日本インフラの体力診断-新幹線-
土木学会事務局です。
土木学会では、インフラ健康診断・日本インフラの能力診断との組み合わせで、日本のインフラの「強み」「弱み」を総合的に評価する資料・データとして活用していただくよう、インフラの体力診断を行い、2023年6月6日に第三弾となるレポートを公開いたしました。
本記事は、インフラ体力診断のページに掲載したPDFレポートの内容から、新幹線WGの内容をnote向けに再構成したものです。コラムや脚注、参考資料等省略している部分やリンク等を追記した部分がございます。詳細は「日本インフラの実力診断」のページに掲載している完全版PDFをご確認ください。
1.高速鉄道の計画目標とその意味
(1)日本の新幹線鉄道
■全国新幹線鉄道整備法と新幹線計画
新幹線は我が国の重要なインフラであり、日本経済、国民生活に寄与している。世界に先駆けて開業させた東海道新幹線は、世界に高速鉄道の可能性と効果を知らしめ、各国で高速鉄道が整備されるきっかけとなった。
現在、日本の新幹線計画は、1970年に公布された全国新幹線鉄道整備法に基づき、基本計画と、整備計画が決定されている。全国新幹線鉄道整備法は、「新幹線鉄道による全国的な鉄道網の整備を図り、もって国民経済の発展及び国民生活領域の拡大並びに地域の振興に資することを目的」としている法律である。同法において、新幹線とは、その主たる区間を列車が200km/h以上の高速度で走行できる幹線鉄道であり、その路線は全国的な幹線鉄道網を形成するに足るものであるとともに、全国の中核都市を有機的かつ効率的に連結するものであって、同法の目的を達成しうるものとされている。
なお、東海道新幹線、山陽新幹線、東北新幹線(東京・盛岡間)、上越新幹線の4路線は、国鉄時代に着工した路線で整備新幹線ではない。これらの路線の着工後、全国新幹線鉄道整備法(1973年)が施行され、整備新幹線の計画が決定し、国鉄改革時に整備が凍結されたが、上下分離方式の導入(1989年)や公共事業関係費の投入(1989年)といった政策がなされ、今日の形態で整備が進められることとなったのが、整備新幹線である。
全国新幹線鉄道整備法の基本計画とは、全国新幹線鉄道整備法第4条(基本計画)に基づき、国土交通大臣(当時は運輸大臣)が定め公示した「建設を開始すべき新幹線鉄道の路線を定める基本計画」のことである。 基本計画では、路線名と、起点・終点、主要な経過地が定められており、1973年に四国新幹線、四国横断新幹線等の計11路線が基本計画路線に位置づけられている。そのうち、2011年に中央新幹線の整備計画が決定された。
また、全国新幹線鉄道整備法の整備計画とは、基本計画で公示された路線のうち、調査の上(第5条)、国土交通大臣(当時は運輸大臣)が整備計画を決定して(第7条)、建設を指示(第8条)した計画のことである。 走行方式や最高設計速度、建設費の概算等を定めるものであり、国土交通大臣が、事前に営業主体、建設主体の同意を得て決定する。1973年に北海道新幹線、東北新幹線(盛岡・新青森間)、北陸新幹線、九州新幹線(鹿児島ルート)・(西九州ルート)が整備計画決定され、これらの5路線が整備新幹線と呼ばれる。2023年5月時点で、北陸新幹線(金沢・敦賀間)、北海道新幹線(新函館北斗・札幌間)が建設中であり、北陸新幹線(敦賀・新大阪間)、九州新幹線(西九州ルート:新鳥栖・武雄温泉間)は未着工となっている。なお、政府の方針として、着工に当たっては、「安定的な財源見通しの確保」、「収支採算性」、「投資効果」、「営業主体としてのJRの同意」、「並行在来線の経営分離についての沿線自治体の同意」といった基本的な条件(着工5条件)を確認した上で、着工するものとされている。
■新幹線の規格
新幹線は、その主たる区間を列車が200km/h以上の高速度で走行できる幹線鉄道と定義され、在来線と異なる規格となっている。高速鉄道システムの機能が十分に発揮されるよう、全線立体交差とし、軌間は1,435mmの標準軌(国際標準軌)を採用、車両や施設の大きさを制限する車両限界や建築限界は在来線のそれより大きく設定されている。最小曲線半径は、都市部以外の主要区間において、東海道新幹線では2,500m、それ以降の新幹線では、4,000m、最急勾配は、基本的に15‰の縦断線形としている。
設計最高速度は、開業後において向上させる取り組みが行われてきており、現在、東海道新幹線では、285km/h、山陽新幹線では300km/h、東北新幹線の一部区間で320km/hとなっている。また、整備新幹線は、260km/hとなっている。
(2)国際比較(海外の高速鉄道との比較)
1960年代当時、自動車や航空の普及が進みつつあり、海外では鉄道は斜陽産業としてみなされるようになっていた。そうしたなか、日本は、世界で初めて高速鉄道(東海道新幹線)を実現させ、世界に高速鉄道の可能性を示したが、海外で鉄道の新たな可能性にいち早く気づいたのは欧州諸国であった。1970年代からフランスや西ドイツで高速鉄道整備が始まり、1980年代以降、各国で最初の高速鉄道が開業した。1990年代以降はEUによる欧州統合が進み、高速鉄道は国際高速交通網としての性格も帯びるようになった。2000年代以降のEUの東方拡大を経てその性格はより強くなるとともに、ベルギーやオーストリアのような小国や、ポーランドなど東欧の国でも整備が進む。また2000年代以降、経済発展を背景に中国が広大な国土を網羅する高速鉄道整備を急速に進めている。欧州の主な国と中国の高速鉄道計画は、概略を本節後半に、詳しくは資料編「海外の高速鉄道計画編」にまとめた。
