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ダム操作の高度化

金尾 健司
論説委員
(独)水資源機構


近年、各地で異常洪水が頻発する中、これまでなじみのなかった「緊急放流」や「事前放流」といったダム操作に関する話題が一般の目に触れるようになった。

国土交通省が最近発表したハイブリッドダム構想では、気候変動の影響に対する適応策としての治水機能の確保・向上と、温室効果ガス排出緩和策としての水力発電の増強という両面から、ダムへの役割強化が求められている。ダムは、大きな貯留機能を持ち流水を直接に制御できる重要インフラであり、これをフルに稼働させ、社会的要請に応えることは重要である。そのためには、ダムの貯水容量と放流設備を活用して、効用を最大化する操作を目指す、すなわちダム操作の高度化を図らなければならない。

官民連携の新たな枠組みによるハイブリッドダム(出典:国土交通省資料)

一方で、ダム操作の実態はどうか。筆者が関わる現場の状況を述べると、操作に係る体制、規程類、設備等の面で様々な制約、課題がある。

現地に常駐する職員が、出水時には、ゲート操作に加え、事前の施設点検や警報・巡視、関係機関への通知等多くの業務を行う。ゲート操作はあらかじめ決められたルールに則って行われるが、急な降雨によりダムへの流入量が急増した場合でも、通常時に使用するバルブから洪水調節用ゲートへの切替えを遅らせてはならないし、放流量の増加速度は設定値を超えてはならない等、細心の注意が求められる。

また、計画を超える洪水が発生した際には、状況に応じた操作が必要となり、技術者の熟練が問われる。24の洪水調節用ダムを管理し、古いものでは半世紀の管理実績を有する筆者の組織において、緊急放流は10回を数えているが、個々の職員がこのような緊急事態を経験する機会は極めて稀である。ダム操作は想定外の事象にも臨機の対応が求められるため、経験が大きく物を言うが、技術者の育成には疑似訓練で補う他なく、現状では、ダムごとに操作シミュレーターを開発して導入を進めている。将来的には、AIの活用にも期待したいが、例えば、住民の避難遅れやゲートの突発的な不具合等が生じて、操作方針の予期せぬ変更を強いられる等、高度な判断が求められる場面では、当分の間、人の判断に頼らざるを得ないだろう。そのためにもダム操作を熟知する技術者の育成は不可欠である。

ダム操作は住民の生命・財産に直結するため、安全上の様々なルールが設定されている。例えば、河川利用者の安全に対しては、放流前の警報・巡視や放流による下流河川の水位上昇速度の制限等があり、貯水池周辺地すべりに対しては、貯水位低下速度の制限等がある。これらは建設当時の条件から設定されたものであるが、その後の社会情勢の変化、ICT機器の開発、技術的知見の蓄積等を踏まえ、安全に関する思想を堅持しつつ不断に見直し、操作の柔軟性を高める必要がある。

ダムは、治水・利水といった、これまでの社会的要請に応えて、それぞれの目的に応じた施設計画のもとに建設され管理されてきた。気象条件や社会情勢の変化等に応じた操作を行うために、設備の能力が不足する場合には、ゲートの改造や放流管の増設といったハード対策も必要である。ただし、これには時間とコストがかかる。

そこで、現在の体制や設備能力のもとでダム操作の高度化を図るためには、降雨予測技術の向上が有効である。ダムの洪水調節操作においては、予測降雨からダムへの流入量を推定し、下流での洪水軽減効果、緊急放流の可能性、事前放流の必要性等を逐次チェックしている。しかし、予測が実績と乖離することが多く、貯水容量を十分に利用した洪水軽減効果を発揮できなかったり、予想に反する急激な降雨により緊急放流を余儀なくされたりすることがある。長時間先まで精度良く降雨を予測できれば、事前放流を行うことで、貯水位が回復しないことによる利水への影響を回避しつつ、必要な空き容量を確保して最大の洪水軽減効果を上げることや、洪水前後で発電放流管を通じた放流を増やすことで、無効放流を減らして効率的に発電することが可能となる。

現在、内閣府の戦略的イノベーション創造プログラムにおいて、長時間アンサンブル降雨予測を活用した統合ダム防災支援システムの開発が進められている。従来の短時間・単一の予測値に加え、15日先までの、上位から下位まで幅を持った予測値が提示されるため、操作を担当する技術者にとって、先の操作方針が格段に立てやすくなる。すでに、その成果の一部を実際のダム操作に試行的に用いている。さらなる研究成果を期待し、ダム操作への実装を進めていきたいと考えている。

土木学会 第185回論説・オピニオン(2022年10月)



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