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河川堤防の構造物周りの強靭化に期待する

上村俊英
論説委員
(株)建設技術研究所 


人口や社会資本の多くが低平地に集中している日本にとって、堤防は洪水や高潮からこれらを守る重要な治水施設である。堤防のうち河川堤防の多くは土堤であり、過去の被災に応じて拡幅や嵩上げなどで経験的に構築されてきたが、近年、模型実験による知見や解析手法の開発により、耐越水・侵食、耐浸透、耐震に着目した質的強化が図られてきている。今後は気候変動に伴い増大する洪水に対して強靭化が求められるとして、耐越水性のさらなる向上が図られている。

これらの一連の取組は、河川堤防の被災の都度における丁寧な現地調査と解析手法の改良に支えられているが、その多くは “堤防一般部”に関する評価である。一方で、最近の破堤に至った事例では構造物周りの浸透もトリガーになるのではないかと、筆者は懸念している。

その例として、2020年7月の球磨川洪水、2021年8月の江の川水系多比治川洪水での破堤事例が挙げられる。これらの破堤前には樋門(河川と支川や水路との合流点で、本川洪水の逆流防止用のゲートを有する堤防機能を持つ構造物で、本川の堤防内にRC函渠構造で設置する場合が多い)の堤内地側で湧水が起きていることが、一般住民のビデオ撮影により確認されている。樋門箇所で河川水が漏水して、堤内地側に吹出していると見られるのである。当該破堤の関係機関等による被災調査結果から最終的に越水による破堤であると筆者も認識しているが、漏水を伴う複合型の破堤にも今後留意していく必要があると考えている。

浸透にともなう堤防の弱体化は、堤防一般部のほか、構造物周辺を模した実験の結果からも伺える。大まかに言えば、構造物と土との接触面付近において、①細粒土の移動→②水みちの形成→③漏水→④基礎地盤の支持力低下や堤体の強度低下→⑤堤防の崩壊 といった具合である(ここでは①~③を「ルーフィング」と言う)。後述する小貝川堤防決壊では、この⑤段階で堤防裏のり面のすべり破壊が次第に拡大して破堤につながったが、堤防天端高が低下する場合もあると考えている。いずれにせよ、細粒土の移動は洪水時の内外水位差により発生するもので、洪水のたびに繰り返し発生して、次第にルーフィングが生じやすい状態になり、したがって、一洪水における堤防裏のり面のすべり破壊や天端高の低下までの時間的猶予が小さくなっていくと考えられる。

国土交通省では、1981年8月の小貝川堤防決壊の調査により、樋門と堤防との不同沈下がルーフィングを惹起するとして、この不同沈下を抑制することを主眼に、1998年に設計・施工法を柔構造樋門へ転換することとした。これにより、樋門周辺のルーフィングは発生しにくくなるものと期待されるが、既に多くの樋門が旧設計法で構築されて今も残されていること、柔構造樋門であってもルーフィングを完全に解消できないことから、危険性は内在している。樋門の他にも水門周辺において洪水中に激しい漏水が発生し、水防活動で破堤を回避した事例もあると聞く。また、ルーフィングを惹起する要因として地震も懸念される。地震時の構造物と周辺地盤との挙動の違いや構造物直下の液状化に伴って基礎地盤のゆるみが生じやすいと思われる。

特に水門や樋門は旧来の地形や土地利用の変遷から、その多くが旧河道という地形箇所に設置されることが宿命的である。この旧河道部は浸透性の高い地盤が多く、また地震時に液状化しやすい地盤条件にある。この脆弱な地盤上に、浸透を助長しやすい状態を作ることになっている点で、樋門等の構造物箇所は、堤防の弱点部であるということを強く認識する必要がある。堤防の質的強化が進められる以前から、樋門等構造物では浸透を抑制する形状的工夫や周辺堤防の護岸設置などの対策が講じられてきたが、その多くが標準仕様的な範囲に留まっており、旧河道などの地形条件を踏まえた、より丁寧な対応が必要と筆者は考えている。

すなわち、より合理性のある設計・施工法の開発が求められるが、すでに多くの構造物が設置されている現状を考えると、当面は構造物周辺の堤防における変状をなるべく詳細に把握して、事前の対策を講ずることが重要である。この点は「樋門等構造物周辺堤防詳細点検要領」(国土交通省、H24)等の運用と今後の設計・施工への活用につながることを期待したい。さらに、構造物周りの洪水中の変状を把握できる計測技術とアラートを発するシステムの開発が望まれる。これらの研究が進んで樋門等構造物周辺の堤防の強靭化が図られ、河川堤防全体の性能が向上することを願う。

土木学会 第194回論説・オピニオン(2023年7月)



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