欧州各国の交通インフラ整備に対する考え方は国ごとに少しばかり相違が見られ、例として、フランスでは交通権・連帯(地域間の均衡や地球環境など)、ドイツでは「インフラと移動の可能性(モビリティ)は成長とQOL(Quality of Life)、仕事の基礎をなす」、「モビリティが実現しないと繁栄はない」といったことが計画文書で示されている。しかし欧州全体に共通して、当初は鉄道のスピードアップに主眼が置かれていた高速鉄道の位置づけが、時代とともに大きく変わってきている点は共通する。現在では、高速鉄道が得意とする200~800kmの距離帯を主な狙いとして、使いやすい高水準のサービスの提供によって、自動車や航空機といった環境負荷の高い他の交通手段からの転移を促し脱炭素に行動変容を通して貢献することや、低炭素の交通機関である鉄道によって二地域居住を可能として環境負荷の抑制とQOL向上を両立させることといった、より大きな文脈の中に高速鉄道が位置づけられるようになっている。
■TEN-T
欧州では、各国の計画を統合する形で、EUによるTEN-T(Trans-European Network - Transport)として欧州全域の交通網整備が取りまとめられている。
図は、TEN-Tにおける欧州全体の鉄道計画を示したものである。 TEN-Tは、鉄道、内陸水路、道路、港湾、空港に関する EU全体の交通路整備の計画であり、 回廊 (Corridor)でEU全域をカバーすることを基本とする。鉄道は、かなりの重点を置かれ、高速鉄道の整備は、新線建設及び(250km/hまでの)在来線高速化改良・乗り入れ、 新線建設及び(従来から最高速度160km/h以下の)在来線改良・乗り入れで構成される。また、2023年現在、欧州議会で審議中の改正案では、SUMP(「持続可能な都市モビリティ計画」)を通してTEN-T沿い主要都市における公共交通の改善もTEN-Tの枠組みとセットにする方向で議論が進む。なお、欧州は5、10万人程度の小さな都市であっても公共交通のサービスレベルは総じて高く、ここでの「改善」は、それを更に向上させるものとなる。また、TEN-Tでは、 具体的な整備時期の目標が明記されており、コアネットワークは2030年、拡張コアネットワークは2040年、包括ネットワークは2050年が目標とされている。
■海外の高速鉄道計画
表に、欧州各国、中国、さらに比較のため日本の高速鉄道計画について、概略をまとめた。さらなる詳細は資料編「海外の高速鉄道計画編」を参照されたい。
ネットワークの姿は、国土の形状、都市の規模、配置に応じて、各国において合理的なものになっていると言える。日本の国土の形状はイタリアに近く、都市の配置は大都市(首都)を中心に地方に伸びるフランスに近いと言える。なお、日本で「大都市」と言うとまず東京都市圏や京阪神都市圏が思い浮かぶが、これらは世界の中でも特に巨大なものであり、欧州での「大都市」とは、特に大きなものでも、日本の名古屋を中心とする中京圏の規模である。
さて、ネットワークの形は、概ね下記の3通りに大別できる。図にはそれぞれのタイプを模式的に示した。
中心都市から放射状にネットワークし、2地点間の速達性を重視するもの(ポイント・トゥー・ポイント型):フランス、スペイン
都市間を面的にネットワーク化し、ノードとなる駅での乗り継ぎも含め全体の速達性を重視するもの(タクトダイヤ・ネットワーク型):ドイツ、スイス、オーストリア
国土の軸線上の主要都市を数珠つなぎに結ぶもの(数珠型):イタリア、日本
なお中国の高速鉄道は単純に分類できないが、広大な国土と巨大な人口を背景に、この3要素のいずれをも備えているといえる。
2.計画目標の達成度
(1)日本の新幹線鉄道
■計画の達成度
全国新幹線鉄道整備法に基づき、1973年に「整備計画」とされた5路線(整備新幹線)を対象に今日まで建設が進められてきている。そこで、整備計画路線を「計画」として達成度を示すこととする。2023年4月1日現在、995kmが開業しており達成度は66%となる。2024年春に北陸新幹線(金沢・敦賀間)が開業すると、1121 kmとなり達成度は74%に拡大する。
なお、基本計画路線の取り扱いは今後の議論となるため参考程度となるが、仮に基本計画路線も「計画」に含めると達成度は25%となる。
(2)国際比較(海外の高速鉄道との比較)
■計画目標の達成度
日本の計画目標の達成度は、海外と比較すると平均的である(日本の計画は整備計画路線)。欧州では、鉄道の整備が、道路等と同様の位置づけで公的になされているが、日本は、鉄道がそうした位置づけではないなか、着実に整備を進めてきたと言える。
また、計画目標の延長(開業済みを含む全体延長)は国により大きく相違があり、中国が突出して長く、アメリカ、スペイン、日本が続いている。スペインやフランスは、これまで積極的に整備を進めてきているが、現在も、各々863km、702kmの計画を有している。特に、スペインは政策的に高速鉄道ネットワークの整備を強力に進めている。
3.整備水準の国際比較
(1)整備延長
日本の新幹線に触発される形で、当初は西ヨーロッパの諸国、その後はさらに多くの国で、高速鉄道が計画され、建設されてきた。国際鉄道連合UICの資料によると、2021年現在では日本を含む20か国で高速鉄道が供用され、約5万9千キロの路線が営業中である。このうち約4万キロは中国であり、スペイン(約3600km)、日本(約2800km)、フランス(約2700km)、ドイツ(約1600km)、イタリア(約900km)、韓国(同)などが続く。またトルコ(約1100km)やサウジアラビア(約400km)などの国々も高速走行可能な新線を擁する。規模の小さな国でも、オーストリア(約300km)やベルギー(約200km)、スイス(同)が国の規模に比して比較的長大な高速鉄道路線を擁している。またフィンランド(約1100km)やスウェーデン(約860km)のように、在来線を大幅に改良することで高速走行に対応した路線網を広範に持つ国も存在する。このほかに現在約2万キロの高速鉄道路線が建設中であり(うち中国が1万3千km)、さらに約2万キロ(うち中国は4000km)が建設を見据えた具体的な計画として進行中である。
