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土木学会創立100周年宣言と解説

土木学会創立100周年宣言は、土木学会が創立100周年を迎えた2014(平成26)年11月に行われた記念式典において、磯部雅彦第102代土木学会会長から発表されたものです。2022年現在、谷口博昭第109代土木学会会長のもとにおいて土木学会で議論している「コロナ後の”土木”のビッグピクチャー」においても共通する理念・思想が示されていることから、改めて本noteに転載することで多くの方にもご覧頂き、さまざまな方々との意見交換を通じて、未来の社会の姿・あり方-ビッグピクチャー-を描いていきたいと考えております。長文ですが、ぜひご一読ください。

【前文】

我が国の近代土木技術は、明治初期に御雇外国人の指導を受けたことで産声を上げ、土木学会初代会長の古市公威をはじめとする欧米留学から帰国した者達の先導によって開花期を迎えた。このことを宣言本文の冒頭に記したが、それは本宣言が学会という法人の宣言である前に、個々の人間として原点回帰を志すための宣言であることを強調するためである。今から100年前の1914年に土木学会が創立され、その半世紀後、1964年の東京オリンピック開催に至るまで、我が国の土木は、実に輝かしい実績を積み重ねてきた。黒部ダムの完成、東海道新幹線や名神高速道路の開通等、この時期に完成し今日でも我が国を支える土木事業は少なくない。このような歴史を造り上げた先人たちを土木は誇りとしている。

確かに、その後の半世紀に土木を取り巻く環境は激しく変わった。オリンピック後も高度成長を支え、土木は活況を呈したが、同時期に進行した環境破壊により、創立60周年の土木学会は早くも環境問題に直面した。そして創立80周年の土木学会は、バブル経済崩壊後の様々な経済問題への対処を迫られた。それから既に20年。創立100周年の土木学会は、2011年に発生した東日本大震災を経験し、社会の安全問題に改めて直面している。土木学会は100年の歴史の後半で、安全、環境、経済(活力)、社会(生活)のすべてを揺るがす困難な国家の問題に直面してきた。それでも土木はその克服に努め、今日に至るまで我が国の産業と国民生活を支え、豊かな国土の形成に貢献してきたと自負している。

しかし、近年の土木に対する社会からの評価は芳しくなく、土木学会は前世紀末頃より、幾つかの宣言や規定を社会に向けて発出してきた。そのうち、仙台宣言は国民の批判を受けた社会資本整備について、透明性があり計画的で効率的な整備のあり方を宣言したものであり、公益社団法人への移行にあたっての宣言は学会のあり方を再度見つめ直したものであった。これらに対して、100周年宣言は、改めて過去100年を振り返り、これからの長い未来を展望し、土木が人々と共にあって働く様々な組織や人間として、如何にあるべきかを強調するものである。本宣言はそのような視点から、学会が策定した「社会と土木の100年ビジョン」より、土木の人としてあるべき理念を中心に抜き出し構成したものである。

この100年で我が国の経済や生活は大いに豊かになったが、自然災害や地球環境の問題に留まらず、少子化や人口減少、高齢者の不安やコミュニティの崩壊など、土木を取り巻く社会の課題はむしろ増しており、世界に目を向ければ、未だ貧しい国々が多数残る。土木が最も大切と考えることは、このような幾多の困難にも、責任を持って立ち向かえる人材を育てることにある。未来に亘る課題を人々と共有しつつ、人々の生活を豊かなものにするという、土木の根源的な目標を達成するために全力で貢献すること、そうすることにより何時の時代も若い人々が誇りと感動を得る魅力的な「社会と土木」の関係を構築できる。土木学会はそのように考えている。

土木学会創立100周年宣言 本文

過去100年に対する理解

1.我が国の近代土木技術は、明治初期に御雇外国人の指導と欧米留学帰国者の先導で幕を開け、治水、砂防、港湾、鉄道を中心に発展し、それらの社会基盤施設が 今日の我が国の産業と国民生活を支え、特に昭和中期以降は、高度な土木技術による高水準の社会基盤施設を全国に広げ、多くの国民がその恩恵を受けてきた。土木はこの100年の歴史を誇りとする。

