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河川維持管理の高度化に向けて

田村 秀夫
論説委員
日本工営ビジネスパートナーズ(株)

気候変動に伴う洪水被害の頻発を受け、流域に関係するあらゆる関係者による流域治水の取り組みが本格化した。安全度を向上させる河川の整備はその根幹となるものであるが、整備された河道や施設の適正な維持管理が行われてこそ、その効果が継続して発揮される。河川の維持管理は地味ではあるが地域の安全を支える最も基礎的でかつ重要な分野である。

河道や河川管理施設の計画や設計のあり方は、長年の経験から得られた知見に基づくものから、力学的手法を用いた論理的、合理的なものへ移行してきている。これは、解析手法の高度化もさることながら、施設が置かれている河道そのものがどのような条件のもとで、どう変化していくのかといった河道特性に関する知見が、長年にわたる河川の管理行為、すなわち水位や流量等の水文観測、河道の縦横断測量、河床材料等の各種の調査、災害の経験、施設の点検・維持修繕の中で蓄積されてきた膨大な記録をもとに整理されてきたことによる。ただ、各種データの観測の精度や手法、頻度等の制約もあり、一定の割り切りで判断している部分もあることは否定できない。

河川の維持管理についても、十数年前から一定の計画のもとに巡視・点検、維持・補修、評価の一連の作業からなるサイクル型の維持管理に本格的に取り組み始めてきている。ただし平成23(2011)年に策定された河川砂防技術基準の維持管理編においても「状態把握の結果の分析や評価の方法には確立された手法等がない場合が多いため」とあるように、現時点で維持管理すべき水準を必ずしもすべて定量的な評価に基づき設定できる状況には至っていない。

水害が激化するなか、過去の水害訴訟判決でも示されたように、「流水の通常の作用から予測される災害の発生を防止するに足る安全性を備えているかどうか」を適切に判断し、対策を講じることの重要性は一層増している。河川の管理は通常の構造物の管理と違い、施設が置かれている河道そのものが、自然の外力によって容易に変化し、かつ変化の仕方は、その場の条件だけでなく、その上下流や場合によっては流域に加えられた様々なインパクトに影響されることから、その適切な管理のためには、河道や施設の変化の状況を適切に把握するために必要なデータを継続的に収集し、その変化の状況から将来の見通しを予測評価し、必要な対応を講じる必要がある。

近年、河川管理の現場では、河川に関するデータが大量にかつ効率的に収集、整理されるようになってきている。解析技術の高度化とこれらのデータの活用により、これまで定量化が困難であった、施設やそれが置かれている場の変状の閾値の設定などが飛躍的に進むことが期待される。そのためには、現状では大半が定性的な段階にある維持管理に関する基準値について、データの収集とその分析、評価の繰り返しの中で、一定の前提条件の下でその定量化を図り、現場に適用し、その後のデータの蓄積等を踏まえ、必要に応じてその前提条件も含め見直していくという高度化に向けたサイクルを着実に回していく必要がある。また維持管理に関する基準の高度化は、計画や設計の高度化にもつながっていく。さらにこうした管理の高度化を進めるためのサイクルが円滑に動くなかで、新たに把握すべき情報や検討すべき技術開発のテーマも生まれてくることも期待できる。

昭和33(1958)年に建設省(当時)から最初に技術基準が発刊された際、当時の米田技監は、「かくて技術は段階的に進歩するものである。この段階を示すものがこの技術基準である。すなわち(中略)来年の技術基準はこの基準書よりもさらに進歩すべきものであって(以下略)」と序文に記した。現在の河川に関する技術体系は単に理論だけから生み出されてきたのではなく、長期間にわたる地道な観測や調査、災害等の経験の積み重ねの中で体系化されてきたものである。技術基準や各種マニュアルの整備による技術の標準化と、技術の進展による基準の高度化との両立を強く意識しながら、毎年膨大に蓄積されていくデータを活用し、河道や施設の点検結果から評価を繰り返し行うという地道な管理行為の中で、維持管理にかかる技術をより高度なものへと作り上げ、危険の兆候を事前に察知し、的確に予知保全を講じていくことが一層必要になってきている。

第200回論説・オピニオン(2024年1月)



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