■海外における在来線の高速鉄道化
我が国の新幹線は在来線鉄道とは別の新線として建設される。山形新幹線と秋田新幹線はサービス名としては新幹線を名乗るが、福島~山形~新庄の区間、盛岡~大曲~秋田の区間はいずれも在来線を1,067mmの狭軌から1,435mmの標準軌に改軌したものであり、最高速度は130km/hで踏切もあり、法律上の位置づけもあくまで在来線である。
高速鉄道と在来線鉄道の軌間や車両限界などが共通化されている欧州や中国大陸では、在来線を大幅に改良することで高速鉄道に改良する例がある。欧州では、ドイツやオーストリアが鉄道の高速化にあたってこの方法を新線(Neubaustrecke, NBS)建設と組み合わせながら多用しており、改良線(Ausbaustrecke, ABS)と呼ばれる。ABSの対象となるのは基本的に平たんで曲線半径がR=2000ないしR=2500程度以上、すなわち在来線でありながら東海道新幹線と同程度の線形の区間である。大陸欧州には19世紀に建設された鉄道でもこういった線形の良い区間が多数ある。これよりも急な曲線が多い区間や急こう配のある区間では新線建設(NBS)が選択される。また、既存の複線をそのままABSとすることもあるが、多くの場合は腹付け線増による複々線化を行いながらABSの整備を行っている。この場合、既存の複線は低速の各駅停車などローカル輸送用の列車と貨物列車が、高速走行用の複線には長距離旅客列車が走るのが基本であり、新幹線と在来線の関係と変わらない。なお深夜など長距離旅客列車がなく線路容量に空きがある場合に、貨物列車が高速走行用の複線を使用することもある。図に、オーストリアのウィーンからリンツまでの188km区間のNBSとABSによる高速鉄道整備を模式的に示した。(なお厳密にはNBS, ABSの名称はドイツとスイスのみで公式に用いられオーストリアでは使用されないが、本稿では便宜的に使用している。)
また、大都市近郊だからNBS、地方部はABSというような区分けではなく、大都市近郊でもABSによる改良がしばしば行われる。一例としてドイツ南部バイエルン州のミュンヘンとその北西部の鉄道網とその中のABSを示す。ABS化にあたっての主な改良点は、「踏切の除去」「高速走行用の信号保安装置への更新」「駅の改良」「騒音対策」の4点である。また、図中に矢印で示した、ミュンヘン~アウグスブルク間の幹線上にある中間駅である Mering 駅周辺の拡大を示す。Mering 駅はこのABS区間の中で唯一ローカル線が分岐する駅であるが、ABS化で追加された高速走行用の複線はその分岐方向とは反対側に敷設されており、在来線とローカル線の接続が保たれている。改良に際してはかつて駅舎側にあったホーム1面を撤去して、駅構内での高速走行用通過線の空間を確保している。踏切はすべて除去されており立体交差化されている。また、この駅では低速走行用の線路と高速走行用の線路は接続していないが、この約40kmのABS区間では、全線を通じて高速走行用の線路と低速走行用の線路の間に渡り線は一切ない。
また、「腹付け線増」による複々線のABSにおいて、線増した高速走行用の複線が必ずしも全区間で在来の複線にぴったり併設されているとも限らない。特に、(1) 川沿いなど平たんではあるが部分的に急曲線がある区間や、(2) 密集市街地を通る箇所では、在来の複線はそのままに、線増の高速走行用の複線のみ別経路やトンネルによるショートカットが選択されることもしばしばある。図にその一例を示す。A地点は高速鉄道は停車しない市街地近傍を避けるため外側に迂回、B地点は小河川沿いの曲線の多い区間を避けトンネルで通過、C区間は曲線半径を大きくするために在来線からカーブ内側に少し離れ短いトンネルで短絡する。C地点から東側は在来の複線と並んでいる。
■国土係数・GDPで基準化した整備延長
交通ネットワークの相対的な充実度を判断する指標として、道路事業では「国土係数」が用いられることがある。国土係数(√PA)は、人口 (P) と面積 (A) で表現される。
国土係数(√PA)で基準化した高速鉄道整備延長の国際比較、また、経済規模を表す GDP を用いて基準化した国際比較を示す。
(2)沿線人口と輸送人員
■沿線人口
日本と欧州(ドイツ、フランス)について、高速鉄道の沿線主要都市の立地(距離)と人口規模を比較する。東海道新幹線、山陽新幹線は、人口規模が大きな連担する都市を結んでいる一方、東北新幹線、上越新幹線、北陸新幹線(以下、3新幹線)は、上記新幹線より人口規模の小さい連担する都市を結んでいる。そのため、国内では、3新幹線は沿線人口が少ない都市を結んでいると思われやすいが、東海道・山陽新幹線が、東京圏や大阪圏はじめ世界的に見て巨大な都市を結んでいるためにそう見えやすく、むしろ3新幹線の方が欧州並みである。世界的には、高速鉄道の整備は、需要追従型というより、むしろ都市や国土のあり方に関わるネットワーク形成型として進められてきており、高速鉄道をこうした視点で捉えることが重要と言える。
■都市人口と高速鉄道ネットワークの整備状況
図は、都市人口と高速鉄道ネットワーク(最高速度200km/h以上)の整備状況を、日本とフランス、ドイツ、スペイン、イタリアについて整理したものである。40万人都市のカバー率は、日本が50%、海外は60~88%、30万人都市では、日本が40%、海外は47~77%、20万人都市では、日本は35%、海外は41~73%である。
日本は、高速鉄道の都市カバー率でみると低めであり、海外平均の65~69%となっている。
■在来線乗り入れ(非高速)も含めた達成度