【解説】
「過去100年に対する理解」
第1項は、我が国の近代化と発展、国土づくりに土木の果たした多大な役割を明示し、特にそれを土木技術者という人間たちが成し遂げ、今日に至ったことを誇りとしている面を宣言の冒頭で強調したものである。「社会と土木」の関わりの100年は、人々によって育まれたもので、今後もそうあ るべきという一貫した理念を基調として示している。
「御雇外国人」
御雇外国人という言葉をここで用いる理由は、明治初期に招聘された数少ない特定の優れた技術者や研究者を、いわば固有名詞として総称するためである。このニュアンスは「明治初期に招聘された外国人」と記すことでは的 確に表現できない。
「土木は」
本宣言のもとになった「社会と土木の100年ビジョン」では、「土木」という語句を、①主体としての土木技術者やその集団、土木学会、土木界等と、 ②客体としての土木工学、土木技術、土木事業などの人が扱う対象との両者を指すとしている。よって、「社会と土木」というタイトルでは、土木が①と②の両者の意味を内包する。一方、本宣言で「土木」を主語として用いる文章では、主体としての土木、すなわち①の意味に限定され、個人から集団・社会の全ての人格、法人格が該当し、それらが本宣言の趣旨を共有し責任を担うことを表している。暗に、現在を生きる人々に留まらず、学会の創設前後から土木に関わり今日を築いた数え切れない人々や、未来の人々をも包含する総称として、「土木」という語を主語に用いた意図もある。したがって、主体の一部を強調する場合には、土木技術者や土木学会などを用いている。

2.土木事業の進展による経済の発展や利便性の向上と同時に、社会では環境問題などが顕在化し、公害問題、特に大気汚染や水質汚濁が生じ、近年は気候変動など地球規模の環境問題が深刻視された。また、東日本大震災に至る度重なる災害が社会の安全確保を喫緊の問題とした。土木は、これらを解決し、経済活動と生活水準を将来に亘って維持することが、現代の社会に課せられた課題と認識する。

【解説】
「過去100年に対する理解」
第2項は、我が国の発展に貢献した土木の輝かしい光の部分と表裏一体で顕在化した環境問題等、影の部分に関わり今に至る現代社会の課題認識を明確化したものである。
「これらを解決し、経済活動と生活水準を将来に亘って維持」
公益社団法人への移行にあたっての宣言(2011)では、「人々が暮らし、様々な活動を行う様々な 条件や自然環境、人間環境を整えることを通して、我々の社会を飢餓と貧困に苦しむことなく安心して暮らせる社会へと改善していく総合的な営み」という、土 木の生業としての目的が示されている。本宣言では、「社会の安全」が様々な面で脅かされている現代社会において、土木が共有すべき課題認識として、安全と環境の問題に対処し、経済(活力)と社会(生活)を維持することの重要性を改めて強調し、安全、環境、経済(活力)、社会(生活)という土木が取り組む将来も変わることない4つの分野の重要性を強調している。

今日の土木の置かれた立場

3.現在の土木は、東日本大震災の津波被害と福島第一原子力発電所事故の惨禍による衝撃を未だ拭い去れない。それでも、社会における重責を理解し、成し遂げた役割と技術の限界とを自覚し、社会における信頼を一層高め、社会に貢献することに、例外なく取り組む覚悟を持つ。

