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ウイルス進化研究の原点

西村 瑠佳
総合研究大学院大学 生命科学研究科 遺伝学専攻 五年一貫博士課程三年

 私は現在、国立遺伝学研究所の人類遺伝研究室にて、「縄文人が感染していたウイルスとその進化」をテーマに研究を行っています。今回はこの研究のキーワードである「ウイルス」と「進化」に対して強い魅力を感じ、研究テーマとして選ぶきっかけとなった本を2冊ご紹介します。

筆者が大いに影響を受けた二冊の本とその解説本

 1冊目は、幼少期に読んだ絵本の中で一番好きだった、「せいめいのれきし」です。この絵本では地球の誕生から生物の進化過程、人類の歴史について、迫力ある絵とともに描かれています。絵本とは言え、書かれている文章をしっかり理解しようとすると案外難しく、生物学の知識を得た今読み返し
ても大変読み応えのある絵本です。特に、数年ほど前に出版された「深読み!絵本『せいめいのれきし』」という最新の情報をもとに絵本の内容が解説された新書も併せて読むと、その魅力に改めて気づかされます。

 幼少期から自然科学に強い興味を示していた私にと、母親が偶然選んでくれたのがこの本との運命的な出会いでした。
プレゼントされてからすぐに素敵な絵の虜になって繰り返し読み、唯一無二の一冊となりました。当時の私は生物が地球上に出現してから様々な種類の生物が代わる代わる繁栄しては衰退していく場面が好きで、そこの箇所を集中して何度も読んでいたものです。当時はもちろん進化という概念を知ら
なかったのですが、「生物が存在しなかった地球からどうやって生物が出現したのか」、「どうして特徴の異なる生物が次々と生まれてくるのか」と強く疑問に思い、もっと深く知りたいと思ったことを覚えています。今思えばこれが私と進化との出会いだったのでしょう。以来無自覚に進化に対する問いを心の隅に持ち続けていました。その結果なのかは定かではありませんが、学部時代は「実験室内進化」に関連した研究に携わっていましたし、現在も「ウイルス進化」をテーマに研究を続けており、絵本から少なからず刺激を受けて私の人生が方向付けられたように思います。また、この本を読んで進化だけでなく、生物そのものに対する興味が以前にも増して高まったように記憶しています。例えば、絵本の中で描かれていた、現世では絶滅しているアンモナイトや恐竜への関心が高まり、博物館にしょっちゅう足を運んだり、展示会が開催されると毎回必ず参加したりしていました。つまり、この本は私が生物学に興味を抱く原点となったかけがえのないものです。

 2冊目は、ウイルスに興味を抱くきっかけとなった、「ウイルス・プラネット」です。この本ではインフルエンザウイルスのような病原ウイルスから病原性を持たない細菌に感染するファージまで幅広くウイルスについて解説されています。

 この本はちょうど大学院進学のために研究室を見学していた際に現在の私の指導教員である井ノ上逸朗教授から紹介していただいたものです。実のところ当時はゲノム医学研究を行うことに興味があり、大学院進学の際にはヒトゲノムと疾患関連遺伝子の解析を行うつもりで見学に来ていました。つまり、ウイルス研究をやろうとは考えたこともありませんでした。しかし、紹介された本を読み進めるうちに、巨大ウイルスの存在やこの地球が大量のウイルスに満ち溢れているということを知り、強いショックを受けたのです。理学部で3年間生物学を学び、ウイルスについても勉強していたはずなのに、ウイルスに関する知識が大きく欠落しているという事実を突きつけられ、愕然とせずにいられませんでした。しかしそれと同時に、ウイルスの起源を初めとして未知の事柄が多く残されているということも実感したのです。こうして上記の本がトリガーとなり、自分でウイルスに関する論文を読み始め、更にウイルス研究に魅了されるようになりました。その結果、上記で述べたように昔から興味があった「進化」と「ウイルス」を組み合わせた研究に取り組んでみようと思い立ち、現在に至ります。

 今回はこの2冊を詳しく紹介しましたが、幼少期から今までの読書生活を振り返ってみると、今まで読んだ本の全てから様々な形で影響を受け、その積み重ねによって今の自分が存在しているのでしょう。今思えば、字が読めない頃に見ていた科学辞典の図版から、中高生時代に読み漁った文学小説、大学以降読むようになった実用書に至るまで全て糧となり私を支えているように思います。今後もジャンルに囚われず様々な本を手に取り、多様な世界観や完成との出会いを大切にしていきたいです。

紹介書籍

  1. バージニア・リー・バートン(著),石井桃子(訳)『せいめいのれきし』岩波書店 1964

  2. 真鍋真『深読み!絵本『せいめいのれきし』』岩波書店 2017

  3. カール・ジンマー(著),今西康子(訳)『ウイルス・プラネット』飛鳥新社 2013

本記事は日本バイオインフォマティクス学会ニュースレター第40号(2021年8月発行)に掲載されたものです。
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