在来線(非高速走行)も含めた高速鉄道直通乗り入れネットワークの人口規模別の都市カバー率を図3-13に示す。30万人以上と40万人以上の都市でみると、フランス、ドイツはいずれも100%、イタリア、スペインが67~88%、日本は各43%と52%、20万人以上の都市でみるとフランスは100%、ドイツは77%で、イタリア、スペインが各71%,66%、日本は37%である。日本は、高速鉄道(新幹線)と在来線で軌間が異なるため在来線乗り入れによる手法が限定的とならざるをえないことも影響している。
■輸送人員
日本は路線延長当りの輸送人員は比較的高い方(イタリアに次ぐ)であり、日本に比して、ドイツは7割程度、フランスは約半分、スペインは約1割以下である。一見すると、日本は効率的で、欧州は日本より非効率であることを示していると思われやすいが、視点を変えれば、日本は大きな輸送需要を背景に需要追従型の整備が進められてきた歴史がある一方、欧州は小さな輸送需要でもネットワーク形成型の整備が進められてきたことを示していると言える。
また、人口当たりの輸送人員は、日本が最も多く、次いで中国、イタリア、フランスの順となっており、日本はそれらの国の1.14~1.20倍となっている。海外諸国と比べ、日本は高速鉄道(新幹線)がよく利用されている国であることが言える。
(3)速度
■新幹線と世界の高速鉄道の最高速度
日本の新幹線は、営業開始後において、技術開発と環境対策を含む速度向上施策によって最高速度を向上させてきた。世界に先駆けて開業した東海道新幹線は最高速度210km/hであったが、現在は285km/hとなっている。また、東北新幹線(東京・盛岡間)は210km/hから320km/hとなり既設新幹線では最高速度となっている。整備新幹線は260km/hで設計されているが、東北新幹線(盛岡・新青森間)は320km/hにする施策が進められている。
世界の高速鉄道において今後開通する路線の多くは最高速度300km/h以上となっている。図では、営業中または建設中の路線の最高速度について、路線延長比の割合を国別に比較した。日本は、最高速度の面では、平均的な水準にあるといえる。
■最高速度と表定速度の比較
日本の新幹線の設計最高速度自体は、世界的には決して高くない水準にある。一方、表定速度は設計最高速度に近い高い水準となっている。この要因として、欧州は、在来線の改良(高速鉄道化)と高速専用線の建設による直通運行形態が主であるが、日本は在来線と独立した高速専用線の建設による形態が主であることが挙げられる。
欧州は、高速専用線の設計最高速度は330km/hや350km/hが見られるなど高い水準にある一方、表定速度は、速達タイプでも日本の新幹線より低い路線が多い。乗り入れる在来鉄道区間の速度は、日本より高い場合が多いものの、高速鉄道専用線よりは低いことが表定速度の低下要因として挙げられる。また主要駅での停車時間を長めに取る傾向があるほか、頭端式の駅への出入りなどによる表定速度の低下もある。
(4)同距離帯のモーダルシェア
日本では、移動距離300kmを超えるあたりから、鉄道のシェアが顕著に高くなり、1000km未満の距離帯までは、高いシェアを維持しているのに対し、イギリス、フランス、アメリカでは、乗用車のシェアがかなり高くなっている。比較的高速鉄道の発達しているフランスにおいても、鉄道は2割余りのシェアであることが読み取れる。旅客輸送部門の持続可能性という観点から見ると、同距離帯のモーダルシェアについては、日本が一番環境負荷の低いモードを選択している傾向があるといえ、その要因として、鉄道に対する利用の選好性のほか、東京・大阪間をはじめとする沿線都市の集積性などが考えられる。
■競合する交通手段との協調関係の構築
高速鉄道と最も競争関係にあるのは航空である。長距離移動において高速鉄道がその本領を発揮するのは、おおむね200km~800km程度の距離帯で、高速鉄道では1~4時間程度の所要時間で結ばれる距離帯である。航空機では1~2時間の飛行時間となる距離帯であり、空港までの移動等を勘案しても高速鉄道にも十分に優位性があり、「4時間の壁」という言葉に象徴されるように、高速鉄道も一定の交通手段分担率を担う距離帯である。
こういった距離帯の航空便は、広域・国際航空網の中ではフィーダー路線であることが多い。特にドア・トゥー・ドアの移動においては航空の優位性が必ずしも発揮されない。日本国内でも実際に、約300kmの距離帯である羽田~仙台の航空路線は、東日本大震災など東北新幹線の不通時の臨時便を除けば、1985年の東北新幹線上野駅乗り入れ開始以降は運行されていない。同様に、羽田~富山間や羽田~小松間の航空路線も、2015年の北陸新幹線開業後に、機材の小型化や減便が進んでいる。
こうした高速鉄道と航空の関係や特性は日本国外でも共通であるが、特に大陸欧州を中心にして、ハブ空港に高速鉄道を乗り入れる形で航空網と高速鉄道を結節し、航空路線から航空路線への乗り継ぎの代わりに、航空路線から高速鉄道へ直接乗り継ぎを可能とする整備が進む。本節では、はじめに鉄道と航空の協調の形態を整理し、その上で背景をまとめる。なお本節では「空港駅」という表現を用いるが、鉄道駅のうち空港ターミナルと直結しているものを指す。
■鉄道と航空の協調・統合の水準
現在知られている鉄道と航空の協調の内容を表に整理した。協調や統合の深化の度合いに応じて「水準」を独自に付してある。水準1の鉄道路線の空港への乗り入れは日本国内でも各所ですでに行われており、在来線鉄道が乗り入れる空港のほかに、地下鉄が乗り入れるもの(福岡空港)、モノレールが乗り入れるもの(羽田空港)など様々である。また国外ではフランスのトゥールーズ空港やドイツのブレーメン空港のように、路面電車が乗り入れる空港も存在する。水準2にあたる長距離鉄道サービスの乗り入れも行われており、日本国内でも、在来線鉄道であるが、宮崎空港に特急列車が直通する例があり、かつては新千歳空港でも行われていた。海外でもこうした例は広くみられる。