【解説】
「今日の土木の置かれた立場」

第3項は、前項に示した現代社会に課せられた課題認識に加えて、2014年時点で特に強調されるべき認識として、2011年3月11日の東日本大震災と福島第一原子力発電所事故を経験した後の土木の置かれた立場を、その衝撃から未だに回復していない現状として宣言に残すものである。100周年を迎える土木学会が、その直前に経験した1000年単位で発生する巨大災害を、 今後、回帰すべき原点として長く記憶に留めるためである。
「衝撃を未だ拭い去れない」
戦後復興の輝かしい成果である東京オリンピックの開催(1964)からたった10年後の土木学会60周年(1974)で、既に各地で発生した深刻な環境問題等に直面して土木が自信を揺るがせていたとされ(土木学会誌)、地価高騰や列島乱開発に翻弄されたバブル崩壊後の土木学会80周年(1994)では、再び土木が翻弄された姿がクローズアップされている。識者からは「土木という 学問が社会の敵になる可能性すら孕みつつある」と指摘された。その直後、阪神・淡路大震災(1995)が発生し、安全とされた高速道路の高架橋が崩落し、地下鉄の駅舎までもが被災した。そして100周年の直前に発生した東日本大震災では、日本中が未だその衝撃から回復できてはいない。学会創立以降、特に戦後の土木は今に至るまで、環境問題(公害や自然破壊等)、経済問題(バブル経済崩壊や土地投機等)、安全問題(自然災害や原発事故等)に関わる深刻な国家的問題に遭遇し、その都度、努力を重ね社会への貢献を一層果たして来た。今回の巨大災害に如何に取り組み乗り越えるかが、改めて社会から問われているが、それを総括するには未だ検証や議論が十分ではなく時期尚早と考えることから、この表現としている。
「技術の限界」
本宣言で2度強調される。本項では我が国が、そして広く土木としても、技術の限界を改めて認識させられたことを明記している。なお、土木の内部の専門分野間にも、また土木と他の専門分野との間にも様々な境界があり、 その有形無形の境界が深刻な問題として顕在化したことを自覚すべきである。想定外発言にもその一端が現れていた。しかし、境界をなくしても技術の限界は残 ると考えるべきであり、第10項で再び、個々の土木技術者が常に技術の限界をわきまえられる資質を持つべきとし、そのことを人々と共有すべき事項として明記 している。
「社会における信頼を一層高め、社会に貢献すること」
このことに関しては、「社会と土木の100年ビジョン」の第4章各項に具体的に示された各事項が該当する。特に、本宣言第1項から第3項に示したように、土木は特に高度成長期までは、その事業が多大な意義と効果をもたらしたと、社会から高く評価され感謝された輝かしい過去を自認している。一方、近年の土木は幾度も批判の対象とされたが、その問題の本質は客体としての土木、すなわち土木技術や土木事業にあるのではなく、むしろ、それを計画し実施する主体としての土木、すなわち土木技術者や行政、企業などの土木界の方にあることが少なくなかった。繰り返された談合問題は批判の象徴となった。主体としての土木が持続的に信頼を回復し、客体としての土木の重要性や必要性を、正確に偏りなく社会に理解してもらう努力が、今も必要である。そのためには社会の制度設計、国民との協働や参加手続きの抜本的見直し等、早急に進めるべきことも少なくない。巨大災害の頻発化など を考えれば、土木が継続的に社会で一層貢献する必要性は増す一方であり、一刻も早く信頼回復を確固たるものとしなければならない。

今後目指すべき社会と土木

4.土木は地球の有限性を鮮明に意識し、人類の重大な岐路における重い責務を自覚し、あらゆる境界をひらき、社会と土木の関係を見直すことで、持続可能な社会の礎を構築することが目指すべき究極の目標と定め、無数にある課題の一つ一つに具体的に取り組み、持続可能な社会の実現に向けて全力を挙げて前進することを宣言する。

【解説】
「今後目指すべき社会と土木」

第4項では、以上の認識を踏まえ、気候変動問題、 巨大災害、経済格差、コミュニティの崩壊等、安全、環境、経済(活力)、社会 (生活)のすべての面で、現代が人類の重大な岐路にあると認識し、今世紀末までの長期を見据えた目指すべき社会と、その社会に至る道筋で土木のなすべきこととを、端的に表現し宣言としている。
「あらゆる境界をひらき、社会と土木の関係を見直すこと」
本宣言のもとになった「社会と土木の100年ビジョン」の副題である「あらゆる境界をひらき」は、 学会内外のあらゆる主体と、あらゆる技術や事業等の面で連携や協力を推し進めることを意味しており、そのことで社会と土木との関係も強化でき、さらに持続可能な社会の基盤を構築できるとしている。
「持続可能な社会の礎を構築すること」
土木は自ら責任を持って構築する社会の基盤となるシステム(社会基盤システム)を、持続可能な社会の実現と維持のために必要と考えられる「持続可能な社会の礎」とすることを究極の目標とする。土木は以下に挙げる第5項から第8項の方向性に立ち向かうことで、その礎を築くことができると考える。
「持続可能な社会の実現に向けて全力を挙げて前進する」
様々な課題に一歩ずつ、 一つずつ丁寧に取り組み、それを継続し、持続可能な社会の実現に向けて進むことを宣言しているが、このような考え方は、仙台宣言(2000)で示された、土木技術者が「自然を尊重し、現在のみならず将来世代の安全、福祉、健康を増進することを最優先し、人類の持続的発展を目指して自然・地球環境の保全と活用の調和を図る」と記された理念を、以下の第5項から第8項を含めて発展させたものである。

