メンテナンス技術の価値に適切な評価を
水口 和之
依頼論説
(株)ネクスコ東日本エンジニアリング代表取締役社長
社会資本メンテナンス元年(2013年)から10年、この間に、道路構造物の5年に一度の詳細点検は法制化され、高速道路会社はRC床版の取り換えを中心とした大規模更新事業を全国で進めており、土木学会では2020年度にインフラメンテナンス総合委員会を立ち上げ体系的・有機的な活動を開始している。
日本のインフラはすでにメンテナンスの時代、しかも大更新時代に移行していると思われるが、一方でインフラメンテナンスの担い手不足によりメンテナンス事業の発注が滞ることも多いという。メンテナンスの時代になっているのに、インフラ管理者側もまたその受け手である業界側も十分に体制が整っているとは言い難い状況である。
インフラメンテナンスが重要であることは、近年発生した重大事故や甚大な災害により一般にも徐々に浸透しつつあるが、そもそもインフラの老朽化は今に始まったことではない。筆者が日本道路公団に入社した1985年の新入研修では、意外にも「これからは管理の時代だ」という話を幾人かの先輩社員から聞いた。当時は全国高速道路計画7,600kmのほぼ半分が供用した頃で、縦貫道の整備は進んでいたが横断道はまだまだこれからという時代であった。しかし、1963年の名神高速道路(栗東~尼崎)の開通からはすでに20年が経過し、東名高速道路や京葉道路などでは鋼橋のRC床版の損傷報告が発見されており、当時の技術者たちはすでに将来のインフラの老朽化に対する危機感を抱いていたと思う。
では、高速道路事業が建設中心から維持管理中心に大きくシフトしたのかというと、縦貫道に続く横断道の建設、そして東京湾横断道路や新東名・新名神などのビッグプロジェクトが続いたことから人材や予算はどうしても新設事業中心であった。しかし、維持管理部門の技術者が何もしていなかったわけではなく、車両総重量の緩和(1994年)や阪神・淡路大震災(1995年)などを契機に大幅に予算を確保して全国的な橋梁改良プロジェクトを進めてきた。ただ、残念ながら維持管理に携わる企業や技術者の価値は新設事業ほど高くは評価されてこなかった。筆者の問題意識はまさにそこにある。
日本の建設業界には、日本建設業連合会(日建連)のような大きな業界団体があり、建設業に関わる諸課題を発注者とともに検討し、これまでも建設業の価値向上に大きく貢献してきた。しかしながら日建連の活動の中心は新規建設であり、そもそもメンテナンス部門はターゲットにはない。少なくとも最近までは。
建設コンサルタントによる構造物の補修設計や耐震補強設計は、既設構造物の損傷状況を反映する必要があることから新設に比べ非常に手間がかかる。しかし、一般に設計費は新設橋よりも低く設定されるため、利益率が高くマイペースで設計できる新設設計が好まれ、補修や補強の設計は敬遠される。橋梁補修工事の例で言えば、伸縮装置の補修・取り換えや鋼桁の当て板補修といった部分的な補修は極めて人気がない。大規模な床版取り換え工事は最近では日建連加盟の大手建設会社が参入してきて、流石に入札行為そのものが不成立になることは少なくなったが、小規模な補修工事は手間ばかりかかるわりに利益率も低くて積極的に参加していただける企業が非常に少なくなっている。
このような事象の背景には、これまでの建設業界が新設事業中心でメンテナンス事業に力を注いでこなかったことに加え、発注者側がメンテナンス事業に対して十分な対価を支払ってこなかったことにも大きな原因があると思う。メンテナンスは損傷状況や使用環境に応じた手間のかかる作業であり、標準的な歩掛を設定するのが難しい。おのずと新設の歩掛を準用することが多くなるが、そもそも機械化や自動化の面でも大きく後れを取っているメンテナンス工事には適さない。金額面だけでなく、小規模なメンテナンス工事は竣功評定なども大規模工事に比べて低くなり、継続的な契約に繋がりにくいという側面もある。設計にしても工事にしても、新設よりも難易度が高く手間がかかる作業に従事するメンテナンス主体の企業を育てるためには、メンテナンス技術の価値に対してきちんと対価を支払うような積算・調達契約・技術力評価などの制度面の整備が望まれる。メンテナンスに携わる企業と技術者の育成のためにも、土木学会を中心としてメンテナンス技術の客観的で適切な評価についてご検討いただくことを期待したい。
土木学会 第192回論説・オピニオン(2023年5月)