水準3および水準4は、高速鉄道と航空サービスの統合の基礎となるインフラである。水準3の高速鉄道上への空港駅の設置は、フランス・リヨンのサン=テグジュペリ空港に高速新線の駅が設置されたものが最も古いものであるが、現在ではフランクフルト~ケルン間の高速新線の起点となるフランクフルト空港駅や、パリ東部を迂回し高速新線同士を接続する路線上にあるシャルルドゴール空港駅など、欧州のハブ空港の空港駅が代表的である。高速鉄道の目的地となる鉄道駅にも新たにIATAによる空港コード(3レターコード)を付与し、高速鉄道区間も含めた「航空券」として一括で発券することが可能となっている。こうしたサービスは一般にはAir-Rail Allianceなどと呼ばれ、AiRail, tgvair など、航空会社と鉄道会社の共同のブランド名で呼称している。
水準5はこれらをさらに発展させ、空港駅構内にチェックインカウンターを設置して鉄道から航空へ乗り継ぐ旅客の負担の軽減を図るもので、ドイツのフランクフルト空港駅構内に設置されている。また、デンマークのコペンハーゲン空港のようにチェックインエリア自体が鉄道駅のコンコースを兼ねる設計とする例もある。航空から鉄道への乗り継ぎの場合は、目的地となる都市中心の駅には税関施設がなく空港構内で税関検査をせねばならないことから一般の出口と共用となることが多いが、フランクフルト空港のように空港駅構内の専用の荷物受け取り施設を設置し旅客の負担を軽減する例もある。
水準3~5は、表にまとめたようにすでに欧州を中心にさまざまな空港で整備されている。かつては、水準6の、旅客が出発駅で荷物をチェックインすると最終目的地で受け取ることができるスルーチェックインが行われていたが、2001年の米国の同時多発テロ事件などを背景に航空保安基準が強化され、廃止されている。現在では、これを更に発展させる形で、水準7に相当する鉄道車両車内での荷物のチェックインの研究と実証実験がオーストリアで進められている。鉄道車内に預け荷物のチェックイン設備を設け、どの駅から乗車する場合でもサービスを利用できるようにするのが狙いである。荷物保管スペースを車内に搭載する専用のコンテナとすることで航空保安上の要請に対応する構想が進められている。
■鉄道と航空の協調の背景
鉄道と航空の協調が欧州で本格的にスタートするのは1990年代である。この時期は最初期の次のグループの高速鉄道路線が建設された時期で、当初はシームレスな高速交通網の整備のため、空港への乗り入れが計画された。空港運用の観点からは、混雑するハブ空港で短距離路線に割り当てられていたスロットを長距離航空路線に振り向けるなど、ひっ迫するスロットへの需要を緩和しながら、航空の強みがより発揮できるようにするのが基本的な発想である。旅客にとっては、シームレス性が高まるメリットがある。
2000年代以降は、高速鉄道の環境上の優位性の観点が加わり、協調の主眼もこちらへ移行している。短距離フライトは相対的に環境負荷が大きく、それを低減する政策手段の一つとして、鉄道と航空の協調によって短距離フライトを高速鉄道に統合して廃止する政策が進む。ドイツ連邦政府環境庁が座席使用率や発電も加味して推定した交通モード別の1人キロあたり温室効果ガス排出量は、鉄道は国内線航空と比べて6分の1程度である。またEU環境庁による試算でも同様の結果となっている。フランス政府とオーストリア政府は、新型コロナウイルス感染症対応での航空会社への資金援助の条件として、それぞれ鉄道で2時間半(都市間)ないし3時間(空港から目的地都市)以内で結ばれる区間の国内線フライトを廃止することを条件とし、フランスでは法制化もされた。このように、政府レベルでも環境面からの短距離フライトの規制がおこなわれるようになりつつあるが、その前提として両国とも鉄道と航空の協調・統合のためのインフラ(水準3, 4)がすでに整備されていることは特記すべきであろう。また、企業や公的機関が独自にCSRの一環として出張時に短距離フライトの使用を禁止する例も欧州を中心にすでに多数ある。たとえばイギリスの公共放送BBCは、鉄道での所要時間が3時間以上追加的に伸びる場合にのみ出張時の航空機利用を認める規定に2009年から変更するなど、政府機関や主要企業での採用例が多い。
航空分野における温室効果ガスの削減はわが国でもすでに検討や取り組みが始められているところではあるが、機体の環境性能向上や管制の変更による飛行ルートの改善、そしてSAF (Sustainable Aviation Fuel) の調達といった航空分野の中での取り組みにとどまっているのが現状である。航空と高速鉄道の協調・統合という、インターモーダルな交通サービスの統合による環境負荷の削減は、上述のように温室効果ガス排出の削減効果は大きい一方で、わが国では大きく遅れている分野である。特に政府が掲げる2050年カーボンニュートラルの達成という目標を鑑みれば今後の政策的展開が急がれる分野であり、日本における新幹線の今後の役割として重要な一分野となり得ると考えられる。
4.総合アセスメント
量的評価
⑴ 整備延長
高速鉄道の整備は、日本は実延長及び国土係数あたりの延長とも世界的に見て高レベルにある。また、GDPあたりの延長(建設中含む)では平均的なレベルにある。
日本は、1964年の東海道新幹線の開業により世界に高速鉄道ブームを引き起こしたが、整備のスピードは、後から整備を始めた国々の方が速く、現在では、日本を既に上回る一部の国(中国、スペイン)を除くと、建設中のものも含めれば、日本と同程度の国が多い。今後については、国によって計画の有無、程度などに相違がある。日本に続いて高速鉄道整備を進めた西欧諸国では主要幹線部分の整備については一段落しつつあり、国境付近や支線などネットワーク性を強化する整備に軸足が移行している。これまで高速鉄道整備が進められていなかった東欧諸国では幹線も含め、規模の大きな整備が新たに構想・計画されている。国土が広大な中国とアメリカでは、日本に比べると相当規模の延長が計画されている。ここで、日本の計画は、基本計画路線ではなく、整備計画路線としている。