持続可能な社会実現に向け土木が取り組む方向性

5.(安全) 社会基盤システムの計画的な利活用と人々の生活上の工夫で、自然災害等の被害を減らし、安全な都市・社会の構築に貢献するとともに、社会基盤システムの安全保障を継続的に強化して、社会基盤施設が原因の事故で犠牲者を出さないことにあらゆる境界をひらき取り組む。

【解説】
「今後目指すべき社会と土木」
第4項では、以上の認識を踏まえ、気候変動問題、 巨大災害、経済格差、コミュニティの崩壊等、安全、環境、経済(活力)、社会 (生活)のすべての面で、現代が人類の重大な岐路にあると認識し、今世紀末までの長期を見据えた目指すべき社会と、その社会に至る道筋で土木のなすべきこととを、端的に表現し宣言としている。
「あらゆる境界をひらき、社会と土木の関係を見直すこと」
本宣言のもとになった「社会と土木の100年ビジョン」の副題である「あらゆる境界をひらき」は、学会内外のあらゆる主体と、あらゆる技術や事業等の面で連携や協力を推し進めることを意味しており、そのことで社会と土木との関係も強化でき、さらに持続可能な社会の基盤を構築できるとしている。
「持続可能な社会の礎を構築すること」
土木は自ら責任を持って構築する社会の 基盤となるシステム(社会基盤システム)を、持続可能な社会の実現と維持のために必要と考えられる「持続可能な社会の礎」とすることを究極の目標とする。土木は以下に挙げる第5項から第8項の方向性に立ち向かうことで、その礎を築くことができると考える。
「持続可能な社会の実現に向けて全力を挙げて前進する」
様々な課題に一歩ずつ、一つずつ丁寧に取り組み、それを継続し、持続可能な社会の実現に向けて進むこ とを宣言しているが、このような考え方は、仙台宣言(2000)で示された、土木技術者が「自然を尊重し、現在のみならず将来世代の安全、福祉、健康を増進することを最優先し、人類の持続的発展を目指して自然・地球環境の保全と活用の調和を図る」と記された理念を、以下の第5項から第8項を含めて発展させたものである。

6.(環境) 自然を尊重し、生物多様性の保全と循環型社会の構築、炭素中立社会の実現を早めることに貢献するとともに、社会基盤システムに起因する環境問題を解消し、新たな環境の創造にあらゆる境界をひらき取り組む。

【解説】
「環境」
第6項では、環境に関わる方向性を示している。前半では、自然を尊重 し、生物多様性や循環型社会の構築に貢献すること、そして将来は、追加的な温室効果ガスを大気中に増やさない炭素中立社会の実現を早めることに、土木としてできる限りの力を持って貢献することを示している。その上で、後半部では、 社会基盤システムの整備や維持管理、使用停止以降に発生する環境問題を解消することと、新たに環境創造を果たすことが、土木の責務になっていることを改めて明言している。
「社会基盤システムに起因する環境問題を解消」
公害問題等も含め、我が国では多数の環境問題が発生し、その後緩和・解決されてきたが、新興国や開発途上国等では増加する社会基盤整備によって発生する環境問題が今後も増すと予想される。また、我が国においても老朽化した社会基盤施設の撤去やその存置、放置に伴う環境問題等の増加も予想される。これら環境問題を軽減し解消するための技 術開発や財源措置、総合的な計画段階からの取り組み等が一層求められることから、その解消を強調し目標としている。
「新たな環境の創造」
環境問題の解消に加え、将来に亘って、交通、エネルギー、 水供給・水処理、景観、情報、食糧、国土利用・保全、まちづくり等を含む様々な分野で、新たな環境創造のために様々な技術開発や創意工夫を継続し、持続可 能な社会の礎を環境面から強化することを方向性として示している。

7.(活力) 社会基盤システムの利活用によって交流・交易を促進し、我が国が世界経済の発展に継続的に役割を果たすことに貢献するとともに、土木から新しい産業を創造して社会に役立てることにあらゆる境界をひらき取り組む。

