良いものを作ろうという気持ち~品質の確保と向上につなげて~
橋本 有美子
論説委員
(株)エイト日本技術開発
品質管理部という部署に異動になって5年、建設コンサルタント業務における品質の確保と向上に向き合う日々である。ひとつのミスが社会に大きな影響を与える可能性があることから、成果品のミスをゼロに近づけることを目指している。成果品のミス防止の主な取り組みとしては、「再発防止策によるシステムの改善」と「品質確保・向上のための研修や啓発活動」である。
当社ではISO9001を運用し、成果品のミスが発生した時には、経緯を確認した上で原因を究明し、再発防止策を考え、業務プロセスを見直すことでシステムを改善している。なかでも成果品のミスの原因として多いヒューマンエラーを防ぐためには、工程や手順を明確にし、その業務プロセスの実行性を確認するためのチェック機能を追加する等のシステムの改善を図っている。
システムの改善を繰り返すなかでの課題の一つは、システムを運用する側の意識づけである。システムを改善しても、運用する側が改善の主旨を理解し、内容の充実、成果の品質に対する意識を持たなければ、システムは形骸化してしまう。建設コンサルタントでの成果品を作成するプロセスは技術的な知的判断の積み重ねであり、自らが品質を確保しようという意識をもたなければ、システムの改善効果は十分に発揮されない。
品質確保・向上のための研修や啓発活動を通じて、「品質の確保・向上」、「善管注意義務」の重要性について言葉を尽くしているが、品質を確保することの意義を上手く伝えられているのか、自分のこととして受け止めてもらえているのか、「品質を確保しよう」と思ってもらえたのかがわからず、伝えることの難しさを痛感している。
技術力は仕事に携わることで得た経験、意欲を持って学んだ知識として身につくものであるが、「品質を確保しよう」という意識はどうしたら培われるのだろうか。
品質確保・向上の仕組みをこなすのではなく、仕組みの本質・目的をとらえ、品質を確保するためにはどのような意識を持って臨めばよいのか、そして、その意識が培われるには何をすればよいのかについて考えてみたい。
私は小さいころから両親に「きちんとしなさい」と言われ続けた。この言葉は今でも仕事をする際に、この仕事は「きちんとできているのか」と自問し、間違いのないもの、より良いものにしなければと、踏ん張る支えとなっている。「きちんとしよう」という意識は品質を確保する姿勢や「善管注意義務」の「善管注意」につながると思う。
また、一昔前の技術者は「使命感」や「プライド」という言葉を口にした。それは土木技術者として、自分たちの仕事が社会に与える影響の大きさを認識し、社会的責任を果たそうとする強い気持ちから出た言葉であり、彼らにとっての「品質の確保」や「善管注意」はこの「使命感」や「プライド」に支えられていたのだと思う。
品質確保・向上のための研修では、成果品のミス事例を示し、影響の大きさや果たすべき責任について説いている。しかし、価値観が多様化する現代において、とりわけ若い人たちには、他の動機づけも必要だと感じる。
例えば、自分の仕事が環境や周りの人々を守ることにつながるという考えや仕事が好きだという気持ちなど、より良い仕事をするための支えとなるものを持つことで品質に対する意識は向上するのではないだろうか。特に、「好き」という気持ちは人を動かす大きな原動力になる。
今、私のそばには土木技術者として「より良いものを作りたい」という強い思いを持ち、いつも楽しそうに土木の話をする先輩がいる。技術的な知見と努力・経験に裏付けされた自信、何より土木構造物が本当に好きだという気持ちでまっすぐに進んでいく姿に胸を打たれる。「より良いものを作りたい」という気持ちは、「ミスのないものを作ろう」という品質の確保と向上、そして土木技術者としての社会的責任を果たすことにつながると思う。
理想論かもしれないが、品質確保のプロセスが煩わしいものや苦しいものではなく、自ら進んで取り組めるものであって欲しい。そして、品質の向上を目指して欲しい。そのためには、「良いものを作ろう」という気持ちを持つことが重要だと考える。
前出の先輩は、土木の魅力を「創造的であること」と語り、その魅力を忘れないために「知的好奇心を刺激すること」が必要だと語る。品質管理に携わるものとして、これからも、品質の確保と向上に取り組むとともに、土木技術者の一人として、この先輩の言葉を胸に、未来を担う土木技術者の「良いものを作ろう」という気持ちを育て、維持できる仕組みや環境づくり、そして働きかけにも取り組んでいきたい。
土木学会 第190回論説・オピニオン(2023年3月)