⑵ 都市カバー率
高速鉄道がカバーしている都市について、人口規模に着目する。日本は、40万人都市では50%(半数)であり、60~88%の海外(ドイツ、フランス、イタリア、スペイン。以下同)より低い。30万人、20万人都市についても日本は海外より低い。
日本は東京・大阪間をはじめとする需要追従型の整備が続いたが、高速鉄道整備の比較対象としている欧米諸国には、東京圏規模の巨大な都市圏域が存在せず、最大規模の都市でも名古屋圏の人口程度の都市が一国にひとつあるかないかであるため、初期には需要追従型の路線も見られたが、総じてネットワーク形成型と言える整備が早い段階から進められてきたといえる。
⑶ 整備手法
日本の高速鉄道である新幹線は、在来線と分離した高速専用線形態が主となっているが、欧州では、在来線の線形等の品質が高いため、在来線の高速化・直通を志向しつつ高速専用線の建設を併用する形態が多くみられる。この相違の背景として、第一に、高速鉄道の軌間(左右のレールの離隔)は内外とも標準軌(1,435㎜)であるが、在来鉄道の軌間は、欧州では標準軌であるが日本では狭軌(1,067㎜)であるためそのまま直通できないこと、第二に、欧州の在来線は総じて急曲線が少なく日本の東海道新幹線に近い線形のところが多く、もともと最高速度が160km/h程度であり200km/h以上とする高速鉄道化が容易であること、第三に、欧州では、高速鉄道列車の在来線乗り入れに伴って地域列車や貨物列車のダイヤに悪影響を与えないよう、複々線化やバイパス線といった在来線整備も総合的に行っていることが挙げられる。他方、日本では、整備新幹線の整備に伴い、並行在来線の経営がJRから自治体が関与する第3セクターに移行するケースが多く見られ、また、廃止されたものもある。
日本での在来線乗り入れは、山形新幹線と秋田新幹線の2例があり、在来線走行区間の軌間を狭軌から標準軌にし、一部線増も行ったが、線形に課題があるため表定速度は90km/h前後となっている(在来線区間は、新幹線と呼称しているが法律上も技術基準も新幹線ではない)。
欧州では、スペインが、在来線と高速鉄道の軌間が異なる(在来線が広軌)ため日本と同様の状況にあり、在来線の線形が悪く(曲線が多く)単線区間も多いことから、高速鉄道新線を、欧州で最も速い整備スピートで建設し、整備延長のレベルも高い。
⑷ 計画の理念と見直し
① 計画の基本的理念
全幹法では、全国的な鉄道網の整備により国民経済の発展及び国民生活領域の拡大並びに地域の振興に資することを目的とする、との考え方が示されている。
他方、欧州では、計画策定において、例えば国単位ではフランスでは交通権・連帯(地域間の均衡、地球環境など)が、ドイツでは、インフラと移動の可能性(モビリティ)は成長とQOL(生活の質)、仕事の基礎をなす(モビリティが実現しないと繁栄はない)といった考え方が以前から示されており、また、具体的な目標として主要都市間を30分間隔で結ぶこと(ドイツ)、県庁所在地を全て結ぶこと(スペイン)といったものがある。また、欧州全体に共通して、高速鉄道整備の主眼は、初期の鉄道のスピードアップから、国家間のインターオペラビリティや上下分離の導入といったEU統合に伴う諸事項を経て、現在では脱炭素や地球環境問題への対応の深度化へと変遷を経てきている。例えば2020年12月にEUが示した「持続可能でスマートなモビリティ戦略」では、2050年のカーボンニュートラル目標に向け、航空や道路交通も含む交通分野全体からの温室効果ガスの大幅な削減が最重要かつ喫緊の課題であるとし、「2030年までに500km以下の定期旅客輸送はカーボンニュートラルとする」との目標が示されている。これは、SAF (Sustainable Aviation Fuel、持続可能性の認証付きの航空バイオ燃料)の大規模な調達や航空機の電動化の技術的なめどが立っていないことから、実質的に500km以下の距離帯は、航空から鉄道への完全なシフトを目標とするものといえる。また、2030年までに高速鉄道の輸送量を2倍、2050年には3倍にするという具体的な目標が示されている(なお鉄道貨物についても2030年までに輸送量を1.5倍に、2050年までに2倍にする目標が示されている)。
また、日本の計画(整備計画)は予算とセットではなく、整備すべき計画を示したものと言え、実際の建設は予算措置とともに進められる。欧州における計画は、総じて予算の裏付けを伴う性格があり、整備目標時期が明記されたものとなっている。
② 交通モードの政策的視点
日本は、各交通モードが競争的に整備されてきており、交通機関分担はその結果定まるものとなっている。欧州は、公共交通に政府が責任を有し各交通モードを総合的に捉えたものとなっている。例えば、地球環境問題への対応のため、中距離帯の輸送は航空ではなく鉄道に担わせるとして鉄道整備だけでなく航空ネットワークも再編(廃止)され、アルプス越えの区間では同地区の環境問題も加わり高速道路計画が一部中止された。また、EUによる鉄道、道路、空港、港、内航水路に関する2050年までの長期計画(TEN-T)において、30の重点プロジェクトのうち約7割の22が鉄道(鉄道のマルチモード施策3を含む)となっていることに象徴されるように、鉄道の低炭素・低環境負荷の側面が重視されている。
③ 計画の見直し
高速鉄道の計画は、日本は1970年の全幹法以来、見直しは行われていないが、欧州では逐次見直が行われてきており、上述した政策の変遷にも対応したものとなっている。