【解説】
「活力」
第7項では活力、すなわち経済面に関わる方向性を示している。
「社会基盤システムの利活用によって交流・交易を促進」
社会基盤システムを常に適切な状態に維持し活用することで、交流・交易を促進することができる。交流・交易は人の移動や物資・エネルギー等の輸送の円滑化や安定化で一層活発となり、我が国が世界経済の発展に継続的に役割を果たせると考えている。また、少なくとも社会基盤に関わる問題がその機能上の障害とならないよう、土木として責任を持って貢献することを示している。
「土木から新しい産業を創造して社会に役立てること」
土木から積極的に、我が国をはじめ先進諸国や開発途上国のそれぞれに適した新しい産業を創造して、それらを必要とされる限り普及させることで、国際社会に役立てる方向性を示している。既に土木から環境、エネルギー、安全、水供給・水処理、情報、食糧等に関わる様々な起業等も行われ、新しい産業の芽も生まれつつあると考えられることから、それらを、国際市場を視野に展開し社会に役立てることが将来的に期待される。その点を明記した。

8.(生活) 百年単位で近代化を回顧し、先人が培ってきた地域の風土、文化、伝統を継承し、我が国やアジア固有の価値を十分踏まえた風格ある都市や地域の再興と発展に貢献するとともに、地域の個性が発揮され各世代が生きがいを持てる社会の礎を構築することにあらゆる境界をひらき取り組む。

【解説】
「生活」
第8項は、生活や社会に関わる方向性について示している。前半では土木として都市や地域の再興と発展に貢献する方向性が示され、後半ではそこに暮 らす人々が誇りと生きがいを持てる社会の基盤形成を、土木の独断に陥ることなく、そこに暮らす人々と共に取り組む姿が示されている。
「先人が培ってきた地域の風土、文化、伝統を継承」
このことに関して、仙台宣言では「歴史的遺産、地域固有の文化・風土、伝統を尊重するとともに、新たな 文化・文明の創造に努める」と示されており、土木技術者が新たな文化・文明の創造に努めるとされている。本宣言では土木の領分として、具体的に都市や地域の再興、持続可能な社会の礎の構築に照準を定めて貢献するとしている。
「我が国やアジア固有の価値」
西欧の文化・文明を近代化の過程で受け入れてきた歴史にはアジア各国で違いがある。植民地を経験した国では自国の文化や風土を大切にする傾向が歴史的にも強いが、我が国はそのような経験を持たず、西欧 文化・文明、たとえば、街並みや建築物等を進んで受け入れてきた歴史もある。一方、自然と人間の関係においては、西欧では自然と対峙する人間社会と捉える傾向があるが、我が国では自然に対して畏敬の念を抱き、自然と調和する人間社 会を考えるなど日本固有の自然観を残し、そのような価値はアジア地域に多かれ少なかれ共通している。今後、アジアの一員として協働的に地域の発展や再興を図る上では、アジア固有の価値への配慮、我が国各地域の伝統的な価値の復興等に一層目を向ける必要があろう。
「風格ある都市や地域の再興と発展」
我が国だけではなく、各国で街並みの画一化が進み複製都市と称されるように、どこも似たような店舗の立ち並ぶ風景がみられる。今後、各国各地の文化や伝統に根差した都市の再興が求められ、そのような街並みを、巨大化する自然災害等から如何に守り続けるかが重大な課題になると考えられる。
「地域の個性が発揮され各世代が生きがいを持てる社会」
持続可能な社会のありかたを、そこで暮らす人々の観点からみると、地域の個性を発揮できることが、その地域に住む人々の誇りや愛着を取り戻す原動力となり、また高齢者から若年層まで各世代が生きがいを持てるような生活や就労の環境が、地域人口の維持や増加、あるいは適切な管理にもつながると考えられ、持続可能な社会の必要条件であると考えられる。それを支えるためには、国土利用・保全、まちづくりをはじめ、次の第9項に示した13の分野に跨る様々な基盤の整備を地域に合わせて計画的に進める必要がある。

目標とする社会の実現化方策

9.土木は目標とする社会の実現のため、総合性を発揮しつつ、「社会と土木の100年ビジョン」に明記された社会安全、環境、交通、エネルギー、水供給・水処理、景観、情報、食糧、国土利用・保全、まちづくり、国際、技術者教育、制度の各分野の短期的施策、特に国や地域における政策、計画、事業等の速やかな実行を先導し、長期的施策の実現に向けた取り組みを継続する。

