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都市における賢い雨水管理へ

古米 弘明
論説委員長
中央大学研究開発機構


近年、豪雨による水災害が頻繁に発生しており、気候変動の影響による雨の激甚化・頻発化は明らかである。そのような背景のなか、令和3年に流域治水に関連する9つの法律が一体的に改正され、気候変動を踏まえながらハード・ソフト一体で、総合的かつ多層的に治水対策を進めるための法的枠組みが構築された。

流域治水プロジェクトが推進されているものの、人口や資産が集中した都市において、河川氾濫だけでなく内水による氾濫に対処するための都市浸水対策は単純ではない。都市域では、排水先の河川と内水排除を担う下水道が連携した対策とともに、流域対策を実施することが重要となる。また、気候変動の影響は、水災害だけでなく、無降水日数の増加や積雪量の減少による渇水被害の頻発、長期化、深刻化も懸念されることから、治水に加えて、健全な水循環の構築や雨水の利用も考慮して総合的に管理することが肝要となる。

著者は、令和2年6月に公表された提言「気候変動を踏まえた下水道による都市浸水対策の推進について」の検討に関わらせていただいた。この提言には、5つの施策が掲げられているが、本稿では、そのうち「中長期的な計画の策定の推進」と「多様な主体との連携の強化」というまちづくりに関連した施策を軸として、都市における雨水を管理する側面から取り組むべき課題を整理したい。

都市浸水対策を推進するための中長期的な計画では、まず降雨量の増加を考慮した計画降雨等に対する浸水リスク評価を行う。そして、対策を実施すべき区域や対策目標、時間軸を持った施設整備の方針等の基本的な事項を定めることが求められる。現在の整備水準を踏まえ、当面・中期・長期の段階に応じた対策シナリオを事業費の制約等を考慮して検討する必要がある。その際、従来型のコンクリートによる雨水排除施設整備や既存ストックの活用だけではなく、都市計画、公園、建築などの多様な関連主体と連携して、保水・遊水機能を回復し、グリーンインフラ等による雨水流出抑制を推進することが重要な課題である。

雨水貯留・浸透という流出抑制機能を有するグリーンインフラの導入を、都市浸水対策の中に明確に位置付けることを常識化すべきである。

グリーンインフラは、流出抑制だけでなく、生物の生息・生育の場の提供、良好な景観形成、気温上昇の抑制等の自然環境が有する多様な機能も期待できる。しかし、事業化においては、二酸化炭素の吸収、ヒートアイランド現象の緩和、うるおいのある街並みの提供などの環境価値や便益の定量評価が課題となっている。 流出抑制に伴う浸水被害軽減などの便益の評価とともに、環境の便益や経済性の定量化が進めば、多目的・多機能なグリーンインフラ等が積極的に導入され、効率的な浸水対策の推進を後押しすると考えられる。

雨水排除施設やグリーンインフラなどの新たなハード整備だけでなく、既存ストックの活用も重要な対策に位置づけられている。幸いなことに、我が国には高性能レーダのXバンドMPレーダによる雨量情報(XRAIN)がある。250mメッシュで配信周期1分の詳細な雨量分布データを利用することができる。また、下水道分野でも、管内水位情報の取得が推進されており、最新のICTやセンシングの技術を活用した水位観測により浸水リスクを把握する努力が図られている。このように、XRAINや降雨予測情報及びリアルタイム水位観測を組み合わせることで、浸水予測が可能な時代となってきている。今後は、予測精度の向上が新たな挑戦となる。近年示されつつある浸水リスク情報により、道路、防災などの部局での道路冠水情報の提供、水防活動や避難行動の促進に生かすことも可能となる。さらに、樋門や排水ポンプなどの既存ストックを効果的に運転制御を行うことにもつながる。

雨水は水害を引き起こすことから対峙する対象となりがちであるが、恵みももたらす。したがって、都市における雨水の貯留・涵養力の向上、緑地等の保全と創出、豊かな生活空間を形成するグリーンインフラ等の整備などで雨水とうまく折り合うことを意識すべきである。そして、様々なツールから降雨情報を得て、雨水流出状況を計測・診断して、賢く雨水を管理することが期待されている。雨水と上手につきあいながら、健やかな水循環や水環境のもとで、住み心地よく、水害に強く、しなやかな都市づくりを進めることに、住民と行政が協働して知恵を絞ることは意義深いと考えられる。

土木学会 第191回論説・オピニオン(2023年4月)



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