この相違の背景として、日本では、東京・大阪間の新幹線や大都市圏において事業者主導型の企業経営による鉄道整備・運営の成功が見られ、国鉄改革(日本国有鉄道の分割・民営化)を経て、赤字を発生させず(第二の国鉄を造らない)、民間活力を最大限発揮させ、公的資金を必要最低限とする政策が基本となるなか、効率性と民間活力面での大きな成果とともに整備計画路線の整備を着実に進め、一方、欧州では、PSO(Public Service Obligation, 公共サービス義務)の手続きに係るEEC指令(1969年。2007年全面改正)が発出されるなど、鉄道をはじめとする公共交通機関は政府が担う政策事項であることが挙げられる。そして、欧州では、以前は欧州統合が、現在では環境負荷低減・脱炭素やQOL向上といった公益性が重視されてきている。なお、民間事業者によって利便性の高い公共交通サービスが提供できる商業領域においては、運行を民間事業者に担わせ、非商業領域においては政府(公的機関)が主導し民間への委託等が行なわれている。ただし、いずれにおいても線路などの鉄道インフラ自体は政府(公的機関)によって整備・保有されており、在来線改良・乗り入れや航空との機関分担も含め、EU、及び国として検討、政策実施が行われてきている。
質的評価
① 速度
設計最高速度は、日本は260km/h(整備新幹線)であるが、世界では300~380km/hとなっている。この違いは主として日本における曲線半径の小ささによるものであるが、その背景のひとつに、日本特有の山河地形の多さが挙げられる。ただし、日本では車両の軽量化や信号設備の高度化等によって設計最高速度の向上が行われてきており、例えば、東海道新幹線は当初の210km/hから現在では285km/hに、東北新幹線(東京・盛岡間)は260km/hから時速320kmとなっている。
また、所要時間に大きく影響するのは、最高速度ではなく表定速度であるが、速達タイプの列車の表定速度は、日本は、設計最高速度に比較的近い200~240km/hであり、欧州では150~200km/h強が多い。この相違の要因として、日本の新幹線は高速走行に特化した専用線として整備するが、欧州では高速専用線の整備と在来線を改良して直通乗り入れするネットワーク形成を図っており、高速専用線の整備を主とするケースに比べると表定速度が低くなることが挙げられる。
② 輸送人員、モーダルシェア
日本は、高速鉄道の路線延長当りの輸送人員、人口あたりの輸送人員とも海外に比べて高いレベルにある。この背景要因として、日本は、沿線の人口規模が世界的に突出して多い東京・大阪間を有しており(東京圏の人口は世界1位、大阪圏は世界10位、名古屋圏もロンドン圏やパリ圏に比肩する人口規模)、これが大きな輸送人員につながっている。他方、欧州は、そうした巨大な需要規模はないなかで、ネットワーク整備を行ってきていることなどが考えられる。また、日本は、どの距離帯でも総じて鉄道のシェアが海外より高く、特に300kmから1000km未満の距離帯におけるシェアが高い。
その他特筆すべき事項
① 耐震技術
日本は地震国であり、初期地震動を検知して列車を迅速に減速、停止させる技術や、大きな揺れに対する構造物の耐震性能、万一列車が脱線しても車両がレールから逸脱しない装置を有するなど、地震国でありながら高速鉄道を可能とする技術が発達している。なお、欧州にはイタリアの一部を除くと大きな地震がないなど、必ずしもそうした技術を必要とせず、発達もしていないが、世界的に見ると地震国は少なくないため、日本の技術を承継、発展させていくことは重要である。
② 騒音対策
日本は、欧米と比べて都市間でも居住立地エリアが多く存在しているため、鉄道の騒音対策は、高速走行を可能にするために必要不可欠なものとなっている。車両の先頭形状や車体の平滑化技術、パンタグラフの騒音低減技術など、新幹線の高速化は、そうした技術の発達によって実現してきている。世界には人口稠密な都市・国土を有する国もあるため、日本の技術を承継、発展させていくことは重要である。
③ 老朽化対策
日本は、1964年に世界に先駆けて高速鉄道(東海道新幹線)を開業させたが、それゆえ、海外より施設・設備の老朽化が進んでおり、補修・更新技術が発達してきている。なお、労働力人口の減少を踏まえた省人化も進んでいる。日本に次いで高速鉄道を本格的に整備したフランスでも、施設の更新が始められようとしている。海外の高速鉄道もやがては老朽化が進むので、日本の補修・更新技術を更に発展させることが重要である。
④ 二次交通の利便性
高速鉄道の利便性を支える要素に、二次交通(都市・地域公共交通)の利便性が挙げられる。日本では、多くの地方都市で公共交通の運行頻度や運行時間帯などの利便性に課題が見られ、新幹線との接続も必ずしも十分とは言えない。他方、欧州では、高速鉄道のアセットを最大限活用して効果を発揮するには二次交通も重要とされ、SUMP(「持続可能な都市モビリティ計画」)による二次交通の計画の枠組みをTEN-Tとセットとする議論がEU議会で進む。実際、PSO制度を背景にした高水準サービスに加え、接続ダイヤも含め使いやすい利便性が提供されている。
⑤ チケットの利便性
欧州の都市間鉄道のチケットは、日本でも運行事業者から事前に容易にオンラインで購入できるが、日本の新幹線のチケットは、海外からの購入が容易ではないとの指摘が多い。実際、海外からの旅行客が日本到着後にチケットを購入しようとすることに起因する窓口の混雑が空港駅や主要駅で常態化している。また乗車券と特急券の「二層建て」の運賃体系は海外ではあまりみられず、それに付随して改札口での切符の取り扱いが利用者にはわかりにくいといった課題がある。また、高速鉄道の利便性は、二次交通の利便性にも支えられるものであるが、欧州の都市圏交通では、都市圏内にあるバスや鉄道といった複数モードの公共交通が乗り放題になる割安の年間パスが発行されるなど、乗り継ぎも含め運賃を意識しない自由な移動が見られる。
総合コメント
本WGでは、新幹線について、海外の高速鉄道の情報を調査し、診断を行った。海外の情報は、入手自体が難しかったり、尺度が異なるため比較が難しかったものもあったが、入手できた情報は参考になるものであった。