【解説】
「目標とする社会の実現化方策」
第9項では、第5項から第8項までの4つの分 野の方向性を踏まえて、具体的に取り組む方策を示している。それらは多岐にわ たり、宣言文として直接示すことができないため、本宣言の拠って立つ「社会と 土木の100年ビジョン」の第4章の各節の題目を列挙することに留めている。
「特に国や地域における政策、計画、事業等の速やかな実行を先導」
このことを強調している理由は、本項で具体的に示された社会安全から制度に至る13項目の施策を早期に実現するためには、国土や地域という空間の単位で、政府や自治体に加え、コミュニティ、NPO 等を含む様々な主体による政策、計画、事業等の実施が必要と考えられ、上位段階の政策や計画への位置づけ、事業化へのプロセスなど、継続的な実現のために構想されなければならない事項も多いことから、これらを先導する強い意志を土木が持つべきことを示した

土木技術者の役割

10.土木技術者は、社会の安全と発展のため、技術の限界を人々と共有しつつ、幅広い分野連携のもとに総合的見地から公共の諸課題を解決し社会貢献を果たすとともに、持続可能な社会の礎を築くため、未来への想像力を一層高め、そのことの大切さを多くの人々に伝え広げる責任を全うする。

【解説】
「土木技術者の役割」
第10項は土木技術者の役割を、特に本宣言との関わりを強調しつつ示したものである。そのため、従前の仙台宣言(土木技術者の決意)、 土木技術者の倫理規定等に記された各事項の中で、土木技術者が基本的な性質として保持すべき倫理に関わる事項(職務責任、誠実義務、自己研鑽等)はあえて 明記しないこととした。一方、本宣言に関わる、技術の限界の認識、未来への想像力の涵養と人々への伝達の大切さなどを明記している。なお、土木技術者については、公益社団法人への移行にあたっての宣言(2011)において、「土木という営みが本源的に公益に資するものであり、土木に従事する技術者や研究者等は、本質的に利他的・倫理的・公共的であることを求められている」と記されている。 本宣言でも、土木技術者は、その資質として公共心を有しその大切さを知る者と考えている。
「社会の安全と発展のため、技術の限界を人々と共有しつつ、幅広い分野連携の もとに総合的見地から公共の諸課題を解決」
この記載内容については、土木技術者の倫理規定(2014)で記された、「土木技術者が社会安全と減災の観点から、専門家のみならず公衆としての視点を持ち、技術で実現できる範囲とその限界を社会と共有し、専門を超えた幅広い分野連携のもとに、公衆の生命および財産を守るために尽力する」こと、「総合的見地から公共的諸課題を解決し社会に貢献する」ことを一部要約したものである。
「持続可能な社会の礎を築くため」
土木技術者は持続可能な社会の実現に向けて、その礎である社会基盤システムの構築に関わる様々な課題の一つひとつに自ら立 ち向かう。
「未来への想像力を一層高め、そのことの大切さを多くの人々に伝え広げる責任」
土木技術者には、今後さらに深刻化が懸念される災害や環境問題などの将 来を想像した上で、我が国に留まらず世界各国の地域や社会のために、現在取り組むべき事柄を選定・構想する力(これを未来への想像力と呼ぶ)が求められる。それは他者の立場で考えることとも関わり、身の回りの人々に加え、未来や過去の人々、また他地域の人々のことを想像できれば、そのことが持続可能な社会の礎を築くことにも繋がる。元来、公共心の高い土木技術者が従前から持つ未来への想像力を一層高める努力を怠らないだけではなく、そのことの大切さを多くの人々に伝え理解してもらうことの重要性を明記した。

土木学会の役割

11.土木学会は、社会に多様な価値が存在することを理解しつつ社会の価値選択に関心を持ち、技術者や専門家が尊重され、様々な人々が協働して活躍する将来の持続可能な社会の実現に向けて、学術・技術の発展、多様な人材の育成、社会の制度設計に継続的に取り組む。

