員に開示され、透明性が担保されるようになりました。また頑張った人への臨時インセンティブなど、従業員を奮起させるような制度もできました。(①)

基準が明確になったことで、従業員は会社に対する信頼が高まります。加えて、会社の姿勢に奮起し、もっと自分も貢献したいと思うようになります。(②)

従業員の頑張りは2つの観点で顕著になります。従業員は「誠実な良い会社だ」と思うことで自社愛が芽生え、定着率が上がります。(③)さらには、もっと会社に貢献したいと思い、主体的な改善の動きが芽生えました。(④)

***注目ポイント***

従業員エンゲージメントに影響を与えるのは直接的な報酬だけではありません。むしろ条件面より、人事制度の運用プロセスの変化などに従業員は敏感に反応します。

とりわけ人事制度の透明性は重要課題です。会社が「何を褒めるか(評価するか)」を明示しない限り、従業員の自発的な行動は生まれにくいからです。

ステップⅡ:顧客エンゲージメントの変化
従業員の主体的な姿勢は、顧客に対しての接客工夫など前向きな変化として現れます。(⑤)顧客は買い物をするたびに満足をし、いつしかこの企業でしか体験できない価値を感じ始めます。(⑥)その結果、同じ商品であっても必ずこの企業の店舗に足を運ぶようなリピート行動に出るようになります。(⑦)

***注目ポイント***

直接的な接客が伴うサービス業においては、とりわけ従業員エンゲージメントは顧客エンゲージメントにつながりやすいです。

しかしメーカーやバックオフィスであっても、「もう少し顧客のためにできることはないか」と従業員一人ひとりが考えることが顧客価値を高めるのは想像に難くありません。このような主体的な姿勢が、従業員満足度にはない従業員エンゲージメントの神髄でしょう。

ステップⅢ:業績の変化
顧客エンゲージメントの高まりにより、顧客の購買行動にも前向きな変化が現われます。商品単価が同じであっても、購入品目や購入頻度が増える行動が起こることで、結果的に売上げが拡大します。(⑧)活気溢れる風土は人材採用や企業広報に展開され、企業の中長期な成長・ブランディングにもつながります。(⑨)

好サイクルを持続させるため、業績は従業員向けの資源投下へとさらに循環していきます。(⑧→①)この循環を続けることで、タワーズワトソンの定義した「持続可能なエンゲージメント」の状態が叶い、より業績インパクトを生むことになるのです。

***注目ポイント***

業績向上には、最終的には顧客の購買行動が変化する必要があります。

かつての日本企業は顧客満足ばかりを追い求め過ぎて、疲れ果てた社員に過剰な労働を強いていたようなものです。

しかし商品性能だけでは差別化が難しい昨今では、顧客の目はシビアです。商品単体以外に「商品を購入する」という体験を重視するのです。自社に誇りを持ち、生き生きとしている従業員がいる企業に顧客が集まるのは自明の結果といえるでしょう。

まとめ

従業員エンゲージメントと聞くと難しくてよく分からないという印象を持たれる方もいるかもしれません。

日本企業では昔から“社風”という、企業に人格を付与するような独自の価値文化があります。今回歴史を振り返ってきたように、江戸の商人の精神に始まり、時代の変遷を受けながら、日本独自の社風文化は発展してきました。

その社風の礎を形成しているのは間違いなく従業員一人ひとりです。

そう考えると従業員エンゲージメントは決して流行りの概念ではありません。むしろ“古くて新しい”ような概念です。

業績に直結するような秘策はないものかと考えている方こそ、いま一度目の前の従業員に目を向けてみてはいかがでしょうか。

自社の従業員エンゲージメントの見える化や向上に課題意識がある場合は、↓組織改善ツール「パルスアイ」を一度ご確認ください。

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※本記事は、PULSE AIメディアのコラムの転載となります。

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