日本の新幹線整備は、これまで着実に進捗しており、現在の整備延長は世界的に見て高い水準にある。日本に次いで高速鉄道整備を行った国々は、一部の国(スペイン、中国)が突出しているものの総じて日本と同様の水準に達してきており、今後は、支線等への展開も見られ、また、これまで高速鉄道がなかった国々を中心に多くの路線が計画されている。また、海外では比較的当初からネットワーク形成型の整備が主体となっているが、日本の新幹線は、大量の需要を捌くことを念頭にした需要追従型からネットワーク形成型の整備へと推移してきた。新幹線を整備してきたところでは、高い交通機関分担率に表れているように、結果的に地球環境保全問題に応える形にもなっている。基本計画路線は当WGの評価対象外としているが、今後の計画を検討する場合は、ネットワーク形成型としての十分な検討が必要となる。ネットワーク形成型の検討においては、都市の人口規模(例として20、30、40万人)を「需要があるか」の視点のみで捉えるだけでなく、各都市間を結ぶネットワーク整備のあり方においてその「都市の将来」をどうしていくかの国家的視点から考える必要がある。また、地球環境問題の視点から交通手段としての新幹線を、将来どのように展開していくかという国家的視点も重要である。
日本の在来線は海外に比べて線形等の品質に課題があり、欧州で見られる在来線の200km/h以上への高速鉄道化は難しく、欧州の在来線並みの160km/hへの高速化も、線形の状況に大きな相違があるため(欧州は東海道新幹線並みの線形が多い)、総じて難しい。新幹線から在来線への乗り入れを主眼とする形態であれば事例(山形、秋田新幹線)もあり可能性がある。在来線乗り入れを検討する場合、標準軌化や3線軌化(狭軌と標準軌の併用)のほか、線路容量の観点から地域輸送や貨物輸送を傷めないようにする観点が必要であり、欧州で行われているように複線化やバイパス線等の整備を伴うことが考えられる。加えて、山河地形であることが多く急曲線も少なくないことから、可否も含め、コストと得られる効果を総合的に見て検討する必要がある。 また、我が国の地方都市は総じてこれまで面的に拡大してきた都市域にあって人口減少が進んでおり、都市の持続可能性を高めるため、鉄道などの公共交通を軸とするコンパクトシティ政策が重要な政策とされている。上述した地域輸送を傷めない観点では、現状のダイヤ(運行頻度等)ではなく、将来的なダイヤ(運行頻度等)の可能性を摘まないようにしておくことが必要と言える。 貨物輸送についても、地球環境問題や、労働力減少の課題などから、将来、トラックから鉄道貨物へのモーダルシフトが求められる可能性があることも考慮する必要がある。
在来線乗り入れを前提としない事例として、日本と同様に高速鉄道と在来鉄道で軌間が異なるスペインでは、在来鉄道の品質に課題があるため、整備新幹線と同様の高速鉄道専用線に特化した形態での整備が集中的に進められている。我が国の今後の高速鉄道のネットワーク形成においても、この方式の可能性が十分に考えられる。ただし、これまでの新幹線は大量輸送を前提とした規格で作られてきたが、ネットワーク形成や地球環境問題を念頭に、今後の新幹線の展開を検討するにあたっては比較的小さな輸送力の高速鉄道の規格についての検討も必要と思われる。
高速鉄道の整備手法としては、日本の新幹線整備は、需要追従型を主とするなか上下一体型(国鉄)から始まったが、国鉄改革(分割・民営化)後、ネットワーク形成型が主になっていくとともに上下分離型(公設公有・民営)の導入により着実に進捗した。なお、欧州では在来線も含め上下分離型(同上)であり、高速鉄道のネットワーク形成も進んできた。上下分離型(同上)は今後とも有効性が期待できる。
また、新幹線の整備効果を十分に発現させるためには、地域の鉄道等二次交通の利便性を高め、連携させることも重要である。需要の極端な偏りがある場合はフランスのようにダイヤ自体をきめ細やかに需要追随型とする例もあるが、全体のネットワーク性を高める観点ではドイツやスイスのようなインテグラル・タクトダイヤ(資料編参照)の手法は二次交通との連携において有効と考えられる。また、二次交通には天候等に対する安定性も重要であり、欧州の鉄道の防災対策は日本より進んでいる状況がみられる。なお、既存ストックとして日本の在来線も含めた鉄道の総延長は、世界的に見て平均的であり、遜色はない。
整備新幹線の整備における並行在来線の扱いは、立地する県による第3セクター化による存続がこれまで多く見られたが、その前提には並行在来線における一定の旅客輸送の規模があった。今後のネットワーク形成型の整備新幹線の並行在来線はそれが必ずしも見込めないが、二次交通にも関わる地域旅客輸送やネットワークの観点は重要であり、また全国ネットワークをなす貨物列車の存続にも影響を与えるようになっている。これらへの対応が、重要な課題となっている。
新幹線は世界的に見ても多くの人々に使われる交通機関となっているが、高速鉄道の利用しやすさに関わるチケットの購入、車内の荷物置き場など、日本よりも海外が進んでいる側面も多い。日本の新幹線も、こうした側面を今後向上させていくことが期待される。また、都市によっては二次交通の利便性に課題が見られ、新幹線の効果が必ずしも活かしきれていないが、二次交通自体の利便性向上や、新幹線と二次交通の連携によって、今後、さらに効果を高めることが期待される。
現在、日本は、自国の将来に直結する人口減少をはじめとする深刻な課題を抱えており、高速鉄道(新幹線)について、航空等他の交通モードや二次交通(地域交通)も視野に、都市・国土・経済の持続可能性や地球環境問題への対応等を考慮した客観的かつ総合的な検討が十分に行われていくことを期待したい。
国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/