【解説】
「土木学会の役割」
第11項は、学会の役割を示したものである。2011年の公益社団法人への移行にあたっての宣言2000年の仙台宣言などで関連する事項が多数示されているが、本項は100周年宣言の趣旨に照らして、学会が特に担わなければならない役割を強調している。公益社団法人への移行にあたって公表した宣言 では、①人類の生存と営みへの貢献、②人類と自然の共生への貢献、③土木の原点、総合性への回帰という3つの視点からその営みの高度化を志向し続けることが求められているとされ、それぞれに対して当面の重点強化事項が例示されている。それらは長期的視点に立脚した本宣言においても、ほぼすべて関連して言及されている。
「社会に多様な価値が存在することを理解しつつ社会の価値選択に関心を持ち」
土木学会が広く土木界を代表する学会である以上、主に学会を構成するのが個人の会員であったとしても、産官学の各分野の組織・団体が少なからず学会に関わりを有し、そのことに社会が過剰に反応する場合があることは避けられない。土木学会は本宣言に示した理念のもとで、持続可能な社会の構築に邁進するが、その結果として土木界の利益に貢献するとしても、そのことが目的化していない限 り特に否定する必要はない。そのような学会の立場を鮮明にするため、ここでは社会に様々な価値が存在し、それらが鋭く対立する場合もあることを暗に認めた上で、土木学会としてどのような価値を社会が選択するかに関心を有し、常に中立的な立場を取るのではなく、専門的な立場からあるべき方向性を進言すること等を怠らない姿勢を示している。
「技術者や専門家が尊重され、様々な人々が協働して活躍する将来の持続可能な 社会」
技術者や専門家が尊重される社会については、土木学会が単独でこれを目指して実現できるものではなく、本宣言の各項への不断の取り組み、そして土 木技術者の個々の努力を前提として初めて実現できるものと考えられる。その際に学会として取り組むべきことは多い。土木に限らず技術者や専門家が正当に評価され尊重される社会であれば、適切な技術的検討や的確な助言が社会の選択に役立ち、持続可能社会を構成する条件の一つになると考えられる。ここでは、その様な社会の実現を目指して誠実に社会的諸問題に取り組む必要性を強調している。また、様々な人々が協働するというのは、土木における多様な人材をはじめ、土木の外にいる専門家や NPO、住民等の一般の国民を含む多様な人材の協力を指している。
「学術・技術の発展、多様な人材の育成、社会の制度設計」
学会の役割を子細に示せば多様であるが、本宣言の趣旨に照らして、特に強調すべきことを3つ挙げるとすれば、ここに記された項目になると考えられる。技術と人材については学会の役割として常に必要とされ、特に人が作り上げた今に至る学会の100年を踏まえた本宣言の趣旨に照らすと、今後の100年を構想するためには、土木分野において多様で志の高い人材を継続的に得ることが最も大切なことになろう。社会の制度設計については、多くの技術者のなかで、広く市民社会のあるべき制度までを構想できるのは、都市や地域を仕事の対象としてきた土木技術者を置いて他にないと考える。傲慢であってはならないが、公共心が高い性質故に放棄してはならない責務である。
「社会の制度設計」
古市公威初代会長講演(1915)は、「なお本会の研究事項は工学の範囲に止まらず現に工科大学の土木工学科の課程には工学に属していない工芸経済学があり、土木行政法がある。土木専門の者は人に接すること即ち人と交渉することが最も多い。右の科目に関する研究の必要を感ずること切実なるものがある」と述べているが、当時、工芸経済学は他学科にもあったが、土木行政法は文字通り土木だけの科目であった。人と交渉することが多いことからも研究対象とすべしとの考えは、今に通じるものであるが、土木の学問分野としては未だ十分成熟しているとは言えない。現代、社会の制度設計が行政法に留まらないことは言うまでもないが、当時、公共事業を先導する役割がほぼ行政に集中していたことを考えれば、今日の土木に関わる諸制度の設計と実践、不断の見直し等がこの趣旨に該当し、今後、持続可能な社会の礎を築くためにも、社会の諸制度の設計はさらに重要になる。学会だけで成せるものではないが、行政だけに任せず、研究を蓄積し望ましい社会の制度設計、国民の関与を含めた行政のありかた、進めかた等について、学会は関与し続けることが必要であり、これは初代会長の提起した課題でもある。

【後文】

本宣言は、土木学会の創立100周年にあたり、東日本大震災を経験した我が国の土木のこれからの役割と責任とを根本的に問い直すため、あらゆる境界をひらき、社会と土木の関係を見直すことで、現代の土木の置かれた立場からどのように踏み出すかを改めて示したものである。土木学会は本宣言の趣旨を踏まえ、すべての会員、委員会の総力を結集し、地球、人類、社会への貢献に全力を挙げて取り組むことを誓う。


本宣言のベースとなっている「社会と土木の100年ビジョン」はこちらのnote記事からご覧ください。




国内有数の工学系団体である土木学会は、「土木工学の進歩および土木事業の発達ならびに土木技術者の資質向上を図り、もって学術文化の進展と社会の発展に寄与する」ことを目指し、さまざまな活動を展開しています。 http://www.jsce.or.jp/