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日本の輸出振興と港湾

池田 薫
論説委員
阪神国際港湾(株)


港湾を運営する業務にあたっていると、日本の港湾そのものの課題よりも、日本の経済について不安を感じることがある。

グローバルな物流を見ると、アジア、米国、欧州の3地域の重要性が大きく、これらの地域間を巨大なコンテナ船が行き来し、貨物が流動している。米国を出入りするコンテナ輸送の実態は、米国調査会社デカルト・データマインから関税統計が公開されていて、相手国ごとの輸送量が明らかになっている。米国―アジアのコンテナ輸送のうち、往航は太平洋を東向きに輸送される物流である。米国は、家具・雑貨をはじめとして、あらゆる消費物資をアジアから輸入しており、年間の輸入量は2000万TEU(20フィート換算のコンテナ取扱個数の単位)を超える。その輸出国の内訳をみると、最大の輸出国は中国・香港であり、その輸出量は1200万TEUを超え、米国の輸入量の約6割を占める。近年では、ベトナムの輸出量も増加しているが、それでもその割合は11.8%で、中国に比較すると、割合は小さい。日本についてみると、今や日本からの輸出量は低迷しており、その割合は2.8%に過ぎない。

米国―アジアのコンテナ輸送のうち、復航は太平洋を西向きに輸送される物流である。米国の年間のアジア向けの輸出量は610万TEUである。米国は、輸入依存型の国であり、輸出量は輸入量の半分しかなく、極端なインバランスである。アジアから見ると、正直に言って、米国から買いたいなと思う製品はあまりない。アジア側の輸入国の内訳をみると、中国・香港の割合は28.5%、ASEANの割合は29.0%である。日本の割合は、往航よりは大きいものの、それでも11.3%に過ぎない。これがグローバルな物流における日本の実態である。

日本の港湾を振興しようとしても、貨物の輸送需要がなければ、手の打ちようがない。何とか日本の製造業に輸出のパワーを取り戻してほしい。日本経済が生み出す貨物量のパワーが低下すると、船社にとって、日本は稼げる地域でなくなり、日本への寄港の意欲が低下してしまう。

日本は、資源に乏しいため、エネルギー資源や食料などを海外からの輸入に依存している。しかしこれまでは輸入額を上回る製品を輸出し、貿易収支の黒字を得てきた。しかし、近年は、国際分業、つまり世界中どこでも最もコストの安いところで生産するようになり、海外生産シフトが進んでいる。このため、貿易収支は、若干の黒字(最近は円安の効果で赤字)になっている。日本の経常収支は、貿易収支ではなく、海外からの配当や特許権収入などの所得収支で稼ぐ構造に変わってきている。

経常収支が赤字でもいいのか、黒字にすべきなのかについて、経済学的に諸説があるが、何とか日本の製造業にはものづくりの能力を発揮し、輸出のパワーを出してほしい。経常収支で稼いだ黒字は、外貨準備資産として蓄えられる。外貨準備資産を増やすべきか、増やす必要はないかについても、経済学的に諸説があるが、日本の外貨準備資産は、中国に次いで世界第2位であり、これが日本の対外直接投資の資力となっている。日本の製造業には、ものづくりで影響力を持ち、経常収支の黒字化に寄与してほしいし、たとえ海外生産する場合にも、日本へ利益還流してほしい。なお、直近で議論になっている円安等の為替問題については、それはまた独立した課題であり、本稿の趣旨からずれるので、ここでは言及しない。

日本は、1億2000万人の人口を有し、そこそこ大きな自国マーケットがあるため、日本の製造業は国内販売で満足していて、輸出にあまり積極的でない。ドイツの輸出額はGDPの42%、韓国の輸出額はGDPの39%もあるのに比較して、日本の輸出額は、GDPの15%しかなく、小さ過ぎる。ブランドやデザインの競争力をつけ、マザー工場を日本に残し、魅力ある製品を世界に売っていってほしい。日本の食べ物はおいしい、日本のマンガやアニメはおもしろいということに自己満足するだけでなく、積極的に世界に魅力的なものを売っていってほしい。日本の経済、製造業があってこその日本の港湾なのだから。

土木学会 第186回論説・オピニオン(2022年11月)



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