見出し画像

日本最長トンネルの現状と未来

今井 政人
論説委員
北海道旅客鉄道(株)

日本最長、世界でも第2位の長さを持つ青函トンネルは、国鉄分割民営化翌年の1988年に在来線として開業以来、36年間北海道と本州を結ぶ大動脈としての役割を果たしてきた。現在は北海道新幹線と在来線貨物列車が共用で走行し、合計で1日約70本の列車が行き交っている。それにより、年間で貨物約380万トンと旅客約160万人が天候に左右されず安定的に津軽海峡を往来することを可能とし、重要インフラとして機能を発揮している。

青函トンネルは、1980年代に土木工学を志した者にとって本州四国連絡橋、東京湾アクアライン等と並んで大規模かつ憧れの土木建設プロジェクトであった。かく言う私も青函トンネルの建設を描いた映画「海峡」を観て、自分もこんなプロジェクトに携わりたいと感じたことを今でも鮮明に覚えている。

現在、青函トンネルの保守と新幹線運行を担う立場として、この日本最長トンネルの保守・活用に係る現状と未来について述べていきたい。

青函トンネルは長大な海底トンネルであることや新幹線と在来線が共用走行することにより、他の鉄道トンネルにない多くの特徴を有している。トンネル構造は、列車が走行する本坑や換気、排水、通路等の役割を担う作業坑、先進導坑等で構成される複雑なものとなっている。また、長大トンネル特有の設備として、2か所の「定点」と呼ぶ緊急時に列車を停車させる施設(かつての海底駅)を設けており、火災時に列車を停車させるために列車各部の温度を測定する設備や定点停車時に散水消火を行う設備を備えている。

青函トンネル断面図
出典:JRTT鉄道・運輸機構ウェブサイト
https://www.jrtt.go.jp/construction/outline/seikan-tunnel.html

海底トンネルであることによりトンネル内には約20t/minの大量の湧水があり、大型ポンプによる常時排水を行っている。軌間の異なる新幹線と在来線の共用走行を可能とするため全線が3線軌条(レール3本)の軌道構造となっている。特殊な設備として、列車の停止が必要な事象、例えば貨物列車からのコンテナ落下等を検知するための限界支障報知設備を上下線間に設置している。

青函トンネルの構造
出典:JR北海道ホームページ「青函トンネルの構造
https://www.jrhokkaido.co.jp/network/seikan/02.html

開業から36年が経過し、これらの設備等の保守が大きな課題となってきている。トンネル本体(覆工コンクリート等)は先進導抗の盤ぶくれ現象等を除けば、比較的良好な状況である。一方、排水ポンプ等の諸設備については海水を含む湧水により腐食、劣化速度が速く、その保守に多くの労力と費用を要している。実際、トンネルに入ると全ての鋼製設備に発生する錆の状況に驚かされる。特に、他の新幹線区間では夜間の作業時間が6時間程度確保されるのに対し、青函トンネル区間では夜間も貨物列車が走行するため通常2時間程度の作業時間しか確保できないことが、保守を更に困難なものとしている。近年、開業から30年以上が経過し、大規模な更新工事を多く計画しなければならないことから、夜間の貨物列車の一部と新幹線の最終列車を運休させ長時間の作業を可能とする日を設定して工事を進める取り組みを行っている。

北海道新幹線の札幌開業に向けて活用面での課題もある。最大の課題は、新幹線の一般区間の最高速度が260~320km/hであるのに対し、青函トンネル内では最高速度160km/hに制限されており、その速度を向上させることである。この速度制限は、共用走行する貨物列車とのすれ違い時等の安全性を考慮したものである。解決策として、貨物列車の需要の少ない年末年始、GW、お盆期間に限り、貨物列車の運行本数や時刻を調整し、新幹線専用で走行させる時間帯(始発~15時半頃)を設定することにより、新幹線の最高速度を向上させている。直近では最高速度260km/hでの走行を今年のGWから開始したところである。新幹線本来の高速性を発揮するために、この新幹線と貨物列車の走行を時間的に分離する施策を更に深化させるとともに、他の解決策についても並行して検討していきたい。

青函トンネルは保守面、活用面で様々な課題を有している。北海道新幹線の札幌開業に向けて、それらの課題を一つひとつ解決しながら、安全に係る設備の更新、改良を進め、新幹線本来の高速性を発揮させることにより多くのお客様にご利用していただき、青函トンネルを北海道と本州を結ぶ新しい大動脈に進化させていきたい。

第207回 論説・オピニオン(2024年8月)



国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/